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本編
第8話 初めてのファンレター
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打ち合わせの終わりに、小宮さんが顔をほころばせて言った。
「この間から、作品のアクセス数が上昇してますね。ランキングも上がってきていますし、いい感じです」
「ほ、ほんとですか!?」
確かにそんな気はしていた。ランキングとか人気とか本当は気にしないほうがいいと思うんだけど、やっぱりどうしても気になってしまうので、自分の漫画が掲載されたらチェックしている。ライバルキャラを登場させて以降、何となく上がってきているような気がしていたんだけど、勘違いだったら恥ずかしいので自分からは小宮さんに聞けなかった。でも、こうして小宮さんから言っていただけたので、ここぞとばかりに食いついた。
「やっぱりハヅキを出してから、応援ポイントとかも多くもらえてるような気がしてて! ランキングも、上のほうになってきてくれたな~って思ってたんですけど!」
「そうなんです。運営側でもライバル登場を結構大きくピックアップしていたので、一話目からのアクセス数も上がったんですよね。既存読者の読み返しか、あるいは新規の読者も増えたのかもしれませんね」
言いながら、小宮さんは自身のカバンを漁った。机の上を滑らせて私に差し出してきたのは、可愛らしいキャラ物の封筒だった。それは何か、私が尋ねる前に彼女は答える。
「ファンレターです」
「えっ……ファンレター!? 私にですか!?」
思わず大きい声が出た。周りのお客さんからじろりと睨まれ、慌てて口を手で塞いだ(もう遅いのだが)。取り繕うように小宮さんが咳ばらいをし、彼女も彼女でじとりとした目で私を見た。
「他の先生宛のものを渡したりはしませんよ」
「やっ、あの、はい、そ、そういう意味では」
しどろもどろになってしまう。だってだって、ファンレターって。机の上の封筒をもう一度見る。たどたどしく、編集部宛と書かれているが。
「中身がわからなかったので、一度開けさせていただいてます。すみません」
「や! 大丈夫です! ……み、見てもいいですか?」
「むしろ見ないんですか? ならお預かりしますけど」
「ぎゃああ! 見ます、見ます!」
カバンにしまわれそうになってしまったのを慌てて取り返す。
「冗談ですよ」
「真顔だから冗談に見えないんですよ……」
めちゃくちゃ真顔だったから本気だとばかり。小宮さんってなかなか読めない。実は冗談大好きでユーモアあふれる人だったりするんだろうか……とても想像できないけど。……はっ! 折れたり汚れたりしてないよね!?
「そんな大げさな。今まで運営の問い合わせフォームに来てた応援コメントだってプリントアウトしてお渡ししていたじゃないですか」
「そうですけど、それもかなり嬉しいですけど! 嬉しさが比じゃないというか! だって、直筆ですよ……!」
このファンレターを送ってくれた人は、わざわざこんなかわいい封筒と便箋を用意してくれて、自分の時間を割いてくれて、こんなふうに編集部宛に送ってくれたのだ。その嬉しさと言ったら、言葉にできない。
昔、好きな漫画家さんにファンレター書いたことがあったな。へったくそだけど一生懸命描いたファンアートも添えて。うわー、懐かしい。この人もそんな気持ちだっただろうか。
一度編集部で開けたとのことだったので、糊付けは取れていた。震える手で便箋を広げる。少し角ばった、素直そうな字だった。ほ、本当に直筆だ。内容も読んでないのに泣きそうになる。
この手紙をくれたのは、中学生の女の子だった。いつもクラスの子たちと読んでくれていること。この子はヒーローのタカヒロが好きだが、クラスの子はハヅキ派が多いということ。自分も好きな子がいて、主人公のヒヨリの気持ちが分かるということ。一つ一つの話題から、この子の作品への愛情を感じることができる。これからも応援しています、という言葉で締めくくられたその手紙は、二枚の便箋にびっしりと文字が書かれていた。この便箋の中に、たくさん言いたいことを詰め込んでくれたんだな、と思うと胸が熱くなる。
「ちょっと、泣かないでくださいよ。私が泣かせたみたいじゃないですか」
「だ、だって……」
ハンカチなど持っていないので、テーブルに備え付けられた紙ナフキンで涙を拭う。これは嬉しすぎるよ。もっと頑張ろう。そしてこの手紙は家宝にしよう……。
「あ、それでですね。うちって、今まで作品ページにコメントフォームなしの応援ボタンしかなかったじゃないですか。問い合わせフォームに作品へのコメントをいただくことも増えて来ましたし、今回こんなファンレターまでいただいたので、作品ページに読者コメントフォームを設置する方向で話が進んでます」
今までは応援ポイント制で、読者がボタンをタップすることで作者の応援ができ、そのボタンがどれだけ押されたかによってランキングが決まっていた。気軽さが魅力のシステムだったけれど、作者としては読者の感想が分からないのでちょっと不安があった。でも、今後はコメントが見られるんだ。言葉があるのとないのでは、喜びの大きさが段違いだ。
「コメントを見ることで運営側も人気作品や動向が今以上にわかりますしね。実装は少し先になりそうですが、これで読者をより近くに感じることができますね。絢本先生のモチベーションも上がるといいですが」
「はい! この子のためにも! 頑張ります!」
帰ったら即刻続きを描かなきゃ。いつもよりタカヒロを描くのに気合いが入ってしまいそうだけど。小宮さんはそんな私の姿を見て、呆れたように笑った。
* * *
あの日から数日が経過しているというのに、まだまだ興奮の熱が冷めない。帰ってからひたすらに描いて、時折ファンレターを眺めて……を繰り返しているうちに、いつもより早く原稿が上がった。いつもなら、原稿が終わった後は屍のようになっているのだが、まだまだエネルギーが残っている。ファンの声ってすごい。
落ち着いたし、もう一度読もう。すぐに見れるように、机のすぐそばに置いているファンレターを手に取って、何十回目かわからない読み返しをする。何回読んでも、腹の底から嬉しさと感動が湧き上がってくる。
その時、いつものリズムでチャイムが鳴った。ミカゲさんだ。一旦ファンレターを机の上に置いて、ミカゲさんをお迎えする。
「あれ。今日は出ないかと思いました」
「原稿、早く終わったんです」
ミカゲさんが驚いたような声で言うので苦笑いする。いつも修羅場中は出ないからな……。
いつものごとく、汚れた部屋の綺麗な部分を飛ぶようにして歩いて机に戻った。机の上の便箋に気が付いたミカゲさんは、それを指さして「それは何ですか?」と言った。私が封の開いた手紙を読んでいる姿が珍しかったのだろう。いつも郵便受けに入っている手紙は封も開けず玄関に放置しているから。
「あっ! これだけは、間違っても絶対に捨てないでくださいね! 大事な大事なファンレターなんです」
「ほう、ファンレターですか」
ミカゲさんは、自身のひげをさすりながら、興味深そうに手紙を見ている。
「そんなに後生大事に抱えて。僕にはファンなんていないのでわかりませんが、そんなに大事なんですか?」
「当たり前じゃないですか! 何言っているんですか!」
アクセス数にせよ、応援ポイントにせよ、それらすべては漫画家としてやっていくにはなくてはならないものである。そして読者のそういう応援や感想は、全部私の活力だ。
「漫画家にとってファンは神様みたいなものですよ! 読者がいてこそ成り立つ世界なんですから!」
ミカゲさんは、ふうん、と理解しているんだかいないんだかわからない相槌を打った。まぁ、こればっかりはその職業に就いた人じゃないとわからないか。
「……じゃあ、アヤちゃんにとって僕はどんな存在ですか?」
「えっ」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったので、口ごもる。私にとってのミカゲさん?
ミカゲさんは、漫画家として壁にぶち当たって、深く深く沈んでいた私を優しく救い上げてくれた。それを考えたらミカゲさんだって、いうなれば神様のような存在だ。でもミカゲさんは姿も見えるし、触れるし、何ならセックスもできるし。だから神様とはまた少し違う。ていうか神様は美味しいご飯を作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、落ち込んでいるときには慰めてくれたりしない。こう考えると、私の生活ってだいぶミカゲさんに支えられてないか? 身体的にも、精神的にも。ミカゲさんに出会う前の自分がどんなだったかも思い出せない。それくらい、ミカゲさんの存在は私にとって大きく、なくてはならないものになっている。
「……なんでしょう、水とか、空気……? うーん、何か違うな。一言じゃ言い表せないです。大切な存在なのは確かですけど……」
結局、当てはまる言葉は浮かばなかった。もともと、私たちの関係性だって、これといった名前があるものでもないのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「じゃあ逆に聞きますけど、ミカゲさんにとって私ってどんな存在なんですか?」
悩まされた仕返しのつもりで聞いてみる。でも、言われてみれば気になる。ミカゲさんは、どうして私のことをここまで気にかけてくれるのだろう。ミカゲさんの中で私はどんな存在なのだろう。
ミカゲさんは、すこし考えるようなそぶりをしてから、へにゃりと笑った。
「僕も、一言では。ところで、お腹すきませんか? 職場の方に美味しいラーメン屋があると伺ったので、一緒にどうかと思って来たんでした」
「えっ……あ、お腹はすいてますけど」
「じゃあ、一緒に。シャワーを浴びてから」
ミカゲさんは、私の額にちゅ、と小さく口づけて、先にお風呂場へと向かっていった。
……はぐらかされた? いや、そりゃ私だってごまかしたけど。
掴めない人だな、とはいつも思う。でも、今日ほどそれがもどかしく思ったことはない。本当に、ミカゲさんはどう思っているんだろう。何で私に尽くしてくれるんだろう。どうでもいい存在だったら、こんなふうにはしてくれないよね。ミカゲさんの行動の理由を知りたい。
言葉や形にしてもらわないと、分からないことだってあるんですよ。言葉があるのとないのでは、大違いなんですよ、ミカゲさん。頭の中でそう問いかけている時点で私も同じだ。貰ったファンレターに目を落としながら考える。
私は彼になんと言ってほしかったのだろうか。
「この間から、作品のアクセス数が上昇してますね。ランキングも上がってきていますし、いい感じです」
「ほ、ほんとですか!?」
確かにそんな気はしていた。ランキングとか人気とか本当は気にしないほうがいいと思うんだけど、やっぱりどうしても気になってしまうので、自分の漫画が掲載されたらチェックしている。ライバルキャラを登場させて以降、何となく上がってきているような気がしていたんだけど、勘違いだったら恥ずかしいので自分からは小宮さんに聞けなかった。でも、こうして小宮さんから言っていただけたので、ここぞとばかりに食いついた。
「やっぱりハヅキを出してから、応援ポイントとかも多くもらえてるような気がしてて! ランキングも、上のほうになってきてくれたな~って思ってたんですけど!」
「そうなんです。運営側でもライバル登場を結構大きくピックアップしていたので、一話目からのアクセス数も上がったんですよね。既存読者の読み返しか、あるいは新規の読者も増えたのかもしれませんね」
言いながら、小宮さんは自身のカバンを漁った。机の上を滑らせて私に差し出してきたのは、可愛らしいキャラ物の封筒だった。それは何か、私が尋ねる前に彼女は答える。
「ファンレターです」
「えっ……ファンレター!? 私にですか!?」
思わず大きい声が出た。周りのお客さんからじろりと睨まれ、慌てて口を手で塞いだ(もう遅いのだが)。取り繕うように小宮さんが咳ばらいをし、彼女も彼女でじとりとした目で私を見た。
「他の先生宛のものを渡したりはしませんよ」
「やっ、あの、はい、そ、そういう意味では」
しどろもどろになってしまう。だってだって、ファンレターって。机の上の封筒をもう一度見る。たどたどしく、編集部宛と書かれているが。
「中身がわからなかったので、一度開けさせていただいてます。すみません」
「や! 大丈夫です! ……み、見てもいいですか?」
「むしろ見ないんですか? ならお預かりしますけど」
「ぎゃああ! 見ます、見ます!」
カバンにしまわれそうになってしまったのを慌てて取り返す。
「冗談ですよ」
「真顔だから冗談に見えないんですよ……」
めちゃくちゃ真顔だったから本気だとばかり。小宮さんってなかなか読めない。実は冗談大好きでユーモアあふれる人だったりするんだろうか……とても想像できないけど。……はっ! 折れたり汚れたりしてないよね!?
「そんな大げさな。今まで運営の問い合わせフォームに来てた応援コメントだってプリントアウトしてお渡ししていたじゃないですか」
「そうですけど、それもかなり嬉しいですけど! 嬉しさが比じゃないというか! だって、直筆ですよ……!」
このファンレターを送ってくれた人は、わざわざこんなかわいい封筒と便箋を用意してくれて、自分の時間を割いてくれて、こんなふうに編集部宛に送ってくれたのだ。その嬉しさと言ったら、言葉にできない。
昔、好きな漫画家さんにファンレター書いたことがあったな。へったくそだけど一生懸命描いたファンアートも添えて。うわー、懐かしい。この人もそんな気持ちだっただろうか。
一度編集部で開けたとのことだったので、糊付けは取れていた。震える手で便箋を広げる。少し角ばった、素直そうな字だった。ほ、本当に直筆だ。内容も読んでないのに泣きそうになる。
この手紙をくれたのは、中学生の女の子だった。いつもクラスの子たちと読んでくれていること。この子はヒーローのタカヒロが好きだが、クラスの子はハヅキ派が多いということ。自分も好きな子がいて、主人公のヒヨリの気持ちが分かるということ。一つ一つの話題から、この子の作品への愛情を感じることができる。これからも応援しています、という言葉で締めくくられたその手紙は、二枚の便箋にびっしりと文字が書かれていた。この便箋の中に、たくさん言いたいことを詰め込んでくれたんだな、と思うと胸が熱くなる。
「ちょっと、泣かないでくださいよ。私が泣かせたみたいじゃないですか」
「だ、だって……」
ハンカチなど持っていないので、テーブルに備え付けられた紙ナフキンで涙を拭う。これは嬉しすぎるよ。もっと頑張ろう。そしてこの手紙は家宝にしよう……。
「あ、それでですね。うちって、今まで作品ページにコメントフォームなしの応援ボタンしかなかったじゃないですか。問い合わせフォームに作品へのコメントをいただくことも増えて来ましたし、今回こんなファンレターまでいただいたので、作品ページに読者コメントフォームを設置する方向で話が進んでます」
今までは応援ポイント制で、読者がボタンをタップすることで作者の応援ができ、そのボタンがどれだけ押されたかによってランキングが決まっていた。気軽さが魅力のシステムだったけれど、作者としては読者の感想が分からないのでちょっと不安があった。でも、今後はコメントが見られるんだ。言葉があるのとないのでは、喜びの大きさが段違いだ。
「コメントを見ることで運営側も人気作品や動向が今以上にわかりますしね。実装は少し先になりそうですが、これで読者をより近くに感じることができますね。絢本先生のモチベーションも上がるといいですが」
「はい! この子のためにも! 頑張ります!」
帰ったら即刻続きを描かなきゃ。いつもよりタカヒロを描くのに気合いが入ってしまいそうだけど。小宮さんはそんな私の姿を見て、呆れたように笑った。
* * *
あの日から数日が経過しているというのに、まだまだ興奮の熱が冷めない。帰ってからひたすらに描いて、時折ファンレターを眺めて……を繰り返しているうちに、いつもより早く原稿が上がった。いつもなら、原稿が終わった後は屍のようになっているのだが、まだまだエネルギーが残っている。ファンの声ってすごい。
落ち着いたし、もう一度読もう。すぐに見れるように、机のすぐそばに置いているファンレターを手に取って、何十回目かわからない読み返しをする。何回読んでも、腹の底から嬉しさと感動が湧き上がってくる。
その時、いつものリズムでチャイムが鳴った。ミカゲさんだ。一旦ファンレターを机の上に置いて、ミカゲさんをお迎えする。
「あれ。今日は出ないかと思いました」
「原稿、早く終わったんです」
ミカゲさんが驚いたような声で言うので苦笑いする。いつも修羅場中は出ないからな……。
いつものごとく、汚れた部屋の綺麗な部分を飛ぶようにして歩いて机に戻った。机の上の便箋に気が付いたミカゲさんは、それを指さして「それは何ですか?」と言った。私が封の開いた手紙を読んでいる姿が珍しかったのだろう。いつも郵便受けに入っている手紙は封も開けず玄関に放置しているから。
「あっ! これだけは、間違っても絶対に捨てないでくださいね! 大事な大事なファンレターなんです」
「ほう、ファンレターですか」
ミカゲさんは、自身のひげをさすりながら、興味深そうに手紙を見ている。
「そんなに後生大事に抱えて。僕にはファンなんていないのでわかりませんが、そんなに大事なんですか?」
「当たり前じゃないですか! 何言っているんですか!」
アクセス数にせよ、応援ポイントにせよ、それらすべては漫画家としてやっていくにはなくてはならないものである。そして読者のそういう応援や感想は、全部私の活力だ。
「漫画家にとってファンは神様みたいなものですよ! 読者がいてこそ成り立つ世界なんですから!」
ミカゲさんは、ふうん、と理解しているんだかいないんだかわからない相槌を打った。まぁ、こればっかりはその職業に就いた人じゃないとわからないか。
「……じゃあ、アヤちゃんにとって僕はどんな存在ですか?」
「えっ」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったので、口ごもる。私にとってのミカゲさん?
ミカゲさんは、漫画家として壁にぶち当たって、深く深く沈んでいた私を優しく救い上げてくれた。それを考えたらミカゲさんだって、いうなれば神様のような存在だ。でもミカゲさんは姿も見えるし、触れるし、何ならセックスもできるし。だから神様とはまた少し違う。ていうか神様は美味しいご飯を作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、落ち込んでいるときには慰めてくれたりしない。こう考えると、私の生活ってだいぶミカゲさんに支えられてないか? 身体的にも、精神的にも。ミカゲさんに出会う前の自分がどんなだったかも思い出せない。それくらい、ミカゲさんの存在は私にとって大きく、なくてはならないものになっている。
「……なんでしょう、水とか、空気……? うーん、何か違うな。一言じゃ言い表せないです。大切な存在なのは確かですけど……」
結局、当てはまる言葉は浮かばなかった。もともと、私たちの関係性だって、これといった名前があるものでもないのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「じゃあ逆に聞きますけど、ミカゲさんにとって私ってどんな存在なんですか?」
悩まされた仕返しのつもりで聞いてみる。でも、言われてみれば気になる。ミカゲさんは、どうして私のことをここまで気にかけてくれるのだろう。ミカゲさんの中で私はどんな存在なのだろう。
ミカゲさんは、すこし考えるようなそぶりをしてから、へにゃりと笑った。
「僕も、一言では。ところで、お腹すきませんか? 職場の方に美味しいラーメン屋があると伺ったので、一緒にどうかと思って来たんでした」
「えっ……あ、お腹はすいてますけど」
「じゃあ、一緒に。シャワーを浴びてから」
ミカゲさんは、私の額にちゅ、と小さく口づけて、先にお風呂場へと向かっていった。
……はぐらかされた? いや、そりゃ私だってごまかしたけど。
掴めない人だな、とはいつも思う。でも、今日ほどそれがもどかしく思ったことはない。本当に、ミカゲさんはどう思っているんだろう。何で私に尽くしてくれるんだろう。どうでもいい存在だったら、こんなふうにはしてくれないよね。ミカゲさんの行動の理由を知りたい。
言葉や形にしてもらわないと、分からないことだってあるんですよ。言葉があるのとないのでは、大違いなんですよ、ミカゲさん。頭の中でそう問いかけている時点で私も同じだ。貰ったファンレターに目を落としながら考える。
私は彼になんと言ってほしかったのだろうか。
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