世にも普通の物語

みつ光男

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その壱.幼少期編

【みかん山の怪】

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 小学校高学年になった頃お正月を母親の実家のある
四国の祖母宅へ帰省する機会が増えた。

そこには祖母と叔父、つまりはおかんの母と
兄が二人で暮らしていた。

ここで過ごす時の楽しみのひとつが
叔父たちと行く"猟"だった。

 猟犬として飼われている数匹のビーグルと共に
叔父の猟師仲間たちと山に行く。

ここでのターゲットは熊や猪ではなく

野うさぎ

山の中を嗅覚を頼りに犬を走らせ
うさぎを発見すると追走する、

そこを待ち構えていた叔父たちが
猟銃でバンっ!と言う手筈だ。

うさぎ猟には私と父がいつも見学で同行していたのだが
その時のトラウマものの体験談をここで書きたいと思う。

 何度目の猟だったかは忘れたが私が小学6年か中学1年
それくらい鮮明に記憶に残る年代だった

いつものように叔父とその仲間数人と猟犬
そして私と父とで山にうさぎ猟に行った。

猟場は祖母のみかん山周辺なので
そこにあるみかんは幾らでも食べ放題

うさぎが現れずに退屈な時間帯には
みかん狩りも出来ると言う贅沢な環境。

 それは私がいつものようにみかんを取って
食べようとした時のこと
木陰から突然父がふらりと現れた。

普段から無口で厳格な父だった
こんな解放感溢れる山の中でも

いつものように難しい顔をして
冗談のひとつも言うことなく
山の中を闊歩していたのだが

この時の父はいつもと様子が違った。

何とも言えない不気味な薄笑いを浮かべながら
無言で私の方へ歩いてくる。

こんな父でも時々、笑えるような失敗をした時は

おどけなような顔で近付いて来て
互いに共感することもあった。

もしかしたら商品用のみかんを間違えて
食べてしまった、などの

"やらかし"をしたのかとも思ったがそんな様子でもない。

まるでゾンビのように両手をふらりとあげたまま
まるで私に狙いを定めたように音もなく近寄ってくる。

もちろん先ほど同様に
不気味な微笑みを浮かべながら…

「うわぁぁぁ!」

 これはただごとではない、そう思った私は
持っていたみかんを父に投げつけると

全速力で山を下っていった。

父は相変わらず薄笑いを浮かべながら
ふわふわとした足取りであるにも関わらず

着実に私との距離を縮めてくる。

何が起きてるんだ?

状況を把握できないまま私は
無我夢中で山の中を走り回った。

時間にして1分かそこらではあるだろうが
私にはもう何分も逃げ続けているように感じる。

遂に私の首に父に片手が届いた
そして両手で私の首を掴もうとした…

その時だった

ワンワンワンワン!

目の前に叔父の猟犬が現れ、
物凄い形相で父に向かって吠え始めた。

それとほぼ同時だっただろうか?

バンバンっ!

銃の音が山中に響き渡り、
ふと気がつくと私は脇道に投げ出され

そして父の姿も消えていた。

ほどなく現れたのは叔父だった。

「どうした!何があった?」

私がことの次第を話すと叔父はこう説明してくれた。

―山の中を凄い勢いで走って行く何かに気付き
近くに行こうとすると

◯◯(猟犬の名前)がすごい形相で吠えている
てっきり熊か猪かと思って近付いたが

姿が見えないので空砲を撃った。

そこにお前(みつ光男)がいた、わけだ。

危うく同士討ちになるところだった
一体何に追われてたんだ?

「父さんに…」

「いや、あいつ(父)はさっきまで一緒にいたぞ」

その瞬間、背筋が凍った。

それじゃさっき私を追いかけてきたのは
一体誰だと言うのだ?

山には魔の物と言うか
その山の主のような生き物がいる

そんな昔話を聞いたことがあるが
それはあながち間違いではないと感じた瞬間だった。

その後、父は何食わぬ顔で私と合流した。

もちろん先ほどのように不気味な笑みを浮かべて
私を追いかけることはなく

いつもの無骨で愛想のない父だったことに
ホッと胸を撫で下ろした。

しかしまたいつ私を襲うやも知れない、そう思うと
あの恐怖体験のことを父に話す勇気はなかった。

いつどんなきっかけであの不気味な父に
豹変するかもと思うと
聞くに聞けなかったと言うわけだ。

あの時の父は一体誰だったのだろう?

 この話は未だ誰にも話したことのないので
本当に今回が初披露のエピソードとなった。

この数年後、私はある有名女性シンガーソングライターの

「キツネ狩りの歌」と言う曲を聴き、

ふとあの日の"みかん山の怪"を思い出した。

 もしかしたらキツネかタヌキの類いだったか
それとも狩りと言う殺生を諌めるため
山の精霊的な存在の所業だったか

全ては謎のままだが
原因などわからない方がいいのかも知れない。

なのでこの若き日の恐怖体験は
再び記憶の奥深くに封印することにしようと思う。
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