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Ⅱ. 夕焼けのブランコ

【兄さん】

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 そんなひと悶着があった中で
メンバーとの作曲活動が始まって数日が経過

番組の収録と並行して行われている
新曲のプロモーションビデオを

近くの川原で撮影中に
サヤカの体調が悪くなったと連絡が入り

人手が足りないので一番近くの病院まで
連れて行ってほしいと言われる。 

「楽曲アドバイザーと言うより、お世話係みたいやね」 

 そんな冗談を言いつつ川原に向かいながらも
"病院"と言う言葉に
僕は何とも言えない不吉な響きを感じたが

サヤカの体調も気になるので大急ぎで向かった。

ここから歩いて5分くらいの場所にあるその川原は
鬱蒼とした背の高い草が生え少し先も見えない

 水辺の近くまで寄ってみると
流れは穏やかではあるが

清流と言うよりはどこか深淵のような
底の深さを感じた。

「かなり深いな、ここは」

「水が緑色やと深いって聞いたことありますね」

笑顔でそう答えるのはエミカ。

肩より少し伸びた髪は
毛先が茶色く染められていて

笑うと無くなる錯覚すら覚える二重の瞳に
ふと吸い込まれそうになる。

ハキハキした喋り方には好感が持てるが

メンバーの中で
一番大人っぽいビジュアルに反した

どこか舌ったらずな口調に
いい意味でのギャップを感じる。

「こんな川には河童がいるって聞いたことある」

「か…河童?ふふ、兄さん、何真顔で冗談言うてますのん?」

「あ、いや、昔よく言うてなかった?近所のおばあちゃんとかが」

「私らの時代には…ねぇ、あんまり、ふふっ」

「ジェネレーションギャップ…ってやつかなぁ?」

「でも私、そう言う話好きですよ」

「お!同世代やん!」

「ね!おとうさんっ!」

「ガクッ、兄さんからお父さんに格下げやん」

「ふふふ」

エミカの言動を見るに連れ
彼女にもサヤカ同様
人を惹き付けるような何かを感じた。

「あ、兄さん来てくれた、サヤカさん、やっと来たでー、兄さんやで」

と、ミルカも笑顔で迎えてくれる

外での撮影で気持ちも晴れたのか
その表情はこれまでになく明るい。

かなりメンタルを病んでいるのでは?と
心配していたのでホッと胸を撫で下ろす。

 ところで僕はこの企画が始まってすぐに
メンバーと打ち解けた事もあり

いつからか "兄さん" と呼ばれ
メンバーからもすぐ慕われるようになった。

ただ、その "兄さん" と言う呼ばれ方が
あまりにも違和感がなく

過去にもそう呼ばれていたかのような
錯覚に陥った。

「あ…兄さん」

これだ、この呼ばれ方!

中でもサヤカにそう呼ばれた時の
違和感のなさと言ったら…

彼女たちと関わることがもしかしたら
僕の記憶を取り戻す手がかりになるのかも知れない

作曲のために設けられた見覚えのある一軒家
まるで以前の僕のことを知るかのような人たち、

誰かが何かの意図で僕を試しているように思えた。
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