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【 花の章 】―弐―
238 西九条村へ屯所移転
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土方さんと祇園御霊会の後祭へ行った翌日。
昨日から続くいい天気は朝から随分と夏らしい陽気で、梅雨明けを感じさせるほどだった。
そんな中、守護職屋敷で自刃した茨木さんら四人の葬儀が早朝から執り行われた。
とても盛大なもので、今回も光縁寺に埋葬されたのだった。
葬儀を無事に終えると、午後からは当初の予定通り引っ越しとなった。
壬生からここ、西本願寺に越してきたのが元治二年の三月。あれから二年とちょっと、集会所や太鼓楼を屯所として使わせてもらったわけだけれど……。
新しい屯所を用意してもらえたのはとてもありがたいと思う反面、それほどまでにここから出て行って欲しかったのかなぁと思うと、ちょっと複雑な気分で申し訳ないとも思う……。
荷物を大八車に積み終えると、出発を暇そうに待っていた沖田さんと一緒に少し屯所内を見て回ることにした。
みんなでご飯を食べた広間や隊士たちが使っていた部屋……最初に来た時同様、ほとんど物もなくなってがらんとしているのに、二年分の思い出が詰まっているせいか、何だか急に寂しさに襲われた。
「もう、ここへ来ることもなさそうですね……」
「新しい屯所まで建てたったのに、何しに来たんや! って怒られそうですしね~」
急に飛び出した沖田さんの京都弁に思わず吹き出すも、長い外廊下に出た瞬間、足が止まった。
「煤払いの時でしたっけ? この廊下、みんなで雑巾がけしましたよね」
「そんなこともありましたね~」
懐かしい……。
あの時はまだ、斎藤さんも藤堂さんもいたっけ。藤堂さんには今でもたまに会うけれど、斎藤さんは元気にしているのかな?
何だか余計に寂しくなって俯きかければ、不意に、沖田さんが私の顔を覗き込んできた。
「そんな顔しなくても、新しい屯所でもまたたくさん思い出を作ればいいんじゃないですか?」
「……そうですね」
「何にします? まずは土方さんの句集を奪還して、広間にでも飾ってみますか~?」
「なっ、やめてください!」
そんなことをした日には、新しい屯所での最初の思い出が土方さんの雷になってしまう!
冗談ですよ~、と笑いながら沖田さんが私の頭を撫でた。
「楽しいことばかり、とはいきませんが、春くんは笑顔が似合うと思うんで、僕がたくさん笑わせてあげます」
「あ、ありがとうございます」
「でも、怒った顔や泣いた顔も好きなんで、覚悟しといてくださいね?」
「えっ……」
見上げたその顔は満面の笑みを浮かべていて、果たして本気か冗談か……。
けれど、沖田さんなりの励ましだとわかるから、私も負けじと笑ってみせた。
「ふふ、上等です!」
私の返事に沖田さんまで吹き出せば、つられてしばらく笑い合う。
けれども突然、沖田さんが咳き込んだ。
「お、沖田さん! 大丈夫ですか!?」
「……う、ん……」
かろうじて頷くも、手拭いを取り出し口元を押さえた。それでもまだ止まりそうにない。
揺れる背中をさすることしかできずにいれば、ちょうど荷物を運び出す永倉さんが通った。
「総司、平気か?」
「……ケホッ。……ええ。……ほら、もう収まりましたよ~」
さすがというべきかただの偶然か、嘘みたいに落ちついた。
けれど、永倉さんは心配そうな顔をしたままだ。
「夏負けって言ってたが……ちょっと長引き過ぎじゃないか? 一度しっかり医者に――」
「大丈夫ですよ~。ほら、今年はやけに暑いじゃないですか~?」
そう話す沖田さんが、続きは内緒話でもするかのように、荷物を抱えた永倉さんの耳元へ顔を近づけた。
「新八さんみたいに心配してくれる人がいるおかげで、この夏は炎天下での巡察も少なくてすみそうですしね~」
「何だそりゃ。まさか仮病か?」
「え~、仮病だなんて酷いなぁ」
「冗談だよ。まぁ、あんまり長引くようならちゃんと医者へ行けよ?」
そんな冗談を言って笑い合いながら、永倉さんは残り僅かだという引っ越し作業へ戻っていった。
永倉さんの姿が見えなくなると、沖田さんに訊いてみる。
「まだ、みんなには黙ってるんですか?」
沖田さんが労咳だと知っているのは、私と土方さんと良順先生だけ。
調子が良くない時は隊務をお休みするけれど、風邪からの夏負け、今はまだそれで通している。
「いずれ……どうせいずれ動けなくなれば、嫌でも知れ渡るんです。だったら、今言う必要なんてないじゃないですか」
見上げた沖田さんの顔は、屋根の向こうに見える夏色の空を背景に、一つの曇りもない笑顔を浮かべているのだった。
西本願寺を出て南へ行くと、西九条村にある新しい屯所についた。
ちゃんと表門もあるし、敷地は高い塀で囲まれてもいる。屋敷そのものも凄く広くて立派で、まるで大名屋敷みたいだ、とみんな喜んでいる。
さっそく、私の部屋へ案内してくれるという土方さんについて、長い廊下をきょろきょろしながら歩いた。その広さに、しばらくはどこに何があるか迷いそうだと思っていれば、土方さんがおかしそうに言う。
「一度に三十人くらい入れる風呂もあるぞ」
「三十人って……それ、もう銭湯じゃないですか」
まぁ、私のお風呂は基本的にいつも最後に一人なので、一緒に入るわけじゃないけれど。
土方さんや井上さん、永倉さんに原田さんに山崎さんといった私が女であることを知っていて、かつ、手の空いている人に見張りをお願いして入っている。
そういえば、近藤さんにもバレてしまったし、今後は近藤さんも見張り役に加わるのかと訊いてみたら怒鳴られた。
「局長にそんな真似させられるかっ!」
「で、ですよねっ!」
デコピンが飛んできそうで身構えるも、荷物で手が塞がっているのは私だけじゃなくて安堵した。
そして、ここだ、と言って足を止めた土方さんが障子を開けて入った部屋に、私も続けて入るも驚いた。
「ここ、本当に私が使っていいんですか?」
「ああ。お前の部屋だからな」
西本願寺の部屋もそこそこ広かったけれど、まぁ、あそこは二人で使っていたからこそだった。
今回はそれ以上に広いのに一人――
……ん? あれ? 一人?
ここでも副長助勤などの役付きは、一人部屋があてがわれると聞いている。
前回と違って、私も一応は副長助勤という立場にいるわけだけれど……。
「土方さん」
「何だ?」
しばらく部屋を見回していて気づかなかったけれど、私の呼びかけに顔だけを振り向かせるその姿は、手にしていた荷物を早々に解き始めている。
「……いえ、何でもないです。……今日からまたよろしくお願いします」
まぁね、どうせそうだろうと薄々感じてはいたし!
だから特別ショックを受けたりもしない! 全然しないから!
無駄な抵抗は諦めて私も荷解きを始めれば、一番上から風鈴が出てきた。
さっそく縁側へ出て軒先に吊るそうと思うも、悲しいかな手が届かない。何とかならないかと背伸びをしてみれば、後ろから伸びてきた手にひょいっと奪われた。
「貸してみろ」
「あ、ありがとうございます」
あっという間につけてくれると、ちりん、とさっそく涼しげな音色を奏でた。
「そういえば、風鈴が一つでいいって、こういうことだったんですね……」
「こういうこと?」
「今回も同じ部屋だから、たくさん飾る必要はないって。……え? そういうことですよね?」
なぜか無言のまま見つめられているのだけれど。
まさか……違う? もしかして今回こそ念願の一人部屋!?
期待と諦めと、自分でもわからないごちゃまぜの感情で見つめ返していれば、土方さんが盛大に吹き出した。
「相変わらず、ころころと表情が変わって面白い奴だな」
「なっ!」
「悪いな。お前の予想通り、今回も俺と相部屋だ」
「し、知ってましたしっ!」
咄嗟にぷいと顔を逸らせば、さらに笑う土方さんの手が私の頭上にぽんと乗っかった。
「とっとと片づけて蕎麦でも食い行くか」
「っ!」
朝からまともに食事をとる時間もなかったことを思い出し、つい正面に向き直ってしまえばニヤリとする顔と目が合った。
「改めてよろしくな」
「……よ、よろしくお願いしますっ!」
夏の音色が響く新たな部屋を、二人分の荷物で整えていくのだった。
昨日から続くいい天気は朝から随分と夏らしい陽気で、梅雨明けを感じさせるほどだった。
そんな中、守護職屋敷で自刃した茨木さんら四人の葬儀が早朝から執り行われた。
とても盛大なもので、今回も光縁寺に埋葬されたのだった。
葬儀を無事に終えると、午後からは当初の予定通り引っ越しとなった。
壬生からここ、西本願寺に越してきたのが元治二年の三月。あれから二年とちょっと、集会所や太鼓楼を屯所として使わせてもらったわけだけれど……。
新しい屯所を用意してもらえたのはとてもありがたいと思う反面、それほどまでにここから出て行って欲しかったのかなぁと思うと、ちょっと複雑な気分で申し訳ないとも思う……。
荷物を大八車に積み終えると、出発を暇そうに待っていた沖田さんと一緒に少し屯所内を見て回ることにした。
みんなでご飯を食べた広間や隊士たちが使っていた部屋……最初に来た時同様、ほとんど物もなくなってがらんとしているのに、二年分の思い出が詰まっているせいか、何だか急に寂しさに襲われた。
「もう、ここへ来ることもなさそうですね……」
「新しい屯所まで建てたったのに、何しに来たんや! って怒られそうですしね~」
急に飛び出した沖田さんの京都弁に思わず吹き出すも、長い外廊下に出た瞬間、足が止まった。
「煤払いの時でしたっけ? この廊下、みんなで雑巾がけしましたよね」
「そんなこともありましたね~」
懐かしい……。
あの時はまだ、斎藤さんも藤堂さんもいたっけ。藤堂さんには今でもたまに会うけれど、斎藤さんは元気にしているのかな?
何だか余計に寂しくなって俯きかければ、不意に、沖田さんが私の顔を覗き込んできた。
「そんな顔しなくても、新しい屯所でもまたたくさん思い出を作ればいいんじゃないですか?」
「……そうですね」
「何にします? まずは土方さんの句集を奪還して、広間にでも飾ってみますか~?」
「なっ、やめてください!」
そんなことをした日には、新しい屯所での最初の思い出が土方さんの雷になってしまう!
冗談ですよ~、と笑いながら沖田さんが私の頭を撫でた。
「楽しいことばかり、とはいきませんが、春くんは笑顔が似合うと思うんで、僕がたくさん笑わせてあげます」
「あ、ありがとうございます」
「でも、怒った顔や泣いた顔も好きなんで、覚悟しといてくださいね?」
「えっ……」
見上げたその顔は満面の笑みを浮かべていて、果たして本気か冗談か……。
けれど、沖田さんなりの励ましだとわかるから、私も負けじと笑ってみせた。
「ふふ、上等です!」
私の返事に沖田さんまで吹き出せば、つられてしばらく笑い合う。
けれども突然、沖田さんが咳き込んだ。
「お、沖田さん! 大丈夫ですか!?」
「……う、ん……」
かろうじて頷くも、手拭いを取り出し口元を押さえた。それでもまだ止まりそうにない。
揺れる背中をさすることしかできずにいれば、ちょうど荷物を運び出す永倉さんが通った。
「総司、平気か?」
「……ケホッ。……ええ。……ほら、もう収まりましたよ~」
さすがというべきかただの偶然か、嘘みたいに落ちついた。
けれど、永倉さんは心配そうな顔をしたままだ。
「夏負けって言ってたが……ちょっと長引き過ぎじゃないか? 一度しっかり医者に――」
「大丈夫ですよ~。ほら、今年はやけに暑いじゃないですか~?」
そう話す沖田さんが、続きは内緒話でもするかのように、荷物を抱えた永倉さんの耳元へ顔を近づけた。
「新八さんみたいに心配してくれる人がいるおかげで、この夏は炎天下での巡察も少なくてすみそうですしね~」
「何だそりゃ。まさか仮病か?」
「え~、仮病だなんて酷いなぁ」
「冗談だよ。まぁ、あんまり長引くようならちゃんと医者へ行けよ?」
そんな冗談を言って笑い合いながら、永倉さんは残り僅かだという引っ越し作業へ戻っていった。
永倉さんの姿が見えなくなると、沖田さんに訊いてみる。
「まだ、みんなには黙ってるんですか?」
沖田さんが労咳だと知っているのは、私と土方さんと良順先生だけ。
調子が良くない時は隊務をお休みするけれど、風邪からの夏負け、今はまだそれで通している。
「いずれ……どうせいずれ動けなくなれば、嫌でも知れ渡るんです。だったら、今言う必要なんてないじゃないですか」
見上げた沖田さんの顔は、屋根の向こうに見える夏色の空を背景に、一つの曇りもない笑顔を浮かべているのだった。
西本願寺を出て南へ行くと、西九条村にある新しい屯所についた。
ちゃんと表門もあるし、敷地は高い塀で囲まれてもいる。屋敷そのものも凄く広くて立派で、まるで大名屋敷みたいだ、とみんな喜んでいる。
さっそく、私の部屋へ案内してくれるという土方さんについて、長い廊下をきょろきょろしながら歩いた。その広さに、しばらくはどこに何があるか迷いそうだと思っていれば、土方さんがおかしそうに言う。
「一度に三十人くらい入れる風呂もあるぞ」
「三十人って……それ、もう銭湯じゃないですか」
まぁ、私のお風呂は基本的にいつも最後に一人なので、一緒に入るわけじゃないけれど。
土方さんや井上さん、永倉さんに原田さんに山崎さんといった私が女であることを知っていて、かつ、手の空いている人に見張りをお願いして入っている。
そういえば、近藤さんにもバレてしまったし、今後は近藤さんも見張り役に加わるのかと訊いてみたら怒鳴られた。
「局長にそんな真似させられるかっ!」
「で、ですよねっ!」
デコピンが飛んできそうで身構えるも、荷物で手が塞がっているのは私だけじゃなくて安堵した。
そして、ここだ、と言って足を止めた土方さんが障子を開けて入った部屋に、私も続けて入るも驚いた。
「ここ、本当に私が使っていいんですか?」
「ああ。お前の部屋だからな」
西本願寺の部屋もそこそこ広かったけれど、まぁ、あそこは二人で使っていたからこそだった。
今回はそれ以上に広いのに一人――
……ん? あれ? 一人?
ここでも副長助勤などの役付きは、一人部屋があてがわれると聞いている。
前回と違って、私も一応は副長助勤という立場にいるわけだけれど……。
「土方さん」
「何だ?」
しばらく部屋を見回していて気づかなかったけれど、私の呼びかけに顔だけを振り向かせるその姿は、手にしていた荷物を早々に解き始めている。
「……いえ、何でもないです。……今日からまたよろしくお願いします」
まぁね、どうせそうだろうと薄々感じてはいたし!
だから特別ショックを受けたりもしない! 全然しないから!
無駄な抵抗は諦めて私も荷解きを始めれば、一番上から風鈴が出てきた。
さっそく縁側へ出て軒先に吊るそうと思うも、悲しいかな手が届かない。何とかならないかと背伸びをしてみれば、後ろから伸びてきた手にひょいっと奪われた。
「貸してみろ」
「あ、ありがとうございます」
あっという間につけてくれると、ちりん、とさっそく涼しげな音色を奏でた。
「そういえば、風鈴が一つでいいって、こういうことだったんですね……」
「こういうこと?」
「今回も同じ部屋だから、たくさん飾る必要はないって。……え? そういうことですよね?」
なぜか無言のまま見つめられているのだけれど。
まさか……違う? もしかして今回こそ念願の一人部屋!?
期待と諦めと、自分でもわからないごちゃまぜの感情で見つめ返していれば、土方さんが盛大に吹き出した。
「相変わらず、ころころと表情が変わって面白い奴だな」
「なっ!」
「悪いな。お前の予想通り、今回も俺と相部屋だ」
「し、知ってましたしっ!」
咄嗟にぷいと顔を逸らせば、さらに笑う土方さんの手が私の頭上にぽんと乗っかった。
「とっとと片づけて蕎麦でも食い行くか」
「っ!」
朝からまともに食事をとる時間もなかったことを思い出し、つい正面に向き直ってしまえばニヤリとする顔と目が合った。
「改めてよろしくな」
「……よ、よろしくお願いしますっ!」
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