落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―弐―

230 山南さんの約束

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 三月十六日。
 新選組ここを出ていく日が四日後の二十日に決まり、近藤さんと土方さんが、御陵衛士ごりょうえじとなる人たちを集い酒宴を開いた。
 いわゆる送別会みたいなものだと思う。
 伊東さんをはじめ藤堂さんや斎藤さんも参加していて、私も送り出される側として呼ばれた。

 土方さんに衛士へ行くと告げてから二日が経つけれど、まともに会話もしていない。
 うっかり声なんてかけてしまったら、“本当は新選組ここにいたい”と言ってしまうかもしれないから。



 上座から一番離れた場所に座る藤堂さんと斎藤さんの間に入れてもらったけれど、盛り上がる周りに比べると、ここだけお通夜みたいに静かだった。
 だから……ほんの少しお酒の力を借りて、沈黙を破るように訊いてみた。

「お二人は、どうして御陵衛士へ行くことにしたんですか……?」

 最初に答えたのは藤堂さんだった。

「伊東さんを誘ったのはオレだしね。その伊東さんに誘われたら、行かないわけにはいかないでしょ」
「責任を感じて……ですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。元々オレの考え方が伊東さんに近いのは知ってるでしょ」

 新選組が佐幕寄りになっていくことを、良く思っていなかったのは知っている。
 けれど、それを理由に嫌気がさすことも、みんなを嫌いになったなんてことも聞いたことがない。そんな仲間思いの藤堂さんにとって、今回の衛士行きは複雑な思いの中で決めたことなのだろう。

 再びの沈黙がおりる前に、斎藤さんの空になった杯を満たしながら同じように答えを求めた。

「何だ、伊東さんに妬いているのか?」
「違いますっ!」
「安心しろ。心はお前の――」
「さ、斎藤さん!?」

 いつものようにからかう斎藤さんが、今度は逆に訊いてくる。

「お前の方こそ、一体どんな心境の変化だ?」
「うん。オレも春が一緒に行くって聞いた時は嬉しかったけど、正直意外だった」

 私だって、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
 今すぐにでも本音を吐露してしまいたい……けれど、二人に変な心配をかけるわけにはいかないから、何とか笑顔を作ってみせた。

「伊東さんの考えに賛同したからです」
「……ほう」
「……そっか」

 決して嘘ではないし、“話せばきっとわかる”という伊東さんの平和的な考え方に、好感が持てるのも事実だから。
 それに、もう決めてしまったことだからどうしようもない。無理やりにでも納得するしかない。

 どことなく疑いの眼差しを向けられている気がして、この話題を打ち切るようにお酒をグイっと飲み干した。
 ……ここ数日の睡眠不足が祟ったのか、私の記憶はそこで途絶え、藤堂さんと斎藤さんに担がれ早々に屯所へ帰ったらしい。
 ただ、翌朝目が覚めても、土方さんの雷が落ちることはなかった。





 迎えた出発前夜。
 結局、ここまで土方さんとほとんど会話をしなかった。

 先延ばしにしていた荷物整理も、今夜ばかりはやらないわけにもいかず、箪笥を開けてゆっくり作業を始めてみる。
 持ち物が少ないせいであっという間にまとめ終えれば、残ったのは女性物の着物や簪だった。

 軽く手に取ってみれば、初めてこれを着た日のことを思い出す。
 お座敷遊びで負けた罰ゲームとして、これを着て土方さんと一緒に歩いたっけ。あとになって、わざわざ私のために買ってくれた物だということも知ったっけ。
 誕生日くらいしか着なかったけれど、こんなことならもっと着ておけば良かったかな。
 ……なんて、少しだけ後悔していれば、後ろから土方さんの声がした。

「終わったのか?」
「……はい、終わりました」

 持っていた着物を箪笥に戻し、そのまま引き出しも閉めた。
 伊東さんのところへ持っていく気にはなれないから、これでいい……。そう思うも、つい小さなため息がこぼれた。

「……まだあんだろう」
「えっと、着物は……」
「違う。俺に言わなきゃならねぇ事があんだろう」

 どこか苛立たし気に話す土方さんは、箪笥の前に座ったままの私の側へ来て片膝をついた。
 ちゃんと伝えなければいけないのはわかっている。
 けれど、顔を見つめて告げる勇気は持てず、視線を落とした。

「えっと、今までお世話になりま――」
「馬鹿。そうじゃねぇだろうが」

 はぁ、と盛大に否定された次の瞬間、視界の端から伸びてきた手に顎を掴まれた。
 強制的に上げられた視界で目が合ったのは、見るからに不機嫌な顔だった。

「伊東に脅されてんだろ?」
「ッ!?」

 どうしてそれを……? 突然のことで頭が真っ白になるも、土方さんは真剣な眼差しで畳みかけてくる。

「この俺に嘘が通じると思うなよ? 大方、秘密をバラすとでも脅されてんだろ。お前の考えてる事なんざお見通しなんだよ」
「違い、ます。そんなんじゃありません」

 思わず肯定してしまいそうになったけれど、真実を打ち明けるわけにはいかない。
 そんなことをしたら、私だけじゃなく土方さんにまで責任が及んでしまう。

「あのな、お前が言わなきゃいけねぇのはたった一言、“助けてくれ”だろうが。何で頼らねぇんだ。意地張ってんじゃねぇよ」
「意地なんて張ってません。御陵衛士へ行くと決めたのは、私の意志です」

 顎を掴む手から逃れハッキリと告げるも、土方さんは私が脅されているのだろうと信じて疑わない。
 何度か同じようなやり取りを繰り返せば、チッと舌打ちをした土方さんが、そういうことか……と呟いた。

「お前が意地になってる原因は俺か。俺の首でもかけられたか」

 やっぱり、その目は何でもお見通しらしい。
 嬉しいと思う反面、認めるわけにはいかないから首を横に振ってみせた、次の瞬間。

「餓鬼かっ! この意地っ張りが!」 

 そう声を荒らげた土方さんは、私の腕を取り無理やり立たせると、問答無用で部屋の外へと引きずり出す。

「離してください! どこ行くんですか?」
「近藤さんの所だ。全部打ち明ける。そうすりゃ、お前が衛士へ行く理由はなくなんだろ」
「それだけはダメですっ! そんなことしたら――」

 ……と、口を滑らせてしまったことに気がつくも、時すでに遅し。
 俺の読みは当たりだと言わんばかりに、土方さんがニヤリとする。

「こんなことでお前まで死なせたりしねぇから安心しろ」
「までって……」

 やっぱり、私の分まで罪を背負うつもりなの!?
 どの道、近藤さんにバレた時点で新選組にはいられなくなるのだから、誰も傷つかない方法を選ぶべきだと必死に訴え抵抗するも、土方さんはびくともしない。

「悪ぃな。新選組を出ていく事にはなっちまうだろうが、このまま衛士へ行くよりマシだろう? 今後の生活も保障するよう頼んでやるから心配すんな」
「私のことはどうでもいいんですっ! お願いですから、自分から死にに行くようなことしないでくだ――」
「うるせぇ。そん時はそん時、俺はそれまでの男だったってだけだ」

 意味わかんない! どうして私なんかのためにそこまでするのか!
 一切の迷いがない土方さんに引きずられ近藤さんの部屋につけば、あろうことか、部屋には最後の挨拶をしに来たという伊東さんまでいた。

「近藤さん、話がある」
「では、私はお暇しましょうか」

 伊東さんが立ち上がろうとするも、土方さんはそれを制するように睨んだ。

「いや。伊東参謀にも同席願う。あんたも無関係じゃねぇみてぇだしな」

 伊東さんは一瞬表情を硬くするも、すぐに状況を理解したのか嘆くような吐息をついて居住まいを正した。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私が御陵衛士へ行くと決めた時点で、全て丸く収まったはずなのに……。

 近藤さんの前に歩み出た土方さんは、私を無理やり座らせ自身も隣に腰を下ろした。そして、私の頭を押さえつけるように無理やり下げさせなが、一緒になって深く深く頭を下げるから、揃って土下座をしている格好になった。
 そんな私たちに、近藤さんの若干慌てた声が降ってくる。

「突然どうした?」
「悪い、近藤さん。今まで隠していた事がある。実はな……」

 そこで一度言葉を切った土方さんは、一呼吸おいてからゆっくりと続きを口にした。

「こいつは……琴月は、女なんだ」
「何事かと思えば……その事なら知っているぞ? ようやく話す気になってくれたみたいで、俺は嬉しいが」

 待って……。
 知っている? ようやく? 嬉しい?

 穏やかな声音といい、近藤さんのその反応は予想外過ぎて、全然理解が追いつかない。
 後頭部に乗っかった手が緩むのを感じて恐る恐る顔を上げれば、大きな笑窪を作った顔と目が合った。同時に、隣で土方さんがまくしたてる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃ近藤さんは、知っていたのに俺たちを放っておいたっていうのか?」
「歳。そこは見守っていたと言って欲しいぞ」

 そう冗談めかすも、ますます意味がわからない。
 混乱する私たちをよそに、伊東さんが慌てることなく近藤さんに迫った。

「今まで隠してきたという事は、新選組を欺いてきたも同然。なぜ、二人を咎めなかったのですか」
「咎めるも何も、長い間男のふりをしてまで新選組に尽くしてきた春の働きぶりを見れば、欺かれたなどとは思わんだろう。故に、罰しようなどと思ったことは一度もない」

 近藤さんはきっぱりと言い切った。
 もしかして、士道不覚悟には当たらないのかもという期待と、いくらなんでも都合よく解釈し過ぎだという不安。
 そして、私が女であることを知りながら、なぜ黙認していたのかという疑問。

 予想外の展開と色々な感情が入り混じる中、伊東さんの表情が明らかに変わるのがわかった。

「よろしいのですか? 琴月君は、それ以上に重要な事をまだ隠しているようですが」
「それは……後の世から来た、という事だろうか?」

 だから何で……。どうしてそこまで知っているの?
 一体誰が、近藤さんに話してしまったの?

 騒ぐ心臓を押さえながら隣を見れば、土方さんと目が合った。驚いたその表情は、同じく理由がわからないといった様子だった。
 そんな中、伊東さんが驚きというより呆れに近い顔で、なおも近藤さんに迫る。

「そこまで知っていながら、なぜ、もっと琴月君の協力を得なかったのですか」

 柔らかな言い方をしているけれど、なぜ未来の知識を利用しなかったのか、と言っているのだろう。

「春の力を借りれば絶大な力を得られるのかもしれん。だが、春自身からそのような話がなかったという事は、そう出来ない、又はしたくない何か理由があるからだと思っているのだが」

 そこまで話した近藤さんは、……なんてな、と一気に表情を崩して私を見た。

「格好つけてはみたが、俺は、山南さんとの約束を守っただけなんだ」
「ッ! 山南、さん……?」
「んむ。実は切腹の前にな……」

 そう切り出す近藤さんは、最後に山南さんと二人で話をした際、私の秘密を聞かされたのだと言った。
 そして、土方さんと私を決して責めないでやって欲しいと頼まれ、ならばと、いつか直接話してくれると信じ、もどかしく思いながらも待つ事にしたのだと。
 けれどもなかなかその日はやって来ず、本音を言えば、少し寂しく思う事もあったのだと。

「春は真っ直ぐ過ぎるからな。長州へ行くと言い出した時は、流石に俺から話して説得しようかと思ったぞ?」
「す、すみません……」

 近藤さんが懐かしむように笑窪を作れば、全部納得がいった様子の土方さんが訊ねた。

「なぁ、近藤さん。女のこいつは新選組ウチを出ていかなきゃなんねぇのか?」
「危険とは遠い場所で平穏に暮らして欲しい。それが本音だ」
「もう一つ。確かにこいつは未来から来た。だが、この時代の事はほとんど知らねぇんだ。俺たちと大して変わらねぇってのに、それでも厄介ごとに巻き込まれちまう事がある」

 なぁ? とわざとらしく伊東さんを見るも、すぐに視線を前へ戻し続きを口にする。

「それでも、こいつが望むならここにいていいのか?」

 土方さんの問いに近藤さんは腕を組むけれど、答えはすでに決まっているのか考え込むことはしなかった。

「悪いが、新選組の隊士に女子おなごを認めるわけにはいかん」

 やっぱり、そうだよね……。
 だからこそ、今の今まで近藤さんには言えなかったのだから。

「打ち明けてくれた春には申し訳ないが……」
「謝らないでください」
「男のふりは続けてもらいたい」
「はい」

 ……え?
 予想外の展開続きで思考回路がまともに機能していない私に向かって、土方さんがニヤリとした。

「局長は今まで通りで良いと言ってるが、それでもお前は、御陵衛士ごりょうえじへ行きたいのか?」
「それは……」
「本当はどうしたいんだ?」

 そんなの、私の答えは最初から一つしかない!

「私はここに、新選組にいたいですっ!」

 心の奥底に押し込めていた本心は、叫ぶように解放したせいで余計なものまで溢れ出た。
 隣からすっと差し出された手拭いを受け取れば、土方さんが伊東さんに視線を移す。

「悪ぃな。どうやら心変わりしたみてぇだ」
「……え、ええ。そのようですね」

 土方さんはふんと鼻を鳴らして深く追求しようとしたけれど、近藤さんが制止した。
 分離の真の目的を知っている私たちの足並みが揃わなければ、今後に支障が出るからと。
 ただ、一連のやり取りから裏で何があったのかおおよそ検討はついたらしく、ここにいる全員に向かって、互いのためにも他言無用と釘をさすのだった。

 正直まだ半信半疑で、伊東さんが部屋を出て行ったあとに改めて訊いてみる。

「本当に、今まで通りここにいてもいいんですか?」
「さっきも言ったが、本音を言えば女子おなごとして幸せに暮らして欲しい。それは山南さんだって同じ想いだ」
「はい」
「だがな、生まれた時代が違うにもかかわらず、ここまで尽くしてくれた春が決めるべきだろう、とも話したんだ」

 未来から来たことを山南さんに話したのは、切腹の直前なのに。そんな状況下でさえ、私のことを考えてくれていただなんて。

 ――何があっても君を守ると誓おう――

 あの日、満開の桜を見る約束同様、反故にされてしまったのだとばかり思っていたけれど、山南さんは約束を違えてなんかいなかった。
 こうして私のことも、居場所も守ってくれた。

「まさか、山南さんに助けられるとはな……」

 そう言って苦笑しながらも、土方さんの顔には安堵が広がっていて、照れ隠しでもするかのようにデコピンが飛んできた。

「いい加減、一人で抱え込もうとすんのはやめろ」
「す、すみません……」

 そんなやり取りを笑顔で見つめる近藤さんが、歳もだぞ、と突っ込んだ。
 ちょっと前までの張り詰めた空気が、遠い過去のように和み、笑いに包まれるのは、全部山南さんのおかげだ。

 涙はもう少しだけ止まりそうにないけれど、これは嬉し涙だから許してもらおう。
 その代わり、“笑っていて”と言われたあの日の約束を守るべく、改めて近藤さんと土方さんに向き直った。
 そして……。

「これからも、よろしくお願いします!」

 今出来る、精一杯の笑顔を浮かべて告げるのだった。
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