僕とあの娘

みつ光男

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第06章. 夜中の3時のロマンチック

【ルーティン】

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「もしもし、あ…の?中村鴻一くんは、いらっしゃいますか?」

「あ、俺、俺だけど」

「あ、北浜です、って…舞だよ、私っ!」

「あ、舞ちゃん?…って早っ!」

まさかこんなに早く電話をかけ直してくるなんて
もしかしたら…本人がそこにいたのでは?


「ごめんね、お風呂出たとこ、今!」

「あ、やっぱり?」

「え?『やっぱり』って?」

「いや、お風呂とか入ってたらヤバイな、なんて思いながらかけたから」

「あははは…想像してた?」

「あ、そりゃあ、もう…」

「もぅ…やだぁ…!」

「鼻血が止まらんで困ってます」

「ティッシュ持って行くから待っててー!」

「ほんまかいな」


何なんだろう、このテンポのいいやり取りは

2人だけで話したことなど
これまでほとんどなかったのに

何だか既に旧知の関係のような
居心地のよさと言ったら・・・

あっという間に受話器を手にしてから30分が過ぎていた。

「明日はわたしからかけるね」

「うん、じゃ同じくらいの時間に」

「わかったー」


 翌日、22時の時報とほぼ同時に下宿の電話が鳴り
既に10分前から待機していた僕は

ワンコールで受話器を取る。


待ち焦がれることもなかった
ヤキモキすることもなかった

これまで有香や美波の奔放さに
散々振り回されていた僕には

舞の几帳面で律儀な一面は
とても心地よく落ち着きを感じた。

 毎日交互に電話を掛け合う"22時のコール"は
いつしか二人のルーティンとなっていた。

特に刺激がある会話をするわけでもない
そんな他愛もないやり取り

僕がバンド活動や大学の講義に追われて
バタバタする日常の中で

求めていたのはこんな
「何でもない時間」だったのかも知れない。

「どこか出掛けたいな、一緒に」

ある日、受話器越しに舞はそう言った。

 2人が交互に電話をかけ合うようになって
もう2週間ほど経過していた。

舞は病院での実習が始まり
僕は学園内での定期ライブの練習もあり

なかなか時間が合うタイミングがなかった。

そして…まだ少し2人だけで会うことにお互い
「照れ」のようなモノがあったのかも知れない。

「何かね、当たり前じゃないとこがいいな、
初めて二人で出掛ける時は」

え?

舞ってそんなに冒険心が旺盛だったのか?
かと言って美波の時のようにいきなりホテルに行って

しっぽりとした雰囲気になるのも
まだ時期尚早だと思ったし

まず僕は車と言う移動手段を持ち得ていない。

「やってみたいことってある?」

「コウイチくんが好きなこと」

「あ、じゃあさ…釣りとかしたことある?」

「え?ない!やってみたい!海で?」

「そうそう、誰でも出来る簡単なのをね」

「えー!それ、それがいいな」

 まさか初デートが海釣りになろうとは
誰が想像しただろうか?

無難にカラオケやボウリング、なんて
言った方がよかったのだろうか? 


ーだってそんなのありきたりじゃない?


見た目に反して舞は好奇心旺盛で楽しい娘なんだ、と
この時僕はようやく気づいた。

「じゃあさ、道具揃えるところから始めよっか?」

「わー!何それ?めちゃめちゃ楽しそ!」

「大学の近くにある『釣り吉』って釣具屋さん知ってる?」

「うーん、多分わかんないから先に下宿に行くよ」


 初めて舞と2人だけで会うことになった
そして2人で最初に行く場所は…釣具屋だった。

こうして当たり前のように舞との日々が始まった、
悶々と悩んでいた日々は一体何だった?ってくらいに。
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