28 / 31
Give a gift to you
04
しおりを挟む
バイトに追われていた間は余計なことを考えずに済んだけど、終わってしまえばそうともいっていられない。9時も過ぎて外はどっぷり暗い。“暗くなる前には帰す”と言っていたから、さすがに未来はもう帰っているだろう。“遅くなる”って旨の連絡はないし。
今までは、バイト終わりに未来からの連絡をチェックすることはまずなくて。家に帰れば未来が必ず仏頂面で「おかえり」って言ってくれてた。それが当たり前で、俺はそれに癒されていたんだ。でも、それが普通ではなくなった今、俺は確かにイラついている。携帯を持つことで、合鍵を持つことで、秘密が増えた。そして、携帯の画面越しでは未来の考えが一層見えない。それがたぶん、嫌なんだと思う。でも、未来が自由に出来ればって気持ちももちろん本物で、この二つの気持ちの間で俺は板挟みになっている。
プレゼントをあげる前と今とでどちらが未来にとっていいかなんて質問は愚問だ。だから、この苛立ちを俺がどうにか一人で丸め込めばいい。
『今から帰るね』
いつものようにメッセージを送る。メッセージが既読になったのを確認して、俺は歩き出した。
あ、晩御飯どうしよう。今日は忙しくて、賄いももらえなかった。うーん、家に何があったかな。野菜ならたくさんあるから、適当に炒めて野菜炒めにするかな。肉的なのってあったっけ……。
そんなことを考えていればすぐ家につく。家から程近い場所をバイト先に選んだのは正解だった。バックから鍵を取り出して、ガチャガチャと扉を開ける。……って、あれ? なんか、焦げ臭い? 臭いのもとは確かに俺の家からだった。漏れでている臭いは、何かが焦げたような臭い。
ちょっと待て、もしや、火事? それなら、通報……あれ、未来、さすがに緊急電話の番号はわかるよな? 教えてないけど……!
「未来ーーー!?」
慌てて部屋に入る。充満した臭いが外へ逃げていく。未来は!? いつもいるベッドの膨らみを探す。いない。トイレ、風呂、いない。じゃあどこへ!? 一周回って玄関に戻ろうとして、台所に人影を見つけた。普段絶対にそんなところに立たない人影だ。
「未っ……!」
「こんなはずじゃ、ない……」
「え?」
未来は、ガスコンロの前に立ち尽くしながら、何かを呟いた。未来の目の前には超強火にさらされたフライパン。その中身は黒くて見えなかったが、俺は急いで火を止めて換気扇を回した。
とりあえず、火事じゃなくて安心した。一段落してから、疑問が沸き上がる。未来はお嬢様だし、会ったときから料理はしたことないって言ってて、普段から料理は俺の担当で。そんな未来が台所にいるのも不思議だし、これは明らかに、料理を作ろうとして、失敗をしたあとだ。何があってこんなことになったのか、今の俺には見当がつかない。未来は力が抜けたようでへなへなと床に座り込んだ。
俺は立ち上がって辺りを見渡してみる。熱気にさらされてプスプス言ってるフライパン。真っ黒な塊が2つ。これって、もしや。
「……あのさ、未来。これって、もしかして、ハンバーグ?」
未来が小さく頷いた。作ろうとしていたものはわかった。じゃあ次は、未来が滅多にしない……というか、初めて料理をした理由が知りたい。
「晩御飯、作ろうとしたの?」
こくり。首を縦に振る。
「そんなの、俺が帰ったら作ったのに。待ちきれなかった?」
ふるふる。首を横に振る。
「じゃあ、どうして……」
「……だって、私、もらってばっかりだったんだもの」
「?」
今度は俺が首を傾げた。言葉の意図が読み取れず、次の言葉を待つ。
「合鍵、すごく、嬉しかったの。だから、私、晃太に何かプレゼント、したくて……」
確かに、プレゼントをあげたとき、未来はとても喜んでくれた。そんな風に思ってくれたなんて、思いもしなかった。
「友里ちゃんに、何あげたらいいかラインで相談したら、料理とかどうかって言われたから。だから、今日、料理のプロの晃太のバイト先で、いろいろ、教えてもらって」
「え……!」
「そのあと、友里ちゃんとお茶して、材料買って。晃太が帰ってくるまでに、完璧に作って、晃太のこと、驚かせるつもりだったのに……」
今日、バイト先にいた意味も。そそくさと気まずそうに目をそらした理由も。理解すると同時に、その事に対して腹を立てていたのが恥ずかしくなった。プレゼントなんてあげなきゃよかったなんてふてくされてたのも恥ずかしい。今まで俺が不信感を抱いていたのは全部、不器用な彼女からの、サプライズプレゼントだったのだ。きっとサプライズなんて企てたこともないだろう、未来からの。
こんなはずなかったって、仏頂面を悲しげに歪ませる。なんで、そんな、かわいいことすんの。胸が痛いくらい締め付けられる。ああ、もう……。
「未来、誰かのために料理するのって、初めて?」
俺が尋ねると、未来は首を縦に振った。まぁそうだろうな、と黒こげになった挽き肉を見て苦笑する。俺はまた立ち上がって、フライパンの中の黒こげをつまんで口に入れた。
「ちょ、晃太……!」
未来が俺を制止したが、気にしない。ガリ、と聞きなれない音がしたが、気にせず咀嚼する。うん、苦い。ごくりと飲み込むと、目を丸くした未来と目が合った。
「未来の手料理、しかも、初めての。もらっちゃった」
「……だって、そんな。こげたの……」
「未来からのプレゼントだもん、何だって嬉しいよ」
俺がそう言うと、未来は俺の服の裾をぎゅっと握った。照れてるのかな。わからないから、とりあえず腕を後ろに回して、頭をポンポンと叩く。服を握る力が強まったけど、抵抗はされない。
「ありがと、未来」
「……うん」
「今まで生きてきた中で貰ってきたプレゼントで一番嬉しい」
「……おおげさ」
「ほんとだもん」
プレゼントをもらって嬉しい、プレゼントを贈りたいって気持ちは、きっと二人とも同じなんだろう。お互いを思いあってるならなおさらだ。現に俺は今すごく嬉しいし、未来のことが、愛しい。
「本当にありがとね、未来」
「……うん」
未来は俺の胸に顔を埋めて、小さな声で答えたのだった。
* * *
『一人でスーパーに行ってくる
一時間しないうちに帰る』
あの日焦げたハンバーグを食べながら、心配するからせめて誰とどこへいくかは教えてほしいと告げた。カッコ悪い提案だったが、未来はなぜか嬉しそうにしていた。
それからは、こうして出掛ける前に連絡をくれる。何気ないメッセージなのに、口許が緩む。返事をしようと、とりあえずスタンプを眺めて選んでいると、珍しく、未来からもう一通メッセージが届いた。
『今日はカレー
一緒に作ろ』
少しだけ料理に前向きになった未来が待っている。そんな家に帰るのは、やっぱり前より楽しみなのである。
特別なことはなくても、ものをあげたり、貰ったり。形あるものじゃなくても、たくさんの幸せをあげたり、貰ったり。彼女が見たという未来まで、こんな日々が続いていくんだろう。
未来はカレー辛口かな、甘口かな。そんなことを考えたら、なんだかにやけてしまった。
今までは、バイト終わりに未来からの連絡をチェックすることはまずなくて。家に帰れば未来が必ず仏頂面で「おかえり」って言ってくれてた。それが当たり前で、俺はそれに癒されていたんだ。でも、それが普通ではなくなった今、俺は確かにイラついている。携帯を持つことで、合鍵を持つことで、秘密が増えた。そして、携帯の画面越しでは未来の考えが一層見えない。それがたぶん、嫌なんだと思う。でも、未来が自由に出来ればって気持ちももちろん本物で、この二つの気持ちの間で俺は板挟みになっている。
プレゼントをあげる前と今とでどちらが未来にとっていいかなんて質問は愚問だ。だから、この苛立ちを俺がどうにか一人で丸め込めばいい。
『今から帰るね』
いつものようにメッセージを送る。メッセージが既読になったのを確認して、俺は歩き出した。
あ、晩御飯どうしよう。今日は忙しくて、賄いももらえなかった。うーん、家に何があったかな。野菜ならたくさんあるから、適当に炒めて野菜炒めにするかな。肉的なのってあったっけ……。
そんなことを考えていればすぐ家につく。家から程近い場所をバイト先に選んだのは正解だった。バックから鍵を取り出して、ガチャガチャと扉を開ける。……って、あれ? なんか、焦げ臭い? 臭いのもとは確かに俺の家からだった。漏れでている臭いは、何かが焦げたような臭い。
ちょっと待て、もしや、火事? それなら、通報……あれ、未来、さすがに緊急電話の番号はわかるよな? 教えてないけど……!
「未来ーーー!?」
慌てて部屋に入る。充満した臭いが外へ逃げていく。未来は!? いつもいるベッドの膨らみを探す。いない。トイレ、風呂、いない。じゃあどこへ!? 一周回って玄関に戻ろうとして、台所に人影を見つけた。普段絶対にそんなところに立たない人影だ。
「未っ……!」
「こんなはずじゃ、ない……」
「え?」
未来は、ガスコンロの前に立ち尽くしながら、何かを呟いた。未来の目の前には超強火にさらされたフライパン。その中身は黒くて見えなかったが、俺は急いで火を止めて換気扇を回した。
とりあえず、火事じゃなくて安心した。一段落してから、疑問が沸き上がる。未来はお嬢様だし、会ったときから料理はしたことないって言ってて、普段から料理は俺の担当で。そんな未来が台所にいるのも不思議だし、これは明らかに、料理を作ろうとして、失敗をしたあとだ。何があってこんなことになったのか、今の俺には見当がつかない。未来は力が抜けたようでへなへなと床に座り込んだ。
俺は立ち上がって辺りを見渡してみる。熱気にさらされてプスプス言ってるフライパン。真っ黒な塊が2つ。これって、もしや。
「……あのさ、未来。これって、もしかして、ハンバーグ?」
未来が小さく頷いた。作ろうとしていたものはわかった。じゃあ次は、未来が滅多にしない……というか、初めて料理をした理由が知りたい。
「晩御飯、作ろうとしたの?」
こくり。首を縦に振る。
「そんなの、俺が帰ったら作ったのに。待ちきれなかった?」
ふるふる。首を横に振る。
「じゃあ、どうして……」
「……だって、私、もらってばっかりだったんだもの」
「?」
今度は俺が首を傾げた。言葉の意図が読み取れず、次の言葉を待つ。
「合鍵、すごく、嬉しかったの。だから、私、晃太に何かプレゼント、したくて……」
確かに、プレゼントをあげたとき、未来はとても喜んでくれた。そんな風に思ってくれたなんて、思いもしなかった。
「友里ちゃんに、何あげたらいいかラインで相談したら、料理とかどうかって言われたから。だから、今日、料理のプロの晃太のバイト先で、いろいろ、教えてもらって」
「え……!」
「そのあと、友里ちゃんとお茶して、材料買って。晃太が帰ってくるまでに、完璧に作って、晃太のこと、驚かせるつもりだったのに……」
今日、バイト先にいた意味も。そそくさと気まずそうに目をそらした理由も。理解すると同時に、その事に対して腹を立てていたのが恥ずかしくなった。プレゼントなんてあげなきゃよかったなんてふてくされてたのも恥ずかしい。今まで俺が不信感を抱いていたのは全部、不器用な彼女からの、サプライズプレゼントだったのだ。きっとサプライズなんて企てたこともないだろう、未来からの。
こんなはずなかったって、仏頂面を悲しげに歪ませる。なんで、そんな、かわいいことすんの。胸が痛いくらい締め付けられる。ああ、もう……。
「未来、誰かのために料理するのって、初めて?」
俺が尋ねると、未来は首を縦に振った。まぁそうだろうな、と黒こげになった挽き肉を見て苦笑する。俺はまた立ち上がって、フライパンの中の黒こげをつまんで口に入れた。
「ちょ、晃太……!」
未来が俺を制止したが、気にしない。ガリ、と聞きなれない音がしたが、気にせず咀嚼する。うん、苦い。ごくりと飲み込むと、目を丸くした未来と目が合った。
「未来の手料理、しかも、初めての。もらっちゃった」
「……だって、そんな。こげたの……」
「未来からのプレゼントだもん、何だって嬉しいよ」
俺がそう言うと、未来は俺の服の裾をぎゅっと握った。照れてるのかな。わからないから、とりあえず腕を後ろに回して、頭をポンポンと叩く。服を握る力が強まったけど、抵抗はされない。
「ありがと、未来」
「……うん」
「今まで生きてきた中で貰ってきたプレゼントで一番嬉しい」
「……おおげさ」
「ほんとだもん」
プレゼントをもらって嬉しい、プレゼントを贈りたいって気持ちは、きっと二人とも同じなんだろう。お互いを思いあってるならなおさらだ。現に俺は今すごく嬉しいし、未来のことが、愛しい。
「本当にありがとね、未来」
「……うん」
未来は俺の胸に顔を埋めて、小さな声で答えたのだった。
* * *
『一人でスーパーに行ってくる
一時間しないうちに帰る』
あの日焦げたハンバーグを食べながら、心配するからせめて誰とどこへいくかは教えてほしいと告げた。カッコ悪い提案だったが、未来はなぜか嬉しそうにしていた。
それからは、こうして出掛ける前に連絡をくれる。何気ないメッセージなのに、口許が緩む。返事をしようと、とりあえずスタンプを眺めて選んでいると、珍しく、未来からもう一通メッセージが届いた。
『今日はカレー
一緒に作ろ』
少しだけ料理に前向きになった未来が待っている。そんな家に帰るのは、やっぱり前より楽しみなのである。
特別なことはなくても、ものをあげたり、貰ったり。形あるものじゃなくても、たくさんの幸せをあげたり、貰ったり。彼女が見たという未来まで、こんな日々が続いていくんだろう。
未来はカレー辛口かな、甘口かな。そんなことを考えたら、なんだかにやけてしまった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サザンクロスの花束を
かのえらな
恋愛
◆超絶美女に浮気され、フラれた未練男の失恋から始まる恋愛下剋上物語◆
恋愛ヘタレ、女心の理解度ゼロの恋愛音痴、人生恋愛経験1回、
童貞男が本気で恋した超絶美女との失恋から全てが始まる。
相手への未練を忘れられず、キャンパスライフ2週目の日々を悶々過ごしていた。
【最低】【恋愛対象外】
何人もの女性達に、この言葉を浴びせられることを知らぬまま
青春を謳歌し、そして本当の恋を知る恋愛下剋上物語
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる