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Ⅶ② 重なる想い<SIDE:玲央(猫)>
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気が付いたら玲央はソファーで横になっていた。
「……鼠屋。ちょっと来い」
額に乗せられた冷やしタオルで目元を隠して、傍に居るだろう鼠屋を呼ぶ。
「レオ、あの……」
「お前は! 極端すぎるんだよ。普段から遠慮しすぎて相手に心を開かないから、ゼロか百かって表現になるんだ。お前が俺を好きなのは俺が受け止めてやる。安心していい。お前に必要なのは安らぎだ。人の顔ばかりうかがって、羨ましがって、それじゃ誰にも受け入れてもらえないままだ。もうお前は独りじゃない。許される安心を、癒される喜びを知るんだよ。俺がそれを教えてやるよ。猫じゃない、俺が、な」
一気に言い切って、そのまま静寂。いや、鼠屋が静かに泣く声が聞こえていた。
その日から玲央は夢を見る。猫だったころの苦しい感情。飲み込まれそうになると、鼠屋が手を引いて抱き締めてくれる夢。その度に自分が今は人間の玲央であることを思い出す。
鼠屋と暮らして少し分かった。玲央が猫の記憶を思い出した理由。きっと猫の魂もこれ以上苦しみたくないのだ。
来世にこの苦しみを残したくない。だから玲央に託したのだろう。猫の魂に伝える。玲央の思うままに動いて良いのだろうか。猫は、これ以上辛い思いを抱えないだろうか。その答えには返答が得られないけれど、玲央の心はもう決まっている。
(猫、俺と一緒に、一歩前に進もう)
そう猫の魂に声をかける。
今は心が震えるような不安感や怖い気持ちが薄れている。大丈夫。これで良い。猫の歩んだ苦しみも、これまでの記憶も無駄なことは無い。ただ、留まらずに歩き出すだけ。きっと、大丈夫だ。そう自分を励ます。
鼠屋を見て自然と微笑む自分の気持ちを、玲央は温かく心地よいものに思った。
「早いな。一緒に過ごして、もう半月か」
「明日の受診は病院に行く? 医者に来てもらうことも出来るよ?」
「ばーか。レントゲンとらないといけないじゃんか。さすがに鼠屋でもココにレントゲンは無理だろう」
あはは、と玲央が笑うと鼠屋も「そりゃそうか」と笑うようになった。
ほとんど外出せず、二人で部屋に籠るように過ごしていた。鼠屋は自分の苦しさをぽつりぽつりと話すようになった。鼠は悪い奴じゃない。ただ、愛情を知らないだけだ。
愛されない者は自分の価値を知らない。周囲との距離感が分からない。ただ、それだけだ。玲央はこの愛を知らない鼠を包み込むように日々を過ごした。気が付くと半月。本当に早かったと思う。
「レオ、何か考えている? 明日の受診は日を変える?」
「いや、行くよ。鼠屋も行くだろ?」
「もちろん。荷物持ちでお供します」
執事のように一礼をする鼠屋に二人で笑った。もう、伝えてもいいだろう。
「鼠屋、明日病院行ったらギプスは部分切除して軽くなるし、もう痛みもないから生活するのに困ることは無いと思う」
ハッとしたように顔を強張らせる鼠屋。
「骨折が良くなれば、俺は一人で大丈夫だよ。今までありがとう」
はっきりと伝えると、下を向いた鼠屋が震える声を出す。
「だ、だけど、まだ、きっと大変だよ? だって、後遺症で痛いかもしれないし、困るかも、しれないじゃないか……」
「うん。そうだな。でも、俺は人間だよ。人として生を送る。神獣のお前とは、ずっと一緒には居られない」
久しぶりに張り詰めるような沈黙。
「でも、あと五十年少しかな。それだけしか居られないけれど、鼠屋、俺と一緒に生きてみないか?」
「……え?」
顔を上げた拍子に鼠屋の瞳から涙が零れ落ちる。玲央はそっと涙を左手で拭ってあげる。
「お前を、許す。鼠の全てを俺が、許す。鼠屋、俺はお前が好きだ」
「え? えぇ?」
呆けた顔で涙を流し、玲央を見つめる鼠屋に笑いが込み上げる。
「お前にとってわずかな時間かもしれない。でも俺と過ごすことは、きっと鼠屋のこれからを照らしてくれるハズだ。なんて、偉そうに言っておいて喧嘩して別れる可能性もあるけど、とりあえず恋人、してみよーぜ」
信じられないという顔で震えている鼠屋にそっとキスをした。
鼠の苦しみも分かる。猫の苦しみも知っている。その上で、玲央は自分の気持に素直に生きよう、と決めた。心の奥でチリンと優しい鈴の音がする。その音に穏やかな気持ちで耳を傾ける。
「……鼠屋。ちょっと来い」
額に乗せられた冷やしタオルで目元を隠して、傍に居るだろう鼠屋を呼ぶ。
「レオ、あの……」
「お前は! 極端すぎるんだよ。普段から遠慮しすぎて相手に心を開かないから、ゼロか百かって表現になるんだ。お前が俺を好きなのは俺が受け止めてやる。安心していい。お前に必要なのは安らぎだ。人の顔ばかりうかがって、羨ましがって、それじゃ誰にも受け入れてもらえないままだ。もうお前は独りじゃない。許される安心を、癒される喜びを知るんだよ。俺がそれを教えてやるよ。猫じゃない、俺が、な」
一気に言い切って、そのまま静寂。いや、鼠屋が静かに泣く声が聞こえていた。
その日から玲央は夢を見る。猫だったころの苦しい感情。飲み込まれそうになると、鼠屋が手を引いて抱き締めてくれる夢。その度に自分が今は人間の玲央であることを思い出す。
鼠屋と暮らして少し分かった。玲央が猫の記憶を思い出した理由。きっと猫の魂もこれ以上苦しみたくないのだ。
来世にこの苦しみを残したくない。だから玲央に託したのだろう。猫の魂に伝える。玲央の思うままに動いて良いのだろうか。猫は、これ以上辛い思いを抱えないだろうか。その答えには返答が得られないけれど、玲央の心はもう決まっている。
(猫、俺と一緒に、一歩前に進もう)
そう猫の魂に声をかける。
今は心が震えるような不安感や怖い気持ちが薄れている。大丈夫。これで良い。猫の歩んだ苦しみも、これまでの記憶も無駄なことは無い。ただ、留まらずに歩き出すだけ。きっと、大丈夫だ。そう自分を励ます。
鼠屋を見て自然と微笑む自分の気持ちを、玲央は温かく心地よいものに思った。
「早いな。一緒に過ごして、もう半月か」
「明日の受診は病院に行く? 医者に来てもらうことも出来るよ?」
「ばーか。レントゲンとらないといけないじゃんか。さすがに鼠屋でもココにレントゲンは無理だろう」
あはは、と玲央が笑うと鼠屋も「そりゃそうか」と笑うようになった。
ほとんど外出せず、二人で部屋に籠るように過ごしていた。鼠屋は自分の苦しさをぽつりぽつりと話すようになった。鼠は悪い奴じゃない。ただ、愛情を知らないだけだ。
愛されない者は自分の価値を知らない。周囲との距離感が分からない。ただ、それだけだ。玲央はこの愛を知らない鼠を包み込むように日々を過ごした。気が付くと半月。本当に早かったと思う。
「レオ、何か考えている? 明日の受診は日を変える?」
「いや、行くよ。鼠屋も行くだろ?」
「もちろん。荷物持ちでお供します」
執事のように一礼をする鼠屋に二人で笑った。もう、伝えてもいいだろう。
「鼠屋、明日病院行ったらギプスは部分切除して軽くなるし、もう痛みもないから生活するのに困ることは無いと思う」
ハッとしたように顔を強張らせる鼠屋。
「骨折が良くなれば、俺は一人で大丈夫だよ。今までありがとう」
はっきりと伝えると、下を向いた鼠屋が震える声を出す。
「だ、だけど、まだ、きっと大変だよ? だって、後遺症で痛いかもしれないし、困るかも、しれないじゃないか……」
「うん。そうだな。でも、俺は人間だよ。人として生を送る。神獣のお前とは、ずっと一緒には居られない」
久しぶりに張り詰めるような沈黙。
「でも、あと五十年少しかな。それだけしか居られないけれど、鼠屋、俺と一緒に生きてみないか?」
「……え?」
顔を上げた拍子に鼠屋の瞳から涙が零れ落ちる。玲央はそっと涙を左手で拭ってあげる。
「お前を、許す。鼠の全てを俺が、許す。鼠屋、俺はお前が好きだ」
「え? えぇ?」
呆けた顔で涙を流し、玲央を見つめる鼠屋に笑いが込み上げる。
「お前にとってわずかな時間かもしれない。でも俺と過ごすことは、きっと鼠屋のこれからを照らしてくれるハズだ。なんて、偉そうに言っておいて喧嘩して別れる可能性もあるけど、とりあえず恋人、してみよーぜ」
信じられないという顔で震えている鼠屋にそっとキスをした。
鼠の苦しみも分かる。猫の苦しみも知っている。その上で、玲央は自分の気持に素直に生きよう、と決めた。心の奥でチリンと優しい鈴の音がする。その音に穏やかな気持ちで耳を傾ける。
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