分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅲ章「飛べない鳥と猛禽鳥の愛番」

side:南田 脩①

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<番鳥ごっこ>

 「僕たちは絶対に番鳥だよ」

「うん。俺もそう思う。脩と一緒に居ると分身鳥から幸せだって言葉が流れ込むんだ」

「僕もだよ。僕の分身鳥も大好きだって言ってるもん」

「じゃあ、ずっと一緒にいよう」

「僕たちには、他に誰もいないしね」

 頬を真っ赤に染めて笑いあった。僕たちの幼鳥がぴったりと寄り添っている。幼いころの幸せな約束。国の絶滅危惧種分身鳥保護施設で一緒に育った咲人。何も知らない幸せな時間。

あの頃に戻りたいなぁ。
熱にうなされながら思い出して、涙が流れた。


<分身鳥のいる世界>

この世界の人は、生まれた時に卵を持って生まれる。卵はすぐに鳥に変化する。一生を共にする分身の鳥。どちらかが死ぬと、後を追うように片方の寿命も終わる。生涯の運命を共にする。
分身鳥は、人の肩に乗って過ごす。自分の鳥は、なぜか重くない。痛くない。

 分身鳥には様々な種類がいる。大きな鷹のような獰猛な頂点に立つ種族を持つと、人間も同じように社会の頂点に立つ。鳥が人を表す。そして、恋愛や結婚も鳥の相性が大事。分身鳥が惹かれ合うと、人生で数回しか鳴かないという鳴き声を出す。鳴き声をお互いに交わすことを番鳥という。鳴かなくても、鳥がすり寄れば相性は大丈夫。そうして恋愛や結婚相手も決まっていく。

 世の中に存在する鳥類と同じような割合といわれている分身鳥。絶滅危惧種の鳥を持つ人は、生存が保護される。人には個体管理のピアスと、分身鳥にはアンクレットが装着される。自分では外すことが出来ない。これは世界共通で、一目見て国家に保護管理された者だと分かる。絶滅危惧最高位は金のピアスが二つ付けられる。保護対象は絶滅危惧種の中で、最高位と高位。最高位の被保護者は日本で百人程度、幼鳥期は一般社会・家族から隔離管理される。高位の被保護者は健康管理と生命保護管理が法的に決められている。

 絶滅危惧種の分身鳥を持つ者が死ぬと、その野鳥も生息数をガクッと減らす。これが保護の理由。海外生息の絶滅危惧種最高位の被保護者が死ぬと、絶滅を意図的に行ったと生息地域の国が怒り、戦争に発展することもある。そのため、絶滅危惧種最高位分身鳥保護については国際法で定められている。

 大型猛禽類の被保護者にはプラチナ製の銀色ピアス。これは、攻撃性が強く他の鳥類を襲ってしまうことがあるため目印の意味もある。ごくまれに、そういった傷害事件が起きるが、大型猛禽類の衝動行為であった場合、犯罪にならない。世の中の暗黙のルール。

 大型猛禽類の衝動行為には空腹や怒りなどからくる「暴力衝動行為」と「愛の衝動行為」がある。どちらも周囲に被害をもたらす行為。大型鳥を分身鳥に持つ者は衝動行為を起こさないための特別教育を受ける。


<飛べない鳥>
 僕の分身鳥は沖縄に生息するヤンバルクイナ。絶滅危惧種最高位。僕は生まれた時から国の保護施設にいる。両親の顔も知らない。「南田 侑」という名前は誰が付けたのかと考えることはある。

 最高位の絶滅危惧種鳥は日本で百人程。同年代で出会えることは無い。だけど僕は幸運だった。僕と同い年の最高位の被保護者がいた。同じ施設にいる。

通常、最高位の分身鳥は人とあまり接触せずに過ごす。誘拐や衝動行為に巻き込まれることの予防のためだ。ただ、僕と彼は一緒に育つことが許されていた。同じ施設で違う部屋だけど、学習と遊びの時間は一緒。日本に生息する絶滅危惧種同士だから、海外生息の鳥より管理が緩かったらしい。

 同い年の彼は、北海道に生息するシマフクロウが分身鳥の羽田 咲人。シマフクロウは国内のフクロウの中では最大の猛禽類。金色の瞳がキラキラ綺麗。僕のヤンバルクイナは飛べない鳥だから、シマフクロウが飛ぶ姿がカッコよかった。僕の鳥が真似して高いところから滑空するのも可愛らしかった。二人で居ると幸せ。分身鳥も僕も、満たされていた。


 天井がドーム状に透明ガラスになっている中庭。ここは分身鳥を飛ばせる場所。保護施設内の被保護者が接触しないように利用できる時間が区切られている。でも僕たちは一緒に利用できた。分身鳥に遊んでいいよ、と伝えて僕と咲人はベンチに座る。

「僕さ、算数嫌いだ」

「なんで? 分数? 図形は得意だったよね」

「分数の計算が頭痛くなる。イ~ってなるんだよ」

「あぁ、脩は桁の多い計算でも同じこと言ってたもんな」

「もう午後の授業は嫌だよ~~」

中庭を悠々飛ぶシマフクロウを見上げる。このまま脱走してしまいたい。僕のヤンバルクイナは、楽しそうに走り回っている。地上と空の追いかけっこみたい。

横に居る咲人に寄りかかる。僕と違って大型猛禽類を示すプラチナピアスも光っている。最高位の保護鳥である金のピアス二個と並んで綺麗。

「算数、出来なくていい。咲人に養ってもらう」

「あはは。ま、そうだな。それが一番か」

幼いころから二人で生きて行く約束をして、世界に僕たちだけのような幸せな閉塞感。

「じゃ、僕は家庭科とか家の事できるように頑張ろう。算数よりいいや」

それでいいよ、と優しく頭を撫でてくれる咲人が大好きだ。

 「じゃ、また明日」
「うん、バイバイ」

咲人と一緒に居られるのはリモート授業終了まで。あとは自室で過ごす。部屋も全部一緒が良いけれど、決められた法律らしく仕方ない。

教育係の人には、「一緒に過ごす相手が許されている事だけでも幸運なことです」と何度も言われている。分身鳥が成鳥になるまでの期間は事故死や病死率が高く、保護隔離が徹底される。

最高位の絶滅危惧種の分身鳥を持つ人が死ぬと野生の鳥が絶滅する恐れがある。この世界では一大事だ。海外生息の絶滅危惧種最高位の被保護者は、国際トラブルを防ぐためもっと管理が厳重だと聞いた。確かにそれよりは国内生息の鳥で良かったと思う。

 ヤンバルクイナは沖縄に千羽以上の生息確認がされているが、絶滅危惧種最高位から下げられていない。普通は三百以上の個体数が確認されると最高位から高位に降格される。現在、ヤンバルクイナを分身鳥に持つ人は日本に十人以上いる。数としては高位でもいいとされる鳥。

しかしこれには、ヤンバルクイナが飛べない鳥であることが関係している。

もともと沖縄のみに生息し、天敵が少なく飛ぶ必要がなかったため羽が退化したヤンバルクイナ。虫を食す走る鳥として生息してきた。近年、海外からマングースやノネコが来たことで状況が変わった。走る事しか逃げる能がない鳥。

俊敏力の高いマングースやノネコにはすぐに捕まる。ヤンバルクイナは激減して絶滅危惧種になった。現在は保護が進み数は増えてきているが、ヤンバルクイナの生存能力の低さが問題視されている。
 
 高校は咲人とともに国営の全寮制男子高等学校。僕と咲人は保護分身鳥用の特別寮。部屋は別フロアだった。一緒に寝てしまおうか、と咲人の部屋に入ると警告音。ピアスに登録されている人以外が自室に入ると管理局に通報がいくらしく、駆け付けた管理局職員に怒られた。

同じ寮なのに一緒の入浴も禁じられている。性行為や性的な事は同性間でも起こることがある、と注意された。これも絶滅危惧種最高位には自覚すべきことだと指導された。守れないなら別々の高校にすると言われて、規律を守るから咲人と一緒に居たいと訴えた。咲人もだいぶきつく言われた様子で、次の日は互いに落ち込んだ。


 「咲人、いつの間にか背が伸びたね」

高校三年の四月。気が付くとだいぶ目線が違っていた。咲人を見上げる。

「うん。俺の鳥も成鳥になったしね」

「高校卒業したら、どうなるのかな」

放課後。部活参加は許可されていないから一緒に図書室に居る。一般学生が出払っていて図書室内に僕と咲人だけ。高校生活で他の友達も出来たけれど、やっぱり咲人が一番心地いい。そんなことを考えると、『シマフクロウは特別だよ』と僕のヤンバルクイナが心に伝えてくる。

「俺、大きくなりたかったから身長伸びて良かった」

「くそう。中学までは横並びだったのにな」

「脩は小さくていい」

「小さいわけじゃない! 百七十二センチになった。平均的だ!」

「う~~ん、何だろうな。脩は身体のラインが女性的と言うか、可愛らしく見えるんだ」

「そんな風に見ているのは咲人だけだ」

ふふっと笑いかけると、百八十五センチの咲人が、少しかがんで触れるだけのキス。毎日隠れてキスと軽い抱擁。それだけで幸せだった。

互いの鳥が成鳥したから、卒業後は恋人として一緒に暮らそうと決めていた。性行為のことまで口出しする保護管理に嫌気がさしていた。

「二人暮らしするなら、何が必要? 大学は行けないのかな?」

「大学までは学費や生活費は国が出すらしいよ。社会人になると高位の保護鳥のように生存確認と健康管理のみになるみたい。それにプラスして安全確保のため生活補助があるって」

「へぇ。働かなくても生活面が援助されるなんて得するじゃん」

図書室で法律や一般生活、大学の事を一緒に調べまくった。一般の職業も調べて何が向いているか言い合って、想像して笑いあって、夢を語って楽しかった。

 そんな楽しい時間は、寄り添うようにじゃれ合っている僕たちの分身鳥。成鳥になり体長七十センチになった大きなシマフクロウと体長三十五センチのヤンバルクイナ。僕の鳥はシマフクロウに包み込まれて幸せそう。

これほど気持ちが通じているのにどうして番鳥の鳴き合いをしないのか不思議だった。人も分身鳥も惹かれ合っているのに。鳴き合っちゃえばいいのに。僕の鳥にそれを問いかける。『そうなんだけど、よく分からないんだよ』
いつも同じ返事が心に聞こえてきていた。

 ――咲人と番鳥になりたかった。ずっと一緒に居られると思っていた。だけど、僕と咲人は高校卒業と共に別々の道に進むことになった。浅はかで幸せだったあの頃に戻りたいと何度も願った――



 「あ、受かった! やった! 咲人は?」

「俺も受かった」

「だよね。咲人は僕のレベルに合わせてくれていたから」

二人しておでこを合わせて笑いあう。ついでにチュッとキスをする。これから大学も一緒だ。ずっと一緒に居る未来が見えて嬉しかった。

早速二人暮らしの話になる。どんな部屋が良いかインターネットで調べる。大学生活についても一緒に調べて笑いあう。受験勉強頑張って良かった。十八歳の成人を過ぎたから自由だ。夢見ていた自由! 

咲人と一緒に保護管理局に進路の報告と今後の要望を伝えた。咲人と恋人として二人で暮らしていきたい、と。高校卒業と共に自立費として二千万円と専属の生活補助員紹介、安全な住居の指定、月々の生活保護費の振り込みなど説明があった。大学費も保護局が支払ってくれる。定期的な保護局への報告義務をこなせばいい。

ピアスと分身鳥のアンクレットの電波から生命危機や緊急時には保護局職員が介入することになる説明も受けた。それくらいは二つ返事で許容できた。管理された生活から抜け出せる喜びでいっぱいだった。

 卒業まで一か月弱となったある日。保護局の人から僕に面談の指示が出た。

ーーこれが僕の人生を狂わせることになるなんて予想も出来なかった――
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