分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅰ章「分身鳥の恋番」

side:藤原ルイ③

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<不安>

 空港で小坂君を見送った後、フランスについていくか迷ったが、待つことにした。未成年の彼に無体をすることは無いと信じたかった。そして、フランスに追いかけて行っても会えないことも、居場所は国家レベルの機密にされることも分かっていたから。じっと待つほうが良い。そう思った。

小坂君が戻るまで寮で一人。突然帰国するかもしれないから、家族のところには帰省しなかった。

静かな寮。こんなに孤独な時間は初めてだった。これまで小坂君はこの孤独を一人で過ごしていたのか。胸がチクリと痛んだ。

俺のオウギワシと、カモメのキーホルダーを揺らめかせて時間を過ごした。俺の鳥が、コレもらったのは俺だ、とドヤ顔するのが可愛かった。確かに小坂君の分身鳥は、お前に愛の給餌をしたよね、と話しかける。そのたびに大喜びして部屋を飛び回る俺の鳥に笑いと元気をもらった。


 小坂君が戻ってきた。空港に行きたかったけれど、到着便が分からず寮で待つことにした。車の到着を寮の前で出迎える。

車から降りた小坂君。旅行前より輝くような色気がある。俺を見て、軽く会釈をする。それだけで心に花が咲いたかのような喜びで満たされる。嬉しい! すぐに駆け寄った。

「おかえり」
変わらずに左手を腕吊サポーターで吊っている。右肩に持つ荷物をそっと預かる。

「ただいま」
少し頬を染めて俺を見る黒い瞳に、心がドキドキ音をたてて鳴り出した。こんな表情を見せてくれるなんて。可愛らしさに目が外せない。俺のオウギワシが小坂君の鳥と軽く頬を寄せ合う。

「リョウ、荷物は僕が持つよ。リョウの部屋まで案内して?」

優しい声なのに、突き刺すような勢いのある言葉が聞こえた。

小坂君しか見えていなかったけれど、すぐ後ろに金髪の三十歳くらいのフランス人? がいた。耳の二個の金色ピアスが光っている。肩の鳥は黒い小鳥。分身鳥が小型だけれど、本人は身長百八十センチくらいある。

黒い小鳥が、オウギワシを睨んでいる。小鳥なのにちょっとした迫力と落ち着きがある。なんだろう。心がギリギリする。

「リョウの番だね。乱暴なことをする者だと聞いた。今後、リョウのサポートは全面的に僕がする。リョウを傷つける君には近づいてほしくない」

痛いところを、敵意丸出しの言葉でぶつけられて怯んでしまった。

俺の鳥が不快感をにじませているのが伝わってくる。言い返そうかとしたとき。この男と俺の間に立っていた小坂君が、ふらりと揺れた。驚いて支えようとするより早く、後ろの男性が小坂君を抱き留める。先ほどより青い顔をして、ぎゅっと目を閉じる小坂君。金髪の男が小坂君を抱き上げる。なんだ? ぞわりと不快感が沸き上がる。

「リョウ、すまなかった。リョウの番鳥は意地悪だね。君の体調に気づかずに足止めするなんて。噂通りの人物だ」
目の前で、抱き上げた小坂君の頭にキスをする男。腹がぐっと熱くなった。

瞬時に翼を広げようとする俺の鳥を制する。
「抑えるんだ!」
気持ちはわかる。だけどダメだ。俺の鳥が本気を出したら、ここに居る全員の分身鳥を殺してしまえる。それだけの力がある。煽られても乗ってはいけない。精一杯俺の鳥に気持ちを伝える。

「へぇ。抑えたか。もし、僕にケガを負わせたら保護国であるフランスとEU連合保護鳥局が黙っていない。日本が相手とは違うぞ。覚えておくんだな」

横を通り過ぎる時に告げられる。怒りで心臓がドクドク鳴り響いた。

「リョウの荷物を持っているんだろう? 後ろから付いてくることは許可しよう」

頭に血が上る瞬間だった。俺のオウギワシが肩をぎゅっと掴まなければ、殴っていたかも。利口な俺の鳥に心から感謝した。

 「待って」
部屋のベッドに横になった小坂君に呼び止められる。

「リョウ、僕がついているから、彼には戻ってもらおう」
「レオ、僕のカバンかして」

幾分か顔色の良くなった小坂君が金髪男とやり取りをする。こいつ、レオと言うのか。

「藤原君」
声をかけられてドキリとする。透き通る綺麗な声。俺は初めて名前を呼ばれた。喜びで顔が火照る。イラつきなんて全て吹き飛んだ。

「なに?」
ベッドに跪く。近くで見る綺麗な小坂君。黒い瞳が俺を映している。こんなに心が満たされる。

「あの、フランスでサングラス割れちゃったんだ。ゴメン。安くてお詫びにならないんだけど、お土産」
真っ赤な顔で二つの包みを差し出す。
可愛くて、嬉しくて、抱きしめて高い高いでもしたい気持ちを深呼吸して抑える。

「ありがとう。サングラスは、また買いに行こう。それより、お土産をもらえるなんてすごく嬉しい。本当にありがとう」
「うん。あの、気に入らなかったらゴメン」

紅い顔でソワソワしている様子が俺の心臓を打ち抜く。可愛らしすぎるだろう! 鼻血が出る! 

小坂君に微笑みを向けて、目の前で包みを開ける。シンプルな銀色のボールペン。青色で空港名が彫ってある。お土産用の大量生産のボールペンだろう。だけど、これは特別キラキラ輝いて見えた。

「素敵だね。大切にするよ」
もう一つの包みはハンカチ。薄い青色と濃い青色のチェックのタオルハンカチ。隅に小さく飛行機の刺繍がある。

「これも。大切にする。会えなくて寂しかったけど、元気が出た。ありがとう」
俺の反応を不安そうに見ていた小坂君が、ふわりと微笑む。あぁ、天使だ。

「良かった。あの、贈り物って初めてで、すごく悩んだんだ。悩んだのに、普通でごめん。自分で、カードで買ってみたよ」
可愛くて、嬉しくて少し小坂君に触れたくなる、が。

「リョウ、少し休もう。僕は彼を送ってくるよ」

金髪のレオと言う男が、目の前で小坂君の頬にキスをした。こいつ! 
引き離してやりたいが、小坂君は彼のキスを受け入れている。どういうことだ? 勝ち誇った顔のレオに腹が煮えたぎる。

「藤原君、僕フランス行ってから夏バテらしくて調子が良くないんだ。ちょっと休むから」
また少し顔色が悪い小坂君。夏バテ? すごく嫌な予感がした。
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