分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅱ章「幸せを運ぶコウノトリと小さな文鳥の幸せ番」

side:加藤幸一③

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 番の出会い時間は最長十日が法的に許されているらしい。

お腹が満たされると、冷静になれる。法的に認められた休暇と知れば、番の彼との時間をとってみようと思った。奨学金にしがみついて貧困に苦しむよりいい。追いつめられていた気持ちが少し楽になった。彼と話し合い、まず三日の出会い時間申請を大学にすることにした。

 彼の名前は宮下徹。とおる、と呼んでみたいような気もする。人を名前で呼んだことがなくて緊張する。大きな二重のやや吊目。きらきら微笑む目元が頭に浮かぶ。彼を思うと、柔らかい口の中の感触や可愛らしい吐息が今触れたばかりのように蘇ってくる。ぞくぞくする何かが心を占める。凛とした可愛い彼を抱き締めていたい、と沸き上がる欲望を抑え込む。

俺の鳥が遠慮がちに長い首を俺の頭にすり寄せる。声は聞こえてこないけれど、何となくわかる。「お前、あの文鳥が可愛くて仕方ないんだろ?」久しぶりに声を届けると嬉しそうに俺の頭に顎を乗せてくる。その喜びの姿に笑みが漏れた。

忘れていた笑う気持ち。懐かしいような恥ずかしさが、くすぐったかった。


 「うわぁぁ」
彼の家に来て初日のお風呂。驚いて風呂場から飛び出した。

素っ裸で廊下まで飛び出した俺を、リビングから驚いた顔で見つめる彼。足元にできる水溜まり。俺の肩の鳥がバサバサ驚きの動きをするから、余計に水が飛ぶ。彼を見て、申し訳なさに青ざめる。

「ごめん! 風呂、壊れたんだ。よく分からないけど、何もしていないと思ったんだけど、急に泡が出た。ぼわって、勢いよく出たんだよ」
必死で説明する。足元の水たまりが大きくなる。素っ裸で説明する俺を、真っ赤な顔で見ている彼。

「幸一、分かった。大丈夫だ。とりあえず、風呂に行こう」
手を引かれて、心臓がドクリとする。華奢な彼の手の温度が、俺の中に染みこんでくる。空腹衝動が出た時の満たされた感情が蘇る。ごくりと唾をのむ。目の前に綺麗な可憐な番鳥が居る。

「これ、ジャグジーつきなんだ。ここに自動のセンサーがあって……」
風呂で説明をする彼を、抱き上げて服のまま一緒に湯船に入れる。

「こら! やめろ!」と遠くに聞こえる声。可愛いなぁ。

声をあげる口をふさぐ。柔らかくてぞくぞくする口の中。甘くておいしい俺の番。ささやかな抵抗は全部封じ込めてしまう。気持ちいい。

 気が付いたら、彼を裸に剥いていた。二人で居ても余裕のある湯船の中。濡れた服があちこちに落ちている。またしても抱きかかえて、口を貪っている俺。素肌の感触が全てを共有するようで気持ちいい。お湯の温度とは違う温かさ。

「落ち着けって」
彼の声がやっと聞こえてきた。はっと我に返り、またしても謝る。

「あの、本当に何回も、ごめん」
「あぁ、なんか慣れて来たわ」

優しく笑ってくれる。愛おしさに優しく抱きしめる。

「肌が、気持ちいい」
「そうだな」

今度は抵抗しない彼。その艶めく唇にそっとキスをする。触れるだけのキス。これは、衝動じゃない。俺がしたいから。沸き上がる温かさ。彼は俺の衝動も心も全部受け止めてくれる。

腕の中の華奢な彼に、絶対の安心を感じた。

 結局そのあと一緒にお風呂に入った。彼の裸体の色気に心臓が飛び出そうだった。黒い茂みに控えめな綺麗な形のモノ。男のモノを見て美しいと思ったのは初めてだ。

締まった腰のラインに象牙のような肌、細い首、すっと伸びた背筋、どこを見ても色気をまとっていて輝いている。

誘惑に負けて、後ろから首筋を少し舐めてみた。頭が溶けそうな味だった。真っ赤な顔の彼に「だめだ」と断られなければ全身舐めつくしていたと思う。

風呂のジャグジー機能やミストサウナ機能など説明してもらった。初めての機能に興味津々で操作してみた。いちいち驚く俺に笑い返す彼。満たされる。

宮下徹は俺の番だ。

確たる思いが心を締めた。文鳥と水遊びをしている俺の鳥と目が合う。同じ気持ちが伝わってきた。

枯れ果てていた心に水が湧き出たような不思議な気持ちだった。



 「だめだ! こんなことに金を使うな!」
上手くいくかと思った番との生活二日目。金銭感覚の違いが苦しい。

徹は全ての家事を家政婦に依頼している。何より許せないのは下着も洗ってもらっていること。綺麗な徹の裸体に触れたモノだぞ? 俺以外で徹の肌に触れる唯一の存在を、他人が洗うだと? しかも金を出して! 何を考えているんだよ! 怒りで震える俺に構わず、ソファーに伸びている徹。

「いいんだよ。必要があれば自分でやるけど、家事は苦手だしやる気にならない。あ、高校時代は寮だったから自分で洗ったぞ。溜め込んだけど」
あはは、と笑う徹にイライラする。

「そういう問題じゃない! 徹の肌に触れたものを他人に触らせるなよ! そんなの俺以外に許すな!」
一日一緒に居ると名前で呼ぶのも自然に慣れた。起き上がって、俺を見る驚いた顔。

「金の問題じゃないのか?」
「あ? いや、金の問題、だけど……」

急に恥ずかしくなって、目の前の掃除に専念する。

孤児院では、感謝の気持ちを持って生活するように、と掃除・炊事・洗濯は当番制だった。その癖で、共同生活だと思うと家事をしていないと落ち着かない。何より、この綺麗な徹の世話を、他人がすると思うと心がゾワゾワ落ち着かない。

俺の鳥は、文鳥を食べてしまうかという様子で寄り添う。文鳥が時々からかって逃げるのにも、本気で慌てている。ふと昔コウノトリの性質を調べた時のことを思い出す。コウノトリは一夫一妻。決めたパートナーと生涯を共にする鳥。夫婦の絆の強い鳥。執着するのも仕方ない。

「俺、愛されてるなぁ」
徹がソファーから顔を出して笑っている。途端に顔が熱くなり、居たたまれなくなる。

「何言ってんだ! 金持ちに教えているんだよ!」
あ、良い事を思いついた。

「徹、俺が家事やる。学費やら生活費の分の労働だ」
「はぁ? 幸一だって勉強あるじゃないか」
「俺がやる。決めた」

アルバイトも決まらないし、ちょうどいい。そう自分に言い聞かせる。

「無理するな。じゃ、ハウスキーパーを週三日にする。それでどう?」
面白そうに話す徹にイラつく。

「俺は、床に落ちた徹の髪一本だって、俺以外に触らせたくない」

ぼそりと言葉が漏れていた。満足そうに笑う徹に、ヨシヨシと頭を撫でられる。変な事を言った自分が恥ずかしくて、徹を正面から見られない。そんな俺を見る輝く瞳に心が満たされた。

 昼は一緒にカレーうどんを食べた。朝食を食べたのに昼食が食べられるなんて幸せだ。孤児院では不味かろうが質素だろうが三食は困らなかったことを思い出す。ここ数か月は本当に生活が苦しかったなぁと思う。
カレーうどんは徹の好物。この味は忘れないようにしようと思った。いつか作ってあげたい。

 午後に一緒に出かけた。
どこに行くのかと思ったら、高級そうな店舗の入った商業ビル。こんな場所、足を踏み入れたこともなくて緊張する。慣れた様子で俺の手を引く徹についていく。

「ショップ入るには緊張するだろ? こっちで買い物しよう」
顧客用というマンション一室のような空間。ソファーに堂々と座る徹を見て、本当に金持ちなのだと実感した。

「ここなら周囲を気にせずに買い物できる。まず、服を買う。小物も、だ。俺は幸一の身なりを整える。俺好みにする。受け取るのは幸一の義務だ」

「義務なのかよ。俺、服買ったことない。国の施設の頃は、用意されているものを着ていた。孤児院では寄付のお下がりをもらっていた。服を選ぶのか。ドキドキするな」

「じゃ、楽しもう。何しろ、幸一の番の俺は、金持ちだから、な」 
「金持ちだから、だろ」

金持ち、の部分の声が重なる。ニコリと笑うドヤ顔に、ばかばかしくて笑ってしまう。

 ふと、テーブルに居る俺たちの鳥を見る。

コウノトリが飾ってあった花を一輪、嘴に銜えている。心臓を駆け抜ける熱い気持ちに、光るようなその光景を見た。身動きが出来ず、ただ息を飲んで見守る。

俺のコウノトリがゆっくりと花を徹の文鳥に渡す。文鳥がそっと嘴で受け取る。嬉しそうに文鳥に首をすり寄せるコウノトリ。文鳥が花を一度おいて、向きを変えて嘴に挟む。それをコウノトリに差し出す。コウノトリが幸せそうに受け取る。これ、分身鳥の愛の給餌だ。

 なんて綺麗な光景だろう。

二鳥の間に見えない絆がある。魂の繋がりを見た気がした。感動に震える心のままに徹を抱きしめる。無言の抵抗しない徹から、感動の震えが伝わってきた。分かるよ。俺も心が震えている。艶のあるストレートの黒髪に、そっとキスをした。


 その後の買い物は正直、疲れた。徹がご機嫌で、気前よく俺の服を買いまくった。三枚もあれば十分だと言っているのに、目の飛び出る値段の服とバックと靴を山ほど。金持ちの感覚が辛かった。でも、徹が言った一言が心に刺さっている。

「俺は、金持ちだから買うんじゃない。俺が幸一を着飾りたい。俺の願望だ。俺に金がなくても、お前のために買いたいと思ったはずだ。幸一は、カッコイイからな」

まっすぐに俺を見る輝く瞳。カッコいいと言われて心が熱くなる。この瞳は信じていいと思える。徹がそう言うなら、任せようと思った。ちゃんと受け取ろうと決めた。心臓がトクトクと、温かい気持ちを心に届けていた。


 髪の毛も美容室で整えてもらった。徹の横に居ても見劣りしない程度に整ったと思う。徹が満足そうに「背筋伸ばしていこうな」と微笑んでくれたのが嬉しかった。

 数十万の時計まで買って、これには心臓が飛び出そうになったけれど「番の記念に」とお揃いで購入してくれた。生涯大切にしようと思った。

俺が出来ることが何もないのが申し訳なかったが、「幸一の作る飯でチャラだ。作ってくれるだろ?」そっと言われた。その優しさに、この華奢で男前な俺の番を抱き締めた。良い匂いがする。徹の匂いだ。「もちろん」耳元でそっと返事をした。カレーうどんは特別美味しく作れるようになろうと心に決めた。


 この二日で、宮下徹という番に心が吸い寄せられた。不思議な人だ。徹を思うと心がくすぐったくて笑いが漏れる。綺麗で美人で男前。可愛くてカッコよくて胸が締め付けられる。存在が光り輝いている。こんな気持ち初めてだ。

俺の周りは敵だらけだと思っていたけれど、氷が解けたような柔らかいモノが俺を満たしていた。

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