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Ⅰ. ゾンビ大会

【記憶の捏造】

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 しばらくは穏やかな日々が続き
あの夢のことも少しずつ忘れつつあったのだが

何故僕がこうして一人で生きているのかは
未だに思い出せない。

記憶を取り戻すことが果たして
僕にとってよいことなのだろうか?

そんな疑問を抱き始めたある日

その平穏な日常に再び大きな変化が
起きようとしていた。

 今、僕は古びた一軒家で一人
作曲のため泊まり込みをしている。

近々、子供たちとチャリティーイベントで
披露するための曲だ。

曲を作る時はなるべく人と会わず
一人籠れるような場所がいいとお願いして

スタッフが用意してくれたその家は
僕が幼少期を過ごした田舎の実家とよく似ているらしく

そのせいか子供の頃の思い出だけが
少しだけ甦りつつあった。

遠い過去の記憶が戻ってきたのかも知れない
と言う喜びと

思い出してはいけないを思い出しそうな
不安にさいなまれながら

それでも安らかな気持ちで日々を過ごしていた。

 外の犬小屋には1匹の犬が繋がれている
それは子供の頃飼っていたスピッツの雑種とうり二つ。

つい最近まで我が家にも犬がいたのだろうか?
それすら思い出せない。

いや、もしかしたら犬ではなく猫?

それすらわからない。

 この場所は意図的に僕の人生における
過去と現在をリンクさせたような
不思議な環境だった。

家の構造、部屋の配置、窓から見える景色
それら全てが何とも言えない懐かしさに溢れ

とても初めて過ごす場所とは思えない。

周辺の田園風景もまるで僕自身が
子供の頃にタイムスリップしたかのような
懐かしい空気に溢れていた。


それもそのはず…

ここが僕の生まれ故郷であり生家であることなど
記憶を失っている僕は知る由もなかった。

 一体誰が、何のためにこのような事を・・・?
何よりも僕は今、全ての記憶を失っている

これも記憶回復のためのリハビリ、
なのだろうか?

楽しかったこと、悲しかったこと
幼い頃の出来事から今に至るまで

そして僕を襲った
おぞましい事件のことすら・・・

夢なのか現実なのかわからない
まるで誰かに記憶を操作されている?

そんな風にも考えてみたが

それはある意味、幸せなこと
だったのかも知れない、

あの惨劇が記憶の片隅にすら無いのであれば・・・
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