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Ⅲ 人殺しの竜人皇子と孤独な竜人貴族の絆愛

未来に繋ぐ

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<未来に繋ぐ>
 国王陛下、妃殿下をはじめ王族皆様にご挨拶の公式行事。伴侶の披露挨拶として貴族への顔見せもある。ガッチガチに緊張したが、国王様が明るく気さくで意外だった。威厳があるのに近寄りがたくない。オリバー様には「おめでとう。いつも通りでいいよ」と含み笑いをしながらの言葉をいただいた。正式な場でダメだろう、と突っ込みたいのを我慢した。
オリバー様の婚約者レイ様は可憐な存在で癒された。この場で唯一の人間。それを鼻にかけていなくて、オリバー様が選んだ方だけあると思った。
拝見するのは初めてのアレク様。見惚れてしまう美しい姿だった。天使の輪がついていそうな輝く存在感。これは、カイト様が惚れるのも納得。こちらを緊張して見ているのがわかり、可愛い人だと思った。その時に、「女性扱いしていないけれど可愛い」と言うカイト様の気持ちが少し分かった。アレク様に寄り添っている美丈夫がランドール伯爵。
次は侯爵家皆様方への挨拶。カイト様と歩くが、クラリと目の前が揺れる。あれ、と思ううちにその場に膝をついてしまった。
「キリヤ!」
すぐにカイト様に支えられる。
「どうした? 調子が悪くなったか?」
うまく言えないけれど、気持ち悪い。人に酔ったのか。
「すみません」
吐きそうになり言葉が続かない。
「あれ? キリヤ。これ」
カイト様が腹部にそっと手を乗せる。よく見ると、柔らかな金の光。俺の身体が光っているのか? 驚いてカイト様を見る。
「すぐに医師を! みな、今日は解散とする! ご苦労であった」
国王陛下が指示を出し、妃殿下が「毛布を!身体が冷えないようにしなくては!」声が色々飛び交う。見渡すと、近くの貴族方々がこちらに膝をついている。どういうこと? カイト様の豪華な上着を身体にかけられ、抱き上げられる。
「いけません! 殿下の威厳が。うっ……」
「キリヤ!?」
嘔吐感が限界だ。頭がグラグラする。横抱きにされたまま、速足で移動する殿下の胸に我慢できず吐き戻してしまう。「す、すみません……」
「気にするな。もう、ここでいい。毛布を。着替えと目隠し! 湯を持て! 医師はまだか!」
バタバタと廊下の一角に簡易ベッドが運ばれ、温かい布で顔やら汚れを落とされて寝かされる。竜人医師が診察する。何だろう。
「卵です。金の、王家の卵です」
医師が「ありがたい。神の恵みだ」と感動の涙を流し、俺を拝む。え? 俺、妊娠したの?
全然わからなかった。そういえば、ここ数日朝から調子悪かったけれど、大きな行事の緊張のせいだと思っていた。周囲の侍女や侍従も、膝をついて拝んでくる。やめてほしい。
「あの、俺はどうしたらいいですか?」
「毛布を掛けろ。身体を冷やすな。お前は、今、次世代の希望を宿したんだ。金の卵だ!すごいことだ!」
「あ、それ勘違いですね。間違いです」
「は?」
「えぇ?」
皆さんが俺を見る。王族が産む卵が金なのだろ? 俺じゃないよ。
「俺、王族じゃないので、金の卵は産まないですね。妊娠……どうしましょう。卵かえるまでは実家ですかね? 生まれた卵はどうしましょうか。俺、大丈夫かな」
あっけにとられているカイト様。
「……もう、キリヤ。卵については一言もしゃべるな。で、気分は?」
「はい。吐いたら嘔吐感はなくなりました。殿下にぶちまけて、すみません」
「お前といると、色々な驚きに出会うからいいよ」
「それは、嫌みを含んでいます?」
「仲がいいところすまないが、ここに居るうちに声をかけるぞ」
国王陛下だ。起きようとするが止められる。
「金の卵かどうかは、カイトから聞くと良い。キリヤ、卵は授かりものだ。とにかく体を大切に。今は何よりも卵を孵すことを優先していい。可愛い孫を見せておくれ。楽しみが増えたよ。さあ、早くカイトの邸内にいくのだ。ここでは落ち着かないだろう。部屋でゆっくり診察を受けなさい。産卵と孵化の時期も知らせてくれ」
 あのあと、歩けるというのにカイト様に抱きかかえられ、護衛は白い幕で俺たちを隠して歩き大変な目にあった。カイト様の居住区に戻ると、侍従や侍女が涙を流しお祝いを言う。いつも至れり尽くせりだけれど、いつも以上だ。
 医師の診察によると卵は金の卵で間違いないと。俺は知らなかったが王族だけでなく王家の伴侶にも授かるものらしい。

金の卵は、一世代に一回の授かりとあり、吉報として竜人区全体に広まった。ルラ国人口四億人以上。そのすべての希望として崇められた。おかげで、このフロアは、お祝いの品で溢れかえっている。その量と反比例して俺の気持ちは沈んでいく。竜人は卵を授かりにくい。絆を結んで二か月の俺とカイト様に授かるとは。驚きだ。そう、たった二か月なんだ。
 産卵までの期間が四か月。その間は、卵が流れたら大変なことになると切々と医師から説明された。四か月、とにかく安静に。外出禁止。寝ているように念を押される。トイレにも行かせてもらえない勢いだった。俺の自由はどうなるんだ! トイレ権を確保するのがこんなに苦労するとは。入浴はカイト様と一緒でなければ許可が出なかった。
カイト様は、できるだけ俺に付き添うと言った。少し前にも血の絆の結びなおしで休暇いただいたばかりだ。休まなくていいと伝えた。俺のせいで殿下が仕事をしない、と言われたら困る。カイト様は早めに切り上げ夕刻には帰ってくる日々。夜の生活はしばらくお預け。
 殿下が優しすぎてイライラする。でも、それが言えない。食欲がなく嘔吐感が続いている。そんな体調の悪さにもイライラが募る。ベッドから動くと、周囲に護衛やら侍従やら。「どちらに行かれますか。寝台にお戻りください」常に付きまとう彼らにもイラつく。イライラが治まらない数日。どうにかして抜け出したい。

妊娠が分かって一週間。とうとう爆発した。

 帰宅した殿下に、当たり散らした。
「俺ばかり、何でこんなに色々重なるんだ!まだ親になる自覚もない! カイト様との絆を受け入れたばかりだよ……カイト様と生きていこうと思ったらすぐに妊娠なんて。なんで俺なんだ……」
涙が溢れる。高ぶる気持ちが抑えられない。そのうち声を上げて泣き出してしまい「殿下が妊娠すればいい!」「俺は望んでいない!」とわめき散らしていた。「キリヤ、ごめんね。ごめん」泣く俺を抱きしめるカイト様。その胸を叩き、怒鳴り一時間ほど経っただろうか。泣く力も尽きてしまい、カイト様の腕の中でボーっとしている。泣きすぎて頭が痛い。
「王家の卵だとか、俺の方の都合ばかりでごめんね。できるなら、代わりたいよ。本当にごめん。ねぇ、明日からしばらくは傍に居てもいいかな?」
「……はい」
自分でも情緒不安定だと思う。カイト様に居てもらう方がいいだろう。気分転換をしよう、と抱き上げられる。ふと周囲を見ると、護衛や侍従が心配そうに俺たちを見ている。泣いている侍女もいる。いつもの滝のあるリビングに行くと土の匂い。部屋を見て驚いた。木々や花で埋め尽くされている。匂いと空気に心が躍る。
「少し、歩いてみる?」
「はい」
降ろしてもらい、俺の背丈より高い木や、足元のプランターの花の匂いを楽しむ。卵が流れないように出来るだけ寝ていろと言われる日々にウンザリだった。自分の足で歩くことが嬉しい。どうなっているのか足元は芝生だ。土が敷いてある。
「これ、どうしたんですか?」
土の感触を味わい、嬉しくなる。滝の水音がよく合っている。外に散歩に出たみたい。先ほどの泣いた気分はすっかり吹き飛んでいた。
「久しぶりにキリヤの笑顔が見られた。俺とオリバーで考えたんだよ。キリヤが喜ぶこと」
肩に毛布がかけられる。
「風を通すよ。冷えるといけない」
窓が開けられる。室内の電気が落とされて、ダウンンライトだけ。外のライトアップした庭園から室内が続いた林のようになっている。風に乗って自然の香り。数日ぶりの外の空気。
頬を涙が流れる。後ろからそっと抱きしめられる。
「キリヤ。負担をかけてゴメン。できることはする。一人で抱えるな。俺に甘えていい」
カイト様に寄りかかり包み込む腕を見つめる。
「どうしていいか、分からないんです。みんなが喜んでいるのに、俺は喜べていない。気持ちが追い付かない……」
「さっきみたいに、俺にぶつけていい。良い子でいなくていい。キリヤらしくいればいいんだ。動きたいのはちょっと我慢だが、この城の中でワガママも俺が叶える。贅沢し放題だ。それくらいの大仕事をお前は背負ったんだ」
コクリと頷き、涙が流れた。そうか。窮屈なのも全部我慢せずに言えばいいのか。
「明日は、ここでピクニックみたいにご飯を食べたいです」
「いいよ。美味しいご飯になるね。ここのところ、すごく痩せたよね。ちょっとでも食べられるといいね」
「吐いてもいいから明日は食べたい。……カイト様にぶちまけるかも」
「構わないさ」
頭にキスをされる。顔が緩むのが自分でわかる。明るい中でこの部屋がどうなっているのかゆっくり見たいと思った。
 カイト様の腕のなかで久しぶりに熟睡できた。次の日のご飯は朝から緑に囲まれて食べたいものを思いつくまま言った。ついて回られて嫌な存在だった侍従たちが、喜んでなんでも用意してくれた。「どんどんお申し付けください」と涙を浮かべるこの人たちは、本気で俺の心配をしてくれていたのが伝わってきた。甘えれば良かったのか。そう分かると楽になった。

 次の日から、気持ちがストンと安定したのが分かった。優しい人々に囲まれてカイト様と過ごすうちに、卵が自分の中にいることが喜びになった。どうにかなるか、と受け入れることが出来た。幸せなことが起きたのだと実感できた。

 妊娠判明から二か月半、アレク様から手紙が届いた。見舞いにいってもいいか、という内容。ぜひぜひ。美しいアレク様を思い出して気分も上がる。
「こんにちは。体調はどうですか?」
黒髪の天使が、ランドール伯爵と訪室する。レイ様とオリバー様も一緒だ。腹部が膨れてきていて出迎えが出来なくて、カイト様が緑化した居室に案内してくれる。室内芝生に厚い絨毯と大きなクッションをたくさん置いて、その中で過ごしている。今日はアレク殿下たち用のクッションもある。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。お出迎えをせず、申し訳ありません」
「いえ、ご無理を言ってすみません。調子がいいようでしたら仲良くできたら嬉しいと思って。素敵な室内ですね」
天使が俺に声をかける。
「僕も、仲良くさせていただけたら嬉しいです」
顔を赤らめているレイ様。これは、かわいらしい。
「ありがたいお言葉、感謝いたします。部屋はカイト様が作ってくれました。とても気に入っているんです。本日は、お声がけ下さり大変光栄です。オリバー様、ランドール様もお忙しい中ありがとうございます」
「気にするな」と、それぞれ伴侶と共に絨毯に座る。クッションを使い、ピクニックみたいだと喜んでもらえた。お茶とお茶菓子を侍女が用意する。
「僕たちは敬語もなしで話しているんだ。キリヤさんもそれでいい?」
「はい。もちろんです」
そこからは、とても楽しい時間になった。なぜアレク様の足が悪いのか、昔のカイト様の話。泣きそうになる話もあった。レイ様の育ち、オリバー様との出会い、真っ赤に照れるレイ様が可愛くて笑った。あっと言う間に夕刻。これから、週に一回の皇子茶会を、ここでしようと決まった。予定ができるって嬉しい。
あの素敵な来客を喜ばせたくて、カイト様とお茶菓子をどうしよう、花の位置を変えようと作戦を立てる。一週間に一回の皇子会とは別に、二日や三日置きにアレク様とレイ様が訪室してくれて、部屋の空気が華やいだ。侍女や侍従がニコニコ協力してくれて、とても満たされて時間が過ぎた。

 予定日を三日過ぎ、俺は金の卵を三つ産んだ。どうやって出てくるのか不安しかなかったが、ウミガメの産卵のごとく生まれた。半日かけて産み終えた時は、もう死んだと思ったくらい疲労困憊だった。大人のこぶし二つ分の輝く卵たちを見て、カイト様と涙を流して喜んだ。ここから六か月後に孵化する。それまでの期間、伴侶で傍に寄り添い愛情をかける。可愛い卵だ。日々大きくなるのが嬉しくて仕方ない。アレク様・ランドール様もオリバー様・レイ様も、毎日撫でて愛情を与え喜びを分かち合ってくれる。何より優先される金の卵の育成期。家族の絆作りの大切な時期だ。俺とカイト様は決めていた。この子たちの名付け親は、オリバー様とアレク様に頼もうと。それを告げた時に快く引き受けてくれたご兄弟殿下。
 三つの卵は六か月で直径五十センチ以上に成長した。中からコツコツ音が響くようになり、生まれる時を楽しみに待った。孵化予定日二日前から、七階フロアに兄弟殿下全員泊り込みで見守っている。
一番初めに生まれたのは、一番大きな卵。割って出たのはオレンジの子竜だった。フェイの微笑む顔がよぎった。この子は、アレク様とランドール様が「ルーイ」と名付けた。ルーイはキョロキョロしたあと、レイ様を見つめ、レイ様に飛びつき抱き留められた。驚いているレイ様と、そっと背を支えるオリバー様。オリバー様にも抱かれて「クゥクゥ」と喜ぶ小竜。
 二番目の子は空色の竜。この子はオリバー様とレイ様が「ハルト」と名付けた。ルーイよりやや小さいが、立派な子竜。この子は、俺の腕に来て、俺が抱き留めた。腕に抱くと、胸がキュンとする可愛らしさだ。「アウ、アウ」と小さく鳴く。カイト様にもそっと渡すと、ハルトはキャッキャッと喜んだ。カイト様、頬染めて喜んでいる。
なかなか生まれない三つ目の卵。他二つより一回り小さいこの卵は、中からの音も弱く心配だった。中で弱っているのか。ハルトが孵化してから一時間ほど見守った。
「出てこない……。どうしよう」
言葉が漏れてしまった。すると、カイト様とオリバー様の腕にそれぞれ抱かれていたルーイとハルトが、卵に近づいた。ルーイが、卵の殻を小さな竜の爪でバリンと割った。
「わぁぁ! 何やってるんだ!」抱き上げようとするが、ハルトもバリンと割る。すぐに二匹を卵から離す。二匹ともご機嫌。大丈夫なのか? 卵を見つめると、中から小さな足。肌色の、人間の赤ちゃんの足……。全員顔を見合わせてしまった。割れ目から足を出し殻を破って出てきたのは、黒髪の人間型の赤ちゃんだった。「ギャー」と泣く子を、いち早く抱き上げたのはアレク様。アレク様を見つめ、その胸に頬を寄せて泣き止む。足の不自由なアレク様を後ろから抱き留めているランドール様。この子は、オリバー様とレイ様が「ラキ」と名付けた。
 竜は自立が早く、卵から孵った時点で部屋を与えられ乳母に育てられる。だけど俺たちは人型がとれるまで手元で育てようと決めた。ルーイはオリバー様たちが育てることになり、ラキはアレク様たち、俺たちはハルトを引き取った。
 皇子誕生の祝賀行事を国王陛下と妃殿下が取り仕切ってくれた。俺たちは抱き上げた三人の皇子を顔見せしただけで済み、安心した。正式な行事は子供達には負担が大きすぎる。披露さえすめば、しばらくは子供たちに負担のかかることはない。
 三人の皇子はすくすく成長した。オリバー様、カイト様、ランドール様は日中公務に行かれ、昼間は俺とアレク様レイ様が集まって子供たちを遊ばせる。時々は侍女や侍従に育児を任せた。穏やかな日々だった。人型になったルーイはフェイとは全然似ていなかった。

 こうして時間が流れて命が繋がれていくのかと実感した。幸せだな、とぼんやり思う。アレク様もレイ様も同じ気持ちだろうな。互いに目線が合って微笑み合う。カイト様と伴侶になったことでこの温かい人たちとの絆も出来ている。子供という新しい絆も作れた。心が満たされる。俺は、生きていて良かった。

カイト様が、この人たちが、この国が、大好きだ。

     <完>
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