神様、僕は恋をしました

みつ光男

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Vol. Ⅲ スタートライン

【青洋ラブストーリー ②】

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 あまりに突然な何の前触れのない再会に
俺はなす術もなくその場に立ち尽くしていた。

“ながの”さん…何でここに?

あ、お店、やめてなかったんだ
でもこんな突然現れたら心の準備が…

様々な感情が心の奥底で交差して
その場にいることすら呼吸が止まるほど苦しい

でも…それでもやはり一番は
またその姿を見れてうれしい、その想いだった。

 何か“あそこ”へと行く用事はないだろうか?
レジならまだしもサービスカウンターなんて…

その背中を目で追いながら考えを巡らせるが
何も思い付かない…

いや待てよ、そもそも…そもそもだ
俺が顔見知りのようなノリであの場に行ったところで

彼女が俺のことなど覚えているはずがない
俺が何も言えないまま

「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」

そう言われてそこを離れるのが関の山だ。

何か…俺だとわかるアイテムは無いものか?

「あ!これだ」

俺は首からぶら下げているヘッドホンに手をやった
きっかけは“あの曲”だった

今日もボリューム上げて近づけば
思い出してくれるんじゃないだろうか?

だが…

踏み出せない、その一歩が踏み出せない
まるで足枷を付けられたように
その場から一歩も動くことが出来ない。

「ど、どうなってるんだ俺…」

 結局俺は彼女の後ろ姿を目で追うだけで
そこから踏み出すことが出来なかった

旧知の仲のように近づいて話しかける老人がいる

“ながの”さんもまるで友人と話すかのように
笑顔で対応しているのを見ると

胃の中から酸っぱいモノが込み上げてくるような
何とも言えない不快感に襲われた

俺がこんなに躊躇してここに立ち止まっているのに
何だよ、あの馴れ馴れしい態度は、

デリカシーのないヤツだな…

デリカシーがないわけではない
それがごく普通のことであるにも関わらず。

 動けない理由、それは緊張や恥ずかしさ以上に
もしも存在を忘れられていたら…

その気持ちが何よりも大きかった。

結局この日は何一つアクションを起こせなかった
それはそれでいつものこととして

俺はそこまで落ち込んではいなかった。

スーパー青洋大野ヶ原店は俺ん家から歩いて1分
と、言うことは半径100メートル以内の距離に

週の大半は“ながの”さんがいるわけだ、

例えば話なんか出来なくても
この距離で“共存”出来るなら俺は幸せかも知れない。


「いやちょっと待て!そんなわけないだろ」


逆に半径100メートル以内にいながら
お互いの存在も認識しないまま会話もない

こんな不幸なことってあるだろうか?


ーどうすりゃいいんだよ?


 毎日少しずつ遠巻きに見ながら慣れてゆく?
機会を伺って何かしら話すチャンスを作る?

これまで何度かあった会話を思い出してみる
こちらから話題を振るなんて至難の技だ

ひとり部屋に籠ってあれこれ考えるも
全くもって名案は浮かばない、

こう言う時は先人から知恵を借りるしかない。

「母さんがスーパーでサービスカウンター行くのってどんな時?」

「そうだね…?例えば切手買う時とか、荷物の宅配頼む時とか」

「うんうん」

「あ!あと…」

「何なに?」

「両替お願いする時くらいかなぁ?」

「なるほど」

とりあえず知識としては参考にはするものの
どれもいざ自分が行く機会は少なそうだ

「そうそう!あとは」

「他にもある?」

「クレーム入れる時、もだ…あはは」

「…ぁ、ダメだそれは」

「私はしたことないけどね、でもそんなの聞いてどうすんの?」

「あ、いや、特に深い意味はないんだけどね…」

色々探りを入れてはみたが
深入りしすぎてあれこれ詮索されても面倒だ

そう考えてこの辺で切り上げることにした。

いやしかし…だな?何もかもが本当に手探りだ

こんな俺の恋愛もどきはまだレベル1どころか
スタートラインにすら立っていないな、

せめてこの物語ストーリーにタイトルをつけるとしたら…
“青洋ラブストーリー”なんてどうだろう?

まだ始まってもいない、
いや始まるかどうかすら怪しいこの恋物語に

俺は勝手に名前なんかつけて少し浮かれていた。
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