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Ⅲ章「飛べない鳥と猛禽鳥の愛番」
side:羽田 咲人⑥
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<事件>
昼間、食べたいものを聞いて用意する。脩は俺の名前以外は話そうとしないが頷いて意思表示する。嬉しい。反応してもらえるって、それだけでこんなに楽しい!
「脩、ヤンバルクイナを走らせてあげようよ。脩が元気になろう。脩の鳥のために、体力つけよう」
ヤンバルクイナを見ながら、コクリと頷く脩。脩の鳥に「ありがとう」を伝えたい。あの命の走りが、脩の心を動かした。分身鳥はやっぱり尊い存在だ。
俺のシマフクロウに『ヤンバルクイナは大丈夫?』ときくと、『全然大丈夫そう。もっと、次はもっと走るって言っているよ』と返事が返ってくる。やせ細った鳥の前向きな気持ちに涙が滲んだ。可愛らしくて微笑みが漏れてしまう。脩に生きる気力を、ありがとう。
焼き明太子のおにぎり。豆腐の味噌汁。食べたいものを聞くと高校時代の脩の好物で頷いた。嬉しくなって、俺が作った。ダイニングまで歩いてきて、料理する俺を見ている侑。
「脩、俺は大学生のころ自炊していたよ。脩の好物を思い出して作った。初めの頃は明太子が焼くと跳ねて怖かった。生焼けだったよ。今はちゃんと中まで焼けるよ。味噌汁も出汁からとるよ。その方が減塩になるんだ」
料理しながら嬉しくて脩に話しかける。
「……恋人、できた? 楽しかった?」
小さな、声。はっとして脩を見る。俺を見つめる瞳。セフレが居たことや一晩の関係を持ったことが心にのしかかり、すぐに返事が出来ない。静止して、脩を見つめた。
一瞬悲しそうな顔をして、目線をすっと下に向ける脩。
「違うよ。恋人は、いない。脩以外を恋人にしないよ」
焦って早口になってしまった。脩は、何も言わず、しばらく床を見ていた。
「脩、ゴメン。本当に、恋人は作っていない」
どうしよう。脩を、傷つけた。動揺して心臓の音がうるさい。ゆっくり椅子から立ち上がり、テーブルに掴まりながらキッチンに来る脩。
俺の傍に来て、呼吸を整えている。少しして、一言。
「僕も、作りたい」
「え?」
下を向いたままの脩。シンクに掴まって、立っているのが精一杯な様子。すぐに椅子を用意して座らせる。
「本当に、作る? 体調は? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。作ってみたい」
恋人の話題から離れたことと、脩が前向きな言葉をくれたことが嬉しくて自分の中の不安を押し隠す。
炊けた白米に軽く塩で味をつけて焼き明太子を切って皿に置く。
「脩、ご飯が熱いから気を付けて。作るから、まず見ていて。ラップを使うと清潔で良いよ」
ラップにご飯をとり、中心に焼き明太子を入れて形成する。俺の手をじっと見ている脩。
「海苔は食べる時につけたほうがパリパリ。パリパリ海苔のほうが好きだったろ?」
コクリと頷く脩。
「一個、味見する?」
出来上がったばかりのおにぎりに海苔をつけて、脩に「あーん」をする。一度俺を見上げてからパクリと食いつく。脩が食べた。嬉しくておにぎりを持つ手が震える。
「おいしい。でも、明太子が、出てこない」
脩の一口が小さくて、中心の具に行きついていない。可愛らしさに頬が緩む。
「じゃ、もう一口いってみる?」
「いけるかな?」
「明太子が出てくるかもよ?」
少し考えて、俺の持つおにぎりにパクリと食いつく。感動するほど可愛い。嬉しい! ごくりと飲み込む細い喉の動き。
「あ、出てきた」
二口目で具を少しかじっている。
「焼きたて明太子、いかがでしょう?」
「めちゃ旨い」
ニコリと笑う顔。久しぶりに見た優しい笑顔。満面の笑みじゃなくても、脩の心が反映されたような静かな微笑みに自然と涙が流れた。そんな俺を脩はじっと見つめていた。
脩はゆっくり一つのおにぎりを作った。「上手く出来ないな」と恥ずかしそうに言いながら。俺が作ったおにぎりと並べて、一緒に作った味噌汁をダイニングテーブルに並べる。
脩と横並びに座って「いただきます」と合掌する。「懐かしい」と微笑む脩。俺は横に脩が居るだけで幸せだ。脩の心が横に居る。身体の芯が喜びで震えていた。
「温かい」
味噌汁をふ~ふ~している。
「猫舌なのは変わらないな」
ふと、動きを止める脩。
「ずっと、温かいモノなんて食べてなかったから。食べなければ栄養剤みたいなの強制的に飲まされていた。それと点滴さえあれば生きるのに問題なかったみたいだし」
ぽつりと出た言葉に、息を飲んだ。何て言ったらいい? 分からずに、脩を見る。しばらくぼんやりしていたけれど、またゆっくりと味噌汁を飲み始める。
「美味しい。おにぎり、食べてもいい?」
「あ、もちろん。もちろん食べてよ。全部脩が食べていいから」
袖から出ている細くなった手首が痛々しい。
「脩、俺がこれから毎日作るよ。脩の好きな物は全部作る。毎日、たくさん食べよう。一緒に作ったりしよう。俺、ずっと一緒にいるから。もう、離れないから」
湯気の立つ味噌汁を無表情で見つめている脩。さっきの微笑みと違い、心が見えない表情。少しの沈黙。
「咲人、これ、僕が作ったやつ。これは、咲人にあげる」
そっと一つを手渡される。脩は、じっとおにぎりを見つめている。「ありがとう」と伝えて、すぐにラップを外し、海苔をつけてかぶりつく。
不安そうに見ていた脩が、俺を見てニコリとする。笑ってくれた。ほっとする。
ふと俺の鳥から、不安な心が流れ込む。『大丈夫?』シマフウロウの問いの意味が分からない。何が、だろう? 二鳥がじっと俺を見ている。
脩を見れば、ニコリと満足そうに笑ってくれる。『大丈夫、だよ』自分にもそう言い聞かせて、俺の鳥に声を届ける。
――脩と一緒のご飯。脩が笑ってくれる。それが嬉しくて浮かれていたけれど、脩にとっては最期の晩餐のつもりだったようだ。それとなく気づいていた分身鳥からのメッセージを見逃してしまった。自分の鈍感さが悔やまれた――
ご飯を食べて、脩と思い出話して、昼寝して、食べられそうなものを食べて過ごした。
幸せな一日だった。久しぶりの幸福感に酔いしれていた。
夜になりゆっくり一人で入浴したい、と言う脩。リビングで分身鳥を見守っていて、と頼まれて了承した。
脩が風呂に行き十五分が過ぎたとき、ヤンバルクイナが鳴いた。
急に、「ギィィ……」と一声。
俺と俺の鳥が驚いて脩の鳥を見た。目を見開き全身を震わせ崩れ落ちるヤンバルクイナ。
俺の鳥が両翼を広げて威嚇する。『俺の番鳥に触るな! 咲人、死なせるな!』俺の鳥の悲鳴のような声に、弾けるように風呂場に向かった。
鉄の匂い。湯気の中に、真っ赤な湯。目を閉じた脩。白い顔。俺の心臓がバクバクと走り出す!
「脩!! 何しているんだ!!」
浴槽から力の抜けた脩の身体を抱き上げる。すぐに緊急ボタンを押す。出血は、どこだ? 洗い場でざっと確認する。左手首。鮮血が流れ出る深い切り傷。なんで? さっきまでの笑顔を思い出し、穏やかな表情の腕の中の脩を見つめる。
「脩、お願いだ! 死なないで!!」
タオルで手首を押さえて悲鳴を上げていた。
昼間、食べたいものを聞いて用意する。脩は俺の名前以外は話そうとしないが頷いて意思表示する。嬉しい。反応してもらえるって、それだけでこんなに楽しい!
「脩、ヤンバルクイナを走らせてあげようよ。脩が元気になろう。脩の鳥のために、体力つけよう」
ヤンバルクイナを見ながら、コクリと頷く脩。脩の鳥に「ありがとう」を伝えたい。あの命の走りが、脩の心を動かした。分身鳥はやっぱり尊い存在だ。
俺のシマフクロウに『ヤンバルクイナは大丈夫?』ときくと、『全然大丈夫そう。もっと、次はもっと走るって言っているよ』と返事が返ってくる。やせ細った鳥の前向きな気持ちに涙が滲んだ。可愛らしくて微笑みが漏れてしまう。脩に生きる気力を、ありがとう。
焼き明太子のおにぎり。豆腐の味噌汁。食べたいものを聞くと高校時代の脩の好物で頷いた。嬉しくなって、俺が作った。ダイニングまで歩いてきて、料理する俺を見ている侑。
「脩、俺は大学生のころ自炊していたよ。脩の好物を思い出して作った。初めの頃は明太子が焼くと跳ねて怖かった。生焼けだったよ。今はちゃんと中まで焼けるよ。味噌汁も出汁からとるよ。その方が減塩になるんだ」
料理しながら嬉しくて脩に話しかける。
「……恋人、できた? 楽しかった?」
小さな、声。はっとして脩を見る。俺を見つめる瞳。セフレが居たことや一晩の関係を持ったことが心にのしかかり、すぐに返事が出来ない。静止して、脩を見つめた。
一瞬悲しそうな顔をして、目線をすっと下に向ける脩。
「違うよ。恋人は、いない。脩以外を恋人にしないよ」
焦って早口になってしまった。脩は、何も言わず、しばらく床を見ていた。
「脩、ゴメン。本当に、恋人は作っていない」
どうしよう。脩を、傷つけた。動揺して心臓の音がうるさい。ゆっくり椅子から立ち上がり、テーブルに掴まりながらキッチンに来る脩。
俺の傍に来て、呼吸を整えている。少しして、一言。
「僕も、作りたい」
「え?」
下を向いたままの脩。シンクに掴まって、立っているのが精一杯な様子。すぐに椅子を用意して座らせる。
「本当に、作る? 体調は? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。作ってみたい」
恋人の話題から離れたことと、脩が前向きな言葉をくれたことが嬉しくて自分の中の不安を押し隠す。
炊けた白米に軽く塩で味をつけて焼き明太子を切って皿に置く。
「脩、ご飯が熱いから気を付けて。作るから、まず見ていて。ラップを使うと清潔で良いよ」
ラップにご飯をとり、中心に焼き明太子を入れて形成する。俺の手をじっと見ている脩。
「海苔は食べる時につけたほうがパリパリ。パリパリ海苔のほうが好きだったろ?」
コクリと頷く脩。
「一個、味見する?」
出来上がったばかりのおにぎりに海苔をつけて、脩に「あーん」をする。一度俺を見上げてからパクリと食いつく。脩が食べた。嬉しくておにぎりを持つ手が震える。
「おいしい。でも、明太子が、出てこない」
脩の一口が小さくて、中心の具に行きついていない。可愛らしさに頬が緩む。
「じゃ、もう一口いってみる?」
「いけるかな?」
「明太子が出てくるかもよ?」
少し考えて、俺の持つおにぎりにパクリと食いつく。感動するほど可愛い。嬉しい! ごくりと飲み込む細い喉の動き。
「あ、出てきた」
二口目で具を少しかじっている。
「焼きたて明太子、いかがでしょう?」
「めちゃ旨い」
ニコリと笑う顔。久しぶりに見た優しい笑顔。満面の笑みじゃなくても、脩の心が反映されたような静かな微笑みに自然と涙が流れた。そんな俺を脩はじっと見つめていた。
脩はゆっくり一つのおにぎりを作った。「上手く出来ないな」と恥ずかしそうに言いながら。俺が作ったおにぎりと並べて、一緒に作った味噌汁をダイニングテーブルに並べる。
脩と横並びに座って「いただきます」と合掌する。「懐かしい」と微笑む脩。俺は横に脩が居るだけで幸せだ。脩の心が横に居る。身体の芯が喜びで震えていた。
「温かい」
味噌汁をふ~ふ~している。
「猫舌なのは変わらないな」
ふと、動きを止める脩。
「ずっと、温かいモノなんて食べてなかったから。食べなければ栄養剤みたいなの強制的に飲まされていた。それと点滴さえあれば生きるのに問題なかったみたいだし」
ぽつりと出た言葉に、息を飲んだ。何て言ったらいい? 分からずに、脩を見る。しばらくぼんやりしていたけれど、またゆっくりと味噌汁を飲み始める。
「美味しい。おにぎり、食べてもいい?」
「あ、もちろん。もちろん食べてよ。全部脩が食べていいから」
袖から出ている細くなった手首が痛々しい。
「脩、俺がこれから毎日作るよ。脩の好きな物は全部作る。毎日、たくさん食べよう。一緒に作ったりしよう。俺、ずっと一緒にいるから。もう、離れないから」
湯気の立つ味噌汁を無表情で見つめている脩。さっきの微笑みと違い、心が見えない表情。少しの沈黙。
「咲人、これ、僕が作ったやつ。これは、咲人にあげる」
そっと一つを手渡される。脩は、じっとおにぎりを見つめている。「ありがとう」と伝えて、すぐにラップを外し、海苔をつけてかぶりつく。
不安そうに見ていた脩が、俺を見てニコリとする。笑ってくれた。ほっとする。
ふと俺の鳥から、不安な心が流れ込む。『大丈夫?』シマフウロウの問いの意味が分からない。何が、だろう? 二鳥がじっと俺を見ている。
脩を見れば、ニコリと満足そうに笑ってくれる。『大丈夫、だよ』自分にもそう言い聞かせて、俺の鳥に声を届ける。
――脩と一緒のご飯。脩が笑ってくれる。それが嬉しくて浮かれていたけれど、脩にとっては最期の晩餐のつもりだったようだ。それとなく気づいていた分身鳥からのメッセージを見逃してしまった。自分の鈍感さが悔やまれた――
ご飯を食べて、脩と思い出話して、昼寝して、食べられそうなものを食べて過ごした。
幸せな一日だった。久しぶりの幸福感に酔いしれていた。
夜になりゆっくり一人で入浴したい、と言う脩。リビングで分身鳥を見守っていて、と頼まれて了承した。
脩が風呂に行き十五分が過ぎたとき、ヤンバルクイナが鳴いた。
急に、「ギィィ……」と一声。
俺と俺の鳥が驚いて脩の鳥を見た。目を見開き全身を震わせ崩れ落ちるヤンバルクイナ。
俺の鳥が両翼を広げて威嚇する。『俺の番鳥に触るな! 咲人、死なせるな!』俺の鳥の悲鳴のような声に、弾けるように風呂場に向かった。
鉄の匂い。湯気の中に、真っ赤な湯。目を閉じた脩。白い顔。俺の心臓がバクバクと走り出す!
「脩!! 何しているんだ!!」
浴槽から力の抜けた脩の身体を抱き上げる。すぐに緊急ボタンを押す。出血は、どこだ? 洗い場でざっと確認する。左手首。鮮血が流れ出る深い切り傷。なんで? さっきまでの笑顔を思い出し、穏やかな表情の腕の中の脩を見つめる。
「脩、お願いだ! 死なないで!!」
タオルで手首を押さえて悲鳴を上げていた。
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