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Ⅰ章「分身鳥の恋番」
side:小坂涼②
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青空が綺麗な六月。いつもの二年一組の教室。
ちょっと暑くなってきた、そんなことを考えていた。
学校敷地内は空中からの侵入防止のため、高さ二十メートルの防護ネットで空が覆われている。コレがあるから敷地内なら鳥を飛ばせる。あとで少し飛ぶ? 僕の鳥にそっと声をかける。
嬉しそうに頬にすり寄る可愛い小鳥。よしよしと撫でる。タヒチヒタキのオレンジは空の青に良く映えて綺麗。もうじき成鳥になると見られなくなるオレンジ色。綺麗な僕の鳥。
自分鳥自慢になっちゃうけど、みんな自分の分身鳥が大好きなんだ。
チャイムが鳴る。ホームルームが始まる。担任の先生が教室に入ってくる。皆がざわついた。ぴりっとした空気になる。
先生の後に続いて、身長百九十センチ以上ある大きな男性。僕たちと同じ制服を着ている。肩に、大きなワシ。こんなに大きな猛禽類、初めて見た。驚きで教室が静まる。分身鳥たちが自然と人に寄り添ってくる。
「今日から転入する、藤原ルイ君だ。分身鳥は、アメリカが保護国になっている絶滅危惧高位のオウギワシ。鳥の中では最強の猛禽類だから、先生もちょっとドキドキするよ。藤原君は衝動性のコントロールが完璧、ということだから皆仲良くするように」
穏やかな微笑みを浮かべた転入生が、ぐるりと教室を見る。その穏やかな表情と先生の紹介に皆がほっとした時だった。
チラリと、僕と目が合った。
藤原君のオウギワシが羽を広げた。体長一メートルの鳥が羽を広げると二メートル。室内では普通、羽を広げない。
ざわめきが広がる。急にオウギワシが飛行する。熱帯雨林を大きな身体で自在に飛び回るオウギワシ。驚いて皆姿勢を低くした。
一番後ろの僕の席まで、ほんの一瞬だった。大きな翼と強い風。
ピー……、と高い綺麗な鳴き声が響いた。
鳴き声なのか、悲鳴なのか、分からなかった。
心臓が潰れそうな衝撃。身体の芯が抉られるような痛み。
何? 視界が、定まらない。汗が噴き出る。遠くに悲鳴がいくつか聞こえた。
「藤原君! 分身鳥を抑えなさい!」
「早く保健医を! すぐに管理局に連絡して!」
叫び声。逃げる皆の足が見えた。
足ばかりが見えて、僕は自分が床に転がっているのが分かった。目の前がグラグラして、心臓のバクバク鳴る音だけが響く。
僕の、僕の鳥。視界に入る僕の小鳥に、手を伸ばす。もう少しが、届かない。オレンジの羽が散っている。赤く染まった羽。
呼吸が出来ない。瞬きもできない。嘘だ、こんなの嘘だ。
喉の奥で細い悲鳴が漏れる。僕の分身鳥から目が離せない。大きな鳥に踏みつけられている僕の鳥。オウギワシの爪が、僕の鳥を貫いている。
声も出せずに、涙だけが溢れる。震える身体を抑えることができない。怖い。身体が芯から冷える。凍える。人が駆け寄り、何かをしているが、全身の感覚がおかしくて分からない。オウギワシを僕の鳥から引き離す人。
ギー、とオウギワシが上げた声が耳をついた。ピクリとも動かない僕の分身。真っ赤に染まる身体。哀れな姿に、涙がとめどなく流れる。意識が、薄れる。
(おいで、死ぬなら一緒に死のう)
僕の鳥にそっと呼びかけた。
ちょっと暑くなってきた、そんなことを考えていた。
学校敷地内は空中からの侵入防止のため、高さ二十メートルの防護ネットで空が覆われている。コレがあるから敷地内なら鳥を飛ばせる。あとで少し飛ぶ? 僕の鳥にそっと声をかける。
嬉しそうに頬にすり寄る可愛い小鳥。よしよしと撫でる。タヒチヒタキのオレンジは空の青に良く映えて綺麗。もうじき成鳥になると見られなくなるオレンジ色。綺麗な僕の鳥。
自分鳥自慢になっちゃうけど、みんな自分の分身鳥が大好きなんだ。
チャイムが鳴る。ホームルームが始まる。担任の先生が教室に入ってくる。皆がざわついた。ぴりっとした空気になる。
先生の後に続いて、身長百九十センチ以上ある大きな男性。僕たちと同じ制服を着ている。肩に、大きなワシ。こんなに大きな猛禽類、初めて見た。驚きで教室が静まる。分身鳥たちが自然と人に寄り添ってくる。
「今日から転入する、藤原ルイ君だ。分身鳥は、アメリカが保護国になっている絶滅危惧高位のオウギワシ。鳥の中では最強の猛禽類だから、先生もちょっとドキドキするよ。藤原君は衝動性のコントロールが完璧、ということだから皆仲良くするように」
穏やかな微笑みを浮かべた転入生が、ぐるりと教室を見る。その穏やかな表情と先生の紹介に皆がほっとした時だった。
チラリと、僕と目が合った。
藤原君のオウギワシが羽を広げた。体長一メートルの鳥が羽を広げると二メートル。室内では普通、羽を広げない。
ざわめきが広がる。急にオウギワシが飛行する。熱帯雨林を大きな身体で自在に飛び回るオウギワシ。驚いて皆姿勢を低くした。
一番後ろの僕の席まで、ほんの一瞬だった。大きな翼と強い風。
ピー……、と高い綺麗な鳴き声が響いた。
鳴き声なのか、悲鳴なのか、分からなかった。
心臓が潰れそうな衝撃。身体の芯が抉られるような痛み。
何? 視界が、定まらない。汗が噴き出る。遠くに悲鳴がいくつか聞こえた。
「藤原君! 分身鳥を抑えなさい!」
「早く保健医を! すぐに管理局に連絡して!」
叫び声。逃げる皆の足が見えた。
足ばかりが見えて、僕は自分が床に転がっているのが分かった。目の前がグラグラして、心臓のバクバク鳴る音だけが響く。
僕の、僕の鳥。視界に入る僕の小鳥に、手を伸ばす。もう少しが、届かない。オレンジの羽が散っている。赤く染まった羽。
呼吸が出来ない。瞬きもできない。嘘だ、こんなの嘘だ。
喉の奥で細い悲鳴が漏れる。僕の分身鳥から目が離せない。大きな鳥に踏みつけられている僕の鳥。オウギワシの爪が、僕の鳥を貫いている。
声も出せずに、涙だけが溢れる。震える身体を抑えることができない。怖い。身体が芯から冷える。凍える。人が駆け寄り、何かをしているが、全身の感覚がおかしくて分からない。オウギワシを僕の鳥から引き離す人。
ギー、とオウギワシが上げた声が耳をついた。ピクリとも動かない僕の分身。真っ赤に染まる身体。哀れな姿に、涙がとめどなく流れる。意識が、薄れる。
(おいで、死ぬなら一緒に死のう)
僕の鳥にそっと呼びかけた。
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