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Ⅰ 苦手意識①<SIDE:瀬戸>
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Ⅰ 苦手意識
頭にくる存在。イライラする。どうしても相容れない。出来るだけ視界に入れたくない。声を耳に入れないように気を付ける。あぁ、ストレスが溜まる。
瀬戸は高齢者向け介護施設の相談支援員をして五年目になる。「瀬戸真 セト シン」と書かれた名札ケースが少し古くなってきたな、と感じるこの頃。社会福祉士の国家資格を持っていて、この施設での仕事は利用者の生活全般をサポートする存在。
ディサービスとショートステイ併設の「グッドライフ」という施設に瀬戸は勤めている。
最近の介護ブームで地元の大手商社が介護部門に参入して開業した施設。順調に成功していて、市内に系列高齢者施設を数か所展開している。グッドライフはその中でも中規模。三階建て施設の一階に事務所や相談室、ディサービススペースがある。一日のディサービス利用者が三十名前後。ショートステイ利用が二階と三階。
一階には、機能訓練指導員が運動療法を実施する機能訓練スペース。ディサービス利用者の筋力低下予防に行う機能訓練、いわゆるリハビリ運動は高齢者にとって大切だ。筋力低下、体力低下は高齢者の社会的孤立に繋がってしまう。
グッドライフではリハビリのための理学療法士を雇用していない。骨折や脱臼、捻挫などの外傷に対して、整復や固定といった治療行為ができる柔道整復師を置くことで施設の特化性を出している。
この機能訓練指導員は、柔道整復師や看護師、理学療法士、作業療法士などの有国家資格者が担当するよう法律で決められている。また、機能訓練指導員は一施設一名以上配置することが施設に義務付けられている。
グッドライフの機能訓練指導員としての柔道整復師は二名。一人は二十五歳女性の小川さん。もう一人が二十六歳男性の堀田健一(ホッタ ケンイチ)さん。
瀬戸は、この入社四年目の堀田さんが大の苦手だ。
「おーい、ジーちゃん。そっちじゃないよ。こっち、こっち」
今日も聞こえて来る。ディサービス利用者の送迎から戻ってきた堀田さんの声。
「おぉ、そうか。どこだったかなぁ。こっちか?」
「そうだよ。こっち。荷物持とうか?」
「ええよ。これくらい持てるわ。リハビリ、リハビリ、と。どっこいしょ」
笑いながら利用者と廊下を通りすぎる堀田さん。声だけでイラつく! 何がジーちゃんだ。利用者であるお客さまだろうが。ちゃんと敬語を使え!
認知症があっても高齢者は敬うべき存在だろうが。こいつは何を学んできたんだよ。
「あ、瀬戸さん。はよーございます。木川さんが血圧の薬変わったみたいだよ。お薬手帳預かってきた」
はい、と手渡される。瀬戸より十五センチ以上背の高い堀田さんを見上げる。
(お前は、僕の年下だ。僕の方が入社も一年早いんだよ。スタッフ間でも敬語は使ってくれよ)
心で毒づく。瀬戸の心に小さな怒りがこみ上げる。
不快感を飲み込むように大きく息をつき、視線を外して下を見る。直視すると眉間に皺が寄ってしまうから。
「わかりました。ありがとうございます」
お薬手帳を受け取る。
「今日もご機嫌ナナメ~~」
去り際の余計な一言に、カッと頬が熱を持つ。何だよ、その小バカにした態度!
顔を上げて睨みつけると、目の前を通る利用者の高齢女性と目が合う。堀田さんはすでに居なかった。瀬戸の怖い顔に足を止める驚いた顔の女性。しまった。
「あ、申し訳ありません! 驚かせてしまいました」
「ちょっと、何? どうしたのかしら」
後ずさり距離をとられる。
「僕の事情で、すみません。フロアまで荷物お持ちします」
にっこり笑いかけると、穏やかな笑みを返してくれる杖歩行の櫻井さん。
「朝からイラつかないのよ。心穏やかに、よ」
「はい。心がけます」
女性の席まで荷物を運ぶ。優しい利用者に癒される。ディサービスのフロアには堀田さんがいる。荷物をお返しして、すぐに立ち去ろうとしたけれど。
「あれ、瀬戸さん。特別扱い? 良くないなぁ」
にやけた顔で瀬戸の横に来る堀田さん。気持ちを落ち着かせるために深呼吸する。お前のせいだ! と言ってやりたいが、言葉も感情も飲み込む。下を向いて簡単に答える。
「違います。失礼な事をしてしまったので、お詫びです」
「へぇ。羨ましい。俺も瀬戸さんに優しくされたいなぁ」
本当にカチンとくる奴だ。お前が居なけりゃもっと皆に優しくできるよ! そんな思いを胸に秘め、頬が引きつる思いで、ははは、と笑い返して事務室に戻る。
自分のデスクに座り、不要な紙を握りつぶす。くそう! あいつに会うと自分のペースが乱される。イライラしながら瀬戸は仕事に取り掛かった。
頭にくる存在。イライラする。どうしても相容れない。出来るだけ視界に入れたくない。声を耳に入れないように気を付ける。あぁ、ストレスが溜まる。
瀬戸は高齢者向け介護施設の相談支援員をして五年目になる。「瀬戸真 セト シン」と書かれた名札ケースが少し古くなってきたな、と感じるこの頃。社会福祉士の国家資格を持っていて、この施設での仕事は利用者の生活全般をサポートする存在。
ディサービスとショートステイ併設の「グッドライフ」という施設に瀬戸は勤めている。
最近の介護ブームで地元の大手商社が介護部門に参入して開業した施設。順調に成功していて、市内に系列高齢者施設を数か所展開している。グッドライフはその中でも中規模。三階建て施設の一階に事務所や相談室、ディサービススペースがある。一日のディサービス利用者が三十名前後。ショートステイ利用が二階と三階。
一階には、機能訓練指導員が運動療法を実施する機能訓練スペース。ディサービス利用者の筋力低下予防に行う機能訓練、いわゆるリハビリ運動は高齢者にとって大切だ。筋力低下、体力低下は高齢者の社会的孤立に繋がってしまう。
グッドライフではリハビリのための理学療法士を雇用していない。骨折や脱臼、捻挫などの外傷に対して、整復や固定といった治療行為ができる柔道整復師を置くことで施設の特化性を出している。
この機能訓練指導員は、柔道整復師や看護師、理学療法士、作業療法士などの有国家資格者が担当するよう法律で決められている。また、機能訓練指導員は一施設一名以上配置することが施設に義務付けられている。
グッドライフの機能訓練指導員としての柔道整復師は二名。一人は二十五歳女性の小川さん。もう一人が二十六歳男性の堀田健一(ホッタ ケンイチ)さん。
瀬戸は、この入社四年目の堀田さんが大の苦手だ。
「おーい、ジーちゃん。そっちじゃないよ。こっち、こっち」
今日も聞こえて来る。ディサービス利用者の送迎から戻ってきた堀田さんの声。
「おぉ、そうか。どこだったかなぁ。こっちか?」
「そうだよ。こっち。荷物持とうか?」
「ええよ。これくらい持てるわ。リハビリ、リハビリ、と。どっこいしょ」
笑いながら利用者と廊下を通りすぎる堀田さん。声だけでイラつく! 何がジーちゃんだ。利用者であるお客さまだろうが。ちゃんと敬語を使え!
認知症があっても高齢者は敬うべき存在だろうが。こいつは何を学んできたんだよ。
「あ、瀬戸さん。はよーございます。木川さんが血圧の薬変わったみたいだよ。お薬手帳預かってきた」
はい、と手渡される。瀬戸より十五センチ以上背の高い堀田さんを見上げる。
(お前は、僕の年下だ。僕の方が入社も一年早いんだよ。スタッフ間でも敬語は使ってくれよ)
心で毒づく。瀬戸の心に小さな怒りがこみ上げる。
不快感を飲み込むように大きく息をつき、視線を外して下を見る。直視すると眉間に皺が寄ってしまうから。
「わかりました。ありがとうございます」
お薬手帳を受け取る。
「今日もご機嫌ナナメ~~」
去り際の余計な一言に、カッと頬が熱を持つ。何だよ、その小バカにした態度!
顔を上げて睨みつけると、目の前を通る利用者の高齢女性と目が合う。堀田さんはすでに居なかった。瀬戸の怖い顔に足を止める驚いた顔の女性。しまった。
「あ、申し訳ありません! 驚かせてしまいました」
「ちょっと、何? どうしたのかしら」
後ずさり距離をとられる。
「僕の事情で、すみません。フロアまで荷物お持ちします」
にっこり笑いかけると、穏やかな笑みを返してくれる杖歩行の櫻井さん。
「朝からイラつかないのよ。心穏やかに、よ」
「はい。心がけます」
女性の席まで荷物を運ぶ。優しい利用者に癒される。ディサービスのフロアには堀田さんがいる。荷物をお返しして、すぐに立ち去ろうとしたけれど。
「あれ、瀬戸さん。特別扱い? 良くないなぁ」
にやけた顔で瀬戸の横に来る堀田さん。気持ちを落ち着かせるために深呼吸する。お前のせいだ! と言ってやりたいが、言葉も感情も飲み込む。下を向いて簡単に答える。
「違います。失礼な事をしてしまったので、お詫びです」
「へぇ。羨ましい。俺も瀬戸さんに優しくされたいなぁ」
本当にカチンとくる奴だ。お前が居なけりゃもっと皆に優しくできるよ! そんな思いを胸に秘め、頬が引きつる思いで、ははは、と笑い返して事務室に戻る。
自分のデスクに座り、不要な紙を握りつぶす。くそう! あいつに会うと自分のペースが乱される。イライラしながら瀬戸は仕事に取り掛かった。
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