ヒメとツミビト。

天乃 彗

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Main Story

会いたくて会えなくて?

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 部屋でテレビを見ていると、聞いたことのある曲が流れた。なんで聞いたことあるんだっけか。少し考えて、思い当たって向かい側に座る妃芽を見た。妃芽はポッキーを咥えながら、同じくぼーっとテレビを見ている。

「お前、この歌手好きじゃなかった?」
「ふぇ? あぁ、んー」

 間の抜けた返事をする妃芽に苦笑いをした。そうだ、確かあれは、三年くらい前──。


 * * *


 妃芽が中3になってしばらく経ったぐらいの話だ。俺が仕事の休憩中に、喫煙所でタバコを吸っていたとき、妃芽がドタバタと何かを持ってやって来た。

「ヒトシさんヒトシさんヒトシさんっ」
「妃芽、お前また会社来てるのか。暇なのか?」
「なっ……いいでしょ! 別に!」

 その頃の妃芽は、今のように合鍵を持ってて、毎日俺の家に来るわけではなく。ちょくちょく──週に一度くらいか、会社に来ては俺の周りをうろちょろして帰って行くくらいだった。大した用もないのに会社にくる妃芽に俺は、ほとほと困り果てていたのだが。

「用事が済んだなら帰れよー、おじさんは忙しいんだ」
「タバコ吸ってて何が忙しいのよ!」

 ギロリ、と俺の手元を睨む妃芽。俺は降参の意味を込めて両手をあげたあと、持っていたタバコの火を消した。

「で、何だよ?」
「これ! 聞いて欲しくてっ」

 妃芽が差し出して来たのは、当時主流だったMDウォークマン。ピンクでキラキラしたデコレーションがいかにも妃芽らしい。

「……? なんだ?」
「いいから!」

 無理やりそれを手渡され、俺はどうしていいのか分からず固まった。おっさんは機械に疎い。妃芽はやれやれと言った風にため息をついて、俺の片耳にイヤホンをさした。そして三角のボタンを押すと、何やら音楽が流れ出した。ついでに、歌詞カードも渡される。何だか妙にケバい化粧をした明るい髪の女が写っている。

「これね、今若い子に人気急上昇中の東山ミノリ!」
「はぁ」

 妃芽は鼻息荒く語り出す。

「歌詞がね、超いいんだよ! ヒトシさん、ちゃんとこれ読んで! 聞き込んで! そしたらよさがわかるから!」
「はぁ」
「等身大の歌詞でね! すっごい共感出来るんだから!」
「はぁ」

 俺はその勢いに圧倒されつつ、曖昧に返事をした。その態度に妃芽がムッとしている。俺はのそのそとその歌詞カードを開いた。耳に流れる曲はもうすぐサビの部分にこようとしていた。俺は歌詞を必死で目で追う。

“毎日会ぇるゎけじゃなぃから
会ぇたときは幸せ
でもその時間はほんのちょっとで
不安が っのるょ……

会ぃたくて 会ぇなくて
淋しぃ気持ち 膨らんでくょ
お願ぃ 気づぃて My Love”

「……妃芽」
「なに?」
「なんでこの歌詞はちっちゃい文字をわざわざ使ってるんだ?」
「……おっさん」

 純粋な疑問をぶつけたのに、妃芽は眉をひそめてそっぽを向いてしまった。何故おっさん呼ばわりをされたんだ。

「それよりっ! ほかにないわけ? 感想は!」

 妃芽は、何故かキラキラとした目で俺に詰め寄った。感想? 感想なー……。俺はまじまじとその歌詞を眺める。

「……悪いけど、共感? は全くできないわ」
「何でよ!? こんなにいい歌詞なのに!」

 妃芽はあからさまに不機嫌になっている。俺の胸ぐらを掴みながら、ゆさゆさと揺らす。まずい。逆鱗に触れる前にどうにかせねば。俺は、精一杯言葉を選びながら、この歌詞を見て思ったことを言う。

「あー……。まず、ここの、会える時間がちょっとで不安がつのるってところ。おかしいじゃん」
「なにがよ!?」
「普通、好きな人に少しでも会えたら、不安なんか吹き飛ぶんじゃねーかなって俺は思うんだけど」

 ピタリ、と妃芽の手が止まった。驚いたような顔で、俺を見上げる。

「あとさ、この会いたくて会えなくてーって。会いにいきゃよくないか? 気づいてって言われても、世の中の男は鈍いから気づかねーよ。会って、気持ち伝えりゃいいじゃんか」

 以上、俺の意見。妃芽はそのまま唖然とした顔で俺を見上げたあと──どん、と俺の体を押した。わけが分からない。俺はよろけて二、三歩後ずさる。

「何すんだよ!?」
「別にっ! ヒトシさんにしてはいいこと言うなって思っただけ!」
「じゃあ何で押されたんだ俺は!」
「別にっ! それ、返して!」

 妃芽は俺の耳にかかるイヤホンを無理やり引き離す。いてぇ! と思わず声が漏れた。

「……? 帰るのか?」
「帰るっ! バイバイ、ヒトシさん!」

 妃芽は、結局何をしに来たのだろう。その背中を目で追いながら、休憩時間が終わってしまったことに気づいたのだった。


 * * *


「あの頃あんなに騒いでたのに、飽きたのか?」

 興味なさげにテレビを見る妃芽に尋ねる。妃芽は頬杖をつきながら、俺のことをじっと見つめた。

「……? なんだよ」
「飽きたって言うか……響かなくなった。歌詞が」
「はぁ……?」

 やっぱり妃芽の発言はよく分からないときがある。俺は首を傾げながら、何故かニコニコしている妃芽を見た。

「あんな薄っぺらい歌詞より、響く言葉もらったもんね」
「……何の話だ?」
「別にーっ。へへへ」

──……? 

 よく分からんが、機嫌がいいようで何よりだ。俺は立ち上がって、お茶を持ってこようと冷蔵庫に向かう。テレビではその歌手が例の歌を歌っている。それを聞きながら、俺はピタリ、と動きを止めた。

 そういえば。その次の日くらいからだった気がする。妃芽が俺のうちの合鍵を作って、俺の家に入り浸るようになったのは。
 あのとき、もしかしたら俺は余計なことを言ったのかもしれなかった。今更言っても遅いから、苦笑いをするしかなかった。
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