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第9話 豚の生姜焼き
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「…はぁ…どうしましょう…?」
ある日の昼下り、私は大学のカフェコーナーで悩んでいた。
「…高橋さん、何が好きなんでしょうか?」
今日の食事会は私が料理を作ることになっている。
前に高橋さんと食事した際に大見得を切って「次はもっと美味しいご飯作ってみせますから楽しみにしててくださいね!」と言ったはいいものの、その分(私の中で)ハードルが上がってしまった。
そういえば彼の好みとか聞いていない。今聞くべきなんでしょうが、何となく恥ずかしい…。
私がレシピ集を広げながら色々考えていると目の前に女性が現れた。この人は…
「やぁ!向かい側の席良いかい?」
「…あなたは………!」
「あれ?もう忘れちゃったかな?なら改めて、私の名前は灰原千尋!気軽にセンパイと呼んでくれ!」
そう目の前に現れたのは前に会った灰原先輩という方だった。
「…よろしくお願いします。えーと…センパイ…さん?」
「うーん。まだ堅苦しいけど、まぁ良いか!それで何悩んでいるんだい?」
センパイさんは私の向かい側の椅子に座り、紅茶を飲みながら聞いてくる。
「…えっと…それは……」
話してもよいのだろうか…?
私が悩んでいるとセンパイさんは胸を張る。
「なぁに!お姉さんに任せて!これでも私は料理が得意なんだ!」
…確かに私がウジウジ悩んでいても仕方ないのかもしれない。それにこの方は以前から高橋さんと知り合いみたいだし、彼の好物も知っているかもしれない…。
そう考えた私は少し恥ずかしくなりながらも、悩んでいたことをセンパイさんに打ち明けた。
「…なるほど。シゲくんの好物かぁ…」
センパイさんは腕を組んで「う~ん」と悩んでいる。
しばらく彼女が悩んでいると何か思いついたのか組んでいた腕を解く。
「思い出したが、彼は確か豚の生姜焼きが好きだったはずだ。」
ふむふむ高橋さんは豚の生姜焼きが好物なんだ。
…それにしてもセンパイさんは彼について私が知らないことについて色々知ってるんだなぁ。
私の心の内に小さな嫉妬の炎が灯るも、それを抑えながら話す。
「…生姜焼きですか?」
私が返事するとセンパイさんはワッハッハと笑う。
「あぁそうだ。まぁ…君みたいな可愛い女の子に作ってもらえれば大半の男はたちまち虜になるだろうがな!」
「…かっ…かわいい!?それにと…虜って………」
思わぬ言葉に頬を熱くする。
高橋さんが私に…とり…虜…
センパイさんはそんな私を見て愉快そうな表情で何か呟く。
「ふっ。シゲくんも幸せものだな…。」
「…は…はわわ……」
私は少しパニックになってしまい、センパイさんが何を言ったのか聞こえなかった。
そんな私を尻目にセンパイさんは立ち上がる。
「さて、そろそろ行かなくてはな。」
「…っ!?…あ、センパイさんありがとうございました。」
私が頭を下げるとセンパイさんは微笑む。
「なぁに。可愛い後輩が困っていたら相談にのるのが先輩というものだ。次はシゲくんや皆で遊ぼう。」
センパイさんはそう言って去っていった。
◇
夕方、私は高橋さんの部屋の前にいた。
「…お、お邪魔します。」
「いらっしゃい。入ってくれ。」
私はスーパーで買い出ししたレジ袋を持って中に入る。
高橋さんが私をキッチンまで案内すると彼は私の方に振り向く。
「それで今日は俺に手伝えることはないか?一応、米は炊いておいているが…」
高橋さんに手伝ってもらえるのは嬉しい…でも、今日は私自身の力で料理したい。
「…大丈夫です。」
私が彼の目を見ながら言うと彼は安心した表情になる。
「そうか。でも、何かあったら言ってくれ。俺はとりあえずテーブルの準備しておくからな。」
彼はそう言ってテーブルの方へ向かった。
「…私も頑張らないと」
キッチンを見るとすでに包丁とまな板、ポリ袋など調理に必要なものが用意されていた。
彼のこういう気遣いは嬉しい。
早速調理しようと思った私はレジ袋からロース肉を取り出す。
「…まずはお肉の下準備からですよね?」
パッケージからお肉を取り出し、まな板に並べる。
その後、私は包丁でお肉の筋を切っていった。
こうするとお肉に味が染み込みやすくなったり、焼くときに縮まなくなったり色んな効果があるらしい。
それにしても高橋さんに料理を教えてもらってから自分で料理するようになって少し慣れたとは言え、包丁を持つのはまだ少し怖かったりする。
「…ふ~。これでお肉の下準備は終わり。味付けしなきゃ。」
次に私はお肉を2つに分けポリ袋の中に入れ、それぞれの袋にお醤油、みりん、お酒を2:2:2の割合で入れていく。お肉の量によるけどこの割合が美味しいと本に書いてあった。
その後、蜂蜜大さじ1、ケチャップ小さじ1、マヨネーズ小さじ1を入れて揉み込む。蜂蜜は甘みとつけてさらにお肉を柔らかくするらしい。ケチャップは高橋さん曰く万能調味料で旨味がすごいんだそうな。マヨネーズは入れるとコクをつけることができるとかなんとか。
調味料を入れた後、生姜とニンニクをチューブから絞り入れる。香辛料はあとから混ぜると良いらしい。
そして小麦粉をそれぞれ大さじ1ほど入れ揉み込んだら終わりだ。小麦粉はタレを吸ってお肉に衣にまとわることで短時間でもしっかり味がつくとか。
「…次はキャベツですか。」
ある意味、最大の鬼門と言っていいキャベツの千切り…。正直まだ苦手だけど頑張りたい。
元々二分の一にカットされたキャベツを洗ったまな板に起き、芯を切り出す。
その後、何枚かの葉を巻いて猫の手で押さえつつ丁寧に切っていく。
「…あっ。うっ!うぅ………」
ダメ…難しい…。とてもじゃないが千切りというには太く不格好なものになってしまう。
高橋さんに手伝って…いや、私がすると決めた以上、やりきらなきゃ…。
私は彼に手助けしてもらいたい気持ちを抑え、キャベツを切っていった。
「…できた。」
見ると多少は良くなったもののまだ太い、千切りキャベツができてしまった。
…少しでも良いものを食べてもらおう。
そんなこと思いつつキャベツを水の中に入れた。
「…そろそろお肉焼きますか。」
キャベツに悪戦苦闘してある程度時間が経ったはずだ。今なら十分にお肉に味が染みてるだろう。
フライパンにサラダ油を少量かけ回し、お肉を並べていく。
そしてコンロを弱火でつけた。高橋さん曰く、こうするとお肉が柔らかく焼けるらしい。
「…いい音ですね。」
お肉からジュージューと心地よい音が聴こえてきた。タレの香りも相まって食欲がそそる。
「そろそろ返しますか。」
お肉の色が変わったらひっくり返し裏も焼いていく。
良い感じの焼き色が付き、火が通ったら強火で熱して炒めていく。高橋さんとシチューを食べた後に教えてもらったのだが、こうすると香ばしさをつけることができるらしい。
少し強火で焼いたら、弱火に戻し余ったタレを絡ませて少し炒めたら完成だ。
「…ふふっ。できました。」
私はフライパンの焼けたお肉を見て満足する。高橋さんには及ばないが、私にしては良くできたほうだろう。
「…後は盛り付けるだけですね。」
皿を取り出し、キャベツと生姜焼きを盛っていく。
「…楽しい。」
料理が楽しいなんて前の私なら考えもしなかっただろう。
そういえばこういう風に男の人の部屋で恋人が料理している映画があった…ん?それって…!?
「…ひゃう!?」
私は自分の想像に驚き、間違ってタレを手にこぼしてしまう。
そんな私が高橋さんのこ…恋人なんて…そんなお…おこがましい…。
「おい!どうした!?大丈夫か!?」
私の声を聞いたのか高橋さんが駆け込んできた。
「…えっあ、はい大丈夫です。」
…どうしましょう。上手く彼の顔が見れません。
私の様子を見て、彼は少し不安そうな顔になる。
「大丈夫なら良いんだが…完成したのか?なら盛り付け手伝うよ。」
「…でも、それは悪いです……」
「いや、水国さんには手伝ってもらっていたからな。今回くらいは手伝わせてくれ。」
彼はそう言ってご飯をよそったり、テーブルまで運んだりしてくれた。
私は彼に感謝しつつ生姜焼きを運んだ。
◇
「水国さん。今日はビールでも大丈夫か?」
俺は料理が並んだテーブルにグラスを置く。
「…はい。大丈夫です。」
冷蔵庫からビールを取り出し、グラスに注ぐ。金色の液体と白い泡が美しい。
「…ありがとうございます。」
「よし、食べるか。」
「…はい。」
俺達は手を合わせる。
「「いただきます」」
手を合わせた後、俺は最初にメインである水国さんが作ってくれた豚の生姜焼きから手をつけた。
彼女がジ~ッとこちらを見ていてなんだか落ち着かないがゆっくり味わうように咀嚼する。
「美味い…」
肉は柔らかく肉汁が甘い。タレもただ塩辛いわけではなくまろやかさがある。生姜の香りも良く、ご飯や酒が欲しくなる味だ。
ふと彼女を見ると彼女は嬉しそうに小さくガッツポーズしていた。なんだか可愛い。
「ビール飲むか。」
俺がビールに手を伸ばすと彼女も何故か慌てたようにビールを手に持つ。
ぐいっとグラスを傾けると白い泡の柔らかい刺激が喉を通り、口の中に麦の苦味が広がる。
「あ~!!きく~!!!」
水国さんもビールの味に満足してくれたようで、プハ~とCMのようにビールを上げながら叫ぶ。
「この冷たさがいいですよねぇ!今の暑さにはピッタリです!!それにビールの苦味が生姜焼きの後味を締めてくれてどんどん食べれますね!」
「そうだな。」
俺が返事すると彼女はウキウキと楽しそうに
「それでそれで私が作った生姜焼きの味はどうでした?」
と聞いてきた。
「いや、だから美味いって…」
そう俺が答えると彼女は不服なのか頬を膨らませ、俺の顔を覗き込む。
「む~。どう美味しいんですかぁ?って聞いているんです!」
「あ、いや…」
まいったな。俺に彼女ほどの食レポは出来る気はしないぞ。
彼女をちらりと見ると彼女は不安そうな顔をしている。いや、本当に旨かったからな?
…なんとか頑張るか。
「肉は柔らかいし、味もしっかり付いてて何というか一つ一つ丁寧に作ったってことがわかる味だな…。」
こんな感じで大丈夫か…?頑張ってはみたが…。
恐る恐る彼女を見ると彼女は満面の笑みで
「えへへ~。そうですかぁ。高橋さんに褒めてもらえるなんて嬉しいですねぇ。」
と頬を両手で押さえながら喜んでいた。
…満足してくれて良かった。
「それに生姜焼きは俺の好物の一つだしな。わざわざ作ってくれて嬉しいよ。」
俺がそう言うと彼女が返事をする。
「えぇ!実はセンパイさんが高橋さんは豚の生姜焼きが好きってお聞きしましてね!作ってみました!!」
センパイから…?
…っていうか、それって水国さんがわざわざ俺の好物について相談までして考えてくれたのか…?
俺がそう考えていると彼女が俺の顔を覗き込んでニヤニヤとからかうように
「あれれ~?高橋さん顔が赤いですよ~?ひょっとして嬉しくて照れてるんですかぁ?」
と言ってきた。
恥ずかしいが一応図星であるため反論できない…。
というか、この彼女のウザさは久しぶりな気がするな…。まぁ、最近の彼女は何となく元気がなかったように思えたし、からかうことができるようになるまで元気になったのは嬉しいことだ。
しかし、それとこれとは話が別だ。からかったのならその分、からかわせてもらう。
「あぁ。水国さんが心の込めたご飯が美味しかったからな。ずっと食べていたいよ。」
あれ?俺、今少しからかうつもりでとんでもないこと言わなかったか?
彼女を見ると彼女は顔を真っ赤にしていた。
「ずっ…ずっとですか…?え?え…えぇ…」
ショートしたのか彼女の頭から何やら煙が出ているように見えるくらいパニックになっていた。
流石にこれはマズイと感じた俺は慌てて話題を逸らす。
「そういえば!水国さんはセンパイと話してたみたいだけど、どんな話してたんだ?」
我ながら話題の逸らし方、下手だろと考えたが残念ながらネタが思い浮かばない。
でも、成功のようで彼女がどうやらパニックから復活できたようだ。
「え?センパイさんとですか?」
「あ、あぁ。何となく珍しいと思ってな。」
「そうですかね?うーん。高橋さんの好きなものくらいしか話してませんねぇ。」
「そ…そうか…。」
「あ、でも!センパイさんがいつか高橋さんも含めて一緒に遊ぼう!って言ってましたよ。」
「え?センパイがか?」
「はい。」
まぁセンパイならあり得るか…。あの人コミュニケーション能力かなり高いし…。
あーでも、何か嫌な気がするなぁ。あの人には前から相当振り回されたからなぁ…その分恩はあるけど。
でも今回、彼女の美味しいご飯を食べれたのもセンパイのおかげって部分はあるし、いつかお礼しないとな。
「とりあえず!高橋さん!もっと食べましょう!」
「…っ!?そうだな。食べるか。」
俺はセンパイに対するちょっとした不安を抱えながらビールを飲む。
しかし今日の飲み会はこの後も楽しく進み、そんな些末な不安は吹き飛んでしまった。
ある日の昼下り、私は大学のカフェコーナーで悩んでいた。
「…高橋さん、何が好きなんでしょうか?」
今日の食事会は私が料理を作ることになっている。
前に高橋さんと食事した際に大見得を切って「次はもっと美味しいご飯作ってみせますから楽しみにしててくださいね!」と言ったはいいものの、その分(私の中で)ハードルが上がってしまった。
そういえば彼の好みとか聞いていない。今聞くべきなんでしょうが、何となく恥ずかしい…。
私がレシピ集を広げながら色々考えていると目の前に女性が現れた。この人は…
「やぁ!向かい側の席良いかい?」
「…あなたは………!」
「あれ?もう忘れちゃったかな?なら改めて、私の名前は灰原千尋!気軽にセンパイと呼んでくれ!」
そう目の前に現れたのは前に会った灰原先輩という方だった。
「…よろしくお願いします。えーと…センパイ…さん?」
「うーん。まだ堅苦しいけど、まぁ良いか!それで何悩んでいるんだい?」
センパイさんは私の向かい側の椅子に座り、紅茶を飲みながら聞いてくる。
「…えっと…それは……」
話してもよいのだろうか…?
私が悩んでいるとセンパイさんは胸を張る。
「なぁに!お姉さんに任せて!これでも私は料理が得意なんだ!」
…確かに私がウジウジ悩んでいても仕方ないのかもしれない。それにこの方は以前から高橋さんと知り合いみたいだし、彼の好物も知っているかもしれない…。
そう考えた私は少し恥ずかしくなりながらも、悩んでいたことをセンパイさんに打ち明けた。
「…なるほど。シゲくんの好物かぁ…」
センパイさんは腕を組んで「う~ん」と悩んでいる。
しばらく彼女が悩んでいると何か思いついたのか組んでいた腕を解く。
「思い出したが、彼は確か豚の生姜焼きが好きだったはずだ。」
ふむふむ高橋さんは豚の生姜焼きが好物なんだ。
…それにしてもセンパイさんは彼について私が知らないことについて色々知ってるんだなぁ。
私の心の内に小さな嫉妬の炎が灯るも、それを抑えながら話す。
「…生姜焼きですか?」
私が返事するとセンパイさんはワッハッハと笑う。
「あぁそうだ。まぁ…君みたいな可愛い女の子に作ってもらえれば大半の男はたちまち虜になるだろうがな!」
「…かっ…かわいい!?それにと…虜って………」
思わぬ言葉に頬を熱くする。
高橋さんが私に…とり…虜…
センパイさんはそんな私を見て愉快そうな表情で何か呟く。
「ふっ。シゲくんも幸せものだな…。」
「…は…はわわ……」
私は少しパニックになってしまい、センパイさんが何を言ったのか聞こえなかった。
そんな私を尻目にセンパイさんは立ち上がる。
「さて、そろそろ行かなくてはな。」
「…っ!?…あ、センパイさんありがとうございました。」
私が頭を下げるとセンパイさんは微笑む。
「なぁに。可愛い後輩が困っていたら相談にのるのが先輩というものだ。次はシゲくんや皆で遊ぼう。」
センパイさんはそう言って去っていった。
◇
夕方、私は高橋さんの部屋の前にいた。
「…お、お邪魔します。」
「いらっしゃい。入ってくれ。」
私はスーパーで買い出ししたレジ袋を持って中に入る。
高橋さんが私をキッチンまで案内すると彼は私の方に振り向く。
「それで今日は俺に手伝えることはないか?一応、米は炊いておいているが…」
高橋さんに手伝ってもらえるのは嬉しい…でも、今日は私自身の力で料理したい。
「…大丈夫です。」
私が彼の目を見ながら言うと彼は安心した表情になる。
「そうか。でも、何かあったら言ってくれ。俺はとりあえずテーブルの準備しておくからな。」
彼はそう言ってテーブルの方へ向かった。
「…私も頑張らないと」
キッチンを見るとすでに包丁とまな板、ポリ袋など調理に必要なものが用意されていた。
彼のこういう気遣いは嬉しい。
早速調理しようと思った私はレジ袋からロース肉を取り出す。
「…まずはお肉の下準備からですよね?」
パッケージからお肉を取り出し、まな板に並べる。
その後、私は包丁でお肉の筋を切っていった。
こうするとお肉に味が染み込みやすくなったり、焼くときに縮まなくなったり色んな効果があるらしい。
それにしても高橋さんに料理を教えてもらってから自分で料理するようになって少し慣れたとは言え、包丁を持つのはまだ少し怖かったりする。
「…ふ~。これでお肉の下準備は終わり。味付けしなきゃ。」
次に私はお肉を2つに分けポリ袋の中に入れ、それぞれの袋にお醤油、みりん、お酒を2:2:2の割合で入れていく。お肉の量によるけどこの割合が美味しいと本に書いてあった。
その後、蜂蜜大さじ1、ケチャップ小さじ1、マヨネーズ小さじ1を入れて揉み込む。蜂蜜は甘みとつけてさらにお肉を柔らかくするらしい。ケチャップは高橋さん曰く万能調味料で旨味がすごいんだそうな。マヨネーズは入れるとコクをつけることができるとかなんとか。
調味料を入れた後、生姜とニンニクをチューブから絞り入れる。香辛料はあとから混ぜると良いらしい。
そして小麦粉をそれぞれ大さじ1ほど入れ揉み込んだら終わりだ。小麦粉はタレを吸ってお肉に衣にまとわることで短時間でもしっかり味がつくとか。
「…次はキャベツですか。」
ある意味、最大の鬼門と言っていいキャベツの千切り…。正直まだ苦手だけど頑張りたい。
元々二分の一にカットされたキャベツを洗ったまな板に起き、芯を切り出す。
その後、何枚かの葉を巻いて猫の手で押さえつつ丁寧に切っていく。
「…あっ。うっ!うぅ………」
ダメ…難しい…。とてもじゃないが千切りというには太く不格好なものになってしまう。
高橋さんに手伝って…いや、私がすると決めた以上、やりきらなきゃ…。
私は彼に手助けしてもらいたい気持ちを抑え、キャベツを切っていった。
「…できた。」
見ると多少は良くなったもののまだ太い、千切りキャベツができてしまった。
…少しでも良いものを食べてもらおう。
そんなこと思いつつキャベツを水の中に入れた。
「…そろそろお肉焼きますか。」
キャベツに悪戦苦闘してある程度時間が経ったはずだ。今なら十分にお肉に味が染みてるだろう。
フライパンにサラダ油を少量かけ回し、お肉を並べていく。
そしてコンロを弱火でつけた。高橋さん曰く、こうするとお肉が柔らかく焼けるらしい。
「…いい音ですね。」
お肉からジュージューと心地よい音が聴こえてきた。タレの香りも相まって食欲がそそる。
「そろそろ返しますか。」
お肉の色が変わったらひっくり返し裏も焼いていく。
良い感じの焼き色が付き、火が通ったら強火で熱して炒めていく。高橋さんとシチューを食べた後に教えてもらったのだが、こうすると香ばしさをつけることができるらしい。
少し強火で焼いたら、弱火に戻し余ったタレを絡ませて少し炒めたら完成だ。
「…ふふっ。できました。」
私はフライパンの焼けたお肉を見て満足する。高橋さんには及ばないが、私にしては良くできたほうだろう。
「…後は盛り付けるだけですね。」
皿を取り出し、キャベツと生姜焼きを盛っていく。
「…楽しい。」
料理が楽しいなんて前の私なら考えもしなかっただろう。
そういえばこういう風に男の人の部屋で恋人が料理している映画があった…ん?それって…!?
「…ひゃう!?」
私は自分の想像に驚き、間違ってタレを手にこぼしてしまう。
そんな私が高橋さんのこ…恋人なんて…そんなお…おこがましい…。
「おい!どうした!?大丈夫か!?」
私の声を聞いたのか高橋さんが駆け込んできた。
「…えっあ、はい大丈夫です。」
…どうしましょう。上手く彼の顔が見れません。
私の様子を見て、彼は少し不安そうな顔になる。
「大丈夫なら良いんだが…完成したのか?なら盛り付け手伝うよ。」
「…でも、それは悪いです……」
「いや、水国さんには手伝ってもらっていたからな。今回くらいは手伝わせてくれ。」
彼はそう言ってご飯をよそったり、テーブルまで運んだりしてくれた。
私は彼に感謝しつつ生姜焼きを運んだ。
◇
「水国さん。今日はビールでも大丈夫か?」
俺は料理が並んだテーブルにグラスを置く。
「…はい。大丈夫です。」
冷蔵庫からビールを取り出し、グラスに注ぐ。金色の液体と白い泡が美しい。
「…ありがとうございます。」
「よし、食べるか。」
「…はい。」
俺達は手を合わせる。
「「いただきます」」
手を合わせた後、俺は最初にメインである水国さんが作ってくれた豚の生姜焼きから手をつけた。
彼女がジ~ッとこちらを見ていてなんだか落ち着かないがゆっくり味わうように咀嚼する。
「美味い…」
肉は柔らかく肉汁が甘い。タレもただ塩辛いわけではなくまろやかさがある。生姜の香りも良く、ご飯や酒が欲しくなる味だ。
ふと彼女を見ると彼女は嬉しそうに小さくガッツポーズしていた。なんだか可愛い。
「ビール飲むか。」
俺がビールに手を伸ばすと彼女も何故か慌てたようにビールを手に持つ。
ぐいっとグラスを傾けると白い泡の柔らかい刺激が喉を通り、口の中に麦の苦味が広がる。
「あ~!!きく~!!!」
水国さんもビールの味に満足してくれたようで、プハ~とCMのようにビールを上げながら叫ぶ。
「この冷たさがいいですよねぇ!今の暑さにはピッタリです!!それにビールの苦味が生姜焼きの後味を締めてくれてどんどん食べれますね!」
「そうだな。」
俺が返事すると彼女はウキウキと楽しそうに
「それでそれで私が作った生姜焼きの味はどうでした?」
と聞いてきた。
「いや、だから美味いって…」
そう俺が答えると彼女は不服なのか頬を膨らませ、俺の顔を覗き込む。
「む~。どう美味しいんですかぁ?って聞いているんです!」
「あ、いや…」
まいったな。俺に彼女ほどの食レポは出来る気はしないぞ。
彼女をちらりと見ると彼女は不安そうな顔をしている。いや、本当に旨かったからな?
…なんとか頑張るか。
「肉は柔らかいし、味もしっかり付いてて何というか一つ一つ丁寧に作ったってことがわかる味だな…。」
こんな感じで大丈夫か…?頑張ってはみたが…。
恐る恐る彼女を見ると彼女は満面の笑みで
「えへへ~。そうですかぁ。高橋さんに褒めてもらえるなんて嬉しいですねぇ。」
と頬を両手で押さえながら喜んでいた。
…満足してくれて良かった。
「それに生姜焼きは俺の好物の一つだしな。わざわざ作ってくれて嬉しいよ。」
俺がそう言うと彼女が返事をする。
「えぇ!実はセンパイさんが高橋さんは豚の生姜焼きが好きってお聞きしましてね!作ってみました!!」
センパイから…?
…っていうか、それって水国さんがわざわざ俺の好物について相談までして考えてくれたのか…?
俺がそう考えていると彼女が俺の顔を覗き込んでニヤニヤとからかうように
「あれれ~?高橋さん顔が赤いですよ~?ひょっとして嬉しくて照れてるんですかぁ?」
と言ってきた。
恥ずかしいが一応図星であるため反論できない…。
というか、この彼女のウザさは久しぶりな気がするな…。まぁ、最近の彼女は何となく元気がなかったように思えたし、からかうことができるようになるまで元気になったのは嬉しいことだ。
しかし、それとこれとは話が別だ。からかったのならその分、からかわせてもらう。
「あぁ。水国さんが心の込めたご飯が美味しかったからな。ずっと食べていたいよ。」
あれ?俺、今少しからかうつもりでとんでもないこと言わなかったか?
彼女を見ると彼女は顔を真っ赤にしていた。
「ずっ…ずっとですか…?え?え…えぇ…」
ショートしたのか彼女の頭から何やら煙が出ているように見えるくらいパニックになっていた。
流石にこれはマズイと感じた俺は慌てて話題を逸らす。
「そういえば!水国さんはセンパイと話してたみたいだけど、どんな話してたんだ?」
我ながら話題の逸らし方、下手だろと考えたが残念ながらネタが思い浮かばない。
でも、成功のようで彼女がどうやらパニックから復活できたようだ。
「え?センパイさんとですか?」
「あ、あぁ。何となく珍しいと思ってな。」
「そうですかね?うーん。高橋さんの好きなものくらいしか話してませんねぇ。」
「そ…そうか…。」
「あ、でも!センパイさんがいつか高橋さんも含めて一緒に遊ぼう!って言ってましたよ。」
「え?センパイがか?」
「はい。」
まぁセンパイならあり得るか…。あの人コミュニケーション能力かなり高いし…。
あーでも、何か嫌な気がするなぁ。あの人には前から相当振り回されたからなぁ…その分恩はあるけど。
でも今回、彼女の美味しいご飯を食べれたのもセンパイのおかげって部分はあるし、いつかお礼しないとな。
「とりあえず!高橋さん!もっと食べましょう!」
「…っ!?そうだな。食べるか。」
俺はセンパイに対するちょっとした不安を抱えながらビールを飲む。
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