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Ⅳ 完全なすれ違い①<SIDE:堀田>

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Ⅳ 完全なすれ違い

 介護部門の定例会議。施設を運営している親会社は商業部門をメインにする会社。この会社は介護部門への参入を決めてから一気に介護施設の拡充を図っている。

定例会議では、介護部門には詳しくない役員たちに実績報告と現状を伝えること、介護現場を理解してもらうことが大切。

そして、商業会社なだけあり新たな提案やプレゼンを課してくるのが大変なところ。営業努力、みたいなことが口癖。

プレゼントや新サービスの提案は疲れるけれど、会社の言っている意味は分かる。さすが大手の会社だな、と感じる。常に改善意識を持ち仕事に取り組めるから職員のモチベーションアップになると堀田は思う。堀田は機能訓練リーダーをしているため会議に出席している。各施設長、相談員、部門リーダーが介護側の参加者。

この会議の素晴らしいところ。それはスーツ着用して本社に行くことだ。

月に一回のこの日が堀田の最高の楽しみになっている。細身のスーツの瀬戸さん。それを見る喜び。あぁ、神様ありがとう。そう思える感動。

スーツ、最高なんだよ。介護施設のジャージのような服じゃなく、ピシっとした男の色気ってやつ。瀬戸さんは姿勢が良いから首が良く映える。

黒髪童顔にリクルートスーツが新人みたいで可愛い! 会議前に緊張している顔もイイ! ネクタイ、堀田が直したい。襟元正してあげたい。そんな思いでソワソワする。

堀田もスーツだから、一緒にサラリーマンしている妄想をして、うはぁっと幸せな叫びを上げたくなる。

(瀬戸先輩、なんて呼んじゃったりして。うお、照れる!)

そんな事を考え、この姿を拝めるだけで会議に出て良かったと思える。

そして今月は瀬戸さんがプレゼンする。真面目な瀬戸さんの意見はいつも興味深い。真剣に介護の現場を良くしようと考えてくれているのが分かる。

本社会議、一日中でもいいのになぁと思う。


 瀬戸さんの新提案。プレゼンを聞いていて、これはマズイと感じる。

瀬戸さん、介護士の視線とイラつきに気づいて。瀬戸さんの提案は素晴らしいけれど、マンツーマン対応するなら実行する介護士と相談してから提案すべきだ。

役員がいるから、決まってしまうと実行するしかなくなる。介護職の不満を買ってしまう。

役員の「いいじゃないか」という声が聞こえる。介護リーダーの野口さんの表情がヤバい。

現場のことを役員は把握していないし、雇われ施設長たちは役員の前で意見できない。このまま提案が承認されれば瀬戸さんの立場が悪くなる。たまらずに意見した。

提案を次回に持ち越して、介護職の意見も聞いて一緒に実行案を練ってゆけば良いものになる。そう思ったのに、瀬戸さんの表情が固い。


邪魔するつもりは無かった。フォローが瀬戸さんと役員に言われても、堀田の中では主導が瀬戸さんだ。二人で進めていければ良いと堀田は考えていた。

 その後の会議はスムーズに進行した。

でも瀬戸さんの背中が怒りを放っている。怒りはあまり向けられたことが無いから対処に困る。

友達の妬みと一緒かな。堀田が気にせず、瀬戸さんの感情に流されなければ怒りも消えるかな。どうしたものか考える。

ふと思いつく。今後、瀬戸さんの提案に一緒に取り組めるなら、もしかして仲良くなるチャンスじゃないか? あ、飲みとか飯とか誘っちゃうか? 

決してやましい気持ちじゃない。これは、仕事だからな。途端に心がドキドキしだす自分に言い聞かせながら、会議室から出た瀬戸さんを追う。


 本社五階にある会議室。そこから階段で一緒に帰ろうとした時。耳を疑う言葉。

「大っ嫌いだよ!」

堀田に向けられる瀬戸さんの言葉にショックで固まってしまった。堀田は嫌われていたのか? 

心にズドンと衝撃の来る言葉。驚いて返事が出来なかった。脳内パニックで立ち尽くす。瀬戸さんを、ただ見つめた。堀田の手が震えていた。


急に瀬戸さんがフラつく。え? 嘘だろ? ここ、階段だぞ。転げ落ちる! 

必死で手を伸ばして抱き留めた。筋トレしといて良かった。階段下に落ちそうになる瀬戸さんを引き寄せることができた。

(瀬戸さん、頑張っていたよ)
そんな声に出せない言葉が堀田の心を占める。

「瀬戸さん」
優しく頭に声を注ぎ込む。腕の中の瀬戸さんの顔を確認する。
あれ? 本当に意識が無い。興奮してよろけただけじゃないのか? 急に怖くなる。

「瀬戸さん、ちょっと。大丈夫?」
腕に抱き留めたまま階段に座り、白い頬をピタピタ刺激する。

意識消失するような病気を持っているのか? ただのストレスだろうか。三分ほどで意識が戻る。五分以上の意識消失ならば救急車要請するところだった。

「うぅ? あ……?」
「大丈夫? 気が付いた? 一瞬気を失ったな。疲労かな? 瀬戸さん、何か持病とかある?」

つい抱き締める腕に力が入る。
「あ、うわ。え? 堀田、さん?」

徐々にはっきり覚醒する瀬戸さんに安心するとともに、少しガッカリする。堀田の中の自制心をフル稼働して優しくゆっくり腕の力を緩める。

堀田から離れる瀬戸さんを見て、先ほどの「大嫌い」という言葉が心に圧し掛かる。胸に苦しさが込み上げる。

「あ、痛っ」
右足を押さえている。すぐに堀田が負傷部位の確認をする。靴と靴下を脱がせる。

足関節から踝部分の腫脹を確認する。

そっと瀬戸さんを見ると痛みを我慢する顔。そうだよ。瀬戸さんはいつも頑張って歯を食いしばっている。真面目に仕事に向き合う普段の姿を思い浮かべる。

(俺はやっぱり瀬戸さんが好きだ。例え嫌われていても、この気持ちは揺るぎない事だ)

堀田はそう確信する。瀬戸さんを支えたい。堀田がするべきことは何だ? 深呼吸して考える。

堀田は、目の前の苦しそうな瀬戸さんに優しくしたい、そう思った。

「腫れているね。念のために病院に行こう。固定や湿布なら俺でも出来るけれど、骨に異常がないか整形外科で診てもらったほうがいい」

「……自分で、行きます」

「この足で何言ってんだよ。俺が連れて行く。ちなみに、てんかんとか持病ないよね?」

甘えていいよ。そんな気持ちで声をかける。下を向く瀬戸さん。本当に不器用で意地っ張りだ。ま、そこが良いんだけど。

「無理しすぎなんだよ」
つい一言を伝えていた。怒るかと思った瀬戸さんは、堀田の声を静かに聞いていた。



 瀬戸さんの怪我は右足関節捻挫。完治まで二週間予定。危なっかしく歩く瀬戸さんを見守っている。支えたいのに、出来ない現状。

あの会議の日から瀬戸さんがおかしい。

堀田に諦めに似た感情を向ける。仕事に覇気がない。介護現場の人は瀬戸さんを嫌い始めた。

必死で瀬戸さんを庇っても「堀田さんは人間が出来ている」と堀田が褒められるだけ。

こんなはずじゃなかった。堀田が支えたいのに。どうして上手く行かないのか。

全てを拒絶するかのような瀬戸さんの背中が痛々しい。瀬戸さんに話しかけても、人形のような愛想笑いしか返ってこない。歯がゆい思いに叫び声を上げたくなる。

(俺はどうしたら良いのだろう。瀬戸さん、こちらを向いて)

足を引きずり、下を向くことが多くなった瀬戸さんの背中を、苦しい思いで堀田は見つめる。
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