俺と彼女の共呑み日記

味噌漬け

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第4話 あさりの酒蒸し

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俺はいつものスーパーの酒売り場エリアで悩んでいた。時間にして大体30分ほどだが。

「うーん…どうするか…。」

 今日、彼女の都合がついたため、いつも通り俺の部屋で食べることになった。今回は数日前した約束の通り俺が酒を選ぶことになっているのだが、いつも安酒ばっか選んでいるからかこういう時、何を選べばいいのかわからない…。彼女は日本酒を持ってきてくれたから、できれば日本酒以外にしたいんだが…。

「何、悩んでいるんですかい?お客さん。」

 俺が悩んでいると50代くらいの鉢巻を頭に巻きつけエプロンをつけた男性がきた。エプロンには『宝九仕酒店』と書かれている。たからくじって読むのか?

「え…えぇ。実は友人に酒を贈るつもりなんですが何にするべきか悩んでまして…。」

「それならこの酒なんてどうだい?」

 彼が勧めてきたのは超辛口の日本酒だった。

「あ…いえ、日本酒以外が良いんですが…できれば甘口で…。」

 俺がそう言うと彼は顎に手を当て悩みだす。

「うーむ…贈り物といえば日本酒が定番かと思ったんだがな…しかも甘口…。そしてお客さんは若いと来た…。」

 彼がしばらく悩んでいると何か思いついたのか手をぽんっと叩いた。まさか…水国さんーー女性に贈ることに気がついた…?いや別にやましいことでも何でもないんだが。

「そうか!お客さん…おふくろさんに贈るつもりだったんですかい。そういや、もうそろそろ母の日ですしねぇ!いやこんな孝行息子をもって幸せだねぇ!いかん…歳を取ると涙腺が弱くなってしかたねぇ…。」

 感動したのか彼は涙を抑えようと目頭を指で抑えていた。そういえばあとちょっとで母の日だったな…何か買っていくか…。
 俺がそう考えていると彼は涙を拭いて「ちょっと待ってな!」言い残し、別の棚から一本のボトルを持ってきた。

「これなんてどうだ!」

 彼が持ってきたのは蝶のラベリングが施されたボトルだった。

「これは?」

「これはねぇ…俺がおすすめしてる白ワインだ!香りはもちろんいいが何よりも分類上は中口なのに芳醇で濃厚な甘みが口いっぱいに広がるんだ!!しかも後味にすっきりとした酸味のおかげで飽きずに飲める一本!しかもそこまで値段も張らない…どうだ?」

 白ワインか…そういえば水国さんとはワイン飲んだことなかったな…。せっかくだしこれを買うか…。

「ええ。それではこれにします。」

「まいどぉ!」

 俺は母の日用と今日水国さんと飲む用の二本を買った。

「次はおつまみか…どうするかな…。」

 今日食べるおつまみを決めるため店内をぶらぶら歩いた。ハムにキャベツといった野菜類…うーむピンと来ない…。
 俺は悩みながら魚屋コーナーに行くと店員が何やら叫んでいた。

「さぁー!今日も新鮮なお魚が安いよー!!今晩の献立にいかがですかー!!」

 どうやら呼び込みしていたらしい。とりあえず行くことにした。

「すみません。今日のおすすめは?」

「おーお客さん!今日のおすすめはねぇ…さわらなんかも良いんですが…このあさりなんておすすめですよ!!」

「あさりか…」

「日本酒はもちろん洋酒なら白ワインなんか合いますね。どうですかお客さん…今晩のおつまみにでも!!」

 確かに良いかもしれない…。あさりならアレが作れる…変に奇をてらった料理より身近な料理の方が彼女も食べやすいだろう。
 そう思った俺はあさりをカゴの中に入れレジに向かった。




 買い物を終えると俺はアパートに戻った。

「さて、まずはあさりの下処理だな。」

 フライパンに水を入れコンロをつける。温度計を入れ50度くらいになると、あさりを入れておいたバットに入れた。こうして50℃くらいのお湯に漬けておくとヒートショック現象といい熱に驚いたあさりが砂を吐き出してくれるのだ。
 15分ほど経つと俺はあさりの入ったバットから死んだ貝を選んで取り出しザルにあけ水洗いした。

「これであさりの下準備は終わったな。」

 次にフライパンにニンニクを一欠片加え熱していく。香りが出たら酒を60ccほど加えコンソメを小さじ2ほど混ぜて沸騰させる。沸騰してきたらあさりを入れ蓋を閉め中火で蒸していく。
 そう…今回作っているのは居酒屋で定番のあさりの酒蒸しだ。まぁ今回は白ワインに合うようにコンソメを加えた洋風酒蒸しだが…。貝×肉×野菜の旨味がたっぷり詰まった酒蒸し…想像するだけでよだれが止まらん。

「よし…これくらいでいいか。」

 貝の口が開いたら器に盛っていく。口がいつまでも開かないやつは死んでいるので捨てておこう。
 
「次はソース作りだな。」

 俺は残ったあさりの出汁を熱して煮詰めていく。少しとろっとしてきたら火をとめ隠し味にバターを加え余熱で溶かす。そうしてできたソースをあさりにかけ飾りつけに刻みネギを盛ったら完成だ。

「さて、持っていくか。」

 おぼんに器とグラスを入れ持っていく。うちにはワイングラスなんて洒落たものはないが、そこは勘弁ということで…。
 テーブルに置くとちょうどインターホンがなる。…なんというかいつもタイミングぴったりだな。気の所為か?

「はーい。」

 ドアを開けると水国さんが立っていた。

「…おじゃまします。」

「あぁ。どうぞ。」

 彼女がぺこんと頭を下げると靴を脱ぎ部屋の中に入ってテーブルにつく。彼女はテーブルにおいた器を見て呟く。

「…あさりですか…美味しそうですね。」

「っ!?」
 
 俺は驚いた。なぜなら彼女が酒を飲まずに「美味しそう」と言ったことはないからだ。
 驚いていると彼女は俺の顔を覗き込む。

「…どうしました?」

「あっ…あぁ。いや、なんでもない。そういえば、今回はワイン選んだんだが…。どうだ?」

 俺はそう誤魔化すと買ってきたワインを見せる。
 ワインを見た彼女は微笑みながら言う。

「…白ワインですか?良いですね。飲んだことありませんし…楽しみです。」

「っ…!…そうかそれなら良かった。酒つぐぞ…。」

 シラフな彼女が初めて見せた笑顔に思わずドキッとしてしまう。気を取り直すと俺はワインのボトルのコルクを抜き彼女のグラスに酒をついだ。

「…あ…ありがとうございます。」

 俺は次に自分のグラスに酒をつぐと手を合わせる。彼女が俺が手を合わせるのを見ると慌てて手を合わせた。

「「いただきます。」」

 俺がグラスを傾けようとすると彼女は真っ先にあさりの器を手に取った。

「あれ?酒は飲まないのか?」

 そう彼女はいつも酒から飲み始め、次にテンションを上げてからおつまみを食べ始める。こうしておつまみから食べるなんて無かったのだが…。

「…どうしました?」

「いや…なんでもない。」

 どうやら聞こえていなかったようだった。…まぁ彼女の食べ方に俺がどうこう言うのは間違っているだろうしな。
 彼女があさりを殻から綺麗に身を取り出すと口の中に入れゆっくりと咀嚼した。

「…美味しいです。あさりはふっくらしててちょうどいい柔らかさと弾力のある食感で、噛みしめるほど旨味が口の中に広がります。」

 次に彼女はネギをソースに絡めて食べる。

「…ソースも絶品ですね。バターのコクとあさりやそれ以外の出汁の合わさった複雑な味わいがたまりません。まるでボンゴレビアンコのような味ですね…。…どうかしましたか?」

「・・・・・・」
 
 俺は驚きの連続に言葉を失ってしまう。彼女が酒を飲まずに食レポしているのもそうだが、ここまで饒舌に喋っているのは初めて見た…。

「高橋さん?」

「…っ!あぁどうした?」

 俺の様子がおかしかったのか彼女は少しだけ笑う。

「…ふふっ。今日の高橋さん何か変ですよ?」

 いや…変なのはお前だ…。そんな言葉がでかけたが我慢する。

「いや、大丈夫だ。それよりもワインは飲まないのか?」

「…はい。もちろんいただきますよ。高橋さんは?」

「あぁ。俺も飲もうかな。」

 俺達がグラスを傾けると彼女は一口だけ飲むと恍惚な表情になる。

「あぁ…。」

 彼女はグラスを置き、感動を味わうかのように目を瞑る。すると…

「ん~~美味し~い!!」

 人が変わったかのように彼女は両手を上げ叫んだ。良かった…ここはいつも通りの彼女だ…。俺がある意味安堵していると彼女はこちらを見ながら絡んでくる。

「どうしたんですかぁ?高橋さん~?全くグラスも器の中も減ってませんよぉ?何なら私が飲んだっていいんですからねぇ~!」

「いや飲むさ。それでどうだ?そのワインの味は?」

 彼女のウザさに何故か安心した俺は彼女にワインの感想を聞いた。
 そうすると彼女は満面の笑みで答える。

「えぇ!このワインは絶品ですね!この花のような香りはもちろん、しっかりとした甘みが私好みです!後味の酸味もすっきりしていて飲みやすいですね!!」

「そうか…良かった…。」

 俺は彼女の高評価に胸を撫で下ろす。自分で女性のために物を選ぶなんて初めてだから不安だった。でも、彼女の笑顔を見ると悩んだかいがある。とりあえずあの店員さんには感謝しなければ。
 そんな俺の様子を見たのか彼女は満面の笑みからからかうようなニヤリとした笑顔になってこちらを見る。

「そういえばこのワイン、高橋さんが選んできてくれたんでしたねぇ。」

「あぁ…約束だからな。店員がおすすめしてくれたんだが…口に合ってくれたようで何よりだ。」

 彼女は聞いていないのかニヤニヤと笑顔で話し続ける。

「えへへ…そうですかぁ。高橋さんが私のためにわざわざ選んできてくれたんですねぇ…嬉しいなぁ…。」

 その言葉に思わず顔を赤くしてしまった俺は慌てて言う。

「いや、聞いていたか?それを選んだのは俺じゃなくて店員なんだg…」

 俺が訂正しようとすると彼女はそれを遮るかのように口を挟んできた。

「何言ってるんですか!誰がおすすめしようとも決めてくれたのは高橋さんでしょう!私はそんなあなたに感謝しているんですよ!!」

 彼女の言葉に頬を熱くしてしまう。

「そうか…ありがとうな…。」

「それに…私…男性から物を買ってもらったことなんてn…」

 最後の方はよく聞こえなかった。

「ん?なんて言ったんだ?」

 俺がそう尋ねると彼女は顔を赤くした後、そっぽを向いた。

「な…なんでもありません!さぁ早く食べましょう!とあさり白ワインの相性は抜群ですよ!貝の淡白な旨味と透き通る白ワインが互いの味を邪魔することなく味を引き立てあって美味しいんですから!」

 彼女はそう言うと再び食べ始めた。俺もそれにつられあさりに箸を伸ばす。こうして夜はふけていって今日の宅飲みは終わった。俺が感じた彼女の変化…その正体について俺が知るのはしばらく先のことである。
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