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Main Story
王子様とのキスの味?
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ヒトシさんは、タバコを換気扇の下で吸う。うちの社宅の壁を汚さないようにヒトシさんなりに気を使っているようで、13年間そうしてきた。ならタバコやめればいいのに、それとこれとは話が別らしい。だから換気扇の下は料理をするところではなく、ヒトシさんの喫煙所なのだ。何が言いたいのかというと、私もヒトシさんも料理しないから、きっとここがこんな状況になるんだと思う。
「きったない……」
灰も落ちてるし、灰皿がないからって灰皿代わりにした缶からは大量の吸殻がこぼれ落ちている。そんな缶がいち、にぃ……うわ、3個も溜まってる。吸うのは一万歩譲っていいにしても、ちゃんと片付けなさいよ、ヒトシさんのバカ!
掃除は好きだから、ヒトシさんが出かけている間にちょくちょく片付けはしているものの、すぐにたまる。1日に何本吸えばこんなに溜まるのよ。バカ。ほーんと、バカ!
「だいたい、缶に入れられると分別するの大変なのに! ヒトシさんの大バカ! 絶対文句言ってやる!」
とは言え、文句を言ったところでヒトシさんはきょとん顔だ。「ならやんなきゃいいだろ、頼んだわけじゃあるまいし」とか言いそう。ていうか言う、ヒトシさんなら。結局私はそう言われたくないから、黙ってそれを片付けるのだ。人生惚れたもん負け、ってこういうことだと思う。
ビニール袋にドバドバと吸殻を入れて、缶は洗うためにシンクに置く。2個目もそうして、3個目を手に持ったところで疑問に思う。なんでこんなもの吸うんだろ。タバコの匂いだって服に着くし、健康に悪いし、いいことないのに。こんなに大量に吸ってたら、きっとヒトシさんとキスするとき、タバコの味がするに違いな──って、やだ! 何考えてるの、私!
ヒトシさんとキスをすること、想像しちゃった。どんどん顔に熱が集まる。もしそのとき、タバコの匂いとか味が気になって集中できなかったらどうしよう。初めてのキスなのに、そんな残念なことになるのは嫌だ。チラリ、と吸殻を盗み見る。3個目の缶に入った吸殻の山。多分、一番手前にあったし、缶自体も新し目だから、結構最近のやつ。その山の中の頂上の、口の部分がこちらを向いた吸殻に目がいってしまった。そんなことダメだってわかってるのに、そろりそろりと手が伸びた。
惜しむようにギリギリまで吸われた形跡のある吸殻。
ヒトシさんの唇が触れた、吸殻……。
それをまじまじと見つめて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「べ、別に、これに、深い意味はないのよ? どんな味がするのか、確かめるだけ……」
誰にするでもない言い訳を独りごちる。そうよ、これはただのチェック。来るべきその日に向けた練習というか。つまり、やましいことなんて一つもないの!
煙出てないし、ていうか吸わないから、健康にも害はないはず。私はふるふると首を振って、その吸殻を見据えた。
──よし!
意を決して、その吸殻を口に咥えようとした、そのときだった。
ガチャ。
「!!」
「お前~また鍵……」
「きっ、きゃああああ!?」
「のあ!?」
私はヒトシさんが帰ってきたことに。ヒトシさんは私が悲鳴をあげたことに驚いて声をあげた。驚いた衝撃で持っていた缶を離してしまい、吸殻と灰が床に散らばる。
「ああああっ!」
「あー! もう、何やってんだお前は……」
汚してしまった。急いでしゃがみこんで散らばった吸殻を拾い集める。するとヒトシさんもカバンをその場において、慌ててそばに駆け寄った。
「いーよ、俺がやるから」
「いいわよ! 私がやったんだから私がやる!」
どうしよう。変な反応しちゃった。怪しく思われたかも。吸殻を拾いながら恐る恐る顔を上げると、ちょうどヒトシさんの唇が目に止まって。くち、びる……。
「ひゃあああ!」
「な!? なんだよ?」
「もう! いいから! 来ないで! あっち行っててっ!!」
思わずヒトシさんを突き飛ばす。油断していたヒトシさんは尻もちをついて、「なんなんだ一体!?」と声を漏らしている。なんなんだも何もない。あんなときに帰ってきて、タイミング悪いったらないのよ!
「あっち行けって、ここ俺んちだぞ」
「パパの社宅っ!」
「屁理屈だな……」
ヒトシさんは渋々立ち上がって、玄関に置きっ放しだったカバンを取りに行き、そのまま部屋に入っていった。
「……っはー!」
びっくり、した。心臓飛び出るかと思った。まだドクドク言ってる。落ちた吸殻を呆然と眺めて、ため息をついた。キスの練習は、出来そうにない。どうやらヒトシさんとのキスの味は、本番で知るしかないようだ──って。
「何考えてんのよー! バカー!!」
「今度は何だ!?」
「だから来ないでってばー! ヒトシさんのバカー!!」
思わず投げつけたのは、吸殻が入っていた缶だった。
「「あ」」
濁点がつくみたいな発音で、濁った二人の声が重なった。ことが起きてからでは、もう遅かった。
──このとき宙を舞った無数の灰によって、掃除が大変になったのは言うまでもない。私はしばらくの間、吸殻の片付け禁止令が出て、その代わりに、いいか悪いか、ヒトシさんが自分でちゃんと吸殻を片付けるようになったのだった。
「きったない……」
灰も落ちてるし、灰皿がないからって灰皿代わりにした缶からは大量の吸殻がこぼれ落ちている。そんな缶がいち、にぃ……うわ、3個も溜まってる。吸うのは一万歩譲っていいにしても、ちゃんと片付けなさいよ、ヒトシさんのバカ!
掃除は好きだから、ヒトシさんが出かけている間にちょくちょく片付けはしているものの、すぐにたまる。1日に何本吸えばこんなに溜まるのよ。バカ。ほーんと、バカ!
「だいたい、缶に入れられると分別するの大変なのに! ヒトシさんの大バカ! 絶対文句言ってやる!」
とは言え、文句を言ったところでヒトシさんはきょとん顔だ。「ならやんなきゃいいだろ、頼んだわけじゃあるまいし」とか言いそう。ていうか言う、ヒトシさんなら。結局私はそう言われたくないから、黙ってそれを片付けるのだ。人生惚れたもん負け、ってこういうことだと思う。
ビニール袋にドバドバと吸殻を入れて、缶は洗うためにシンクに置く。2個目もそうして、3個目を手に持ったところで疑問に思う。なんでこんなもの吸うんだろ。タバコの匂いだって服に着くし、健康に悪いし、いいことないのに。こんなに大量に吸ってたら、きっとヒトシさんとキスするとき、タバコの味がするに違いな──って、やだ! 何考えてるの、私!
ヒトシさんとキスをすること、想像しちゃった。どんどん顔に熱が集まる。もしそのとき、タバコの匂いとか味が気になって集中できなかったらどうしよう。初めてのキスなのに、そんな残念なことになるのは嫌だ。チラリ、と吸殻を盗み見る。3個目の缶に入った吸殻の山。多分、一番手前にあったし、缶自体も新し目だから、結構最近のやつ。その山の中の頂上の、口の部分がこちらを向いた吸殻に目がいってしまった。そんなことダメだってわかってるのに、そろりそろりと手が伸びた。
惜しむようにギリギリまで吸われた形跡のある吸殻。
ヒトシさんの唇が触れた、吸殻……。
それをまじまじと見つめて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「べ、別に、これに、深い意味はないのよ? どんな味がするのか、確かめるだけ……」
誰にするでもない言い訳を独りごちる。そうよ、これはただのチェック。来るべきその日に向けた練習というか。つまり、やましいことなんて一つもないの!
煙出てないし、ていうか吸わないから、健康にも害はないはず。私はふるふると首を振って、その吸殻を見据えた。
──よし!
意を決して、その吸殻を口に咥えようとした、そのときだった。
ガチャ。
「!!」
「お前~また鍵……」
「きっ、きゃああああ!?」
「のあ!?」
私はヒトシさんが帰ってきたことに。ヒトシさんは私が悲鳴をあげたことに驚いて声をあげた。驚いた衝撃で持っていた缶を離してしまい、吸殻と灰が床に散らばる。
「ああああっ!」
「あー! もう、何やってんだお前は……」
汚してしまった。急いでしゃがみこんで散らばった吸殻を拾い集める。するとヒトシさんもカバンをその場において、慌ててそばに駆け寄った。
「いーよ、俺がやるから」
「いいわよ! 私がやったんだから私がやる!」
どうしよう。変な反応しちゃった。怪しく思われたかも。吸殻を拾いながら恐る恐る顔を上げると、ちょうどヒトシさんの唇が目に止まって。くち、びる……。
「ひゃあああ!」
「な!? なんだよ?」
「もう! いいから! 来ないで! あっち行っててっ!!」
思わずヒトシさんを突き飛ばす。油断していたヒトシさんは尻もちをついて、「なんなんだ一体!?」と声を漏らしている。なんなんだも何もない。あんなときに帰ってきて、タイミング悪いったらないのよ!
「あっち行けって、ここ俺んちだぞ」
「パパの社宅っ!」
「屁理屈だな……」
ヒトシさんは渋々立ち上がって、玄関に置きっ放しだったカバンを取りに行き、そのまま部屋に入っていった。
「……っはー!」
びっくり、した。心臓飛び出るかと思った。まだドクドク言ってる。落ちた吸殻を呆然と眺めて、ため息をついた。キスの練習は、出来そうにない。どうやらヒトシさんとのキスの味は、本番で知るしかないようだ──って。
「何考えてんのよー! バカー!!」
「今度は何だ!?」
「だから来ないでってばー! ヒトシさんのバカー!!」
思わず投げつけたのは、吸殻が入っていた缶だった。
「「あ」」
濁点がつくみたいな発音で、濁った二人の声が重なった。ことが起きてからでは、もう遅かった。
──このとき宙を舞った無数の灰によって、掃除が大変になったのは言うまでもない。私はしばらくの間、吸殻の片付け禁止令が出て、その代わりに、いいか悪いか、ヒトシさんが自分でちゃんと吸殻を片付けるようになったのだった。
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