分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅲ章「飛べない鳥と猛禽鳥の愛番」

side:羽田 咲人②

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 加藤さんの所属する分身鳥差別や人権問題に取り組んでいる弁護士法律家事務所に行った。

高層ビルの広いフロア半分が事務所。学生の身分では立ち入ることが申し訳ないと思えてくる雰囲気。緊張する。

「所長、もどりました。詳しく話さなくても音声聞いてくれていましたよね?」

「あぁ、加藤君、機転利かせたね。良い情報まで引き出したじゃないか」

「ギリギリでしたよ。彼が、あれ? 名前聞いていなかったね」

「あ、自己紹介が遅れてすみません。H大学工学部三年シマフクロウが分身鳥の羽田咲人です」

「北海道が生息地だね。国内鳥の絶滅危惧種最高位か」

「はい」

カラスを肩に乗せた所長さん。弁護士バッジがキラキラしている。

「私たちも自己紹介するね。ここの所長の永井です。今ここに居るのは数名だけど、主要都市に支部を作って人権分身鳥差別問題に向き合っている団体なんだ。弁護士が多いけれど、法律家や教育職など多職種が在籍しているよ。保護管理局が保護と言う名目で暴走をしないように監視する第三者機関として国から認可されているんだ。保護管理の実態確認のために本庁保護局にも出入りしているよ。今日はそのために加藤君が行っていたんだ」

保護局を監視する団体があったのか。驚いて周囲の人を見た。皆、温かい表情をしていた。

「羽田君、俺たちは皆分身鳥が大型や猛禽類で社会的に立場が強い者の集まりに見えるだろう。だけど、俺たちの家族や知り合いやパートナーが差別に苦しむ姿を見ている。だから苦しむ人が少なくなるように活動をしている。君の助けになると思う。ぜひ、君の抱えている問題を話してくれないか?」

 俺は、高校卒業目前で急に侑が居なくなったこと。それまで大学に一緒に行く約束をしていたこと。幼いころから国の保護施設で一緒に育った大切な恋人であることを話した。どうしても諦めきれない思いも伝えた。折れそうになっていた心も、全て。

 静かに聞いていた人たちが、顔を曇らせている。

「羽田君、私たちからも知っていることを話そう。ちょっと覚悟をして聞いてほしい」

コウノトリが肩に乗る加藤さんが真剣な顔。

「教えてください。どんな事でも、知らないままは苦しい」

「わかった。多分、南田脩さんは、妊娠が出来る男子宮を持つ両性という存在だ。両性は知っている?」

首を横に振る。初めて聞く内容。

「絶滅危惧種最高位の分身鳥を持つ人は、絶滅回避のため男性でも妊娠機能を持って生まれることがある。最高位の両性の人は最高位の分身鳥を生みやすい。だから、絶滅させたくない鳥のために望まない妊娠を強要されやすい。あとは、国家友好のために利用される場合もある。国の裏取引に使われるんだ。それは非人道的な事だから許されないことだ。そういった人と分身鳥を守るために俺たちは活動している。それでも隠れて人身売買のような行為がされているのは事実だ」

全身がガタガタ震えた。俺のシマフクロウが羽を逆立てて威嚇の姿勢をとる。

さっき、保護局で脩の性別、両性って言っていた。三年も前にアメリカに行っているなら、それは。その意味することは。

歯がガチガチと鳴った。怒りが抑えられない。

「脩は、脩は、どうなっているんだ……」

震えた声が漏れた。

「落ち着いて。衝動行為が起きそうなら、この続きは次回にしよう」

「今教えてくれ! 衝動行為はしない! お願いします!」

俺の鳥からも同じ気持ちが流れ込んできた。肩を掴む爪に力が入っている。

「脩さんは、もう両性に覚醒し出産をしているかもしれない。両性者は直腸奥に男子宮という器官を持っている。男子宮を刺激しなければ男性として生涯を終える。両性に覚醒させるには、同性との性交で、同性間じゃないと子孫が残せない、と男子宮を刺激するんだ。そこから急激に身体の変化が起こり半年から一年で両性に覚醒する。両性ホルモンが安定すると妊娠可能になる。三年前から帰国していないところを考えると、強制的な行為を繰り返されている可能性もある。早急に助け出す計画をしたほうがいい」

「脩が、脩が、妊娠……。強制的な行為って……そんなの、そんなの、あんまりだ! すぐに助けてくれ! 今すぐ、アメリカに向かおう!」

椅子から立ち上がり加藤さんに縋り付くが、そっと制される。

「落ち着いて。今は情報取集だ。アメリカの保護局が絡んでいると、すぐに手が出せない。アメリカでの協力者も必要だ」

「そんな悠長な!」

「いや、大切ことだ。下手をしたら南田脩さんは返してもらえない。場合によっては産むだけ生ませて殺される。そのほうが、足がつかないから」

はっとして所長さんを見る。悲しそうな顔。

「私のクラスメイトだった絶滅危惧種最高位の少女は、そういった取引に利用されてボロボロになって、自死した」

周りを見ると、悲しみを浮かべる表情の人が数名。きっとこの人たちは辛い思いをしている。俺がやみくもに動くよりも彼らの知恵を借りて動くべきだ。

「悲しい現実だけど、保護管理局を全否定して攻撃してはいけない。頑なになられたら南田さんの安全は守られない。表向きは、保護局の敵にならずに過ごすんだ。もしかしたら、南田さんにも事情があってアメリカに滞在しているかもしれないし、どうすることがいいのか調査して動きを決めて行こう」

「所長、オウギワシの藤原さんとタヒチヒタキの小坂さん夫夫に協力を依頼していきましょう」

「あぁ、あの番鳥夫婦はアメリカ国籍があるし、アメリカの両性保護団体にも顔が効く。あのペアも苦労したからな。すぐ連絡して」

「じゃぁ、俺はこちらを……」

バタバタ動き出す周囲。俺も、俺も何かしたい。

「俺も、何かやります」

「君はこの事務所のアルバイトに入ってもらう。チームとして動くならそのほうが良い。依頼人として参加するよりいいだろう」

「はい。よろしくお願いします」

 俺は加藤さんの助手となった。情報を共有してくれるし会議にも入れてくれる。雑務も多いけれど、一人の人として扱ってもらえる居心地のいい場所だった。

脩のことが少しずつ分かって嬉しかった。嬉しくて、悲しかった。脩の歩んでいる数年を考えると、苦しさに押しつぶされそうだった。



 カルフォルニアコンドル、カンムリワシを分身鳥に持つ子供を生んでいる。二羽とも絶滅危惧種最高位。

 あれから一年で、脩の状況が分かってきた。脩の報告書、見るたびに泣けた。

アメリカ管理局にある健康管理データーを入手している。写真はない。書面上で分かる事だけだが、ストレス性失語症に精神衰弱。自傷行為防止のための身体拘束もされている。

身体の小健康さえあれば精神面は無視されている内容。帝王切開での出産歴。性交の回数と相手の数の記載。両性ホルモン数値。脩は実験動物か! そんな悔しくてやり場のない怒りが渦巻く。

助け出そうと動き出した時に、脩の三人目妊娠発覚。脩の安全のため出産まで救出延期。両性者の妊娠出産は公になっていないため俺たちでは対応できない。産後の救出が望ましいとなった。

キリキリする思いで我慢しているしかなかった。

その間に俺は大学を卒業し、そのままこの事務所に事務員として就職した。脩と離れて四年が過ぎていた。


 国際分身鳥保護法違反と人権無視を盾に脩を日本に戻す事で国から同意が得られた。言い逃れできない証拠も突き付けた。日本の保護局とアメリカの保護局、国際絶滅危惧種分身鳥保護委員会にも同時に交渉をすることで隠匿されるのを防いだ。

脩の解放、自由と今後の十分な治療、生活の保障、慰謝料的なものも加藤先生たち弁護士団がつかみ取ってくれた。今後も継続してフォローしてもらえる。

これでやっと脩に会える。

脩が消えてから五年の月日が経っていた。
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