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Ⅰ竜になれない竜人皇子と竜人子爵の優愛

国王陛下

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<国王陛下と国内問題>
 「ですから、以前から申し上げております。文明の進化により、工場水の汚染が問題となっております。人間側からは、浄化できないのは竜の祈りが足りないせいだと不満が出ております。現に、城内や竜人区域のいたるところに人の文明を取り入れており、人だけの問題とは言えません。竜人も文明を利用しているはずです」
「わかっておる。だが、自然の摂理に外れる工業汚染の浄化など方法がない。そもそも、汚染しないための予防策はどうなった?」
もう何度目かになる議論に、国王はため息をつく。自然の恵みを与える・自然の命をつなぐことはできる。だが、自然を破壊して、それを戻すことは神への祈りでできることではない。竜人にもできないことはある。
 人の中には、文明の恩恵を受けながら、汚染を浄化できない竜は排除せよ、との動きも出ている。この国を豊かに保つために自然を大切にできないのか。文明の進化だけを追えば、互いに滅びの道を歩む。人の文明は素晴らしいものがある。この高度な知識と文明力で自然とも共存する道が選べないのか。ここ数年の悩みの種である。
 「失礼します。本日見学を申請しております、第一皇子オリバー殿下・第二皇子カイト殿下・第三皇子アレク殿下がいらっしゃいました」
政務官に告げられる。アレクを外に連れ出しているな。いい傾向だ。こちらにはニンマリしてしまう。
「通すように」
壁際に三席設けてある。政治も見せておくべき大切なことだ。

 三人が着席する。アレクの横にはランドールが待機している。
国王・政務長官・内政大臣が同席する謁見室。
三十分ごと直接の議題が持ち込みされる傾聴の日。今の持ち込みのほとんどが汚染水・浄化・竜人への不満。すぐには解決しない議案ばかり。これを聞くことで皇子たちにも問題意識を持ってもらう機会になるだろう。
 「これを見てください。こんな水じゃ川の魚も生きていられない! 農作物も影響を受ける! つい先日竜人貴族様の祈りを受けたばかりの場所です。どうして水を戻してくれなかったのですか? きれいな水がなければ、生活できない! われわれは何のために竜人を拝んでいるのですか!」
興奮気味の代表者。人との交流のため、この場では本心での発言を不敬罪としない。罵倒や暴力は即逮捕・刑罰となるが、この程度は許容している。持参しているのは、黒灰色にどろりと濁った水の瓶。何度も見ている。汚水による環境汚染に間違いない。
「こちらは、どこの水ですか?」
政務官が冷静に採取場所・問題が起きている箇所の確認を行う。被害と状況・竜の祈りがいつ実施されたか調査を約束する。
 竜にもできないことがある。人間は貪欲にどこまでも救いを求める。要求が満たされないときの人間の怖さも分かっている。大地を、自然を荒廃させた過去の歴史を繰り返してはいけない。
「何のために、竜がいるのですか。我々の生活がどうなってもいいのですか? 首都から少し離れれば、井戸や湧き水を生活に使います。これじゃ安心して水も飲めない! 調査する、待ってくればかりで、何もしてくれない。このままじゃ住むところも追われてしまいます」
震えながら訴える数名。
「工業汚染水の排水場所の下流に当たります」
政務官が小さな声で、赤丸をつけた地図とメモを渡してくる。
「工場の排水を別の場所にするか、工場から排水を控えるよう相談はしてみたか?」
「しました! だけど、工場の責任者は竜の祈りで浄化される、そのために竜人がいるから大丈夫と」
またそれか。
「竜の祈りは、天の恵みを地上につなぎ、自然の生命を循環させるもの。工場などで汚染された自然を元に戻す力はない。汚染された自然は時間をかけてゆっくり浄化されていくだろう。その時間がどの程度かかるかは、我々もわからない。その工場には竜人から注意喚起と立ち入りを行おう」
「そんな。ここに来れば何とかなるって思っていたのに……じゃあ、私たちは、どうしたらいいのですか……」
 三人の皇子たちは、初めて見る状況にびっくりしている。無理もない。守られた皇子としての生活しか知らなかっただろう。
「その水を借りてもよいか?」
汚染水の入った瓶を借りる。
「お前たちも人の文明に助けられて生活しているだろう。その副産物がこれだ。今後、まだまだ大きくなる問題だ。よく見ておくといい」
皇子たちに現状を知ってもらうため、ふたを開けて、順に渡す。オリバーとカイトは何か言いたそうであったが、本日は議論への参加を許していない。
アレクに瓶が渡った。中身をじっと見つめる。「これが綺麗になればいいのに」ぽつりと小さく言葉を漏らす。アレクらしい率直な言葉だな、苦笑し瓶を受け取ろうとした。

 アレクの手が淡い光を発した。漆黒の瞳の中に金の星が輝いた。
「アレク!」
気づいたオリバーとカイトが声を上げる。アレクが瓶から目を上げる。瓶の水は、白色に濁る程度になっている。もとの黒灰色のどろりとした汚水とは思えない。瓶を持ったまま、アレク自身も驚いている。
「水が、浄化された! どなた様ですか?どうか助けてください!」
大喜びなのは謁見の人間たち。アレクに近づくのを近衛兵が止める。ランドールがアレクを隠すように立つ。アレクは不安そうにこちらを見ている。まさか、こんな力があるとは。これは吉となるか凶となるか。
「本日の傾聴はこれで終了する」
口外禁止を命じても、人のうわさはすぐに出回るだろう。まずは、アレクの力を把握しておかなければならない。

 アレクは水の中の化学汚染部分を除去することができるようだ。除去の後の水は白く濁る。この濁りは、多量のバクテリアと微生物だった。時間がたてば自然と透明化する。アレクは、汚染水が自然の中で何十年か何百年かの長い時間をかけて浄化される工程を、早送りしてしまうようだ。大変すばらしい力だが、喜んでもいられない。これだけ広い国土で、汚染されている地域は多々ある。工場排水は増加している。とてもアレク一人でどうにかできる状況にない。一部だけ浄化しても、不平不満につながる。
 竜の祈りは、神の恵みを竜体の身体に充満させ、土地に還すこと。これは負担がかかる行為だ。祈りからの回復に数日を要する。だからこそ成人してから行うこととしている。成人竜体なら山一つ程度はいける。だが、アレクは未成年であり、さらに竜体になれない。

 アレクの浄化範囲は狭かった。庭の小池ひとつ程度。汚染が強ければ負担も増える。試しに行った浄化では、アレクの白い顔が青白くなり、ぐったりと倒れてしまった。起き上がれるようになるまで一週間。こんなことは、アレクの周囲は誰も望んでいない。
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