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Ⅶ それぞれの道

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「蓮さんからの電話、大丈夫だった?」
少し落ち着こう、とトイレ休憩も含め車を止めてくれる田村さん。

「すみません。撮影に影響ないといいですけど」
トイレで顔を洗い目元を冷やしている。泣き顔で撮影に参加などプロ失格だ。

「撮影は午後からだから大丈夫だよ。蓮さんは何て言っていたの? 発情期の事?」
「いえ、会見をするそうです」

「あ、とうとうルカ君に話したんだ」
「知っていたのですか?」

「まぁ、事務所同士の事前打ち合わせだよ。うちのルカ君の事でもあるし。その打ち合わせに蓮さん本人が来たよ。タレント本人が来るなんて通常あり得ないけれど。そこで蓮さんの人柄を知った。蓮さん、報道で流れているような悪人じゃないよね。ルカ君の事大切に想っているのが分かった。僕にも『ルカを頼みます』って頭下げていった」

初耳な事に驚いて田村さんを見る。
「蓮さんを信じていいと思うよ。オメガとか関係なく、心のままに生きても良いと思うよ」

心のまま、に。ルカの心の欲求に素直になっても良いのだろうか? おさまっていた涙がポロポロ流れていく。

「た、田村さん。反則だ。そんな直球、泣けてくる」
「あぁ、ごめん。そんなつもりでは無かったのに。あぁ、撮影なのに。ど、どうしよう。ルカ君、お願いだ。泣き止んで」

オロオロする田村さんを見て笑った。何となく二人で笑って涙は引っ込んでくれた。


 午後から夕方にかけての撮影は順調に終了した。泣いたあとの顔はメイクさんが何とかしてくれた。「これくらい大丈夫ですよ。二日酔いのむくみ顔とか、対処は慣れっこです」と笑ってくれたのが救いだった。

 撮影場所からの帰宅途中。ルカは車の振動に眠りそうになっていた。
「ルカ君、起きて。蓮さんの会見が始まるよ。携帯で見る?」

田村さんの声に、はっと目を覚ます。
「見ます! 起こしてくれてありがとうございます」

「ナビ画面では会社の規則上、映像流せないからスマホ使って。僕も音声は聞いているから」
いつの間にか田村さんはイヤホンを装着している。

「安全運転でお願いします」
そう伝えると「オッケ―だよ」と笑ってくれる田村さん。


 十九時ちょうど。都内の有名ホテルの中規模会場で会見。ゴールデンタイムに近いのに緊急生中継を行う局もある。会見会場には記者が多く入っていて緊迫感がある。スマホ画面を握り締める。会場内のフラッシュが一気に光り出し蓮が事務所の人間と入場する。一例をして着座する様子を、スマホ越しに息を飲んで見守った。

『本日お集まりの皆様には、お忙しいところご足労いただきましたこと……』
蓮の事務所の偉い方が冒頭にあいさつをする。

そんな話より蓮のことが気になって目で追ってしまう。落ち着いた顔の蓮。スッキリと額を出したダークスーツ姿。凛と伸ばした背筋がカッコいい。ルカを甘やかす蓮の大きな身体を思い出し腰がわずかにモゾモゾする。蓮の匂いが嗅ぎたい。そんな欲望が沸き上がってしまう。

『本日はお忙しい中お集まりくださり、誠にありがとうございます。私より皆様にモデルLUCaとの関係について説明いたします』

深い一礼の後に蓮が話し出す。フラッシュが一斉に光る。ルカはスマホ画面を食い入るように見つめた。

『私、神宮寺蓮はLUCaの番です。報道の通りです。番になったのはLUCaが中学生の頃です。私は高校生でした』
会場内がざわざわするのがスマホから伝わってくる。

『あの日、私は心が奪われるような匂いに気が付きました。それはこれまで嗅いだことがない匂いで、運命の相手を見つけたと直ぐに分かりました。本能の赴くままにLUCaを見つけ、そのままうなじを噛みました。ですがその時、我々は若く番は成立しないはずでした。性交はもちろんしていません。しかし、ただその一回の口噛で番が成立しておりました。世界的にも発情前のオメガとアルファの番成立は珍しいとされております。そのため、もしかしたら番になっていないかも、と揺らぐ気持ちもありました。その後、私は若い自分の犯した行為が怖くなり逃げました。海外留学し、LUCaの苦しみから目を背けました』

蓮が一息をついて水を飲む。その様子をルカはスマホ越しに見守る。違うじゃないか。蓮、無理やり海外に行かされたじゃないか。全てを背負い一人悪役になっている蓮を想い涙が流れる。

『俳優の仕事を始めてから、偶然、自分の番であるLUCaに出会いました。心から神に感謝しました。そして番は成立していたことを知りました。現実を知り、逃げた自分の弱さを恥じました。その時から、LUCaを苦しめてしまった分、幸せにしたいと独りよがりな事を思っていました。オメガとはアルファが甘やかして愛でていることが幸福だと思い込んでいたかもしれません。しかしLUCaはしっかり自分の人生を歩んでいました。守られるべきオメガではなく、私の人生の目標になるような輝かしい存在でした。私はLUCaに生きることを教えてもらっているような気がします。私はこの先、俳優として人生を歩んでいきたいと思っています。幼い頃からの夢であった俳優業に誠心誠意取り組んでまいります。いつかLUCaに受け入れてもらえるように自分の道を切り開いていきたいと思っております。この度は、私の若かりし頃の不徳の行為により傷つけてしまったLUCa、およびご家族様、世間の皆様に心よりお詫び申し上げます』

蓮が席を立つ。フラッシュの嵐。続いて事務所の同席者も席を立ち『誠に申し訳ありません』と深くお辞儀をする。

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