分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅱ章「幸せを運ぶコウノトリと小さな文鳥の幸せ番」

side:宮下徹⑤ ※

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ドンドンとうるさい音に目を開ける。どこだ? こめかみ部分がズキズキする。

「あ、目ぇ覚めたかよ」
「薬効ききすぎて死んだのかと思ったぜ。こいつ、小鳥だからなぁ」

笑い声響く。はっと覚醒した。留年した四人がいる。何が起こるか分からない恐怖で緊張する。俺の文鳥は、胸の上で寝ていた。少しだけ、ほっとした。何時だろう。窓のない部屋。どこかのクラブだろうか。

「宮下ぁ、俺ら退学になりそうなんだわ。小遣い稼ぎのつもりで合法ドラック売ってたのが大学にバレて。今、自宅謹慎ってやつだわ」

「……そんなの、俺に関係ないだろう」

俺の鳥を腕の中に隠しながら、精一杯声を出す。でも、恐怖が隠しきれない。声が、震える。

「関係あるんだなぁ。俺ら、お前みたいな偉そうな小鳥が大嫌いなんだわ。弱小鳥の癖に目立ってんじゃねぇ!」

バチン、と音が鳴る。
頬を張り飛ばされていた。

寝かされていたソファーに倒れ込む。痛んでいた頭が、グラグラ揺れる。「う~~」うなり声が口から洩れていた。

「目障りなんだよ! 小鳥らしく俺らに従って生きてりゃいいんだ! 生意気な口利いてんじゃねぇよ! 全てに恵まれて生きてます~って顔しやがって! テメーの全てが気に入らないんだよ! 番がコウノトリなのもムカつくんだよ!」

髪を掴んで起こされる。恐怖と痛みで涙が流れる。心臓の音が耳元に響く。

「おいおい、もう泣いてるぜ! 宮下、いつもの威勢はどうしたよ? そうやってガタガタ震えて小さくなってりゃ良かったんだ!」

「どうせ俺らはお先真っ暗なんだ。最後にお前ぶっ潰してやろうかと思ってんだよ」

「宮下ぁ、まだまだ時間はあるからよぉ。泣くには早いだろう?」

四人に殴られて蹴られた。あちこちから鉄の棒のような手足が降ってくる。文鳥を抱き締めて、泣きながら這うように逃げた。部屋に響く音楽と笑い声。嫌だ。嫌だ。痛い。怖い。腹を蹴りあげられて、意識が遠くなった。

「おいおい、すぐに寝てんじゃねーよ」
急に首後ろに痛いような強烈な刺激がして悲鳴を上げて飛び起きた。何だ? 

「すげぇ。効くじゃん」
冷却スプレー? 全身の痛みで起き上がれず唸りながら必死で文鳥を抱き締める。窓がないから逃がすこともできない。

「小鳥の癖に生意気な態度ですみませんでしたって土下座しろよ」
嫌だ。絶対に嫌だ。首を横に振る。

「お前、立場分かってねぇなぁ」
靴で踏みつけられる。押さえつけられて俺の鳥が奪われる。

「返して! 俺の鳥は関係ない!」
悲鳴を上げていた。握りつぶすように俺の鳥を持たれると、俺も手足が全く動かせない。

「大人しくなったじゃん。分身鳥との感覚共有も便利だな」

床から立てずに涙が流れる。分身鳥が奪われる不安と恐怖、暴力への恐怖、混乱して訳が分からなくなる。引きずられてソファーに乗せられる。動けない俺の服を引き裂いてはぎ取られる。「いやだ、いやだ」と震える声で訴えた。

いつの間にか俺の文鳥はカラスに踏みつけられている。他の鳥につつかれて全身に刺すような痛みが走る。身体にのしかかる重さと苦しさ。

「俺の鳥は、関係ない! 俺の鳥には何もするな!」
悲鳴のように声をあげていた。

「どうしようかなぁ~~」
あはは、と笑い声が響く。

泣き叫ぶ俺の目の前で、俺の鳥が壁に打ち付けられた。心に届く悲鳴。

「やめろーー! いやだぁ!!」
両腕に激痛が走る。腕が動かせない。

あまりの出来事に俺の文鳥から目が離せない。呼吸が苦しい。

身体を触られ、まだ幸一を受け入れたこともない後腔に男根をねじ込まれる。優しい行為じゃない。辱めるための、叩き潰すための行為。苦しい。痛い。腹の奥を穿たれる。気持ち悪い。頭に響く嘲笑の言葉。

全てが現実と思えなくて泣き叫び続けた。もうどこか自分が狂っていたように思えた。汚されていく恐怖。響く笑い声。身体の芯に届く痛みと俺の鳥の悲鳴。

気が遠くなると冷却スプレーを敏感な部分に当てられて強制的に目覚めさせられる。時には殴られて覚醒させられる。

「小鳥らしくしてりゃ良かったんだよ!」
殴られて、犯されているうちに身体の感覚がなくなった。目の前の光景が分からない。深い沼に沈み込むように意識を手放した。

俺の鳥に「大丈夫? 死なないで。守れなくて、ごめんね」そっと伝えた。



 気が付いたら病院だった。
幸一が傍にいた。あれ? 父さんと母さんもいる? 
全身が痛くて身動きが取れない。痛みに顔をしかめる。

「徹、動かないほうが良い。全身のひどい打撲に肋骨二本折れている。ケガがひどいんだ。とにかく安静にしていて。痛み止め、追加してもらう?」

優しい声だ。痛みで朦朧として幸一を見る。

どこかで唸り声。痛々しい声。誰だろう。可哀そうに。俺の鳥は、文鳥はどこだろう? 目線で探すと、幸一がそっと指さす。俺の傍に、籠に入れたクッションに横たえる文鳥。羽に包帯。

あぁ、助かったのか。生きている。ほっとした。俺の鳥を守るように籠に寄り添うコウノトリ。さっきから響いている唸り声に泣き声が混じる。静かにしてくれないかな。痛みに染みるよ。

そっと涙を拭われて、泣いているのが俺だと分かった。あれ? 唸り声、俺の声か? よく分からなくて混乱する。幸一が俺の涙を拭きながら、涙を流す。どうした? 幸一、笑っていなよ。

「失礼します」
誰かが入室する。
「あぁ、苦しいですね。鎮静剤と痛み止め追加します」
「お願いします」

幸一が誰かと話すのを聞いていた。他にも声が飛んでいるが、理解できなかった。その内、またウトウトと眠りに入った。相変わらず唸り声が聞こえて耳障りだった。そっと手を握る幸一の温かさが心に染み込んでいた。


 八月末までの一か月入院した。
肋骨の骨折は保存治療。骨がくっつくまで胸部コルセットを巻き、保護して安静。

二週間で全身の痛みが引いた。三週間過ぎると骨折が完治した。

動いた時やぶつけると痛みが出るから、激しいスポーツは二か月間禁止。打撲は綺麗に消えたけど、両腕の肘関節には共有痕と言われる赤黒い痣が丸く残った。

俺の文鳥の羽は元通りに生えそろった。つつかれて禿げていた羽毛も元通りになった。暴力に怖い思いをしたのは、俺の鳥も、だ。あれから俺の文鳥は俺の肩から少しも離れない。心の奥底に「怖い」と感情が流れ込む。

俺も同じだった。理不尽な暴力だから、忘れればいい。そう思っても、身体の芯の部分がガタガタ震える。物音に敏感になって、ビクビク怯えてしまう。

 入院中に、少し歩こう、と言われて部屋から廊下に出たことがある。廊下を歩く人にビクつき、すれ違うと攫われた時の恐怖が沸き上がった。心臓がバクバク鳴り響き、息が出来なくなった。訳が分からなくて、気が付いたら病室のベッドだった。その時は、過呼吸パニック発作を起こしたらしい。

幸一に笑いかけてあげられない。こんな姿、見られたくない。父のトビでさえ怖く見えて、部屋に一緒に居られない。幸一以外は、全て怖い。

 所詮、俺は小鳥なんだ。小鳥だから、仕方ないんだ。もう全部、嫌だ。疲れた。

諦めのような、絶望と表現するのが似合うような、真っ黒い感情が芽生えていた。

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