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第2話 肉じゃが 後編
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俺が爆発に驚き、慌てて煙が出ている隣の部屋のドアを開けるとそこにいたのは煙が出ている電子レンジと腰を抜かし震えている女性ーー水国玲奈だった。
「おい!大丈夫か!?」
俺が座りこむ彼女に駆け寄る。
「・・・・・・……」
駄目だ…。意識はあるようだがすっかり怯えきっている…。レンジの中を見ると中の火が周りの物に燃え移った。
「っ!?ヤバい!クソッ!いきなりで悪いけど我慢しろよ!」
「・・・・・・っ!?」
俺は彼女を避難させるため抱え込む。彼女は驚いたのか見開いた目で俺を見ていたが無視する。脚が痛むが我慢して彼女を外に運び、非常用として備え付けられている消火器を持って部屋の中に突撃して急いで消火した。レンジの火は消え、燃えているところはない…その代わり玄関が消火器の粉でとんでもないことになっているが…。
「ハァハァ…。何とか終わった…。」
俺は息を切らし座り込む。こんな疲れるなんて…俺の体力も落ちたもんだ…。
息を整えると外に座らせたまんまにしていた彼女のもとへ向かう。
「おい…大丈夫か?」
「……………はい。」
「え?なんて言った?」
彼女の声はか細くよく聞こえなかった。
「まぁ良い。立てるか?」
俺が手を差し出すと彼女は俺をまじまじと見る。
「どうした?立てないのか?」
彼女は俺の言葉に対し首を振って答えると自力で立つ。
「良かった…。大丈夫そうだな。」
俺がそう言うと彼女はボソっと口を開く。
「…ごめんなさい。」
「…?あぁ!ごめんなさいか。謝罪なんていいよ。それで…身体は大丈夫か?」
「…大丈夫。怪我はない。…あなたは?」
俺が少し慣れたのか彼女の声がだいぶ聞き取れるようになった。
「俺は大丈夫だよ。とりあえず無事そうで良かった。」
「…うん・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
会話が終わってしまい言葉がでない静寂が訪れ気まずい空気が流れる…。俺がこの重苦しい空気に押しつぶされそうになると階段の方向から声が聞こえた。
「あなたたち大丈夫!?」
この空気を打ち破ったのは眼鏡をかけた60代くらいの女性ーーうちの大家さんである。
大家さんがこちらに来て喋る。
「孫との食事会の帰りに近所の田中さんから「お宅のアパートから煙が出ている」ってLIBONが来て急いで帰ってきたのよ!」
そうこの人はご高齢ながらスマホやパソコンといった電子機器を自由自在に操ることができる。最近の趣味はアパートに遊びに来た孫とス○ブラしたり動画を編集してサイトにアップすることが楽しみだとか…。
「それで火事は!?怪我はない!?」
「火は消しましたので大丈夫です。俺に怪我はありません。」
「そう…って玲奈ちゃん!?あなたは大丈夫なの!?」
今更気づいたのか…。大家さんは水国さんの肩をつかんでゆっさゆっさと前後にふる。あまりの勢いに水国さんの顔が青白くなる。
「落ち着いてください。水国さんが辛そうな顔してます…。」
俺が大家さんを止めると彼女も落ち着いたのか振るのをやめた。
「あ…いやだわ。ごめんなさいね…。」
水国さんを見ると酔ったのかグッタリしていた。彼女は目を回しながらも口を開く。
「……だ…大丈夫です~。」
どうみても大丈夫じゃない。頭の上にひよこが見えそうだ。
大家さんが彼女を解放すると真剣な顔になって聞いてくる。
「それで何が原因なの?」
どう答えたものか…。しかしなにが爆発して、なんで爆発したのかについて俺にも厳密なことはわからないので正直に話そう。
「すみません…俺にも詳しいことはわかりませんが…」
俺は爆発音を聞いて火を消火するまでの経緯を大家さんに話した。
「そう…つまりあなたは火事になった原因はわからないと…。」
「お役に立てなくてすみません。」
大家さんに謝ると彼女は両手を振った。
「いいのよいいのよ!あなたが住んでいるわけではないしね…。玲奈ちゃん…いいかしら?」
大家さんが水国さんの方を向く。水国さんは何とか復活したようだ。大家さんが彼女を見ると再び真剣な顔で問う。
「…玲奈ちゃん、それで何があったのかしら…?」
「……………っ!うぅ…」
大家さんが聞くと水国さんが涙を流し小声でとぎれとぎれになりながら爆発した経緯を話してくれた。どうやら親に半ば強制で一人暮らしをさせられたようで大体の家事はできるものの料理に関しては全くできないらしい。それでも最初の一年間はコンビニ弁当や惣菜で乗り切っていたそうだが、お金が少しピンチになって節約のために今日から自炊を始めたそうだ。それで最初は簡単なものにしようとレンジで作れるレシピを見つけ作ろうとしたところ金属ボウルに材料を入れてチンしたら突然爆発し驚きのあまり腰が抜け、その直後に俺が来たのだそうだ。
「…そう。」
大家さんも目頭を押さえ黙った。その様子を見た水国さんは真っ青な顔をして涙を流しながら土下座する。
「……ごめんなさい。修理代は頑張って払います。本当に…本当にごめんなさい…ごめんなさい…」
床を涙で濡らしながら謝る水国さんに大家さんも気の毒に思ったのか、背中をなでどうにか励ます。
「大丈夫よぉ!さっき少しだけ部屋の中見たけど壁が燃えているわけじゃなかったし多分粉を掃除すれば問題ないわ。それよりあなたが無事で本当に良かった。」
大家さんの言葉に驚いたのか水国さんは顔を上げ大家さんの顔を見る。大家さんはそんな彼女を抱きしめ、背中をさすると落ち着いたのか彼女の顔色が良くなってきた。
水国さんが落ち着いたのを確認した後、大家さんは立ち上がり声を上げた。
「よし!それじゃあこれから玲奈ちゃんの部屋をお掃除するわよぉ!!」
「え?俺もですか?」
「当然じゃない!こんなうら若くか弱い乙女達に力仕事させようってのぉ?」
「いや…か弱いはともかくうら若i…いやすみません何でもありません。喜んで手伝わせていただきます。」
大家さんの殺意のようなものを込めた目で睨まれた俺は即行で降参した。
俺が情けないところを見せると水国さんが口を開く。
「…でもあなたをこれ以上巻き込むのは。」
彼女が力のない声で話す。全く…そんな風な声で言われたら見捨てられないだろ。
「大丈夫だ。乗りかかった船だし最後まで手伝うよ。」
「…ごめんなさい。」
俺達は彼女の部屋に入るとそれぞれで掃除し始めた。
◇
掃除機をかけたり雑巾がけしたり燃えたものをゴミ袋にいれたり…時間をかけ何とか掃除を終える。奇跡的なことに壁には燃え移ってはおらず、周りにあるふきん等に燃え移っただけで被害が大きくなる前に消火できたためレンジの処理や焦げたものをまとめ処分するくらいですんだ。
大家さんは掃除を終えた後、レンジで金属製品や茹で卵等をチンしてはいけないこと、作る前はきちんと調べておくことなどみっちり説教して自分の部屋に戻って行った。もう夜の10時過ぎでもう寝る時間らしい。健康的で何よりである。残された俺達は掃除の疲れでグッタリしていた。
「あ~ようやく終わった…。」
「…ごめんなさい。今日は本当にすみません…。」
彼女がぺこんと頭を下げる。
「あぁ…大丈夫だ。部屋もそこまで燃えていたわけではないし良かったよ…。」
俺がそう言うとプツンと会話が途切れ気まずい沈黙が訪れる。何とかしたいがこの重たい空気に立つことも会話を切り出すことも難しい…。しかしこの状況でも時間が経てば人間腹が空くものである。そういえば彼女もご飯を作ろうとした結果、レンジを爆発させたらしいが何か食べるものはあるのだろうか。そう思った俺は彼女に聞く。
「なぁ…。いいか?」
「…なんですか?」
「俺、流石に腹が減ったからご飯食べるつもりなんだが…あ~その…お前も腹が空いてないか…?」
「…大丈夫です。」
彼女が一言だけ言うと、再び黙る。自分でも薄情だとは思うが本人がそう言っていることだし部屋に戻ろうと立つと彼女の方から「く~きゅるる~」と何やら可愛らしい音が聞こえた。思わず音がした方を見ると彼女が顔を真っ赤にしていた。…そんな音を聞いたら放っておけなくなるだろうが…。
「…食べるものないんだろう?肉じゃが作ってあるからお前もどうだ…?流石にそんな腹を空かせたやつを無視したくはない…。」
俺がそう言うと彼女は頭を押さえ何やら考え込む。少しの間、そうしていると彼女も決心したのか顔を上げこちらを見た。
「…それなら…お言葉に甘えて。」
「わかった。」
俺は肉じゃがが入った鍋を持ってくるために自分の部屋へ戻り、鍋を持って振り向くと、俺の部屋の玄関になんと彼女がいた。
「うおっ!…いつの間に…っていうかなんで入っているんだ!?」
「…なんでって。あなたが食べようって言ってくれたんでしょう?」
彼女はコテンと可愛らしく首をかしげながらそう言う。だが…流石に俺の部屋で食べるのは不味いだろ…。
「いや、俺はお裾分けするつもりだっただけで…何も一緒に食べようなんて言ってないんだが…」
俺がそう言うと彼女はまた憂鬱な表情になり顔色がひどく沈んでいく。
「…そうですよね。こんな私がいても迷惑なだけですよね…。」
彼女のあまりに落ち込んだ表情に何も言えなくなる…。正直、少し面倒くさい人だと思ったが、彼女からは人にかまってもらいたいだとかそんな感じではなく心の底から自分はこの世に必要ないと本気で思っているようなそんな感じがする。コーハイ風にいうなら「ただの勘」だが…。さすがにそんな暗い表情をした人に出ていけとは言えない…。
「あーわかった。部屋に上がれ。米もちゃんとあるからな。」
「…いいの?本当にごめんなさい…。」
「いいから…。靴脱いで入れ…。」
俺は彼女を中に入れテーブルまで案内し座らせた後、グラスを持って台所まで行き、水をくんでテーブルへ戻る。
流石に女性相手に水一杯ってのは不味いか…でも何もないしなぁ。
「今は水しかないんだ。すまないな。」
「いいえ…本当にすみません…。」
水が入ったグラスをテーブルに置くと俺はすっかり冷めた米や肉じゃがを温めて直すためテーブルにある器を持って台所へ行きレンジやコンロで温め直す。
温めて直していると何か心の中で何か忘れているような嫌な感覚に襲われる。まぁ女性を部屋に招いてる時点で俺の心の中は割とソワソワと落ち着かない状態ではあるのだが…。
「さて…これでいいか…。」
ご飯や肉じゃがを温め直し、彼女の分をよそうと肉じゃがが入った器をおぼんに乗せて運ぶ。昔、一応買っておいたのだが、まさか今日初めて使うとは思わなかった。
「おい…できたぞ…っ!?」
俺がテーブルを見るとそこには空になったグラスと顔を赤くして仰向けで倒れている水国さんがいた。
「おいっ!?大丈夫か!?」
おぼんをテーブルに置き、急いで彼女に近づくと彼女の周りから何やら酒の匂いがした。
「しまった!!酒置きっぱなしだった!!」
さっきから感じていた嫌な予感の正体にこれだったのか…。おそらく彼女は水と間違えて一気飲みしたのだろう…。俺もさっきまでの出来事ですっかり忘れていた。
俺はとにかく全く動かない彼女に危機感を覚え、救急車を呼ぼうとスマホを取り出した瞬間…
「ヒュウーーーーー!!」
「へぶっ!?」
意味不明な叫び声と共に伸びた彼女の拳が俺の顎にヒットした。その衝撃に俺は後ろに倒れ込む。
「あっれ~何をしてるんですかぁ?ウヒヒ~!」
最初の物静かなイメージとは真逆の陽気で声が透き通る明るい女性になっていた。そのあまりのギャップに俺が絶句していると彼女は我関せずに話し続ける。
「あ!美味しそうな肉じゃがじゃないですか!迷惑かけたばかりか、こんなご馳走を食べさせてくれるなんて本当にすみませんね。あぁ~肉じゃがの匂いがたまりませんねぇ。こんなの見たらわかる!美味いやつやん!!ですよ!!」
俺は彼女が面倒くさそうな人だと思ったが訂正する…この人はウザい人だ。
「おい…大丈夫か?」
「ん~何が大丈夫ですってぇ~?私はいつでも元気100倍アン○ンマンですよぉ!」
あぁウザい…。彼女のハイテンションっぷりについてはいけないがそれでもなんとか食らいつく。
「お前、酒一気飲みしただろう?体調は大丈夫なのかって聞いているんだ。まぁ大丈夫ではなさそうだが…。」
俺は最後の部分だけ小声にして彼女に言う。彼女はそんな俺の質問に朗らかに笑って答える。
「えぇ!!大丈夫ですよ!!それにしてもあれってお酒だったんですねぇ!!初めて飲みましたが美味しいですね!!」
「そ…そうか…。それなら良いんだ。」
「そんなことより!!肉じゃが食べましょうよ!!冷めちゃいますよ!!」
「あぁ…わかった。」
…心配かけさせたのはどこのどいつだ…この言葉を飲み込んで台所にあるご飯を持ってくる。
ご飯を並べると彼女はそわそわしながら心から感動したような表情になる。
「ふわぁぁ!こんな美味しそうな食事久しぶり!」
「大袈裟だな…。ただの肉じゃがと米だろう…。」
「ただのじゃないですよ!見ただけでもあなたが妥協せず美味しく作りたいって気持ちが伝わります!!」
「そうか…ありがとう。」
彼女の言葉に思わず頬が熱くなってしまう。
「それでは食べましょうか!!」
「あぁそうだな。」
俺達は手を合わせる。
「「いただきます。」」
俺達がそう言うと彼女は真っ先に肉じゃがに手をつけ、口に運んだ。彼女が咀嚼し終えると手を頬につけ緩ませる。
「うぅ~ん!!おいひぃぃぃぃ。お汁がじゃがいもにしみしみでホックホク…食べごたえある~!…これはお肉かな?」
次に豚バラ肉を食べると目を輝かせる。
「このお肉も脂の甘みとお醤油?のしょっぱさが良い感じに相性が良くて美味しいぃ。しかも柔らかくて口の中で溶けちゃいそう!」
あまりにべた褒めな感想に俺も内心で喜んでしまう。やっぱり人に美味しいって言われるのは何よりも嬉しく感じる。
見事な食レポに驚き、美味しそうに食べる彼女に見惚れていた俺は全く食べていなかったことに気づき急いで食べる。
「…ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした!!」
俺達が食べ終えると彼女は腹がいっぱいになったのか静かになる。俺も少し休んでいると彼女が真剣な顔になり土下座した。
「今日はすみませんでした…。」
「…!?」
さっきとは打って変わって真面目な態度と急な土下座に戸惑ってしまう。酔っていたわけではないのか…?
「あのままだったらこのアパートが焼けて大惨事になっていたことでしょう。あなたは私やアパートを救っただけではなく、私にこんなご馳走を食べさせてくださいました。この御恩は忘れません…一生をかけこの恩を返します…。」
重い…。彼女が表面上ではなく心の底から言っているのが何となくわかってしまう。
「いや…とりあえず顔を上げろ…。俺は大丈夫だから…。」
女性に土下座させ続ける趣味はないし、顔を上げるよう頼む。しかし彼女はあげようとしない。
「いえ…今回は私が無知で愚かだったせいで起きたのです。大家さんもそうですが何よりあなたにはご迷惑をおかけしました。この恩義には報いなければ私の気が済みません。どうぞ何でもおっしゃってください…。覚悟はできています。」
覚悟って…まさか最初からそのつもりで部屋に入ったのか…。だが、流石にそんなことするわけにはいかない…。しかし何か言わないと彼女の気が済まないだろう…。どうするべきか…。
俺が悩んでいるとふと食べ終わった後の皿が見えた。そうだ…これだ…!
「それなら1つだけお願いがある。」
俺の言葉に彼女がビクンッ!と身体を震わせる。
「時々でも良い。今日みたいに俺の料理を食べてくれないか?」
「え…?」
意外だったのか水国さんがぽかんとした表情になる。
「…俺も正直、お前と一緒にご飯を食べて楽しかったんだ…。だから…あ~そのまたお前と食べたい…というか…。」
俺も自分の言葉に恥ずかしくなり顔が赤くなってしまいそうになる。
「い…良いんですか…?」
彼女が戸惑った表情で聞いてくる。
「あぁ…。」
俺がそう答えると彼女が涙を流し、嗚咽しながら謝罪する。
「…す…すみません…すみ…ません…すみません…」
俺は彼女を落ち着かせるため泣いている彼女の肩をポンと叩く。
「別に謝らなくても良い。そういう時は「ありがとう」って言えば良いんだ。」
彼女は俺の言葉に顔を上げ、首をひねりながら言う。
「あ…ありがとう…?ありがとう…ありがとう…。」
最後には再び嗚咽しながら言っていた。元気つけるつもりでいったんだがな。
「…そういえば俺の名前は言ってなかったな。俺の名前は高橋重信…よろしくな。」
俺は自己紹介して彼女に手を差し出す。彼女は俺の手をまじまじと見つめると自分の手をだして握手した。
「水国…玲奈です…。こちらこそよろしくお願いします。」
これで俺達が出会った話は終了である。この後、俺達は互いにLIBONのIDを交換しあい俺が「連絡してくれればいつでもご飯を作る」という旨を伝え、彼女は自分の部屋に戻った。最初は彼女も連絡くれることは少なく、部屋の前で会った時に俺から誘って一緒に食べていた。それが 三週間位経つと彼女から連絡するようになり共に酒を飲み、そして今は彼女が酒を持ってきて俺が料理を作り一緒に食べる生活を送っている。しかし、俺は何故、彼女とご飯を食べたいと思ったのだろうか…彼女の笑顔を見たときのあの何とも言えない気持ちはなんなのか…今の俺にはわからなかった。
「おい!大丈夫か!?」
俺が座りこむ彼女に駆け寄る。
「・・・・・・……」
駄目だ…。意識はあるようだがすっかり怯えきっている…。レンジの中を見ると中の火が周りの物に燃え移った。
「っ!?ヤバい!クソッ!いきなりで悪いけど我慢しろよ!」
「・・・・・・っ!?」
俺は彼女を避難させるため抱え込む。彼女は驚いたのか見開いた目で俺を見ていたが無視する。脚が痛むが我慢して彼女を外に運び、非常用として備え付けられている消火器を持って部屋の中に突撃して急いで消火した。レンジの火は消え、燃えているところはない…その代わり玄関が消火器の粉でとんでもないことになっているが…。
「ハァハァ…。何とか終わった…。」
俺は息を切らし座り込む。こんな疲れるなんて…俺の体力も落ちたもんだ…。
息を整えると外に座らせたまんまにしていた彼女のもとへ向かう。
「おい…大丈夫か?」
「……………はい。」
「え?なんて言った?」
彼女の声はか細くよく聞こえなかった。
「まぁ良い。立てるか?」
俺が手を差し出すと彼女は俺をまじまじと見る。
「どうした?立てないのか?」
彼女は俺の言葉に対し首を振って答えると自力で立つ。
「良かった…。大丈夫そうだな。」
俺がそう言うと彼女はボソっと口を開く。
「…ごめんなさい。」
「…?あぁ!ごめんなさいか。謝罪なんていいよ。それで…身体は大丈夫か?」
「…大丈夫。怪我はない。…あなたは?」
俺が少し慣れたのか彼女の声がだいぶ聞き取れるようになった。
「俺は大丈夫だよ。とりあえず無事そうで良かった。」
「…うん・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
会話が終わってしまい言葉がでない静寂が訪れ気まずい空気が流れる…。俺がこの重苦しい空気に押しつぶされそうになると階段の方向から声が聞こえた。
「あなたたち大丈夫!?」
この空気を打ち破ったのは眼鏡をかけた60代くらいの女性ーーうちの大家さんである。
大家さんがこちらに来て喋る。
「孫との食事会の帰りに近所の田中さんから「お宅のアパートから煙が出ている」ってLIBONが来て急いで帰ってきたのよ!」
そうこの人はご高齢ながらスマホやパソコンといった電子機器を自由自在に操ることができる。最近の趣味はアパートに遊びに来た孫とス○ブラしたり動画を編集してサイトにアップすることが楽しみだとか…。
「それで火事は!?怪我はない!?」
「火は消しましたので大丈夫です。俺に怪我はありません。」
「そう…って玲奈ちゃん!?あなたは大丈夫なの!?」
今更気づいたのか…。大家さんは水国さんの肩をつかんでゆっさゆっさと前後にふる。あまりの勢いに水国さんの顔が青白くなる。
「落ち着いてください。水国さんが辛そうな顔してます…。」
俺が大家さんを止めると彼女も落ち着いたのか振るのをやめた。
「あ…いやだわ。ごめんなさいね…。」
水国さんを見ると酔ったのかグッタリしていた。彼女は目を回しながらも口を開く。
「……だ…大丈夫です~。」
どうみても大丈夫じゃない。頭の上にひよこが見えそうだ。
大家さんが彼女を解放すると真剣な顔になって聞いてくる。
「それで何が原因なの?」
どう答えたものか…。しかしなにが爆発して、なんで爆発したのかについて俺にも厳密なことはわからないので正直に話そう。
「すみません…俺にも詳しいことはわかりませんが…」
俺は爆発音を聞いて火を消火するまでの経緯を大家さんに話した。
「そう…つまりあなたは火事になった原因はわからないと…。」
「お役に立てなくてすみません。」
大家さんに謝ると彼女は両手を振った。
「いいのよいいのよ!あなたが住んでいるわけではないしね…。玲奈ちゃん…いいかしら?」
大家さんが水国さんの方を向く。水国さんは何とか復活したようだ。大家さんが彼女を見ると再び真剣な顔で問う。
「…玲奈ちゃん、それで何があったのかしら…?」
「……………っ!うぅ…」
大家さんが聞くと水国さんが涙を流し小声でとぎれとぎれになりながら爆発した経緯を話してくれた。どうやら親に半ば強制で一人暮らしをさせられたようで大体の家事はできるものの料理に関しては全くできないらしい。それでも最初の一年間はコンビニ弁当や惣菜で乗り切っていたそうだが、お金が少しピンチになって節約のために今日から自炊を始めたそうだ。それで最初は簡単なものにしようとレンジで作れるレシピを見つけ作ろうとしたところ金属ボウルに材料を入れてチンしたら突然爆発し驚きのあまり腰が抜け、その直後に俺が来たのだそうだ。
「…そう。」
大家さんも目頭を押さえ黙った。その様子を見た水国さんは真っ青な顔をして涙を流しながら土下座する。
「……ごめんなさい。修理代は頑張って払います。本当に…本当にごめんなさい…ごめんなさい…」
床を涙で濡らしながら謝る水国さんに大家さんも気の毒に思ったのか、背中をなでどうにか励ます。
「大丈夫よぉ!さっき少しだけ部屋の中見たけど壁が燃えているわけじゃなかったし多分粉を掃除すれば問題ないわ。それよりあなたが無事で本当に良かった。」
大家さんの言葉に驚いたのか水国さんは顔を上げ大家さんの顔を見る。大家さんはそんな彼女を抱きしめ、背中をさすると落ち着いたのか彼女の顔色が良くなってきた。
水国さんが落ち着いたのを確認した後、大家さんは立ち上がり声を上げた。
「よし!それじゃあこれから玲奈ちゃんの部屋をお掃除するわよぉ!!」
「え?俺もですか?」
「当然じゃない!こんなうら若くか弱い乙女達に力仕事させようってのぉ?」
「いや…か弱いはともかくうら若i…いやすみません何でもありません。喜んで手伝わせていただきます。」
大家さんの殺意のようなものを込めた目で睨まれた俺は即行で降参した。
俺が情けないところを見せると水国さんが口を開く。
「…でもあなたをこれ以上巻き込むのは。」
彼女が力のない声で話す。全く…そんな風な声で言われたら見捨てられないだろ。
「大丈夫だ。乗りかかった船だし最後まで手伝うよ。」
「…ごめんなさい。」
俺達は彼女の部屋に入るとそれぞれで掃除し始めた。
◇
掃除機をかけたり雑巾がけしたり燃えたものをゴミ袋にいれたり…時間をかけ何とか掃除を終える。奇跡的なことに壁には燃え移ってはおらず、周りにあるふきん等に燃え移っただけで被害が大きくなる前に消火できたためレンジの処理や焦げたものをまとめ処分するくらいですんだ。
大家さんは掃除を終えた後、レンジで金属製品や茹で卵等をチンしてはいけないこと、作る前はきちんと調べておくことなどみっちり説教して自分の部屋に戻って行った。もう夜の10時過ぎでもう寝る時間らしい。健康的で何よりである。残された俺達は掃除の疲れでグッタリしていた。
「あ~ようやく終わった…。」
「…ごめんなさい。今日は本当にすみません…。」
彼女がぺこんと頭を下げる。
「あぁ…大丈夫だ。部屋もそこまで燃えていたわけではないし良かったよ…。」
俺がそう言うとプツンと会話が途切れ気まずい沈黙が訪れる。何とかしたいがこの重たい空気に立つことも会話を切り出すことも難しい…。しかしこの状況でも時間が経てば人間腹が空くものである。そういえば彼女もご飯を作ろうとした結果、レンジを爆発させたらしいが何か食べるものはあるのだろうか。そう思った俺は彼女に聞く。
「なぁ…。いいか?」
「…なんですか?」
「俺、流石に腹が減ったからご飯食べるつもりなんだが…あ~その…お前も腹が空いてないか…?」
「…大丈夫です。」
彼女が一言だけ言うと、再び黙る。自分でも薄情だとは思うが本人がそう言っていることだし部屋に戻ろうと立つと彼女の方から「く~きゅるる~」と何やら可愛らしい音が聞こえた。思わず音がした方を見ると彼女が顔を真っ赤にしていた。…そんな音を聞いたら放っておけなくなるだろうが…。
「…食べるものないんだろう?肉じゃが作ってあるからお前もどうだ…?流石にそんな腹を空かせたやつを無視したくはない…。」
俺がそう言うと彼女は頭を押さえ何やら考え込む。少しの間、そうしていると彼女も決心したのか顔を上げこちらを見た。
「…それなら…お言葉に甘えて。」
「わかった。」
俺は肉じゃがが入った鍋を持ってくるために自分の部屋へ戻り、鍋を持って振り向くと、俺の部屋の玄関になんと彼女がいた。
「うおっ!…いつの間に…っていうかなんで入っているんだ!?」
「…なんでって。あなたが食べようって言ってくれたんでしょう?」
彼女はコテンと可愛らしく首をかしげながらそう言う。だが…流石に俺の部屋で食べるのは不味いだろ…。
「いや、俺はお裾分けするつもりだっただけで…何も一緒に食べようなんて言ってないんだが…」
俺がそう言うと彼女はまた憂鬱な表情になり顔色がひどく沈んでいく。
「…そうですよね。こんな私がいても迷惑なだけですよね…。」
彼女のあまりに落ち込んだ表情に何も言えなくなる…。正直、少し面倒くさい人だと思ったが、彼女からは人にかまってもらいたいだとかそんな感じではなく心の底から自分はこの世に必要ないと本気で思っているようなそんな感じがする。コーハイ風にいうなら「ただの勘」だが…。さすがにそんな暗い表情をした人に出ていけとは言えない…。
「あーわかった。部屋に上がれ。米もちゃんとあるからな。」
「…いいの?本当にごめんなさい…。」
「いいから…。靴脱いで入れ…。」
俺は彼女を中に入れテーブルまで案内し座らせた後、グラスを持って台所まで行き、水をくんでテーブルへ戻る。
流石に女性相手に水一杯ってのは不味いか…でも何もないしなぁ。
「今は水しかないんだ。すまないな。」
「いいえ…本当にすみません…。」
水が入ったグラスをテーブルに置くと俺はすっかり冷めた米や肉じゃがを温めて直すためテーブルにある器を持って台所へ行きレンジやコンロで温め直す。
温めて直していると何か心の中で何か忘れているような嫌な感覚に襲われる。まぁ女性を部屋に招いてる時点で俺の心の中は割とソワソワと落ち着かない状態ではあるのだが…。
「さて…これでいいか…。」
ご飯や肉じゃがを温め直し、彼女の分をよそうと肉じゃがが入った器をおぼんに乗せて運ぶ。昔、一応買っておいたのだが、まさか今日初めて使うとは思わなかった。
「おい…できたぞ…っ!?」
俺がテーブルを見るとそこには空になったグラスと顔を赤くして仰向けで倒れている水国さんがいた。
「おいっ!?大丈夫か!?」
おぼんをテーブルに置き、急いで彼女に近づくと彼女の周りから何やら酒の匂いがした。
「しまった!!酒置きっぱなしだった!!」
さっきから感じていた嫌な予感の正体にこれだったのか…。おそらく彼女は水と間違えて一気飲みしたのだろう…。俺もさっきまでの出来事ですっかり忘れていた。
俺はとにかく全く動かない彼女に危機感を覚え、救急車を呼ぼうとスマホを取り出した瞬間…
「ヒュウーーーーー!!」
「へぶっ!?」
意味不明な叫び声と共に伸びた彼女の拳が俺の顎にヒットした。その衝撃に俺は後ろに倒れ込む。
「あっれ~何をしてるんですかぁ?ウヒヒ~!」
最初の物静かなイメージとは真逆の陽気で声が透き通る明るい女性になっていた。そのあまりのギャップに俺が絶句していると彼女は我関せずに話し続ける。
「あ!美味しそうな肉じゃがじゃないですか!迷惑かけたばかりか、こんなご馳走を食べさせてくれるなんて本当にすみませんね。あぁ~肉じゃがの匂いがたまりませんねぇ。こんなの見たらわかる!美味いやつやん!!ですよ!!」
俺は彼女が面倒くさそうな人だと思ったが訂正する…この人はウザい人だ。
「おい…大丈夫か?」
「ん~何が大丈夫ですってぇ~?私はいつでも元気100倍アン○ンマンですよぉ!」
あぁウザい…。彼女のハイテンションっぷりについてはいけないがそれでもなんとか食らいつく。
「お前、酒一気飲みしただろう?体調は大丈夫なのかって聞いているんだ。まぁ大丈夫ではなさそうだが…。」
俺は最後の部分だけ小声にして彼女に言う。彼女はそんな俺の質問に朗らかに笑って答える。
「えぇ!!大丈夫ですよ!!それにしてもあれってお酒だったんですねぇ!!初めて飲みましたが美味しいですね!!」
「そ…そうか…。それなら良いんだ。」
「そんなことより!!肉じゃが食べましょうよ!!冷めちゃいますよ!!」
「あぁ…わかった。」
…心配かけさせたのはどこのどいつだ…この言葉を飲み込んで台所にあるご飯を持ってくる。
ご飯を並べると彼女はそわそわしながら心から感動したような表情になる。
「ふわぁぁ!こんな美味しそうな食事久しぶり!」
「大袈裟だな…。ただの肉じゃがと米だろう…。」
「ただのじゃないですよ!見ただけでもあなたが妥協せず美味しく作りたいって気持ちが伝わります!!」
「そうか…ありがとう。」
彼女の言葉に思わず頬が熱くなってしまう。
「それでは食べましょうか!!」
「あぁそうだな。」
俺達は手を合わせる。
「「いただきます。」」
俺達がそう言うと彼女は真っ先に肉じゃがに手をつけ、口に運んだ。彼女が咀嚼し終えると手を頬につけ緩ませる。
「うぅ~ん!!おいひぃぃぃぃ。お汁がじゃがいもにしみしみでホックホク…食べごたえある~!…これはお肉かな?」
次に豚バラ肉を食べると目を輝かせる。
「このお肉も脂の甘みとお醤油?のしょっぱさが良い感じに相性が良くて美味しいぃ。しかも柔らかくて口の中で溶けちゃいそう!」
あまりにべた褒めな感想に俺も内心で喜んでしまう。やっぱり人に美味しいって言われるのは何よりも嬉しく感じる。
見事な食レポに驚き、美味しそうに食べる彼女に見惚れていた俺は全く食べていなかったことに気づき急いで食べる。
「…ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした!!」
俺達が食べ終えると彼女は腹がいっぱいになったのか静かになる。俺も少し休んでいると彼女が真剣な顔になり土下座した。
「今日はすみませんでした…。」
「…!?」
さっきとは打って変わって真面目な態度と急な土下座に戸惑ってしまう。酔っていたわけではないのか…?
「あのままだったらこのアパートが焼けて大惨事になっていたことでしょう。あなたは私やアパートを救っただけではなく、私にこんなご馳走を食べさせてくださいました。この御恩は忘れません…一生をかけこの恩を返します…。」
重い…。彼女が表面上ではなく心の底から言っているのが何となくわかってしまう。
「いや…とりあえず顔を上げろ…。俺は大丈夫だから…。」
女性に土下座させ続ける趣味はないし、顔を上げるよう頼む。しかし彼女はあげようとしない。
「いえ…今回は私が無知で愚かだったせいで起きたのです。大家さんもそうですが何よりあなたにはご迷惑をおかけしました。この恩義には報いなければ私の気が済みません。どうぞ何でもおっしゃってください…。覚悟はできています。」
覚悟って…まさか最初からそのつもりで部屋に入ったのか…。だが、流石にそんなことするわけにはいかない…。しかし何か言わないと彼女の気が済まないだろう…。どうするべきか…。
俺が悩んでいるとふと食べ終わった後の皿が見えた。そうだ…これだ…!
「それなら1つだけお願いがある。」
俺の言葉に彼女がビクンッ!と身体を震わせる。
「時々でも良い。今日みたいに俺の料理を食べてくれないか?」
「え…?」
意外だったのか水国さんがぽかんとした表情になる。
「…俺も正直、お前と一緒にご飯を食べて楽しかったんだ…。だから…あ~そのまたお前と食べたい…というか…。」
俺も自分の言葉に恥ずかしくなり顔が赤くなってしまいそうになる。
「い…良いんですか…?」
彼女が戸惑った表情で聞いてくる。
「あぁ…。」
俺がそう答えると彼女が涙を流し、嗚咽しながら謝罪する。
「…す…すみません…すみ…ません…すみません…」
俺は彼女を落ち着かせるため泣いている彼女の肩をポンと叩く。
「別に謝らなくても良い。そういう時は「ありがとう」って言えば良いんだ。」
彼女は俺の言葉に顔を上げ、首をひねりながら言う。
「あ…ありがとう…?ありがとう…ありがとう…。」
最後には再び嗚咽しながら言っていた。元気つけるつもりでいったんだがな。
「…そういえば俺の名前は言ってなかったな。俺の名前は高橋重信…よろしくな。」
俺は自己紹介して彼女に手を差し出す。彼女は俺の手をまじまじと見つめると自分の手をだして握手した。
「水国…玲奈です…。こちらこそよろしくお願いします。」
これで俺達が出会った話は終了である。この後、俺達は互いにLIBONのIDを交換しあい俺が「連絡してくれればいつでもご飯を作る」という旨を伝え、彼女は自分の部屋に戻った。最初は彼女も連絡くれることは少なく、部屋の前で会った時に俺から誘って一緒に食べていた。それが 三週間位経つと彼女から連絡するようになり共に酒を飲み、そして今は彼女が酒を持ってきて俺が料理を作り一緒に食べる生活を送っている。しかし、俺は何故、彼女とご飯を食べたいと思ったのだろうか…彼女の笑顔を見たときのあの何とも言えない気持ちはなんなのか…今の俺にはわからなかった。
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