顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け！

Ⅰ キズモノオメガ

②

　世の中には男性と女性の他にアルファ、オメガ、ベータという性別がある。全人口の一割がアルファ、一割がオメガ、残りの八割がベータ。

相手を孕ませる機能のあるアルファは男女比率五割ずつ。アルファは何事にも優れた才能を持つ者。対して、発情期のあるオメガの男女比率は女性オメガ九・五割、男性オメガ〇・五割。生存数が少ないため妊娠できる男性オメガは希少種とされている。

　オメガはアルファにうなじを噛まれることで、そのアルファと番となる。番となったオメガは自分のアルファとしか性交できない。厳密に言えば性交は出来るが拒絶反応がでる。また、番以外のフェロモン影響を受けにくくなる。

番が成立するのは発情期を迎えたオメガだけ。ルカはまだ発情期が来ていなかったからうなじを保護していなかった。直接うなじを噛まれても発情期前だから番の成立はしないはず、だった。しかし現実には番が成り立ってしまっていた。

「極わずかな確率なのですが、そういう例の報告があるには、あります」
病院の先生が憐れみを含めてルカと両親にそう伝えた。

　そして、ルカを噛んだアルファは見つからなかった。


　それからルカは満たされない孤独な発情期と戦うことになった。出来るだけ発情期を軽く済ませるために強い抑制剤を使った。緊急抑制剤も併用した。荒れ狂う性欲と抑制剤副作用による体調不良に悩まされる日々。副作用のせいで学校にも通えなくなった。それに加えて精神的にも家から出ることが怖くなっていた。

　三年引きこもった。

ルカが十八歳になったある日。オメガの発情をコントロールする新治療が開発された。これまでオメガフェロモンを抑え込む抑制作用の薬だけだったが、新治療はオメガフェロモンを相殺するアルファの疑似フェロモンを投与する。これを臨床試験として試してみないか、と病院から勧められた。

ルカは現在の薬剤使用量に限界が来ていたから、苦痛が軽減するなら新薬でも何でもよかった。二つ返事で承諾した。

　この治療法であればオメガの部分を無理に抑え込まずにすみ、身体への負荷が少ない。副作用も軽い。ただ、個々のオメガフェロモンに合わせた疑似アルファフェロモンを調合生成するため薬代が高いのが難点。臨床試験の期間は無料ですむから助かるけれど。

　この治療法は驚くほどルカに合っていた。治療変更からしばらくすると抑制剤の副作用から解放されて気持ちも前向きになった。体調不良は精神を蝕むことが分かった。久しぶりに通院以外で外に出ようと思えた。

日が暮れてからの外出は怖くて気持ち向かない。しかし昼間の外出ならいけるかもしれない。発情期は自己処理で対処できる程度の性欲になっている。万が一のための緊急抑制剤も持っている。少しくらい外に出ても大丈夫だ、そう自分に言い聞かせた。