20 / 20
その壱.幼少期編
【みかん山の怪】
しおりを挟む
小学校高学年になった頃お正月を母親の実家のある
四国の祖母宅へ帰省する機会が増えた。
そこには祖母と叔父、つまりはおかんの母と
兄が二人で暮らしていた。
ここで過ごす時の楽しみのひとつが
叔父たちと行く"猟"だった。
猟犬として飼われている数匹のビーグルと共に
叔父の猟師仲間たちと山に行く。
ここでのターゲットは熊や猪ではなく
野うさぎ
山の中を嗅覚を頼りに犬を走らせ
うさぎを発見すると追走する、
そこを待ち構えていた叔父たちが
猟銃でバンっ!と言う手筈だ。
うさぎ猟には私と父がいつも見学で同行していたのだが
その時のトラウマものの体験談をここで書きたいと思う。
何度目の猟だったかは忘れたが私が小学6年か中学1年
それくらい鮮明に記憶に残る年代だった
いつものように叔父とその仲間数人と猟犬
そして私と父とで山にうさぎ猟に行った。
猟場は祖母のみかん山周辺なので
そこにあるみかんは幾らでも食べ放題
うさぎが現れずに退屈な時間帯には
みかん狩りも出来ると言う贅沢な環境。
それは私がいつものようにみかんを取って
食べようとした時のこと
木陰から突然父がふらりと現れた。
普段から無口で厳格な父だった
こんな解放感溢れる山の中でも
いつものように難しい顔をして
冗談のひとつも言うことなく
山の中を闊歩していたのだが
この時の父はいつもと様子が違った。
何とも言えない不気味な薄笑いを浮かべながら
無言で私の方へ歩いてくる。
こんな父でも時々、笑えるような失敗をした時は
おどけなような顔で近付いて来て
互いに共感することもあった。
もしかしたら商品用のみかんを間違えて
食べてしまった、などの
"やらかし"をしたのかとも思ったがそんな様子でもない。
まるでゾンビのように両手をふらりとあげたまま
まるで私に狙いを定めたように音もなく近寄ってくる。
もちろん先ほど同様に
不気味な微笑みを浮かべながら…
「うわぁぁぁ!」
これはただごとではない、そう思った私は
持っていたみかんを父に投げつけると
全速力で山を下っていった。
父は相変わらず薄笑いを浮かべながら
ふわふわとした足取りであるにも関わらず
着実に私との距離を縮めてくる。
何が起きてるんだ?
状況を把握できないまま私は
無我夢中で山の中を走り回った。
時間にして1分かそこらではあるだろうが
私にはもう何分も逃げ続けているように感じる。
遂に私の首に父に片手が届いた
そして両手で私の首を掴もうとした…
その時だった
ワンワンワンワン!
目の前に叔父の猟犬が現れ、
物凄い形相で父に向かって吠え始めた。
それとほぼ同時だっただろうか?
バンバンっ!
銃の音が山中に響き渡り、
ふと気がつくと私は脇道に投げ出され
そして父の姿も消えていた。
ほどなく現れたのは叔父だった。
「どうした!何があった?」
私がことの次第を話すと叔父はこう説明してくれた。
―山の中を凄い勢いで走って行く何かに気付き
近くに行こうとすると
◯◯(猟犬の名前)がすごい形相で吠えている
てっきり熊か猪かと思って近付いたが
姿が見えないので空砲を撃った。
そこにお前(みつ光男)がいた、わけだ。
危うく同士討ちになるところだった
一体何に追われてたんだ?
「父さんに…」
「いや、あいつ(父)はさっきまで一緒にいたぞ」
その瞬間、背筋が凍った。
それじゃさっき私を追いかけてきたのは
一体誰だと言うのだ?
山には魔の物と言うか
その山の主のような生き物がいる
そんな昔話を聞いたことがあるが
それはあながち間違いではないと感じた瞬間だった。
その後、父は何食わぬ顔で私と合流した。
もちろん先ほどのように不気味な笑みを浮かべて
私を追いかけることはなく
いつもの無骨で愛想のない父だったことに
ホッと胸を撫で下ろした。
しかしまたいつ私を襲うやも知れない、そう思うと
あの恐怖体験のことを父に話す勇気はなかった。
いつどんなきっかけであの不気味な父に
豹変するかもと思うと
聞くに聞けなかったと言うわけだ。
あの時の父は一体誰だったのだろう?
この話は未だ誰にも話したことのないので
本当に今回が初披露のエピソードとなった。
この数年後、私はある有名女性シンガーソングライターの
「キツネ狩りの歌」と言う曲を聴き、
ふとあの日の"みかん山の怪"を思い出した。
もしかしたらキツネかタヌキの類いだったか
それとも狩りと言う殺生を諌めるため
山の精霊的な存在の所業だったか
全ては謎のままだが
原因などわからない方がいいのかも知れない。
なのでこの若き日の恐怖体験は
再び記憶の奥深くに封印することにしようと思う。
四国の祖母宅へ帰省する機会が増えた。
そこには祖母と叔父、つまりはおかんの母と
兄が二人で暮らしていた。
ここで過ごす時の楽しみのひとつが
叔父たちと行く"猟"だった。
猟犬として飼われている数匹のビーグルと共に
叔父の猟師仲間たちと山に行く。
ここでのターゲットは熊や猪ではなく
野うさぎ
山の中を嗅覚を頼りに犬を走らせ
うさぎを発見すると追走する、
そこを待ち構えていた叔父たちが
猟銃でバンっ!と言う手筈だ。
うさぎ猟には私と父がいつも見学で同行していたのだが
その時のトラウマものの体験談をここで書きたいと思う。
何度目の猟だったかは忘れたが私が小学6年か中学1年
それくらい鮮明に記憶に残る年代だった
いつものように叔父とその仲間数人と猟犬
そして私と父とで山にうさぎ猟に行った。
猟場は祖母のみかん山周辺なので
そこにあるみかんは幾らでも食べ放題
うさぎが現れずに退屈な時間帯には
みかん狩りも出来ると言う贅沢な環境。
それは私がいつものようにみかんを取って
食べようとした時のこと
木陰から突然父がふらりと現れた。
普段から無口で厳格な父だった
こんな解放感溢れる山の中でも
いつものように難しい顔をして
冗談のひとつも言うことなく
山の中を闊歩していたのだが
この時の父はいつもと様子が違った。
何とも言えない不気味な薄笑いを浮かべながら
無言で私の方へ歩いてくる。
こんな父でも時々、笑えるような失敗をした時は
おどけなような顔で近付いて来て
互いに共感することもあった。
もしかしたら商品用のみかんを間違えて
食べてしまった、などの
"やらかし"をしたのかとも思ったがそんな様子でもない。
まるでゾンビのように両手をふらりとあげたまま
まるで私に狙いを定めたように音もなく近寄ってくる。
もちろん先ほど同様に
不気味な微笑みを浮かべながら…
「うわぁぁぁ!」
これはただごとではない、そう思った私は
持っていたみかんを父に投げつけると
全速力で山を下っていった。
父は相変わらず薄笑いを浮かべながら
ふわふわとした足取りであるにも関わらず
着実に私との距離を縮めてくる。
何が起きてるんだ?
状況を把握できないまま私は
無我夢中で山の中を走り回った。
時間にして1分かそこらではあるだろうが
私にはもう何分も逃げ続けているように感じる。
遂に私の首に父に片手が届いた
そして両手で私の首を掴もうとした…
その時だった
ワンワンワンワン!
目の前に叔父の猟犬が現れ、
物凄い形相で父に向かって吠え始めた。
それとほぼ同時だっただろうか?
バンバンっ!
銃の音が山中に響き渡り、
ふと気がつくと私は脇道に投げ出され
そして父の姿も消えていた。
ほどなく現れたのは叔父だった。
「どうした!何があった?」
私がことの次第を話すと叔父はこう説明してくれた。
―山の中を凄い勢いで走って行く何かに気付き
近くに行こうとすると
◯◯(猟犬の名前)がすごい形相で吠えている
てっきり熊か猪かと思って近付いたが
姿が見えないので空砲を撃った。
そこにお前(みつ光男)がいた、わけだ。
危うく同士討ちになるところだった
一体何に追われてたんだ?
「父さんに…」
「いや、あいつ(父)はさっきまで一緒にいたぞ」
その瞬間、背筋が凍った。
それじゃさっき私を追いかけてきたのは
一体誰だと言うのだ?
山には魔の物と言うか
その山の主のような生き物がいる
そんな昔話を聞いたことがあるが
それはあながち間違いではないと感じた瞬間だった。
その後、父は何食わぬ顔で私と合流した。
もちろん先ほどのように不気味な笑みを浮かべて
私を追いかけることはなく
いつもの無骨で愛想のない父だったことに
ホッと胸を撫で下ろした。
しかしまたいつ私を襲うやも知れない、そう思うと
あの恐怖体験のことを父に話す勇気はなかった。
いつどんなきっかけであの不気味な父に
豹変するかもと思うと
聞くに聞けなかったと言うわけだ。
あの時の父は一体誰だったのだろう?
この話は未だ誰にも話したことのないので
本当に今回が初披露のエピソードとなった。
この数年後、私はある有名女性シンガーソングライターの
「キツネ狩りの歌」と言う曲を聴き、
ふとあの日の"みかん山の怪"を思い出した。
もしかしたらキツネかタヌキの類いだったか
それとも狩りと言う殺生を諌めるため
山の精霊的な存在の所業だったか
全ては謎のままだが
原因などわからない方がいいのかも知れない。
なのでこの若き日の恐怖体験は
再び記憶の奥深くに封印することにしようと思う。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる