俺と彼女の共呑み日記

味噌漬け

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第3話 アスパラと新じゃがのわさび醤油バター和え

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「…少し早く来すぎたな。」

 俺は誰もいない教室にある机の上に頭を乗せて呟く。
 今日は教授に講義の内容について質問があり早めに大学に来たのだが、思ったより早く相談が終わったためこうして暇を持て余しているのだ。

「…漫画でも読むか。」

 バッグの中から本を取り出す。因みに俺は電子書籍ではなく紙派だ。こうしてページをめくっていると何となく本を読んでいるって感じがする。

「やっぱりこいつは美味そうだな…。今度、作ってみるか…。」
 
 俺が読んでいるのは、とある料理することが好きな女子高生が隣に住む友達の男子に作った料理をお裾分けしつつ友達から恋人にステップアップするって感じのストーリーのラブコメである。読み進めていて何となく今の自分の状況に似ているなぁと考えると即座に首を振ってその妄想を打ち消す。俺と彼女はそんな関係ではないし、そんな下心満載な妄想するなんて信用してくれている彼女に失礼だ。
 俺がそんなことを考えていると後ろから何やら声が聞こえた。

「せんぱーい!!」

 本を閉じ、声が聞こえた方に顔を向けると俺を呼んでいたのはコーハイだった。

「あぁ…コーハイか。どうした?」

「どうしたなんてひどいっすね~。ちょっと早く大学に来たんで教室で講義の資料でも読んでようかなって思って来たら何やら首をブンブン振ってる先輩がいたんで気になって。」

 見ていたのか…。恥ずかしいな…。
 俺が額を押さえながら恥ずかしさで顔を背けていると彼は目を輝かせてグイグイと迫ってくる。

「それでそれでなに考えてたんっすか先輩!!なんか幸せそうな顔になってたっすけど!!…はっもしかして恋煩い!?」

「違う違う。っていうかなんだ恋煩いって?どっからそんな話出てきた!?」

 いきなり変なこと言ってきたコーハイに内心で冷や汗かきながら聞くと彼は胸を張って答えた。

「勘っす!」

 彼の答えに思わず、ガクッと力が抜ける。そんな俺の様子を見た彼は笑いながら話を続ける。

「ハハハ!冗談っすよ先輩。なんというか最近の先輩は楽しそうというか幸せそうな感じだったんで。」

「なんだ?いつもの俺は楽しそうでも幸せそうでもないってか?」

 俺が睨みながらそう返すと彼は慌てて手を振る。

「い…いやそういう意味じゃないっすよ…。そ…それでどうなんすか?とうとう彼女できたんすか?」

 汗をかいてあからさまに誤魔化する彼に少し呆れ、ため息をつく。

「ハァ…。俺にそんなのいるはずないだろう…。お前の気の所為だ。気の所為。ほら、そろそろ講義始まるぞ。」

 周りには他の学生達が集まっていた。時計を見ると講義まで後5分くらいだ。

「ほんとっすね!!じゃあ先輩、話の続きはまた今度で!」

 そう言うと彼は慌てて前の席の方へ行った。
 騒がしいやつだ…。だが、あれでも講義の予習復習は欠かさなかったり、先生の話を聞くために前の席に座ったり真面目なところもあるから憎めない…。
 
「ん?なんだ?」

 俺がバッグからペンケースを取り出そうとすると、どこかから誰かの視線を感じた。周りを見渡すが、特に変わったところはない…。

「…気の所為か?」

 そう呟くと俺は不思議に思いながらも講義に集中するために黒板の方を向いた。





 
 全ての講義が終わった後、まだ講義があるらしいコーハイと別れた俺は帰り道によく通っている大型スーパーに来ていた。このスーパーは昔、栄えていたという商店街の店が経営難に陥ったとき一致団結して経営し苦難を乗り越えるために統合され一つの会社として設立されたらしい。そのため八百屋や肉屋、魚屋といった多種多様でそれぞれ専門的に品を扱う店が一つの建物内に存在している。

「さてさて今日はどうするか…。」

 そんな俺は八百屋コーナーに来ていた。ここはキャベツやピーマンといったメジャーな野菜から、普通のスーパーでは中々目にかかれないようなちょっと珍しい野菜まで陳列されている。

「そうだな…。今日は漫画にあったレシピ試してみたいし野菜多めに買っていくか。」

 俺はとりあえずキャベツやしめじなどカゴの中に放り込んでいく。

「さて…これでいいか…。ん…?」

 レジに向かおうとするとふとアスパラガスが目についた。

「アスパラガスか…。そういえば今が旬だったな…。どうするか…。」

 悩んでいるとスマホの着信が鳴る。

「なんだ?コーハイからか?」

 スマホを見ると水国さんからのLIBONが届いていた。

「…!水国さんからか…。珍しいなこんな早く。」

 彼女はいつも俺が夜飯を食べた後に連絡をよこすのだが、今回は午後の4時と結構早い。
 内容を読むと『日本酒 いつもの時間』と書かれていた。

「いつもの時間…って…。ますます何で今送ったのかわからんな。だが…日本酒か…。」

 今晩のメニューは正直、日本酒が合うかどうかわからない。せっかくだから日本酒に合うおつまみにしたい…。

「さて、どうするか…。」

 悩んでいるとアスパラが脳裏によぎった。

「そうだ…。あれにしよう。そういえばあれも切らしていたしついでに買っていくか。」
 
 俺は新鮮そうなアスパラをカゴの中に入れて乳製品コーナーへと向かった。





 帰宅し夜飯を食べた後、俺はおつまみを作るために台所に立っていた。

「さて…作るか。」

 まず鍋にたっぷりの水を入れ沸かしていく。この間に新じゃがとアスパラを洗い、新じゃがを四等分に切って濡れたキッチンタオルとラップで包むと耐熱容器に入れ600wで6分ほどレンジでチンする。

「次はアスパラだな。」

 最初にアスパラの根本を折ると根本付近の皮をピーラーで剥いて四等分に切る。

「湯も沸いたな。」

 お湯に塩を少々入れ、アスパラを茹でていく。本来なら1分以上は茹でるのだがこの後に炒める工程があるので30秒くらいにした。茹で終えるとザルにあげる。あげ終えるとレンジの方も終わったようだ。レンジから芋を取り出すと火傷に気をつけながらラップとキッチンペーパーを外す。

「よし炒めるか。」

 次にフライパンを取り出しバターと切ったアスパラ、ふかしたじゃがいもを乗せ弱火にする。バターが溶け5~6分ほど炒め次に醤油をかけ再び少しだけ炒めたボウルに取り出し香り用の刻みわさび、辛味用の本わさびの二種類のチューブを入れ絡ませる。因みに辛いのが駄目な人は炒める段階でわさびを入れると良い。わさびを混ぜて器に盛り付けたら完成だ。タレの方は濃いのでかける必要はない。
 完成した器をテーブルに並べるとインターホンが鳴る。

「はーい。」

 ドアを開けると水国さんがレジ袋を持って立っていた。

「いらっしゃい。」

「…おじゃまします。」

 水国さんを中に入れてテーブルまで案内する。前は入るよう言わないと玄関前からてこでも動かなかったからな…。だいぶ打ち解けてしたってことかな。

「おつまみの方は出来てるぞ。お前の方は?」

「…これ。」

 彼女はレジ袋の中から瓶を取り出した。見てみるとそれは前から気に入っていた酒だった。前にスーパーで見つけて飲んでみたかったが少々高くて買えず肩を落として、その日は帰ったんだよな…。確か中口くらいだったはずだ。 

「これ高かっただろ…?流石に悪いし払うz……?」

 俺が財布を取り出そうとすると腕が何かに止められる。振り向くと水国さんが手で俺の腕を掴んでいた。彼女は俺の腕を掴みながら必死な顔で口を開く。

「…いいです。大丈夫。」

「いや、そんなわけにはいかないだろ…。」

 コンビニに売っているような酒ならともかくこれは4000円以上はする庶民が手を出すには少し高いやつだ。最低でも半額は出さんと彼女に悪い。
 俺がそう思っていると察したのか彼女がブンブンと首を振った。

「…気にしないでください。これはいつもお世話になってるお礼。」

「だが…。」

「…うるさいです。人の好意は素直に受けとるべき」

 彼女が睨みながら言ってくる。ちょっとだけ可愛いと思ってしまった俺が恥ずかしい。…そこは置いておいて、お礼といってもこんな高価な品を素直に受け取るのもなんか気が引けるし…どうするか…。
 俺が少し考えると一つの案が浮かんだ。

「わかったよ…。で…でも、次の酒は俺が買うぞ。良いな?」

 俺がそう言うと彼女は複雑そうな顔をする。

「…それじゃお礼の意味ない……」

「い…いや、十分嬉しいよ。だから次の酒はいつも美味い酒を買ってきてくれるお前への礼ってことで…。それならお相子だろ。」

 よくよく考えると女性へのプレゼントに酒を渡すってことなのだが今の俺にはそんなこと考える余裕はなかった。
 彼女を見ると下を向いて何やら呟いている。

「………そ…それってプ…プレゼn」

「何だって?」

 声が小さすぎてよく聞こえなかったため聞くと彼女はそっぽを向きながら答える。

「…な…なんでもない。じゃあそれで良いです。」

 何やら少し怒っているように見えるが、納得してくれたし大丈夫だろう。
 しかし気になっていることがもう一つ。

「ところで…いつまで俺の腕を掴んでいる気だ?」

「…っ!?ごめんなさい。」

 彼女が顔を真っ赤にして手を引っ込ませる。

「い…いや大丈夫だ。」
 
 俺がそう言うとテーブルを背に静寂が訪れる。酒飲む前の彼女と話すといつもこうなるのだ…。

「よっ…よし食べるか!」

「…そうですね。」

 沈黙に耐えかねた俺達はとりあえずテーブルの前に座る。彼女が瓶を開けると用意しておいたおちょこに酒を注いだ。

「ありがとうな。」

「…いいえ。」

 酒を注ぎ終えると俺達は手を合わせる。

「「いただきます」」

 手を合わせると俺達はとりあえず最初に一口だけ酒を飲んだ。彼女はおちょこを傾け一口だけ飲んで味わうと恍惚した表情になる。

「プハァ~!!あぁ…美味しいですねぇ。」

「確かに美味いな…この酒…。」

 このレモンやオレンジといった果実のように爽やかな香りの中に柔らかな甘みがある味わいだ…。しかしジュースではなくしっかりと酒の旨味がある。こんな美味い酒は初めてだな…。買ってきてくれた彼女には感謝しかない…。
 俺が酒を味わっていると彼女は割り箸を割り、アスパラに手を出した。

「それでは!そろそろ高橋さんの料理を味わいますかぁ!!」

 彼女がハイテンションでアスパラを口に入れ咀嚼する。しばらく噛んでいると彼女は大人しくなり下を向いた。ひょっとして不味かったか…?
 彼女が急に静かになったことに不安になっていると彼女はぶるぶると身体を震わせ…叫んだ。

「んん~……‥…おいひぃぃぃぃぃ!!!」

「うおっ!!びっくりした…。」

 彼女の声に驚いたものの、どうやら不味いわけではなさそうでホッとする。本当にいちいち反応が紛らわしいな…。

「アスパラのシャクシャクとした食感はもちろん、バター醤油の濃厚な風味の中にわさびの香りと辛味が良いアクセントになってます~!!飽きがこない味っていうんですかね?パクパクいけますよ!!」

 彼女はそう言いながらアスパラをサクサク食べていく。その姿はまるでウサギだ。

「次はじゃがいも食べましょうかね…。うーん!これも柔らかいじゃがいもとバターの黄金コンビはもちろん美味しいんですが、その中にわさびが入ることでさっぱりと食べれますねー!これ食べた後にお酒を飲むとよりお酒の甘みを感じる気がします。」

 そう言ってパクパク食べる彼女を見ていると思わず微笑んでしまう。彼女の反応を見るのに夢中でおつまみを食べていないことに気がつくと俺もアスパラを口に入れる。…本当にこの料理は日本酒にあうな。
 俺達が食べていると彼女は酒を飲みながら話しかけてきた。

「そういえば高橋さん?」

「ん?なんだ?」

 彼女は俺が反応するとおどけた様子になる。

「大学のお昼休みの後の講義のある教室で誰かと何か楽しそうに話していましたよねぇ…。一体何を話していたんですかぁ?」

 相変わらず酒を飲むとウザくなるが、それは置いておいて、その意図のわからない質問に俺は首を傾げ、少しだけ考えて答える。

「あぁ…まぁ最近楽しそうだとかなんだとかちょっとした雑談だ。それで…それがどうかしたのか?」

 俺が聞き返すと彼女がニヤニヤとこちらを見る。

「なんか彼女とか恋煩いとか聞こえたのでぇ…ちょっと気になっちゃいまして!」

「聞いていたのか…。」

 コーハイとの会話の内容を聞かれていたことに対するショックと羞恥心で顔を抑えていると彼女は俺の顔を覗き込むように話し続ける。

「それでそれで~?高橋さん、彼女とかいるんですかぁ?」

「いるわけ無いだろう…。全部…あいつーー俺の友人の勘違いだ。」

 俺がそう言うと彼女はつまらそうな顔になりそっぽを向いた。

「そうなんですか…つまらないですね~。…………良かった。」

 最後の方だけ聞こえなかったが、俺をからかっていることは間違いないだろう。コーハイとの少し恥ずかしい会話を蒸し返され、つまらないと言われた俺は大人げないと思いながらもむっとする。

「つまらないはないだろう。それでお前はどうなんだ?」

「どうって…。私に彼氏なんていませんよーだ!できたこともありません!!」

 驚いたな…。彼女の見た目は綺麗だし、酒さえ飲まなければクールビューティーって感じでモテそうな気もするが…。

「意外だな。お前は可愛いからモテそうだし男友達くらい出来そうなものだが…。」

 あれっ?俺、今とんでもないこと言わなかったか…?
 水国さんを見ると彼女は顔を真っ赤にしながらもどこか戸惑った表情になっていた。

「か…可愛いですか…?そんな…私が…?」

「どうした…?」

 俺がどこか上の空になっていた彼女に話しかけると、彼女は我を取り戻したのかこちらを見る。

「い…いえ…何でもありません!大丈夫ですから!!」

 彼女は元気に話すがその様子に少し違和感を持つ。しかし本人が大丈夫と言っている以上、そこまで踏み込んでいいものだろうか…。

「…そうか。そういえばお前、去年の春に告白されたんじゃなかったっけ…?」

 そこで俺は少しだけ話を逸らすことにした。俺が聞くと彼女は何か思い出したかのような顔になる。

「あー確かにそんなことありましたねー。流石に初対面の方とお付き合いすることはできませんでしたので、ちゃんと理由をつけて丁重にお断りしましたよ。」

 あれ?あいつが言うにはバッサリフラれたって話だけどな…。あ…そうか。彼女の声が小さすぎて理由の部分とか聞こえなかったんだな。

「だから、私に恋人なんていませんよ。それに…私はこんな性格ですし…友達だって…」

 彼女は最後に力のない小さな声で呟いた。俺は安易に話題を変え、彼女の地雷を踏み込んでしまったことに後悔する。でも…一つだけ彼女の言葉を…訂正させたい。

「…お前の過去についてはよく知らない。…でも俺にとってお前は大切な友達だと思っている。お前はどうなんだ?」
 
 俺がそう言うと彼女は出会ったころのような暗い表情から、顔を上げ、はにかんだような笑顔に変わる。

「と…友達ですか…。エヘヘ…友達…友達…。そうですね!私と高橋さんは友達です!さぁ!高橋さん!飲み会の続きといきましょう!!お酒がぬるくなっちゃいますよ!早く食べましょう!!」

 元気を取り戻した彼女はそう言っておつまみを楽しそうに食べる。やっぱり彼女には笑顔がよく似合う。…俺は彼女の過去についてよく知らない…でも甘いと言われようが何だろうが、それでも俺は彼女の笑顔を見続けたい…そう思った。 
 
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