顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月

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Ⅲ 番のアルファ?

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扉を開けて部屋の外の空気を吸うと心臓がドクリと鳴る。この匂い。血が躍り出すようなアルファの香り。うっすらと身体の芯が熱を持つ感覚。

はっと前を向く。居る。この先に良い匂いの人が、居る。惹きつけられる。自然と足が進む。匂いのもとに、行かなきゃ。

「ルカ? どうした?」
心配そうな川口さんの声が遠くに聞こえる。

階段を急ぎ足で登ってくる、人。見た瞬間に分かった。自分の、ルカのアルファだ。階段を駆け上がってきた蓮とフラフラ歩くルカが抱き合う。大きな体に抱きしめられて全身で連の匂いを吸う。満たされる心に涙が溢れる。あまりの感動と幸福感で、ルカは他の何も考えられなかった。

「会いたかった……」

厚い胸に声を染みこませる。蓮の心臓に、心の底に届くように言葉にする。

自分を噛んだアルファに会ったら殴ってやる、と思っていたのに。憎くて仕方なかった存在。けれど実際は幸福な匂いに包まれると、全てどうでも良くなってしまっていた。ルカは彼を逃すまいと必死に抱き着いた。

周囲がザワザワしていたけれど少しも記憶に残っていない。

「落ち着いたか?」
低い声が耳に届く。心地よい声だ。

ゆっくり見上げると綺麗な顔がルカを覗いている。嬉しくてルカは微笑む。しばらく見つめ合い徐々に意識が明瞭になる。

自分の状況が分かり悲鳴を上げそうになる。ルカはソファーで蓮に抱きかかえられていた。頭がぼんやりして何が起きたのか記憶にない。周囲を見ると椅子に座った怖い顔の川口さん。もう一人椅子に座った男性。先ほどの控室に四人だけ。

「ルカ、緊急抑制剤注射キット使ったよ。気分はどう?」
川口さんがルカに優しく問いかける。そうか、緊急抑制剤か。道理で全身倦怠感が強いわけだ。でも、なんで? 問いかけたいのに言葉にならずに川口さんを見つめる。

「お前が突発的な発情に陥ったからだ。多分お前が俺の番だから。フェロモンの匂いで反応したのだろう」
ルカを抱き締める蓮が声を落とす。その響きが心地よくて逞しい身体にすり寄る。

「おい、発情は落ち着いただろう。しっかりしろ。撮影が押している」
蓮の言葉を頭の中で反芻する。撮影、そうだ! 仕事だ! だるい身体に力を入れて良い匂いの蓮の膝から降りる。

すぐに川口さんが支えてくれて椅子に座り直す。優しくルカを支えながら川口さんが厳しい言葉を連に向ける。
「蓮さん、色々と聞きたいこともありますが、ひとまず撮影を済ませましょう。仕事の後に時間をもらいたいです。今回のルカの発情はアルファの蓮に威圧され刺激された、と言うことで良いですよね?」

直ぐに答えたのは連の付き人だった。
「いえ、困ります。蓮様のせいにしないでいただきたい。私もアルファです。私が緊張して威圧をしてしまった、ということに。こちらの意向に沿わないならば、それなりの手段に出ます。あなた方は一切余計な事は言わないように。いいですね? 抑制剤が効いているうちに仕事を済ませましょう」

有無を言わさぬ勢いの蓮の付き人。川口さんは怒りを滲ませていた。

 二人の言い合いの間、そっと優しくルカを撫でる大きな蓮の手。冷たい表情とは真逆の労わるような、慈しむような触り方。まるで心を愛でられているような感覚。ピリピリした部屋の空気に似合わずルカの心はホワリと温まっていた。
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