僕とあの娘

みつ光男

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第26章.  夢の続き

【海に始まり海に終わる】

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 大学を卒業して1年が過ぎた
僕は就職して社会の歯車のひとつとなり

慣れないスーツを着込んで
得意先回りを続ける日々の繰り返し

退屈な日常がすっかりお似合いになってしまった。

しかも研修の後決まった赴任先は
舞の地元でもある九州

ようやく舞との思い出を忘れかけていた
僕にとっては何とも皮肉な門出となった。

舞衣との失恋を経たせいか
もう恋なんてする元気もない

いや、僕のように趣味嗜好が多すぎる男は
恋なんてしちゃいけないのだろう。

そのくせ社会人になってからも
音楽への思いは断ち切れず

休みの日には中古CD店をはしごしたり
好きなバンドのライブに行ったり

暇を見てはライブハウスで
弾き語りなんかを始める始末

そのせいで舞が自分の前から去ったであろうに
何とも懲りない男だ。

更には自分への備忘録として日々の思いを
ノートに綴ったりする毎日

まだインターネットが流通していないこんな時代

まさかその10数年後にブログを始めるとは
思ってもいなかっただろう。


ところで舞は元気にしてるのだろうか?

卒業の日、まさかあんな形で再会するなんて
夢にも思ってなかった。

あの時話せなかったことを話したことで
確かに溜飲は下がったが

この先再び出会える確率なんて限りなくゼロに近い。

それでもあの日舞の笑顔を見れた、それだけで
この1年半の空白が埋められたと思えば
それ以上求めるのは贅沢と言うものだろう。

立派な看護師になったのかな?
新しい彼氏なんか出来てたりしたら…?

もう考えるのはやめよう。

彼女の隣にいない自分に彼女の心配をする資格はない

僕がいない、と言う舞の今と未来に
僕の存在は過去であり続けるしかないのだから。

「よしっ、久しぶりに行くかな」

になってから
長らく触っていない釣り道具を
狭いマンションのクローゼットから引っ張り出して

僕は久しぶりに海へと向かった。

日曜日の午後、誰もいない防波堤
僕はひとり、のんびりと竿を投げていた。

海はいい

地元の街も海が近かったので
気の向くままに釣りをしに行ったものだ。

釣れる、釣れないじゃない

ぼんやりと海を眺める、
何も考えない時間こそが至福なのだ。

だが今は違う

海にまつわる思い出があまりにも増えすぎた。

大学時代、最も初期の頃では渋谷さんや有香
そして美波と行った夏の海

美波と言えば海に行った帰り道に
いきなりホテルに連れて行かれたこともあった

そして舞とは何回釣りに行っただろうか?
最初の頃はフナムシ見つけては逃げ回ってたっけ

あの麦わら帽子、もう捨てちゃったのかな?

そんなことを思い出しただけで
何だか涙腺が緩んでくる。

「あぁダメだダメだ」

どうしても舞のことしか思い出せない。

よくよく考えると舞と離れてから
まるで抜け殻のような大学生活だった

特に最後の1年は何一つ楽しい思い出が無いのだから。

海面に乱反射する強い日射しと切なさが相まって
僕は思わず被っていたキャップを
更に目深まぶかに被り直した。

そのせいで少し向こうから歩いてくる
ひとりの釣り人に気づかないまま

竿先とプカプカ揺れる浮きだけを
ぼんやりと眺めていたその刹那、

ふと近くに人の気配を感じて
背中越しに声が聞こえた。

「釣れてますか?」

何とも言えず懐かしい記憶に
呼び戻されたような気がして

ふと振り向いた僕の視界に映ったのは見覚えのある…


麦わら帽子だった。
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