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Ⅰ竜になれない竜人皇子と竜人子爵の優愛

竜人貴族ランドール

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<竜人貴族ランドール>
 「ゼファ侯爵家嫡男ランドールです。よろしくお願いします」
竜人騎士団入隊のため挨拶回り。ついでに、と騎士団隊員から城内案内を受けている。俺は十五歳にしては体格がいいけれど、騎士団の中にいれば子供だと実感する。本来は竜人成人年齢十八歳を過ぎると文官職か武官職に入職する。十五歳からの早期入団は、試験に受かった者だけが認められる幹部候補としてのエリートコースだ。成人までは宿舎に入らず休日だけ訓練に参加となる。
俺は勉強も体術も剣術も人並み以上に出来たから社会に早く出られることに喜びもあった。自分の力で精一杯をしようとやる気に満ちていた。

 すがすがしい青空を見上げれば、何か空から落下している。
「なんだ??」
ザワリと心が騒いだ。瞬時に竜体になった。
「間に合え!」
落下してきた人を竜の口でキャッチした。スライディングキャッチしたため地面はえぐれたが、竜体には傷ひとつない。舌で包むように受け止めた。たたきつけられる衝撃は軽減されたはずだ。だが。
口腔内に広がる強烈な血の味。竜人の血だ。心臓がドクンと跳ね、全身がしびれた。
 口から地面にそっと降ろすと、すぐさま人型になり落ちてきた人を確認した。
小さな子供だった。意識はないが、うっすら呼吸はある。ゴプリと口から血。蒼白の顔に赤い血液。人形かと思うほどに美しい。左足がおかしな向きに曲がっている。何か応急処置を、と思うが、どうしていいかわからない。
「アレクー!!」
上空から大声を上げながら子供が数人、大人の竜が数体着地した。
「アレク様!! 誰か医師を!!!」
「早く!!」
「ごめん! ごめんアレク!」
「アレク、死なないで~!」
怒涛の如く押し寄せる人波に後方に押されながら、人形のような美しい幼児から目が離せなかった。アレク様、第三皇子殿下か。
 城内に運ばれていく様子を見守った。起きたことを周囲の大人に報告し、殿下の安否を知りたいと伝えた。
助けた時に不可抗力で血を舐めた、と。

 竜人が竜人の血を舐める行為は、相手に生涯を尽くす絆の行為。伴侶となるときにお互いの血を舐める。その絆の深さは竜人であれば皆知っている。血を舐めあった相手と長く離れて過ごせば、精神の安定が保てず命を落とす。それゆえに子供同士でも遊びで血を舐めたりしない。そう教育をされるし、本能でしてはいけないと分かっている。
 事故とはいえ、俺はアレク殿下の血を舐めてしまった。一方的な献身愛を捧げることにもなりかねない行為。
「すぐに国王陛下に報告する。いつでも登城できるよう、待機するように」
難しい顔をした騎士団分隊長から命じられた。

 夕刻すぎに父が帰宅した。
「ランドール、そこに座りなさい。話をしよう」
青ざめた父の顔。父は目線を合わせ、ゆっくりと話を始めた。
 俺が助けた子供が、やはり第三皇子であったこと。第三皇子が竜体になれない特殊な体質のこと。ご兄弟殿下に塔から落とされてしまったらしいこと。そこを俺が助けたこと。殿下は治療を受けているが、生命の危機にあること。竜人だが人間程度しか生命力がないこと。
血の絆についても言及された。今回は不測の事態のため、アレク皇子が成人するまで血を与えないでほしい、と。国王陛下の意思ならば従うしかない。これから俺はアレク皇子に縛られることになる。
 物語を読み聞かせてもらっているような非現実感に返事もできなかった。
「陛下からの指示で、お前は第三皇子の側近護衛につくことになった。お前には子爵の爵位が与えられるそうだ。よく殿下を助けた。ランドール、よくやった。だが、お前の望む道には進めなくなる。こんなことになるとは思っていなかった。正直、親として苦しい。悔しい」
 苦しそうにつぶやく父。震える姿に俺がしっかり前を向かなくてはいけないと強く思った。俺が現実を受け止めなければ父と母は苦しい思いを抱えるだろう。深呼吸して父を抱き締める。
「きっと天と神の采配だよ。俺は受け入れる。大丈夫だよ。父さん。ありがとう」
その時、父の涙を初めて見た。もしかしたら最期の別れになるかもしれないと互いに分かっていた。

 明日から住み慣れた自宅を離れ第三皇子の側近として城に住む。殿下と共に死ぬことになろうと、全てを受け入れようと心に決めた。

 王宮は広い。外見は中世の城だが、人の文明が組み込まれている。エレベーターや空調完備、監視カメラなど城内は電子脳管理をされ最先端設備がついている。中世の城の雰囲気と最先端の文化が美しく共存する。中心の「光城」と、左右に翼を広げたように広がる離宮。離宮上層階に王族用居住スペースがワンフロアずつある。上層階出入りはセキュリティシステムと騎士団近衛兵の警備で厳重管理されている。

 俺が今日から入るのは、光城から向かって左に伸びる離宮。通称「左の宮」。十階建ての六階フロア部分。セキュリティシステム登録をすませ部屋に案内される。アレク殿下の居住室内に部屋が用意されている。
 室内に入ると胸が変に高鳴った。この先に絆の相手がいることを全身で感じた。心が躍るとか、興奮する、とかそんな言葉がまさにコレだ。
 アレク皇子がいた。ベッドに横たえた白い人形のよう。生きている、はず。不安になり心臓がドクドク鳴り出す。いろいろなモニターがつながり、点滴や器具がつけられ、ベッド周囲を透明なテントで覆われている。身体が震えた。愛おしくてたまらない相手に会えたのに、生命の灯が消えかかっている現実。だめだ。俺を置いて旅立たないで。本能が恐怖を訴える。膝をつき、神に天に、この命を助けてほしいと願った。

 「ランドール様。アレク殿下のご容態をお伝えします」
室内にいる医師から声がかかる。
「落下の最中に塔の飾り支柱に衝突されたようです。右肺が損傷し、半分ほどがつぶれております。緊急手術を行い、これ以上肺が縮小しないよう損傷部分を切除しております。また、左足の複雑骨折がございました。骨は人工骨とプレートなどの固定をしておりますが、神経系統は損傷がひどく、もとのようには戻りません。大きな傷はこの二か所でございました。できることはしておりますが、六歳のお体に大きなご負担がかかっております。さらにアレク様は通常の竜人ほど身体が強くありません。一週間ほどは危険な状態です。正直、万が一の可能性が高いと思われます」
説明が頭をすり抜ける。
「陛下より、ランドール様はアレク様のお傍についていることを許可する、とのご伝言です」
陛下の気遣いをありがたく思った。絆の相手がこのような状態で離れられる竜人がいるはずがない。失うかもしれない恐怖で寒気が走る。
それからは、ただ傍についていた。時々訪室する国王陛下に膝をつき、日々アレク殿下を見つめ祈りを捧げた。

 十日目、殿下の顔の筋肉が、ピクリと動いた。ほっそりとこけてしまった顔。目を覚ます期待に胸が高鳴る。アレク殿下が、ゆっくりと目をあけた。弱弱しい瞬き。苦痛の表情。黒に金の光が宿る瞳が美しい。その輝きに心が震えるような感動を覚えた。何より大切なものを見つけた、と感じた。この輝きは俺のモノだ、と心が燃えた。


<日常>
 事故からゆっくりとした時間が過ぎている。特にアレク様の部屋の中は時間が停止しているように感じる。
「もういらないよ」
小さな声でそっと訴えてくるアレク様。今日の朝食はパン三口とスープが二口。もう少し食べてほしい。
「アレク様、もう一口、頑張ってみましょう」
困ったように俺を見つめてくる。金に輝く瞳が愛らしい。
ゆっくりと回復をしたアレク様は、片肺を半分以上失ったことと左足の後遺症でしばらく立つこともできなかった。十五歳を迎えた今では、杖で室内歩行が可能程度。
 問題は、本人にリハビリの意欲がないことだ。一日動かずにいるため食が細い。お身体も細く、日に当たらない肌は陶器のように白い。大きな二重の輝く瞳が際立っている。細い首にかかる黒いストレートの艶髪。その肩の薄さに保護欲が高まる。少しでも食べてほしいが、俺にだけ聞こえるようにそっと訴えられると「では終わりにしましょう」と食事を下げてしまいたくなる。しばらく待つがやはり無理そうかな。
「もう下げましょう」
「ごめんなさい」
食べてほしいと周囲が願っていることも分かっていているのだろう。下を向いてしまわれる。
「アレク様、お茶の時間にお菓子を多めにつけますね」
俺は努めてにこやかに声をかける。
「うん。お菓子なら、いけそう」
殿下がホッとした表情をしてうなずく。
慎ましい殿下のちょっとした感情の動きに温かな気持ちになる。黒髪の頭を撫でまわしたくなる。そっと抱きしめたくなる。そんな欲望を心に閉じ込め、アレク様に寄り添う特権で心を落ち着かせる。傍に居るのは俺だけ。会話するのも、目線を合わせるのも俺だけ。俺が世話をする、俺だけのアレク殿下。愛らしい殿下と微笑みを交わして心を満たす。
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