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7 怪我

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〈SIDE:影山 修〉

 頭が、痛い。ガンガンする。

「う~」
うなり声がする。あ、僕の声か。薄っすら目を開ける。身体のあちこちが痛すぎる。

「影山。目、覚めた?」
声のほうに目を向ける。頭を動かせない。優しい声。和田君?

「良かった。良かった。死んじゃうかと思った」
点滴の繋がる僕の右手を握って、和田君が泣いている。泣きはらした顔。夢、かな。手が温かい。

「今、先生の話をお前の親が聞いてる。さっきまで、保健室の先生がいたんだよ」

声、震えている。和田君の背中も震えている。泣かないで。どうしたの? 今日も一緒にアイス食べようよ。お祖父さん、起きているといいね。あれ? お祖母ちゃんのカーディガン、どうなったかな。

和田君を励ましたくて色々声に出したつもりだけど、声になっていたのか分からない。知らないうちに僕はまた眠ってしまっていた。


 入院中、毎日和田君が来た。大変だからいいよって言っても来てくれた。会えればうれしかった。

「痛くない? 大丈夫?」と毎日確認してくれる。痛み止めももらっているから大丈夫だよ、と毎日答えた。大きな怪我は後頭部の傷と左腕の骨折だが、あちこちに打ち身や切り傷がある。それを毎日「早く治るといいね」「痛いよね」と優しく触る。宝物を触るような優しい手に、ちょっとこそばゆい気持ちだった。

担任の先生や教頭先生校長先生も来た。先生は僕というより僕の両親に、ものすごく謝っていた。

後頭部を強打して意識が無かったことと、脳の中に出血や血の塊が出来ていないかの確認のため三日入院。幸い異常はなく退院となった。

 後頭部は五針縫う傷だった。傷の周囲は髪の毛を切ってある。多分傷のところは髪が生えてこないけれど、男だし別に構わないと思った。一週間後に傷を縫ってある糸をとるまでは髪も洗えない。毎日の通院が必要となった。

父と母は学校に行かなくていいと言っている。頭は痛いし腕も痛むから休むことにした。お祖母ちゃんにはお母さんが僕の怪我を伝えてくれたらしい。心配かけちゃったかな。

 自宅の部屋から外を見る。怪我が治るまで洗濯は出来ない。お祖母ちゃんとこにも行けない。そうしたら寒くなって、アイス食べられないかも。和田君にチョコミント、食べてほしかったな。僕の傍で泣いていた和田君の顔を思い出すと胸が苦しかった。

 見るだけでもいいから和田君に会いたいな。そんな気持ちが芽生えてきた。

 病院には三日間来てくれた和田君とは退院後会えていない。

 自宅と病院の往復をする一週間を過ぎた。一週間目で後頭部の縫ってある糸をとった。消毒で湿らせてから、糸がプチンと切られ、ズルっと抜ける嫌な感覚。もう二度と味わいたくない。結構痛かった。

縫うときには麻酔をしてくれたらしいが糸をとるにも麻酔が欲しいと思った。頭は三か月後のCT検査で問題なければ通院終了予定。

左腕の方は骨にヒビが入っていた。四~五週間の固定が必要で、動かさないように腕吊りサポーター(昔の三角巾の最新版だ)で腕を吊っておくこととなった。骨折は二週間後のレントゲン検査まで通院はなし。

 一週間、毎日の通院でお母さんは仕事を休んでくれていた。頭部の抜糸が済んでからお母さんは仕事を再開した。お父さんも、入院中の三日間と抜糸の日は仕事を休んで付き添ってくれた。

仕事優先の二人が僕のために休んでくれて申し訳なかったのと、すごく嬉しかった。親子三人で小学校の時以来の外食をして温かい気持ちになれた。怪我をしてから十五日が過ぎた。日中に勉強と、ゲームと、漫画と読書。一歩も外に出ないと、曜日感覚がなくなってくる。そして、飽きてくる。

 毎日、和田君の顔が浮かんだ。声が聴きたかった。ケータイの番号聞けば良かった。いや、聞いても電話する勇気はないか。顔が見たいな。あの迷いのないまっすぐな瞳が見たいな。腕が固定されているから自転車は無理でもバスなら学校に行けないかな。行きたいな。

 じわじわと気持ちが決まってきた。

 「学校、行くよ」
夕食のときにお母さんに伝える。

「まだいいじゃない」
困った顔のお母さん。

「ねぇ、修。あなた、いじめられているんじゃないの?」
「え? そんなこと、ない、と思うけど」

首をかしげてお母さんを見る。

「あの、多分、好かれてはいないかな。僕、こんなだし。でも、親切にしてくれる、友達、一人出来たよ」
友達って自分で言うのが恥ずかしい。

「和田君って子?」
「お母さん知っているの?」

「病院で付き添ってくれていた子でしょ。家にも何回も来ているのよ。ただ、クラスの子に階段から落とされたみたいだから、誰も信用できなくて、家にあげていないのよ」

「和田君、来てくれていたの? ……会いたかったな。」
嬉しくて心がじわっと温かくなる。

「そう、お友達、出来ていたのね。少し安心したわ。井上さんって女の子は、お友達なの?」
返事が出来なくて、下を向く。

「病院にも、家にも両親と来たのよ。怪我を負わせてしまいましたって泣きながら謝られたわ。とっても許せるような心情じゃなくて、話もしていないけれど」

「修、気持ちが落ち着いたら、話してくれる? あなたの話を聞いて、それから井上さんのご両親や先生方と話をしようと思っているの。修の親として、きちんと話はするわ。今は、とにかく時間を下さいってお願いしてあるの」

僕の言葉を聞こうとしてくれている。これまでにない母の言葉に驚き頷く。学校ではどうなっているんだろう。気になる。

「やっぱり、学校行こうかな。えっと、和田君に、ありがとうって言いたい」

「嫌なら、転校でもいいからね。お母さんは、修が大切だから。こんな大怪我までして無理しなくていいの。修を失うかと思ったらお母さん、怖かったの」
僕の知らないところで、お母さんも色々心配してくれたんだ。

「うん。ありがとう。心配かけてごめんなさい」
いつもは言えない分も、気持ちを込めて伝えた。


 怪我から十七日目。いつもの登校より早い時間。腕の骨折が治るまではバス通学の予定。骨折部分はまだシーネ固定をして腕吊りサポーターで首から吊っている。そのせいで制服の袖が通らない。袖口の大きなサイズの白シャツで代用して、ブレザーは片袖しか通さず前ボタンで留めている。これが、意外と温かい。

いつの間にか風が冷たくなっている。右肩にカバンを持つ。荷物は最小限。うん、行ける。半月以上ぶりの学校。ちょっと緊張する。

「行ってきます」
玄関を出たら、和田君が、いた。

「おはよ」
「……え? あれ? 和田君……?」

会いたい人に会えた感動で、喜びと驚きがごちゃごちゃで、上手く言葉にできない。

「修が学校行くって連絡したら、送り迎えしてくれるって。和田君、ありがとう。お願いします」
後ろからお母さんの声。いつの間にやり取りする仲になっていたのだろう。

「おはようございます。俺の自転車、どこに置いたらいいですか?」
ハキハキと母とやり取りをして、僕の荷物をひょいっと持つ。右手に持っていた荷物を簡単に奪われる。僕は、ただ、和田君から視線を外せない。

「……自分で、持つよ」
やっと一言が出た。

「いいから。行こう。バス、遅れるとヤバい」
夢みたいだ。この笑顔をどれだけ思い浮かべたか。何度も隣の和田君を見上げる。朝日の中の和田君は、いつもより輝いている。

「あの、遠回りだよね。えっと……」
すごく話したいのに、何から話していいのか分からない。

「学校、行く気になってよかった」
歩きながら僕を見て、微笑む。まぶしい。和田君から光が降り注ぐみたいだ。あぁ、会いたかった和田君だ。

「あ、えっと、家まで来てくれていたって知らなくて。あの、ありがとう」
和田君の僕を見る視線に、顔がほてってしまう。和田君が立ち止まる。つられて僕も歩みを止めて向き合う。

「影山に、会いたかったから」

視線と言葉で射貫かれる。息が止まるかと思った。心臓が身体をバクバク走り回っている。でも、僕も伝えたいんだ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「ぼ、僕も。和田君に会いたくて、学校行きたかった。あ、会えて、すごく、すごく、嬉しい」

声が震えた。伝えることが出来た。深呼吸して息を整える。僕をまっすぐ見ている和田君の顔が徐々に紅潮し、口を大きな手で隠す。

「すげー。心臓が破裂しそう……」
和田君の手の隙間から言葉が漏れた。同じ気持ちなのだと思った。

嬉しかった。ふわりと前髪をよけられ、大きな手が頬を触る。これも久しぶりだ。気持ちがいい。体温が懐かしい。手に頬をすり寄せてしまう。

 僕に影が落ちる。僕の額に、ふっと触れる。すぐに離れる和田君の、唇。

 「……行こ」

真っ赤な顔で、僕の手を引く。和田君より僕のほうが真っ赤だろう。大きな熱い手。少し汗ばんでいる。僕の心臓が大太鼓を鳴らしている。いつもの景色がキラキラ輝いて見えた。

バス停で横にいる和田君の大きい身体。人にぶつからないように気遣ってくれて、時々包み込まれる胸板。和田君の身体の厚みや心臓の音、匂い、体温、すべて独り占めしているように感じた。

 学校まで自転車で二十分、バスだと乗り継ぎがあり四十五分かかる。普段あまり利用しなかったけれど、バス通学が特別輝くものになった。
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