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Ⅳ章 リリアに幸あれ
13 居るべき場所へ
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ルドの沿岸。薬で良く寝ているミーを胸に抱きロンは約束の狼煙を上げる。今からリリアに戻るという合図。空に上がる煙を見つめ、天の川の神に祈りを捧げる。
ロンの傍には、ルドの新国王と皇子たちが見送りに来ている。
ルドの王位継承から十日。ルドでは王位継承式典が無い。殺し合いの末の王位略奪が伝統であり、それ以外の継承式典をするかどうかは王位についた者が決めるそうだ。
サエル新国王は圧政が続き国力が低下している時に式典はしない、と決めた。だから忙しくもない、と言い、ロンとミーを見送りに来ている。この数日でサエル国王とはたくさん話をした。
サエル国王は『ルドには貧しい面があり、カースト制度で守られる人たちもいるから階級制度は変えない』と言った。階級制度があるから不幸なのではない。そこに暮らす人が幸せであるために必要な事もある、と。彼を見ていると国の制度は違っても民の幸せを考えるルーカス様と似ていると思えた。
この国が潤ってくれることを願った。土地に太陽花が根付いてくれるといいけれど。この数日間、サエル国王と会話するうちにルドの人間全てが悪ではないと思えた。サエル国王が上に立てば、ルドはルドなりのいい方向に向くと確信が持てた。
「本当に行くのか? 帰りは天の川に入るしかないのか?」
「はい。戻るための手段は川に入る事です」
目の前の輝く天の川を見つめてロンは答える。
「もし、リリアに着けなくて川に沈んだらどうするのだ? ルドで我らと生きてみないか?」
サエル国王の提案に首を横に振る。
ミーは右足の骨が折られていた。治りかけてまた折られて、と繰り返したようだった。多分、逃げないようにしたのだ、と言われた。全身の噛み傷は深い部分は肉が抉れている箇所もあるほど悲惨だった。恐怖と苦痛で精神が保てなかったのも分かるほどの状況。
救出後、ミーはロンを認識することがなかった。目線が合わず、苦しそうに息をするだけ。その状況でつげ櫛だけはしっかりと手に握ったミー。その姿を見て、ミーの心にはまだロンが残っていると確信した。まだミーが救える。
だが、ルドの医療はリリアの医療に比べて百年以上遅れている。草花が育成しない環境で薬物の発展が遅れているのだと気がついた。このままではミーは弱って死んでしまう。それだけは嫌だ。もうミーを一人にしたくない。ミーを苦しめたくない。ミーが死ぬなら一緒に死を選ぶ。
離れている数か月でロンにはその覚悟が出来ていた。
「リリアに戻ります。もうミーと離れるのは嫌です。覚悟はできています」
「そうか。ロンならば私の傍でルドをよりよく導いてくれるかと思ったのだが、引き留めても無理か?」
まるでルーカス様のような言葉に頬が緩む。
「私はリリアの国防軍参謀です。リリアのルーカス陛下の臣下です」
「そうか。リリアの国王を羨ましく思う。ロン、私は国王として、前国王の行いを謝ることは出来ない。リリアにも、ミゴにもな。ルドはどんな悪政も自国の歴史として受け止め前に進む国。リリア国王に伝えてくれ。謝罪は出来ないが、前向きに改善していくことを誓う。あとは、ロンに友として最後にひとつ頼めるか?」
今から頼まれても何もできない。もうルドを離れるところじゃないか。意味が分からずサエル国王を見る。
「我が兄弟の末弟、ミゴを頼む。苦しいばかりの生き方をさせてしまった。この子が幸せであるように、よろしく頼む」
少し柔らかな表情をしてミーの頭を撫でるサエル国王。
ミーに聞かせてあげたかった。いや、リリアに着いたら話してあげよう。リリアでもう一度、ミーと生きたい。もう一度、ミーを幸せで包み込みたい。ロンの全てをかけて愛していきたい。
「ミーは俺の恋人です。伴侶になる事を誓った仲です。約束します。俺がリリアで幸せにします」
ロンの言葉に満足そうに笑みを浮かべるサエル国王。
「ミゴ、良かったな。いい男を捕まえたじゃないか。兄として何もできなかったが、ミゴに神の加護があるようルドから祈っている。お前は、リリアで生きよ」
サエル国王がもう一度ミーを撫でる。その姿に胸が熱くなる。
「では、行きます」
一声をかけてルドに背を向ける。絶対に離れないようにミーを抱き締める。一歩踏み出す。
「ロンに幸あれ!!」
「ロンに、ミゴに幸あれ!!」
次々に背後から起こるエール。
驚きと感動で一瞬動きを止める。だが、すぐに前を向く。エールに感謝をしながらロンは天の川に飛び込んだ。神に全ての運を委ね、目を閉じたままのミーにそっとキスをした。
ミーと一緒にリリアに戻れますように。どうかご慈悲を。それだけを神に願った。
『まったく、ロンはいつから手がかかる子になったのかしら? 生きている頃は我がまま一つ言わない子だったのにねぇ。大きくなって。守りたい人ができたのね。嬉しいわ。それが生きる喜びよ。可愛いロン、精一杯、生きなさい』
優しい母の声が聞こえた。
(そうだよ。母さん、大切で愛する人が出来たんだ。紹介したいよ。ほら、こんなに愛らしい獣人見たことないだろう?)
母にそう伝えた。いや、伝えたつもりだけど声にはなっていないような不思議な感覚。
『あらまぁ、惚気られたわ。まったくリドそっくりなんだから。ほら、もう次は助けてあげられないわよ』
ふふふ、と笑う母の声が心の中に響いた。
ザバーっと水から上がる。
急に現実世界に戻り、驚きに心臓がバクバクしている。必死で呼吸をして、腕の中にミーが居ることを確認する。腕の中のミーは目を閉じたまま。すぐに呼吸を確認する。ちゃんと息をしている。大丈夫だ。生きている! 良かった。助かった!!
「ロン!!」
知っている声に全ての緊張の糸が切れた。ルーカス陛下の声だ! ここは、リリアだ! 安堵して全身の力が抜ける。
そこでロンの意識は途切れた。
ロンの傍には、ルドの新国王と皇子たちが見送りに来ている。
ルドの王位継承から十日。ルドでは王位継承式典が無い。殺し合いの末の王位略奪が伝統であり、それ以外の継承式典をするかどうかは王位についた者が決めるそうだ。
サエル新国王は圧政が続き国力が低下している時に式典はしない、と決めた。だから忙しくもない、と言い、ロンとミーを見送りに来ている。この数日でサエル国王とはたくさん話をした。
サエル国王は『ルドには貧しい面があり、カースト制度で守られる人たちもいるから階級制度は変えない』と言った。階級制度があるから不幸なのではない。そこに暮らす人が幸せであるために必要な事もある、と。彼を見ていると国の制度は違っても民の幸せを考えるルーカス様と似ていると思えた。
この国が潤ってくれることを願った。土地に太陽花が根付いてくれるといいけれど。この数日間、サエル国王と会話するうちにルドの人間全てが悪ではないと思えた。サエル国王が上に立てば、ルドはルドなりのいい方向に向くと確信が持てた。
「本当に行くのか? 帰りは天の川に入るしかないのか?」
「はい。戻るための手段は川に入る事です」
目の前の輝く天の川を見つめてロンは答える。
「もし、リリアに着けなくて川に沈んだらどうするのだ? ルドで我らと生きてみないか?」
サエル国王の提案に首を横に振る。
ミーは右足の骨が折られていた。治りかけてまた折られて、と繰り返したようだった。多分、逃げないようにしたのだ、と言われた。全身の噛み傷は深い部分は肉が抉れている箇所もあるほど悲惨だった。恐怖と苦痛で精神が保てなかったのも分かるほどの状況。
救出後、ミーはロンを認識することがなかった。目線が合わず、苦しそうに息をするだけ。その状況でつげ櫛だけはしっかりと手に握ったミー。その姿を見て、ミーの心にはまだロンが残っていると確信した。まだミーが救える。
だが、ルドの医療はリリアの医療に比べて百年以上遅れている。草花が育成しない環境で薬物の発展が遅れているのだと気がついた。このままではミーは弱って死んでしまう。それだけは嫌だ。もうミーを一人にしたくない。ミーを苦しめたくない。ミーが死ぬなら一緒に死を選ぶ。
離れている数か月でロンにはその覚悟が出来ていた。
「リリアに戻ります。もうミーと離れるのは嫌です。覚悟はできています」
「そうか。ロンならば私の傍でルドをよりよく導いてくれるかと思ったのだが、引き留めても無理か?」
まるでルーカス様のような言葉に頬が緩む。
「私はリリアの国防軍参謀です。リリアのルーカス陛下の臣下です」
「そうか。リリアの国王を羨ましく思う。ロン、私は国王として、前国王の行いを謝ることは出来ない。リリアにも、ミゴにもな。ルドはどんな悪政も自国の歴史として受け止め前に進む国。リリア国王に伝えてくれ。謝罪は出来ないが、前向きに改善していくことを誓う。あとは、ロンに友として最後にひとつ頼めるか?」
今から頼まれても何もできない。もうルドを離れるところじゃないか。意味が分からずサエル国王を見る。
「我が兄弟の末弟、ミゴを頼む。苦しいばかりの生き方をさせてしまった。この子が幸せであるように、よろしく頼む」
少し柔らかな表情をしてミーの頭を撫でるサエル国王。
ミーに聞かせてあげたかった。いや、リリアに着いたら話してあげよう。リリアでもう一度、ミーと生きたい。もう一度、ミーを幸せで包み込みたい。ロンの全てをかけて愛していきたい。
「ミーは俺の恋人です。伴侶になる事を誓った仲です。約束します。俺がリリアで幸せにします」
ロンの言葉に満足そうに笑みを浮かべるサエル国王。
「ミゴ、良かったな。いい男を捕まえたじゃないか。兄として何もできなかったが、ミゴに神の加護があるようルドから祈っている。お前は、リリアで生きよ」
サエル国王がもう一度ミーを撫でる。その姿に胸が熱くなる。
「では、行きます」
一声をかけてルドに背を向ける。絶対に離れないようにミーを抱き締める。一歩踏み出す。
「ロンに幸あれ!!」
「ロンに、ミゴに幸あれ!!」
次々に背後から起こるエール。
驚きと感動で一瞬動きを止める。だが、すぐに前を向く。エールに感謝をしながらロンは天の川に飛び込んだ。神に全ての運を委ね、目を閉じたままのミーにそっとキスをした。
ミーと一緒にリリアに戻れますように。どうかご慈悲を。それだけを神に願った。
『まったく、ロンはいつから手がかかる子になったのかしら? 生きている頃は我がまま一つ言わない子だったのにねぇ。大きくなって。守りたい人ができたのね。嬉しいわ。それが生きる喜びよ。可愛いロン、精一杯、生きなさい』
優しい母の声が聞こえた。
(そうだよ。母さん、大切で愛する人が出来たんだ。紹介したいよ。ほら、こんなに愛らしい獣人見たことないだろう?)
母にそう伝えた。いや、伝えたつもりだけど声にはなっていないような不思議な感覚。
『あらまぁ、惚気られたわ。まったくリドそっくりなんだから。ほら、もう次は助けてあげられないわよ』
ふふふ、と笑う母の声が心の中に響いた。
ザバーっと水から上がる。
急に現実世界に戻り、驚きに心臓がバクバクしている。必死で呼吸をして、腕の中にミーが居ることを確認する。腕の中のミーは目を閉じたまま。すぐに呼吸を確認する。ちゃんと息をしている。大丈夫だ。生きている! 良かった。助かった!!
「ロン!!」
知っている声に全ての緊張の糸が切れた。ルーカス陛下の声だ! ここは、リリアだ! 安堵して全身の力が抜ける。
そこでロンの意識は途切れた。
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