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【 花の章 】―弐―

247 二年ぶり、三度目の江戸へ

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 九月二十四日。
 長い道のりを歩いて、ようやく三度目となる江戸へ到着した。今回も、近藤さんの道場でお世話になる予定だ。

 近藤さんの家に着くと、さっそく近藤さんの奥さんであるおつねさんが出迎えてくれた。
 すると、隊士たちでごった返す玄関に続く廊下の先から、タッタッタッと足音を立ててやって来る女の子が一人。そのままおつねさんのお尻にしがみついたかと思えばひょこり顔だけを出し、挨拶やら旅装束を解いたりと何かと騒がしいこちらの様子を伺っている。
 ……この感じ、一番最初に会った時に似ていて懐かしく思っていれば、目が合った。

「は、はる……おにいちゃん?」
「っ!」

 前回江戸へ来た時からおよそ二年。数えで四才だったおたまちゃんももう六才だから、現代で言えば幼稚園児くらいかな?
 そりゃあ、見た目同様言葉だって成長していて当然だけれど……は、発音が! じゃなくなってる!?

「はるおにいちゃん……?」

 期待と不安の混じった顔でこちらを見上げるその姿……可愛すぎるっ! おたまちゃんホントに大きくなった!
 少しとはいえ小さな頃も知っているだけに、その成長を実際にこの目で見られるのは嬉しい。

「久しぶり、おたまちゃん。私のこと覚えててくれたんだね、嬉しい!」

 目線の高さを合わせるようにしゃがみこめば、私目がけて飛び込んでくるおたまちゃんを受け止める。隣に立つ土方さんが、おたまちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。

「たま、しばらく見ねぇうちに大きくなったな。俺の事も覚えてるか?」
「うん! としぞーおじさん!」

 あら? こっちも“としぞーおにしゃん”じゃなくなってる!
 というか、無言で私を睨むのはやめてください、としぞー
 思わず笑ってしまいそうになれば、私の腕の中にいるおたまちゃんが呟いた。

「としぞーおじさん、おかお、こわい……」
「んあ? あぁ、悪い。たまじゃないぞ、こいつがな――」

 そう言いながら私の頭を叩くから、おたまちゃんは私を庇うように前へでて両手を広げた。

「としぞーおじさん! はるおにいちゃんをいじめちゃだめ!」
「お、おじ……おい、お前のせいだぞっ!」

 おたまちゃんの頭を超えて再び私を睨むも、小さくも逞しい背中が目一杯庇ってくれる。

「としぞーおじさん!」

 あ……撃沈した。
 そんなことより、泣く子も黙る新選組鬼の副長をも恐れぬその勇ましさ。おたまちゃん、確実に近藤さんお父さんの血を引いてるね!



 到着から数日が経つと、土方さんの義理のお兄さんである佐藤彦五郎さんがわざわざ多摩から会いに来てくれた。
 普段から手紙でもやり取りをしているとはいえ、およそ二年ぶりの再会ともなれば話題には事欠かず、時間も忘れて盛り上がる。気がつけば、声が途切れることのない部屋にはいつの間にか西日が差し込み、開け放たれた障子の向こうから届く虫の音は、否が応でも秋の深まりを感じさせた。
 不意に、ひんやりとした風が頬を撫でていけば、誰からともなくつられて庭先へと視線が移り、さっきまでの賑やかさが嘘のように静寂がおりる。
 土方さんが、外を見たまま沖田さんの名前を口にした。

「……総司が。総司の奴が労咳になっちまった」
「それはまことか!?」
「……あぁ」

 思わず、といった様子で身を乗り出した彦五郎さんが、無言のままゆっくりと元の位置へ戻る。さっきまでとは違い、今は一切の冗談はないのだとここにいる誰もが感じたのだろう。
 そして、差し込む西日の眩しさに土方さん以外が視線を落とせば、彦五郎さんは畳を見やったまま、……そうか、とだけ呟いた。

 前回江戸へ来た時も、山南さんの事を伝えたのは土方さんだった。そして今回は、沖田さんの病気の事……。
 副長だからな、なんて軽く言われてしまいそうだけれど……その横顔はいつだってしっかり前を向こうとしていて、強い人だなと思う。

 今頃沖田さんの部屋にも、ここと同じように西日は差しているのかな……。
 京へ残してきてしまったけれど、ちゃんとご飯は食べているだろうか。身体を冷やすような事はしていないだろうか。無理はしていないだろうか……。
 長い、長い沈黙の中、そんな事を考えたりした。





 いつものように、今回もおたまちゃんにつきっきりで遊び倒す……なんてことにはならなかった。
 仕事なら仕方がないと理解を示す姿は、本当に成長したのだと驚く反面少しだけ寂しくもあるけれど、小さな手が一生懸命背中を押してくれるから、土方さんや井上さんに同行してそれなりに隊務もこなしていった。
 そんな中、暦も十月になり数日が経過したこの日は、土方さんと井上さんとともに馬で多摩を訪れた。

 先日、彦五郎さんには近藤さんの道場で会ったけれど、奥さんであり土方さんのお姉さんでもあるおのぶさんに会うのは久しぶりだった。夜になると、私たちがやって来た事を聞きつけた富澤さんや為次郎さん、それに捨助さんら懐かしい顔も集まった。

 中でも今年数えで十八才になったという源之助くんは、この二年で随分と大人っぽくなっていた。
 源之助くんは彦五郎さんとおのぶさんの息子で、操銃に長けているからと前回土方さんが新選組へ勧誘するも、おのぶさんに猛反対されたんだっけ。
 鬼の副長も、実のお姉さんには頭が上がらない……そんなあの時の姿を思い出してしまえば隣からデコピンが飛んできた。

「イッタ! 何するんですかっ!」
「顔がにやけてんだよ」

 確かにちょっとにやけていたとは思うけれど、その内容までバレているとか、毎度毎度本当に納得がいかない!
 


 翌日。
 馬に乗せてやる! と土方さんが源之助くんを連れ出した。近所の街道を走るというので、井上さんと一緒に私も見送りに来た。というか強制的に来させられた。

 源之助くんには井上さんの乗ってきた馬を貸し、不安そうな顔ながらも慎重に跨るとしばし簡単なレクチャーが始まる。それが終わると土方さんも馬上の人となり、二人はくつわを並べて少しゆっくりめに街道を歩いて行った。
 二つの影が遠く離れると、井上さんが懐から取り出した包みを開けて微笑んだ。

「待ってるだけは暇だと思ってな。一緒に食べようか」
「お饅頭!? しかもたくさん。ありがとうございます!」

 お言葉に甘えてさっそく一つ頬張った。しかも複数個持ってきてくれていたので、勧められるたびに私の口へと消えていく。
 井上さん、私を太らせる気……いや、甘やかし過ぎじゃないだろうか。
 そんな事を思いながらも綺麗に平らげた頃、ちょうど土方さんと源之助くんが戻ってきた。少しは慣れたのか、源之助くんの顔には笑顔も浮かんでいる。

「せっかくだからもう一往復してくる」
「いってらっしゃ――」
「暇だろ? お前も行くぞ」

 暇なのは強制的に連れてこられたせい……と思うも、お饅頭をたくさん食べてしまったので少しは身体を動かさないとまずい。
 目の前に差し出された手を取ると、あっという間に私も馬上の人となった。といっても、私は一人で乗れないので土方さんの後ろに乗せて貰う形だ。

 井上さんに見送られ二頭の馬がゆっくり歩きだすも、しばらくしたところで少しスピードが上がった。
 途端に源之助くんの顔に緊張が走るけれど、それでもしっかりついてきている。

「おお。源は筋がいいな。やるじゃないか」

 源之助くんが苦笑交じりに照れ笑いを返すと、ちょうど折り返し地点に到達したのか土方さんが馬を反転させた。同じように源之助くんも反転したところで、土方さんが声高に言う。

「これで帰るぞ!」

 そういうなり、馬を完全に走らせた。……っていうか速いっ!

「ひ、土方サンッ!? 速過ぎ――」
「喋ってると舌嚙むぞ。振り落とされねぇよう、しっかり捕まっとけ」

 言われなくてもそうするし! てか、なんでそんなに楽し気なのか!?
 もうこれでもかというほど必死にしがみついていれば、あっという間にスタート地点に戻って来た。そんな私たちに向って、井上さんが驚いたように言う。

「二回目は随分早い戻りだったな。って、二人とも大丈夫か?」
「……ふぇ?」

 振り返れば、源之助くんは冷や汗を流しながら顔面蒼白、まさに必死という言葉がぴったりな姿だった。おそらく、見るからに死にかけな表情は私も同じだけれど……。
 それでも、源之助くんは振り落とされることなくちゃんとついて来たのだから、本当に凄いと思う。

 そ・れ・な・の・に!
 土方さんはそんな私たちを見てにこにこと笑っているのだった。
 ……鬼かっ!
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