俺と彼女の共呑み日記

味噌漬け

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第10話 梅の豚バラそうめん 前編

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 5月が過ぎ、暑くジメジメとした季節になった今日、今の俺の部屋は友人たちに占拠されていた。

「おーい!シゲくん!ご飯はまだかい?」

「千尋、もう少し待てよ。すみませんっすシゲ先輩。いきなりお邪魔しちゃって…。」

 センパイはうちのテーブルに突っ伏して催促し、コーハイがそれをたしなめている。
 正直騒がしいが、まぁそういう自他に遠慮しないのもセンパイがセンパイたる所以だろう。

「あぁ。大丈夫だ。あと…センパイ。これから作りますから待っててください。」

「…あ、高橋さん。手伝いましょうか?」

「いや、大丈夫だ。今日はそこまで難しいメニューじゃないしな。ゆっくりしててくれ。」

 俺が水国さんの申し出を断ると彼女は少し残念そうな顔をする。
 でも、本当に難しくはないし、仕事量もそんなにないんだよなぁ。
 …それに、何となく今日は俺一人で作りたい。
 俺と彼女の間に微妙な空気が流れているとセンパイが水国さんの背中にくっつく。

「レナちゃん!こんな厚意を無下にする男なんて放って、こっちでお姉さんと話そうじゃないか!」

「…ひゃあ!セ、センパイさん?何を…?」

「いいからいいから!」

 センパイが水国さんにベッタリと肩に手を回し、引き寄せる。
 俺はじゃれている二人を微笑ましく思いながら、キッチンへ向かった。





 まずは肉の下ごしらえからだ。いつもの通りに豚バラ肉に酒をかけ柔らかくする。

「次はつゆか…。」

 ボウルに白だしを140ml、水を300mlを加え混ぜる。個人的にこの部分は味の濃さを見ながらお好みで決めた方が良い。
 その後、できたつゆを冷蔵庫に入れ冷やしておく。

「あ、お湯沸かさなきゃな。」

 俺はデカい鍋を取り出し水をたっぷりと入れ火にかける。
 その間に酒に漬けておいた肉を耐熱容器に入れレンジで加熱する。600wで3分ほど加熱すると良い。
 肉に火が通ったら冷水で冷やしておく。

「よし、これで肉の用意は終わった。…お、お湯沸いたな。」

 俺はお湯の入った鍋の中に白い糸の束…素麺を入れる。
 そう。今回作るのは冷やそうめんであり、さらにそれにひと手間加えたものだ。

「…よし。良い感じ。」

 素麺が良い固さになったら、ザルにあけ冷水で〆る。これをしなければコシのない麺になってしまうからな。

「さて、あとは仕上げだ。」

 冷蔵庫からつゆの入ったボウルを取り出し、素麺、肉、そしてここがミソだが梅チューブから梅を絞り入れて絡ませる。
 これで食欲がなくなる、この季節でも食べやすいようサッパリとした味になるのだ。
 最後に器に乗せ、飾り付けに胡麻とたっぷりのネギを盛り付けたら夏にピッタリの「梅の豚バラそうめん」の完成だ。






 高橋さんが台所へと向かった後、私はセンパイさんとコーハイくんの二人と話していた。

「ほらほらお姉さんに話してごらんよ!!」

 いや、絡まれてるだけかもしれない。
 センパイさんは私の首に手を回して、ベッタリとくっついてくる。
 
「…あ、あの……」

 うぅ…困りました。
 今、センパイさんに高橋さんとの出合いについて質問されているが、正直、あの時の出来事を話すのは何となく気が引ける。
 私が困っているとコーハイさんが助け船を出してくれた。

「千尋、水国先輩が困ってるよ。離れなさい。」

「む~。カズくんが言うなら、仕方ない…。」

 センパイさんはコーハイさんの言葉を聞いて口を尖らせながらも離れてくれた。
 ありがとうございます…コーハイさん…。

「すみませんっす、水国先輩。千尋は人との距離感が近くて…」

「…いえ、大丈夫です。」

「そう言ってくれると嬉しいっす。それにしても、あのシゲ先輩にこんな可愛い女友達がいるなんて最初に見たときは驚いたっすよ。」

「…そんな可愛いなんて……っ!?」

 私がそう謙遜するとコーハイさんの真後ろにいつの間にかセンパイさんが赤黒いオーラのようなものを纏って立っていた。
 満面の笑みではあるのだが、かなり怖い…。…というかさっきまで目の前にいたのに、いつ移動したんだろう?

「どうしたっすか?水国先輩…?」

 後ろですよ!コーハイさん!

「カズくぅん?よく私の目の前で他の女性に可愛いなんて言ったねぇ…?」

 センパイさんがそう言うとコーハイさんは汗をかきながらギギギとぎこちない動きで後ろを見る。

「ヒッ!?いっ…いつの間に後ろに…?」

「覚悟は出来てるんだろうねぇ…?」

「ちっ…違う!俺にとって千尋が一番可愛いにきまっt…」

「問答無用!マッサージの刑に処す!」

 センパイさんは素早くコーハイさんを押し倒すと、背中に指を押しあてグイッと押した。

「ふぐぅ!あ…ガフッ…」

 コーハイさんはバタリと倒れる。

「…あ、あの…大丈夫なんですか?」

 恐る恐る聞くとセンパイさんは笑顔で答える。

「大丈夫さ。これは我が家に伝わるツボ押し術でね。押すと次に目覚めたときは疲れも何もかも解放されるかのように取れるんだ。…地獄の痛みと引き換えに。」

 最後なんて言いました!?それに叫び声をあげる暇なく気絶させるってどんな痛み!?白目むいちゃってますし、疲れから解放されるどころか肉体から魂が解放されてるみたいじゃないですか!?
 ツッコミどころを多さに頭の中でパニックを起こした私はふんわりと当たり障りのない返事をしてしまう。

「…そ…そうですか~。」

 高橋さん…あなた、いつもこの二人のやり取り見てるんですよね?
 本当に凄いです。…私なら胃薬常備するかもしれません。

「さて、とりあえずこれは置いておいて…」

 置いておくんですか!?
 センパイさんはコーハイさんの頭を膝に乗せ、膝枕しながら頭を撫でる。
 …何となく羨ましく見えます。

「本当に言いたくなかったら良いんだが…君たちはどういう経緯で出会ったんだい?あのシゲくんがこんなに心を開くなんて珍しくてね。」

 心を開く?確かに高橋さんは物静かなイメージありますけど優しいですし、そこまで言われるような人でもないような。

「ま~シゲくんにも色々あってね。それでどんな感じの出会いだったんだい?お姉さん気になるなぁ…?」

 センパイさんがグイグイと近づいてくる。
 …高橋さんがお酒を飲んだ私と接してる時って…もしかしてこんな感じなんでしょうか?
 それに…高橋さんに何があったんでしょう?

「…え、え~と…あ!高橋さんいますし…今は…」

「大丈夫だよ。シゲくんは料理している間は集中して周りの声なんて耳に入らないから。」

 逃げ場がなくされました…。

「…うぅ。」

 話しても良いのだろうか…?
 でも、センパイさんにはお世話になりましたし、この機会に話すのも有りかもしれません。
 話しても私のお馬鹿さがわかるだけで高橋さんには恐らく影響ありませんし…きっと大丈夫ですよね?

「…わっ、わかりました。話します。」

 根負けした私は高橋さんと出会った経緯について話した。
 意外にセンパイさんは笑わず、真剣な顔で聞いてくれた。

「なるほどね。シゲくんが君のことを助けたのがキッカケと…。全くお人好しは変わっていないみたいだね。」

 そう言うセンパイさんは微笑んでいた。

「…私が高橋さんのことを危険に巻き込んだのは変わりません。」

 あの日、私の無知がキッカケで高橋さん…いや下手すればもっと多くの人を危険な目に合わせていたかもしれない。
 今でも最悪の場合を考えてしまう。
 私がそう思っているとセンパイさんは少し厳しい顔になる。

「私は君のことを攻める気はないさ。君がキッカケで火事が起きかけたことも事実だが、それによって君とシゲくんが出会って絆を深めているのも事実だからね。」

「…そ、それは。」

 確かあれがキッカケで高橋さんと出会った…。
 まだ短い期間ではあるけれど彼と出会って、私自身も成長できた気がする。
 …しかしそれで私の罪が消えるわけではない。

「君が自分のことを卑下して攻めることも結構だが…今の君にはそれよりもやらなければいけないことがあると思うんだがね…。」

 やらなきゃいけないこと?それって…?
 私がそれについて聞こうとした時、キッチンの方から高橋さんの声が聞こえた。

「おーいご飯できたぞ~!」

「…えっ…あ…え……」

 高橋さんがそう言った後、私は戸惑いながらセンパイさんの方を見るが彼女は口に指を当てる。

「この話は後だね。今はシゲくんの手伝いをしようじゃないか。」

「…そうですね。」

 私は疑問を胸に抱えつつキッチンの方へと向かった。
 





 
 
 

  
 
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