上 下
6 / 12

行方不明

しおりを挟む
 「まだ居場所が特定できないのか!」
「申し訳ありません」
イライラする! ロイ、どこに居る? 無事でいてくれ。神よ、どうかロイにご加護を。ロイが急な帰国のため国境で別れて一週間が経過している。

 ロイには虫型の偵察機をつけていた。常に状況把握が出来ると思い安心していた。ところがリーベントの城に着いた当日、ロイにつけていた偵察機が停止した。虫型偵察機は光エネルギーを動力とする。室内光でも太陽光でも光があれば活動できる。昨今は全く光のない闇など無いため偵察機が停止する可能性は考えていなかった。
 リーベントに着いてすぐ、ロイの執事が話した内容にゾッとした。ロイはリーベント国の唯一の王位継承者だったのか。それは国王も渡すのに渋るわけだ。執事の告白にロイが今この時にも命を狙われている状況だと分かった。必死に逃げるロイ。見ていて悲鳴を上げてしまった。こんな状況想定していなかった。今すぐ助けたいのに、手が届かない。悔しくて手が震える。ロイ自身に発信機をつけてしまえば良かった。ロイに何か機器を仕込めばスパイ行為としてロイが逮捕される可能性があり、ロイには何もつけていない。ロイが地下通路に逃げ込んだが、そこは光のまったくない場所だった。そこでロイを尾行していた偵察機からの映像も音声も全て途切れた。少しでも光が届けば再始動する。しかし、偵察機は動かないままだった。先にリーベントに忍ばせていた偵察機で城内を捜索するがロイは見つからない。行方が分からないことに心臓が痛いくらいに悲鳴を上げる。ロイを、失いたくない。ロイに何かあったら。リーベント国を潰してやる。不安と怒りが織り交ざって気持ちが混乱する。
 あらゆる偵察機をリーベントに向けて飛ばす。きっとロイは俺のもとに来るはずだ。ロイを助けられるようリーベントとの国境付近に人を配置する。一般人に見せかけた軍人たち。ロイの救出を命じている。頼む。どこかでロイを見つけてくれ。
 ロイを失ったらどうしよう。不安で涙がこぼれる。生きていてくれ。もう一度俺の腕の中に戻ってくれ。神様、俺は発情期をひとりで過ごします。だからロイを救ってください。ロイを助けてくれるなら、番じゃなくていい。発情期が怖くてロイをオメガにしてしまった。俺の都合で番さえできればいいと考えていた。だけど、今は違う。生きる力に満ちたロイが傍にいてくれればいい。あの笑顔を、失いたくない。

 「殿下、リーベントからの親書です」
王族貴族院の緊急会議。ロイの失踪についてと今後のリーベントとの国交について議論中。親書のコピーを無言で受け取る。親書には、ロイ殿下が不慮の事故で行方不明であり友好国として親交の証に第一王女を貴国にお預けしたいと書かれている。ロイについては一文のみ。その後は数枚にわたり第一王女の人柄、血筋、褒めたたえる言葉の数々。丁寧に写真まで数枚添えられてお見合いかと笑いたくなる。頭にきて破り捨てた。
「リーベントに返書を。アドレアとの友好契約はロイ王子の預かりを親交の証として調印している。ロイ王子は一時帰国にすぎない。ロイ王子をアドレアに戻せないのであればリーベントの一方的な条約違反となる。ロイ王子の全てにおいてアドレアに委ねると明記してある! 我が国が所有した者を守れなかったなら、我が国を蔑ろにしているとみなす! 以上親書としてリーベントに高速飛行機で届けよ。軍事力の差を見せなければわからんのなら、戦闘機も数機上空を飛ばせ」
「おい、ディモン。それではやりすぎだ。戦闘機はやめておけ」
父王陛下に釘を刺される。ここのところ眠れなくてイライラする。
「リーベントは周辺国と繋がりが深い国だ。全てを敵に回せば大戦争になる。こちらも火の粉をかぶることになるぞ。国民を苦境に巻き込むことは許さん」
正当な意見に言葉が出ない。
「だが、ディモンの気持は分かる。我らアルファにとって番のオメガは何より大切だ。自分の半分であり全てでもある。ディモンの意向をくんで親書を私が作ろう。任せてもらえるか? 親書については軍用高速浮遊移動車の車列で届けよう。相手に合わせて馬で届けていたが、こちらの本気を見せたほうが良いからな」
国王の意見に貴族院の同意が得られる。
「ロイ王子がいないと城の中が寂しいですな。あの活気に満ちたクッキー販売を心待ちにする使用人や城下町の人々。皆に幸せを運ぶ妖精のようでしたから。何を隠そう私もあのクッキーのファンなのです」
「おや、私もですよ。こっそり使用人に買ってもらっています。あの味は癖になりますね。早くお帰りになる事を願っております。殿下、お心を強く持ってください」
貴族から様々な声がかかる。そうだ。ロイを待つのは俺だけじゃない。皆が心待ちにしている。ロイ、早く帰ってこい。皆に礼を言いながら、こぼれ落ちる涙を止められなかった。胸のペンダントを強く握りしめる。
 ロイの行方が分からなくなって、すでに半月が過ぎていた。

 夜になると夢を見る。ロイがどこかで泣いている。倒れて死にそうになっている。一人で震えている。大ケガで助けを求めている。飢えに苦しんでいる。毎回悲鳴を上げて飛び起きる。震える自分の身体を抱き締め、夢であったことに安堵する。眠るのが怖い。ロイに会いたい。

 移動浮遊車の性能を上げた。高度を上げて人や動物にぶつからない位置を超高速で走る。一人用に小型化。落下対策や衝突安全装置にも改良を重ねた。高速になるとかかる重力緩和も成功した。これでリーベント国境までを半日で行くことが出来る。二日に一回はリーベントの国境に向かう。リーベント国を見つめロイが今にも戻ってくる妄想に浸る。考えると静かに流れ落ちる涙。ペンダントをそっと握る。心臓が痛いよ、ロイ。

 リーベントからの親書は毎週届いている。「誠心誠意ロイ王子殿下を捜索しておりますが手がかりが掴めません」白々しい。変わらない内容にため息が漏れる。
ここまでくると黒い気持ちが俺を飲みこむ時がある。ある日、憎しみのままにリーベント国を一撃で破壊する爆弾を設計してみた。鉱物エネルギーを利用した兵器。出来る。コレで粉々にしてやる! 三日かけて設計図を作成し、即実弾化するために軍部に持ち込んだ。それを見た軍幹部は青ざめた。父王陛下に呼び出され殴られた。アルファの力を破壊に使うな! 目を覚ませ! と叱責された。目の前がチカチカした。父の言葉に、みっともないくらい声をあげて泣いた。ロイとクッキーを焼いていた侍女が、ロイの味に似せて作ったクッキーを出してくれた。食べると、ほんのり懐かしい味がした。ロイの笑顔が頭に浮かぶ。はっと気がついた。ロイが育った国だ。母と思い出のある国。神の恵みであるアルファの知能を破滅に使ってはいけない。俺は悪魔になるところだった。自分が情けない。握りしめた拳に涙が落ちた。
 あっという間の三か月だった。

 ぼんやりとリーベント方面を見つめる。国境の高台。もうそろそろ寒さが来るよ。ロイ、どこにいる? ロイが空に居るなら俺もそこに行く。俺を一人にするなよ。最近は何をしていても涙が頬を伝う。王室お抱えの医師からは精神安定剤を勧められている。やんわりと拒否している。俺だけ楽は出来ない。

 俺には罰が下っているんだ。ロイを勝手に番のオメガにして、発情期に薬で記憶をあやふやにして犯した。あの獣のような衝動を全てロイにぶつけていた。ロイの悲鳴が響いていた。止められなかった。俺の発情に合わせるように甘い匂いをまき散らすロイ。オメガの発情。その匂いに誘われるように俺もさらに発情した。ロイの奥がグチャリと拓く瞬間の快感。内壁が絡みつく愛おしさ。痙攣する細い身体を思うままに貪りつくした。俺の発情期は一年に一回。回数が少ないため期間が長い。通常五日程度で収まるが七日以上。
 発情期が終わると意識のないボロボロのロイを見て悲しみに明け暮れた。全身の噛み跡や痣が消えるまで鎮静をかけて治療してもらった。避妊処理もした。オメガになると男性も妊娠するから。鎮静をかけて寝ている数日、苦しそうに呻き声を漏らすロイ。痛々しくて申しわけなくて今後一生をロイに尽くすから、愛していくから許してくれ、そう願っていた。
 覚醒すると許しを請う俺に「いいよ」と弱弱しく一言を返してくれるロイ。いつもそうだった。俺を優しく許すロイ。ロイのその一言で心がふわりと軽くなっていた。俺はロイに甘え切っていた。許してもらえることに安心していた。
 自然豊かなリーベントの土地を眺めて涙を流す。ペンダントをぎゅっと握る。

 「ディモン殿下。休息中のところ失礼します」
この地区を任せている支部隊長。何度か顔を合わせている。一瞬だけ顔を見て、またリーベント国を眺める。
「何だ?」
「もしよろしければ、焼き菓子などいかがでしょうか?」
焼き菓子? 心にピンと何かが引っかかる。支部隊長の顔を見る。
「こんな僻地に焼き菓子か?」
「はい。先月より先住民たちが駐留部隊に売りに来ております。貧しい地域の者たちであり、哀れに思い買っておりましたがコレがなかなか美味でございます」
笑ってしまった。ロイのクッキーかと期待した。そんなわけない。乾いた笑いがこぼれた。
「そうか。ひとつもらおうか」
小さな袋を受け取り、心臓がドキリとした。持つ手が、震える。ドクドクと高鳴る心臓。この四角い形は。このクルミを織り込んであるクッキーは、ロイの、クッキーじゃないか。
「これをどこで手に入れた!?」
「え? あの、週に二回ほど山の中腹あたりから子供たちが売りに来ておりまして……」
「いつだ!?」
「今日の午前中に来ました。殿下?」
生きていた。きっとこれを焼いたのはロイだ。ロイ。クッキーを抱き締めたあと深呼吸して一口かじった。間違いない。塩バターのナッツクッキー。懐かしい味に熱い涙が頬を伝った。
「すぐにクッキー売り販売元を特定せよ! これはロイのクッキーだ!」
生きていた。会える! 喜びに心が舞い上がった。
部隊の者が購入していた全ての焼き菓子を俺が買い占めた。その全てを胸に抱き締める。温かいものが心に満ちる。久しぶりに感じる喜びだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

【再掲】オメガバースの世界のΩが異世界召喚でオメガバースではない世界へ行って溺愛されてます

緒沢 利乃
BL
突然、異世界に召喚されたΩ(オメガ)の帯刀瑠偉。 運命の番は信じていないけれど、愛している人と結ばれたいとは思っていたのに、ある日、親に騙されてα(アルファ)とのお見合いをすることになってしまう。 独身の俺を心配しているのはわかるけど、騙されたことに腹を立てた俺は、無理矢理のお見合いに反発してホテルの二階からダーイブ! そして、神子召喚として異世界へこんにちは。 ここは女性が極端に少ない世界。妊娠できる女性が貴ばれる世界。 およそ百年に一人、鷹の痣を体に持つ選ばれた男を聖痕者とし、その者が世界の中心の聖地にて祈ると伴侶が現れるという神子召喚。そのチャンスは一年に一度、生涯で四回のみ。 今代の聖痕者は西国の王太子、最後のチャンス四回目の祈りで見事召喚に成功したのだが……俺? 「……今代の神子は……男性です」 神子召喚された神子は聖痕者の伴侶になり、聖痕者の住む国を繁栄に導くと言われているが……。 でも、俺、男……。 Ωなので妊娠できるんだけどなー、と思ったけど黙っておこう。 望んで来た世界じゃないのに、聖痕者の異母弟はムカつくし、聖痕者の元婚約者は意地悪だし、そんでもって聖痕者は溺愛してくるって、なんなんだーっ。 αとのお見合いが嫌で逃げた異世界で、なんだが不憫なイケメンに絆されて愛し合ってしまうかも? 以前、別名義で掲載した作品の再掲載となります。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

処理中です...