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Ⅰ キズモノオメガ
④
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中年女性は井本さん、若い男性が川口さんと名乗った。もらった名刺には誰もが知っている有名ファッション誌の名前がある。
世間では近年、バースハラスメントという言葉が良く使われる。
それはオメガや女性といった社会的弱者へのハラスメント対策が世界のテーマになっているから。雑誌もその風潮にのり男性女性に囚われないジェンダーニュートラルにシフトチェンジをすると井本さんが熱弁した。
その先駆けとして、男性誌・女性誌の両方に共通で活躍するジェンダーレスモデルを専属として置きたいと。ルカはよく分からず首をかしげていた。
社会の風潮は情報として知っているけれど、引きこもっていて通常ルートの生き方をしていないルカが担えることだろうか? そして首後ろに噛み跡がついている番持ちオメガで務まるのか。
何も言えずにいるルカに井本さんが質問をしてくる。
「ねぇ、ルカ君。どうかしら? 聞いてみて興味は出ないかしら?」
深呼吸してルカは本当のことを言うことにした。
「えっと、俺には無理じゃないかと思います。俺、中学の時に、事故でうなじを噛まれています。番持ち、です」
「え? 中学生で? じゃ、結婚しているの?」
「いえ。あの、相手が分からなくて。あの、いわゆる、キズモノオメガ、です」
会ったばかりの人にこんなことを言わなくてはいけない現状に、ルカはだんだん辛くなってきた。
オメガが番に捨てられることや性犯罪被害を受けたオメガの事を『キズモノオメガ』と呼ぶ。良い表現ではない。自分で自分を貶めるような言動にさすがに心が苦しい。もうモデルの話は断って帰ろうとした、が。
「詳しく聞いても構わないかしら? ねぇ、ルカ君。私の話を聞いてくれていたでしょう? むしろ、あなたのように辛い思いをしている男性オメガこそ今回の専属モデルに最適なのよ。このジェンダーレスモデルは、きっとあなたにしか出来ない仕事になるわ」
「僕もそう思います。ルカさんの事情をぜひ教えてください。主任の見る目は確かです。きっとルカさんには光るモノがある」
引き留められて下を向く。こんな喫茶店で話せることじゃない。
「俺、まだ十九歳です。両親を含めて話して欲しいです」
今できる精一杯の拒否姿勢を示した。だって怪しすぎる。親を出せば引くと思ったのに、二人は家までついてきた。
結局そのまま親とも挨拶をして、ルカの中学の時の事故から孤独な発情期の事、抑制剤の過剰摂取、副作用の苦しさ、それによる引きこもり期間、新薬の事まで、洗いざらい親が話した。聞き上手な井本さんと川口さんに驚いてしまった。さすが雑誌社の人だと感じた。
「ルカ君、全てをオープンにして構わないなら、この事情もいずれ出しましょう。そうすることで、あなたの苦しんだ期間が今後の人生の糧になる。あなたの不思議な魅力はきっと世間を魅了する。そうすれば、バース差別やバース犯罪被害者が減ることに繋がる。一緒に頑張りましょう。あなたは売れるわ」
井本さんのこの言葉にモデルになる決意を固めたのはルカの両親だった。
世間では近年、バースハラスメントという言葉が良く使われる。
それはオメガや女性といった社会的弱者へのハラスメント対策が世界のテーマになっているから。雑誌もその風潮にのり男性女性に囚われないジェンダーニュートラルにシフトチェンジをすると井本さんが熱弁した。
その先駆けとして、男性誌・女性誌の両方に共通で活躍するジェンダーレスモデルを専属として置きたいと。ルカはよく分からず首をかしげていた。
社会の風潮は情報として知っているけれど、引きこもっていて通常ルートの生き方をしていないルカが担えることだろうか? そして首後ろに噛み跡がついている番持ちオメガで務まるのか。
何も言えずにいるルカに井本さんが質問をしてくる。
「ねぇ、ルカ君。どうかしら? 聞いてみて興味は出ないかしら?」
深呼吸してルカは本当のことを言うことにした。
「えっと、俺には無理じゃないかと思います。俺、中学の時に、事故でうなじを噛まれています。番持ち、です」
「え? 中学生で? じゃ、結婚しているの?」
「いえ。あの、相手が分からなくて。あの、いわゆる、キズモノオメガ、です」
会ったばかりの人にこんなことを言わなくてはいけない現状に、ルカはだんだん辛くなってきた。
オメガが番に捨てられることや性犯罪被害を受けたオメガの事を『キズモノオメガ』と呼ぶ。良い表現ではない。自分で自分を貶めるような言動にさすがに心が苦しい。もうモデルの話は断って帰ろうとした、が。
「詳しく聞いても構わないかしら? ねぇ、ルカ君。私の話を聞いてくれていたでしょう? むしろ、あなたのように辛い思いをしている男性オメガこそ今回の専属モデルに最適なのよ。このジェンダーレスモデルは、きっとあなたにしか出来ない仕事になるわ」
「僕もそう思います。ルカさんの事情をぜひ教えてください。主任の見る目は確かです。きっとルカさんには光るモノがある」
引き留められて下を向く。こんな喫茶店で話せることじゃない。
「俺、まだ十九歳です。両親を含めて話して欲しいです」
今できる精一杯の拒否姿勢を示した。だって怪しすぎる。親を出せば引くと思ったのに、二人は家までついてきた。
結局そのまま親とも挨拶をして、ルカの中学の時の事故から孤独な発情期の事、抑制剤の過剰摂取、副作用の苦しさ、それによる引きこもり期間、新薬の事まで、洗いざらい親が話した。聞き上手な井本さんと川口さんに驚いてしまった。さすが雑誌社の人だと感じた。
「ルカ君、全てをオープンにして構わないなら、この事情もいずれ出しましょう。そうすることで、あなたの苦しんだ期間が今後の人生の糧になる。あなたの不思議な魅力はきっと世間を魅了する。そうすれば、バース差別やバース犯罪被害者が減ることに繋がる。一緒に頑張りましょう。あなたは売れるわ」
井本さんのこの言葉にモデルになる決意を固めたのはルカの両親だった。
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