僕とあの娘

みつ光男

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第25章.  陽の当たる坂道で

【きっといつかどこかで】

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 大学へ向かう時いつも坂の途中で視界に入っていた
看護学校の名前が彫られた灰色の校門

今日、卒業の日その前に立っていたのは…
もう二度と会うことは叶わないと思っていた

それは紛れもなく舞だった。

「舞っっっっっ!」

いても立ってもいられなくて
僕は全力で舞のところへ駆け寄った。

涙が出るわけでもない
感情が溢れるわけでもない

ただただ鼓動が高鳴っていた、
舞と初めて話したあの日のように。

「コウイチくん…卒業、おめでとう」

「舞も…国家試験、受かったんだって?おめでとう」

そこから先は何を話したのか全く覚えていない

ここに舞がいたことで僕の精神的キャパシティは
オーバーヒートしてしまったらしい。

そして覚えているのはここからだ・・・
そこはいつも舞と待ち合わせたショッピングモール

「あのさ…荷物、諏訪荘に置いてんだけど…久しぶりに…あの古い下宿、見る?」

「うん、ちょっとだけお邪魔しようかな」

あの頃と同じように舞がそっと右手を差し出し
数年の時を経て2人の指が絡み合ったその瞬間

過去の記憶が巻き戻されるようにフラッシュバックされ
止まっていた時間が再び動き始めた。

 僕たちは当たり前のように手を繋いだまま
何も話さず諏訪荘までの道を歩いた
あの頃の記憶を噛みしめるかのように。

その沈黙を破ったのは舞の方だった。

「今さらなんだけどね…コウイチくん?」

「え?どうしたの?」

「あの時、何で、これ…捨てちゃったの?」

舞が手にしていたのはあの日
僕がダストボックスに投げ入れた、であろう

くしゃくしゃに丸められた
“M”のページのアドレス帳だった。

「えっ!!何で?舞が、それを?」

舞は遠くを見るような視線で

「結構ショックだったん…だよね。何で捨てたの…って聞けるまで1年半、かかっちゃ・・・った」

押し寄せる感情の波で堤防が崩壊したかのように
舞は笑顔のまま大粒の涙をこぼしていた。

「その答えは…」

僕は涙に濡れる舞の横顔を見ながら
バッグの中を手探りでまさぐり続け
ようやくある物を見つけた。

「あの日から、ずっと渡せなくて持ってた」

それは僕のバッグの中で1年以上眠り続けていた誕生日に渡すはずだった例のスケジュール帳

ー ほら、舞が書いてくれたアドレス
“M”のページだっただろ?

だから名字のアルファベットの
"K"のページに書き直してもらおうと思ってさ…
スケジュール帳、お揃いにして、ね。

あそこにはほら、もう会うこともなくなった
職場の先輩のアドレスとか書いてたからさ

何かそう言うの残ってるとイヤだなって…

バカだろ?
こんなことしてなきゃ…

舞を傷つけることもなかったのに、ね。

「そっかぁ、じゃ、そこで…」

「ん?」

舞は身振り手振りを交えながらこう言った

「プチっ!と切られたわけだ」

「え?」

「神様に…運命の糸を、ね」

「と…しか、考えられないよね」

ー 私、もう立ち直れないかな、って思ってた

「俺も今日がなかったらずっと引きずったままで…帰ってた、だろうな」

「ここで会えたんだから…きっと」

「きっと…?」

「それなら…きっと…いつかどこかで…また…会えるよね?」

「うん、だといいね」

「それじゃ…その日まで」

「舞がそう言ってくれるなら…」

すると舞は突然、僕が付けていたイヤホンを
すっ、と手に取った。

「今…コウイチくん、何、聴いてんだろ?」

舞はイヤホンを取り付けて僕に尋ねた

「ねえ?どこ押したら始まるの?」

「ここだよ」

「あ、これ!使い方わかるよ」

「だって舞、よく聴いてたからね、これで」

「じゃ!スタート!」


舞はあの日と同じ仕草で
ヘッドホンステレオのスイッチを入れた。


♪Love you so long 
 離れても消えない 君との約束は
 Love you so long
 夢と隣り合わせ 日の当たる坂道で♪


「もう!何で…よ、うぅ・・・」

さすがに堪えきれなくなったのだろうか?
嗚咽と共に再び舞の瞳から涙が零れた。
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