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【 花の章 】―弐―
242 土方さんの小姓
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八月の上旬。
引っ越して随分屯所も広くなったけれど、御陵衛士として抜けたり脱走だったり……隊士の数もまた随分と減ってしまった。
来月には江戸へも募集に行くけれど、その前に京坂で募集をかけ採用した中に、市村という兄弟がいるらしい。
兄の辰之助さんは数えで二十二才、まずは見習い隊士となるも弟の鉄之助くんはまだ十四才。さすがにちょっと幼すぎるので、土方さんの小姓となったらしい。
数えで十四才なんて、実年齢はおそらく十三才くらいだろうし、きっと中学生になりたてとかだもんね……。
昨夜は広間で新入隊士らが挨拶をしたみたいだけれど、私は斎藤さんからの文を貰いに行っていたのでまだ会えていない。
ちなみに、伊東さんはまた九州へ遊説へ行くらしい。
そして、伊東さんや弟の三木さん、斎藤さんや藤堂さんらの連名で、いまだ朝敵となっている長州の処分は藩主父子の官位復旧など寛大にすべき、という建白書を朝廷と幕府へ提出したらしい。
もしまた戦となれば、その混乱を治めるために異国を頼ることになり、日本が属国となってしまうからと。
この処分を寛大にすべきという長州寛典論は、少し前に薩摩、土佐、越前、宇和島の四藩が建白書を出していて、その時近藤さんはこれを批判、長州は征伐すべきと長州厳罰論に基づく建白書を出した。
つまり、近藤さんと伊東さんの考えは正反対ということになる。
新選組と御陵衛士は裏でこっそり繋がっているし、薩長へ歩み寄るためとも考えられるけれど……今までの伊東さんの言動を知る限り、長州寛典論はきっと伊東さんの本心だ。
だからこそ、どちらも譲れずぶつかる日が来てしまったら?
いつか、お互い信じられなくなる日が来てしまったら……?
お互いに間者を放っていたことを思い出し、不安に駆られ始めた時だった。部屋の外からやや緊張した声が聞こえた。
「て、鉄之助です。お茶をお持ちしました」
「おう。入っていいぞ」
文机に向かう土方さんが返事をすれば、襖が開いて一人の小柄な少年が入ってくる。鉄之助と名乗っていたし、おそらく土方さんの小姓となった市村鉄之助くんだろう。
けれど、ゆっくりと正面へ向けられたその顔を見て、心臓が飛び出るほど驚いた。
「お……お兄ちゃん!?」
「何だと!?」
土方さんまで驚いた声を上げれば、鉄之助くんが少し困惑した様子で口を開く。
「俺……あっ、私に弟はいませんが……」
「あ、ご、ごめんなさい」
凄く似ている気がしたけれど、よく見れば確かに幼すぎる。その幼い顔立ちといい背格好といい、聞いている年齢よりもさらに幼くみえるほど。
けれど、幼いながらも鉄之助くんの表情には、この時代を生き抜いてきたことを証明するような凛々しさがある。
のほほんと平和な時代を生きる兄のそれとは少し違う。
世の中には自分と似た人が三人はいるというし、百五十年以上の年月も加味すれば、一人くらいは知人に似た人がいてもおかしくはないのかも?
そんなことを考えている間、土方さんが私たちを見比べていた。
「お前の兄貴……なのか? 言われてみりゃ、確かに似ていると思うが……。だが、どう見てもお前より年下だぞ……」
「あっ、はい。他人の空似でした」
「あ? まぁそりゃそうか。ったく、驚かすんじゃねぇ」
「すみません……」
そうは言っても私だって驚いた。
他人とはいえよく似ているなぁとまじまじ見つめていれば、鉄之助くんが居心地悪そうに訊いてくる。
「あの……入ってもいいですか?」
「え、あ、ごめんね。どうぞどうぞ」
「失礼します」
文机の側まできた鉄之助くんは、お盆に乗っていた二つの湯呑を文机の端に置くと、居住まいを正して私に向き直る。
「琴月先生……ですよね? 土方副長の小姓を務めることになった市村鉄之助です。よろしくお願いします」
「あ、はい。琴月春です。こちらこそよろしくお願いします」
見た目の幼さに似合わない丁寧な挨拶に、私も慌てて頭を下げた。
おまけに、用意したお茶の一つは私の分だというし……何てよくできた小姓だろう!
さっそくお茶を頂けば、すでに啜っている土方さんが横目でにやりと見てきた。
「お前とは大違いだな」
「なっ……」
そういえば、私もここへ来てすぐは一応小姓という体だったっけ?
うん……確かに大違いかも。そういえば、あれからもう四年……。
思いがけず懐かしさに浸りかけると、勢いよく襖が開いた。直後、襖の方を見向きもしない土方さんのため息が大きく響く。
「総司。勝手に入って来るんじゃねぇ」
「嫌だな~。ちゃんと声かけましたよ~? 心の中でですけど」
「あのなぁ……」
呆れ返る土方さんを無視して、沖田さんは若干呆気に取られている鉄之助くんの前に歩み出た。
「鉄之助くんでしたよね? 土方さん付きの小姓だなんて、運がないですね~」
「……いえ、俺は別に……」
「強がらなくていいですよ~。鬼の副長だなんて言われるような人ですからね。怖いですよね、恐ろしいですよね~」
「おい、誰が鬼だ、誰が」
「鏡持ってきましょ、か……ゴホゴホッ……」
突然咳き込みだし、土方さんの表情もそれまでと一転、心配顔になる。
私も咄嗟に背中をさすれば、少しして落ちついた沖田さんがみんなの顔を見回した。
「ちょっと咳き込んだだけなのに、揃ってそんな顔しないでくださいよ~」
「……今日は非番だろ? 大人しく部屋で休んでろ」
「仕方ないですね~」
珍しく土方さんの言うことを素直に聞いた沖田さんが、満面の笑みを浮かべながら片方の掌を土方さんに向けて出した。
「……何だ?」
「甘味屋へ行ってからにしようかな~と思うんです」
「はぁ? 団子代ぐらい自分で出しやがれ」
「ケチ~」
わざとらしく拗ねる沖田さんが、そうだ、と手を打ち鳴らした。
「春くんと鉄之助くんも一緒に連れて行きますね~」
「私もお供していいんですか?」
「え、いや……俺は……」
突然巻き込まれて慌てる鉄之助くんを横目に、土方さんは懐に手を入れつつ反論する。
「鉄之助はまだ給金だってもらってねぇんだぞ。本来なら言い出しっぺのお前が出してやるべきだろうが」
「ここは副長の顔を立ててあげようと思ったんですよ~」
「……ったく、今日だけだからな」
ほら、と土方さんが懐から取り出した財布を沖田さんに預けたことで、私と鉄之助くんも一緒に甘味屋へ行くことになった。
けれども鉄之助くんは、もの凄く困惑していて、行ってこい、と土方さん直々の許可が下りても不安顔だった。
目当ての店へつくと三人並んで縁台に腰かけて、それでも浮かない顔の鉄之助くんに、沖田さんが無理やりお団子を握らせた。
「土方さんが行ってこいと言ったんだから、気にする必要はないですよ~?」
「でも俺は、あっ、すみません……。私もせっかくここで働かせてもらえることになったのに、機嫌を損ねて追い出されたりしたら困るんです。兄にも迷惑をかけてしまいます」
「追い出したりなんかしませんよ。どっちかというと切腹させちゃいますし~。ねぇ春くん?」
「お、沖田さん!? 何てこと言うんですか! 鉄之助くんも真に受けなくていいからね!?」
「冗談ですよ~」
沖田さんはお団子を頬張り笑っているけれど、鉄之助くんの耳には届いていないのか俯きながらぽつりと呟いた。
「切腹……。それは、兄弟だと連帯責任ですか?」
「へ? ううん、そんなことないよ。そもそも沖田さんが強引に連れ出しただけで土方さんも許可してるし、本当に心配する必要なんてないよ?」
「そうですか……よかった……」
ほっとしたように脱力する鉄之助くんの姿に、思わず沖田さんの方を見れば目が合った。
どうやら沖田さんも私と同じことを感じたらしく、鉄之助くんに問いかけた。
「鉄之助くんは、お兄さんの迷惑にならないようにしてるんですか?」
「……はい。両親が死んでから、兄は俺の面倒みてくれて……だから……」
お兄さんの辰之助さんは二十二才だと言っていたし、きっと親代わりとして頑張ってきたのだろう。そして鉄之助くんも、そんなお兄さんを間近で見てきたからこそ、迷惑をかけたくないと思っているのかもしれない。
なるほど~、と沖田さんも理解を示すも突然咳き込んだ。さっきよりも激しい咳き込み方に慌てて背中をさすれば、鉄之助くんも心配そうな顔でお茶を手に取った。
しばらくしてようやく落ちつくと、鉄之助くんが持っていたお茶を差し出した。
「沖田先生は、何か持病でもあるんですか?」
「いいえ~。少し風邪を拗らせたのと夏負けが抜けきらないだけですよ」
「夏負け? もう八月なのに……」
「まぁ今は、団子が変なとこに入っただけですけどね」
「そう、ですか。わかりました」
言葉とは裏腹に、鉄之助くんの顔は納得しているように見えないけれど、それ以上は何も言わなかった。
小さな沈黙がおりた私たちの間を、少し湿った冷たい風が吹き抜けた。
空を見上げれば、いつの間にか薄い青から鼠色に塗り替えられている。
「沖田さん。雲行きも怪しくなってきましたし、残りはお土産にして今日はもう帰りませんか?」
「え~。まぁ、春くんがそこまで言うなら仕方ないですね~。じゃあいっぱい買って帰りましょうか」
私が動くより先に、鉄之助くんが気を利かせてお土産を準備してくれて、それを持って帰路へつく。
正直、病状を知らない鉄之助くんの手前、沖田さんが素直に頷いてくれるとは思わなかった。
それと、人前ではあんなにも我慢していた咳も、単に堪えることはやめたのか難しくなったのか、近頃は酷く咳き込むことが増えた気がする……。
三人で土方さんの部屋へ行けば、鉄之助くんは自身の分のお団子まで土方さんに渡し、お茶を入れに行くと言って部屋を出て行った。
そんな後ろ姿を見送りながら、可哀想に……と沖田さんが泣き真似をした。
「自分の分を土方さんにあげるだなんて……よっぽど怖いんですね~」
「おいっ。あいつはお前らと違って気が利くんだよ」
……ん? 私までひとくくりにされた?
「んなことより、お前はさっさと部屋戻って寝とけ」
「え~。せっかくの非番なのに、寝て過ごすなんてもったいないじゃないですか~」
「あのなぁ。来月には江戸へ行くんだぞ。休める時に休んでしっかり整えとけ」
「仕方ないですね~。じゃあお団子と、鉄之助くんが用意してくれるお茶を飲んだら部屋へ戻りますよ~」
「鉄之助はお前の小姓じゃねぇからな」
土方さんがそう釘を刺すも、気が利く鉄之助くんは土方さんと沖田さん、そして私の分のお茶を用意して戻ってくるのだった。
引っ越して随分屯所も広くなったけれど、御陵衛士として抜けたり脱走だったり……隊士の数もまた随分と減ってしまった。
来月には江戸へも募集に行くけれど、その前に京坂で募集をかけ採用した中に、市村という兄弟がいるらしい。
兄の辰之助さんは数えで二十二才、まずは見習い隊士となるも弟の鉄之助くんはまだ十四才。さすがにちょっと幼すぎるので、土方さんの小姓となったらしい。
数えで十四才なんて、実年齢はおそらく十三才くらいだろうし、きっと中学生になりたてとかだもんね……。
昨夜は広間で新入隊士らが挨拶をしたみたいだけれど、私は斎藤さんからの文を貰いに行っていたのでまだ会えていない。
ちなみに、伊東さんはまた九州へ遊説へ行くらしい。
そして、伊東さんや弟の三木さん、斎藤さんや藤堂さんらの連名で、いまだ朝敵となっている長州の処分は藩主父子の官位復旧など寛大にすべき、という建白書を朝廷と幕府へ提出したらしい。
もしまた戦となれば、その混乱を治めるために異国を頼ることになり、日本が属国となってしまうからと。
この処分を寛大にすべきという長州寛典論は、少し前に薩摩、土佐、越前、宇和島の四藩が建白書を出していて、その時近藤さんはこれを批判、長州は征伐すべきと長州厳罰論に基づく建白書を出した。
つまり、近藤さんと伊東さんの考えは正反対ということになる。
新選組と御陵衛士は裏でこっそり繋がっているし、薩長へ歩み寄るためとも考えられるけれど……今までの伊東さんの言動を知る限り、長州寛典論はきっと伊東さんの本心だ。
だからこそ、どちらも譲れずぶつかる日が来てしまったら?
いつか、お互い信じられなくなる日が来てしまったら……?
お互いに間者を放っていたことを思い出し、不安に駆られ始めた時だった。部屋の外からやや緊張した声が聞こえた。
「て、鉄之助です。お茶をお持ちしました」
「おう。入っていいぞ」
文机に向かう土方さんが返事をすれば、襖が開いて一人の小柄な少年が入ってくる。鉄之助と名乗っていたし、おそらく土方さんの小姓となった市村鉄之助くんだろう。
けれど、ゆっくりと正面へ向けられたその顔を見て、心臓が飛び出るほど驚いた。
「お……お兄ちゃん!?」
「何だと!?」
土方さんまで驚いた声を上げれば、鉄之助くんが少し困惑した様子で口を開く。
「俺……あっ、私に弟はいませんが……」
「あ、ご、ごめんなさい」
凄く似ている気がしたけれど、よく見れば確かに幼すぎる。その幼い顔立ちといい背格好といい、聞いている年齢よりもさらに幼くみえるほど。
けれど、幼いながらも鉄之助くんの表情には、この時代を生き抜いてきたことを証明するような凛々しさがある。
のほほんと平和な時代を生きる兄のそれとは少し違う。
世の中には自分と似た人が三人はいるというし、百五十年以上の年月も加味すれば、一人くらいは知人に似た人がいてもおかしくはないのかも?
そんなことを考えている間、土方さんが私たちを見比べていた。
「お前の兄貴……なのか? 言われてみりゃ、確かに似ていると思うが……。だが、どう見てもお前より年下だぞ……」
「あっ、はい。他人の空似でした」
「あ? まぁそりゃそうか。ったく、驚かすんじゃねぇ」
「すみません……」
そうは言っても私だって驚いた。
他人とはいえよく似ているなぁとまじまじ見つめていれば、鉄之助くんが居心地悪そうに訊いてくる。
「あの……入ってもいいですか?」
「え、あ、ごめんね。どうぞどうぞ」
「失礼します」
文机の側まできた鉄之助くんは、お盆に乗っていた二つの湯呑を文机の端に置くと、居住まいを正して私に向き直る。
「琴月先生……ですよね? 土方副長の小姓を務めることになった市村鉄之助です。よろしくお願いします」
「あ、はい。琴月春です。こちらこそよろしくお願いします」
見た目の幼さに似合わない丁寧な挨拶に、私も慌てて頭を下げた。
おまけに、用意したお茶の一つは私の分だというし……何てよくできた小姓だろう!
さっそくお茶を頂けば、すでに啜っている土方さんが横目でにやりと見てきた。
「お前とは大違いだな」
「なっ……」
そういえば、私もここへ来てすぐは一応小姓という体だったっけ?
うん……確かに大違いかも。そういえば、あれからもう四年……。
思いがけず懐かしさに浸りかけると、勢いよく襖が開いた。直後、襖の方を見向きもしない土方さんのため息が大きく響く。
「総司。勝手に入って来るんじゃねぇ」
「嫌だな~。ちゃんと声かけましたよ~? 心の中でですけど」
「あのなぁ……」
呆れ返る土方さんを無視して、沖田さんは若干呆気に取られている鉄之助くんの前に歩み出た。
「鉄之助くんでしたよね? 土方さん付きの小姓だなんて、運がないですね~」
「……いえ、俺は別に……」
「強がらなくていいですよ~。鬼の副長だなんて言われるような人ですからね。怖いですよね、恐ろしいですよね~」
「おい、誰が鬼だ、誰が」
「鏡持ってきましょ、か……ゴホゴホッ……」
突然咳き込みだし、土方さんの表情もそれまでと一転、心配顔になる。
私も咄嗟に背中をさすれば、少しして落ちついた沖田さんがみんなの顔を見回した。
「ちょっと咳き込んだだけなのに、揃ってそんな顔しないでくださいよ~」
「……今日は非番だろ? 大人しく部屋で休んでろ」
「仕方ないですね~」
珍しく土方さんの言うことを素直に聞いた沖田さんが、満面の笑みを浮かべながら片方の掌を土方さんに向けて出した。
「……何だ?」
「甘味屋へ行ってからにしようかな~と思うんです」
「はぁ? 団子代ぐらい自分で出しやがれ」
「ケチ~」
わざとらしく拗ねる沖田さんが、そうだ、と手を打ち鳴らした。
「春くんと鉄之助くんも一緒に連れて行きますね~」
「私もお供していいんですか?」
「え、いや……俺は……」
突然巻き込まれて慌てる鉄之助くんを横目に、土方さんは懐に手を入れつつ反論する。
「鉄之助はまだ給金だってもらってねぇんだぞ。本来なら言い出しっぺのお前が出してやるべきだろうが」
「ここは副長の顔を立ててあげようと思ったんですよ~」
「……ったく、今日だけだからな」
ほら、と土方さんが懐から取り出した財布を沖田さんに預けたことで、私と鉄之助くんも一緒に甘味屋へ行くことになった。
けれども鉄之助くんは、もの凄く困惑していて、行ってこい、と土方さん直々の許可が下りても不安顔だった。
目当ての店へつくと三人並んで縁台に腰かけて、それでも浮かない顔の鉄之助くんに、沖田さんが無理やりお団子を握らせた。
「土方さんが行ってこいと言ったんだから、気にする必要はないですよ~?」
「でも俺は、あっ、すみません……。私もせっかくここで働かせてもらえることになったのに、機嫌を損ねて追い出されたりしたら困るんです。兄にも迷惑をかけてしまいます」
「追い出したりなんかしませんよ。どっちかというと切腹させちゃいますし~。ねぇ春くん?」
「お、沖田さん!? 何てこと言うんですか! 鉄之助くんも真に受けなくていいからね!?」
「冗談ですよ~」
沖田さんはお団子を頬張り笑っているけれど、鉄之助くんの耳には届いていないのか俯きながらぽつりと呟いた。
「切腹……。それは、兄弟だと連帯責任ですか?」
「へ? ううん、そんなことないよ。そもそも沖田さんが強引に連れ出しただけで土方さんも許可してるし、本当に心配する必要なんてないよ?」
「そうですか……よかった……」
ほっとしたように脱力する鉄之助くんの姿に、思わず沖田さんの方を見れば目が合った。
どうやら沖田さんも私と同じことを感じたらしく、鉄之助くんに問いかけた。
「鉄之助くんは、お兄さんの迷惑にならないようにしてるんですか?」
「……はい。両親が死んでから、兄は俺の面倒みてくれて……だから……」
お兄さんの辰之助さんは二十二才だと言っていたし、きっと親代わりとして頑張ってきたのだろう。そして鉄之助くんも、そんなお兄さんを間近で見てきたからこそ、迷惑をかけたくないと思っているのかもしれない。
なるほど~、と沖田さんも理解を示すも突然咳き込んだ。さっきよりも激しい咳き込み方に慌てて背中をさすれば、鉄之助くんも心配そうな顔でお茶を手に取った。
しばらくしてようやく落ちつくと、鉄之助くんが持っていたお茶を差し出した。
「沖田先生は、何か持病でもあるんですか?」
「いいえ~。少し風邪を拗らせたのと夏負けが抜けきらないだけですよ」
「夏負け? もう八月なのに……」
「まぁ今は、団子が変なとこに入っただけですけどね」
「そう、ですか。わかりました」
言葉とは裏腹に、鉄之助くんの顔は納得しているように見えないけれど、それ以上は何も言わなかった。
小さな沈黙がおりた私たちの間を、少し湿った冷たい風が吹き抜けた。
空を見上げれば、いつの間にか薄い青から鼠色に塗り替えられている。
「沖田さん。雲行きも怪しくなってきましたし、残りはお土産にして今日はもう帰りませんか?」
「え~。まぁ、春くんがそこまで言うなら仕方ないですね~。じゃあいっぱい買って帰りましょうか」
私が動くより先に、鉄之助くんが気を利かせてお土産を準備してくれて、それを持って帰路へつく。
正直、病状を知らない鉄之助くんの手前、沖田さんが素直に頷いてくれるとは思わなかった。
それと、人前ではあんなにも我慢していた咳も、単に堪えることはやめたのか難しくなったのか、近頃は酷く咳き込むことが増えた気がする……。
三人で土方さんの部屋へ行けば、鉄之助くんは自身の分のお団子まで土方さんに渡し、お茶を入れに行くと言って部屋を出て行った。
そんな後ろ姿を見送りながら、可哀想に……と沖田さんが泣き真似をした。
「自分の分を土方さんにあげるだなんて……よっぽど怖いんですね~」
「おいっ。あいつはお前らと違って気が利くんだよ」
……ん? 私までひとくくりにされた?
「んなことより、お前はさっさと部屋戻って寝とけ」
「え~。せっかくの非番なのに、寝て過ごすなんてもったいないじゃないですか~」
「あのなぁ。来月には江戸へ行くんだぞ。休める時に休んでしっかり整えとけ」
「仕方ないですね~。じゃあお団子と、鉄之助くんが用意してくれるお茶を飲んだら部屋へ戻りますよ~」
「鉄之助はお前の小姓じゃねぇからな」
土方さんがそう釘を刺すも、気が利く鉄之助くんは土方さんと沖田さん、そして私の分のお茶を用意して戻ってくるのだった。
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