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【 花の章 】―弐―
223 謹慎生活
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沙汰が決まるまで謹慎を言い渡され、一足先に斎藤さんと二人で部屋へ戻ってきたけれど……。
近藤さんの怒った顔を思い出せば、今頃になって押し寄せる恐怖についその場に座り込んだ。
「私たち、切腹ですか……?」
「さぁな。俺たちが決めることじゃない」
「それはそうですけど……」
こんな時でさえ、落ちつきを払っていられる斎藤さんがほんの少し羨ましい。
小さくため息をつきながら俯けば、正面に立った斎藤さんが私の頬に触れた。
驚いて顔を上げたせいか、添えられていた手が僅かに肌の上を滑る。首の横で止まった斎藤さんの手は、うなじに掛かる指先含め、頬で感じるそれよりずっと冷たい。
「ひっ……冷た――」
「安心しろ」
「……へ?」
咄嗟に身をよじったつもりが、斎藤さんの手はいまだ肌に張り付いたまま……いったい、これの何を安心しろと言うのだろう。
「土方さんは全体をよく見ている。近藤さんとて、いつまでも根に持つような人ではない」
相変わらず、斎藤さんは言葉足らずだと思う。
それでも、安心させようとしてくれていることはわかるから、ゆっくりと頷いた。
同時に、触れていた手が頬から離れるけれど、目の前で片膝を付いたかと思えば離れたはずの手に強く引かれ、抗う間もなく閉じ込められた。
「さ、斎藤さん!?」
「寒いのだろう?」
だから、寒いと冷たいは別だと何度言えばわかるのか!
いや、絶対にわかっててやっているに違いない。だって斎藤さんだし!
案の定からかっていただけのようで、脱出はあっさりと成功した。そのまま炬燵へ避難すれば、後ろからくくっと喉を鳴らす音がする。
このまま背中に視線だけを感じるのは落ちつかないから、見える範囲……炬燵の斜め隣へと招き入れた。
しばらくすると土方さんも戻ってきたけれど、炬燵で温まる私たちを見るなり若干顔をしかめた。
「お前ら……呑気だな」
そんなつもりはないけれど、人間、極限を超えると開き直るものなのだ、と心の中で開き直った。
「まぁいい。お前らの沙汰が決まった。このままここで三日間の謹慎だ」
「え……それだけですか?」
「切腹が良かったか?」
「いいえっ!」
全力で首を左右に振るも、ふと思い出す。
伊東さんが全部引き受けると言っていたけれど……まさか……?
恐る恐るその名を口にすれば、土方さんがお見通しとばかりに鼻で笑った。
「あの人も三日間の謹慎だ。勿論、新八もな」
本来なら役付きが隊規を犯すなど言語道断、切腹に値するというけれど、宣言通り参謀である伊東さんが全責任を負うと訴えたらしい。
だからといって、伊東さん一人を切腹させるのは決して少なくはない伊東さんを慕う隊士たちが黙っているはずがなく、かといって、平等に全員を失うのは隊にとって大きな損失で、今後の士気にもかかわるという。
結局、どちらを選んでも与える影響が大き過ぎるのだと。
ちなみに、近藤さんが永倉さんにだけ切腹を言い渡したのは、江戸から一緒に来たのに最近はもっぱら伊東さんに懐いていて、それがつい爆発……一種のヤキモチみたいなものだと言って苦笑した。
「あの人はな、一度決着がついたもんを掘り返すような人じゃねぇ」
うん、それには同意するけれど。
単に“切腹”という単語とセットにしたせいで、“ヤキモチ”に少なからずあるはずの可愛さが、欠片も見当たらなかっただけだ。
何はともあれ、このまま全員謹慎処分となった。連日の無断外泊の原因を作ったとして、永倉さんだけは少し長めの六日間らしい。
話を終えた土方さんが、ぽつりと伊東さんの名前を口にした。
「端っからこうなるとわかってたのか? だとしたら、どこまでも食えねぇ奴だな」
そう言って、ふんと鼻で笑うのだった。
土方さんを真ん中に、三人で川の字になって眠った翌日。
謹慎中なので外へ出ることは許されず、当然、巡察からも外されている。仕方がないので、斎藤さんを道連れにして朝から炬燵に引きこもっていた。
暦の上ではもう春だし、新暦に直せばおそらく二月。日中のお日様は少しづつ暖かくなっているけれど、朝晩の冷え込みは相変わらず厳しい。
春の訪れを全身で実感出来るのは、たぶんもうちょっとだけ先だろう。
それなのに、こうして一日中炬燵でぬくぬく出来るなんて……意外と謹慎生活も悪くない?
これで甘味があれば最高だけれど、調達しに行けないので変わりに何か……って、そういえば……。
「お雑煮っ!」
突然大声を出したせいか、隣で文机に向かう土方さんに睨まれた。
今年は関東風を楽しみにしていたのに、新年早々伊東さんの所へ行ってしまい食べ損ねたんだった。
「お前、反省してねぇだろう」
「そんなことないです。めちゃくちゃ反省してます」
「ほう?」
「食べてから行けば良かったなー、なんて?」
……というのは半分冗談なのに、速攻でデコピンが飛んでくれば、黙って見ていた斎藤さんが、笑いを堪えるように小さく肩を震わせるのだった。
謹慎を言い渡されてから四日目となる一月七日。
四六時中一緒にいる斎藤さんが時折からかってくることを除けば、案外悪くなかった謹慎生活だけれど、朝を迎えると同時に終了してしまった。
今日は謹慎明け仲間同士、斎藤さんと夜の巡察へ行くことになっている。
朝から会津藩邸へ行くという土方さんと、自室へ戻るという斎藤さんを炬燵から見送ると、そのまま突っぷす格好で一眠りした。
気がつけばお昼。
広間で昼餉をとって部屋へ戻るも、お腹が満たされたせいか瞼も重くなる。気がつけば、今度はおやつ時だった。
たった数日の謹慎生活で、すっかり怠惰が染み付いてしまった気がする……。
このままではマズイ……と、気分転換に甘味屋へ行くことにすれば、部屋を出た直後に会った斎藤さんを謹慎仲間のよしみで道連れにした。
手っ取り早く近場の甘味屋を目指せば、隣を歩く斎藤さんが言う。
「四条大橋の近くにある甘味屋が、新作を出したらしいぞ」
「そうなんですか!? じゃ、そこ行きましょう!」
さっそく行き先を変更するけれど、斎藤さんから甘味の最新情報を聞けるとは。
お酒ならまだしもちょっと意外に思っていれば、すっと伸びてきた手が頬に触れた。
「お前の好きなものなら、常に把握している」
「ひっ……さ、斎藤さんっ!」
冷たさと恥ずかしさに全力で飛びのいた。
全く、油断も隙きもあったもんじゃない……って、どうしていつもいつも心を読まれるのか!
「顔に書いてあると言ってるだろう」
「書いてませんから!」
……って、またしても!? なぜだー!
からかわれながらも斎藤さんの案内で甘味屋へつくと、さっそく新作だという塩大福を二つ買い、外の縁台に並んで腰掛けた。
たっぷり入っている餡も、程よい塩味とともに感じる甘さも絶妙で、何個でも食べられそうだった。
あっという間に小さくなった最後の一口を名残惜しみながら頬張れば、少し遅れて食べ終わった斎藤さんが立ち上がる。
「せっかくだから寄って行くか」
「どこ行くんですか?」
「すぐそこだ」
相変わらずの返事だけれど、すぐ近くだというので黙ってついていく。
ついた先は、近くの神社だった。
「恵方参りもまだだっただろう?」
「あ、そういえば……」
「屯所から見ると、ここは恵方じゃないがな」
「……え」
それって、恵方参りになるのだろyか?
「さっきの甘味屋から見れば恵方だ」
「なるほど……」
「気持ちの問題だ」
そう言われてしまえば笑いながら頷くしかない。
せっかくだから斎藤さんと並んで手を合わせる。ありったけのお願いをしてから顔を上げれば、斎藤さんが不思議そうな顔で私を見下ろしていた。
「いつも、熱心に何を祈ってるんだ?」
「みんなの無事です」
「そこには、俺も含まれているのか?」
「もちろんです」
そんなの、新選組の一員なのだから当然なのに。
そうか、と斎藤さんは微かに口元を綻ばせるのだった。
お参りを終え往来に出ると、酔っぱらい同士の喧嘩だ、と足早に行き交う人たちが騒いでいた。
場所は四条大橋の辺りらしく、屯所へ戻る途中に野次馬をかき分け覗いてみる。浪士同士の喧嘩のようで、二対二の全員抜刀済み。すでに刃を交えたのか、今は距離を保ち睨み合っているものの、内一人は軽症を負っている。
……って、あろうことか片方は永倉さんと沖田さんだった!
「なっ、何してるんですか!?」
状況を確認するべく二人の側に駆け寄った。
怪我をしているのはかなり酔った様子の相手の方で、二人には傷一つ見受けられないけれど、二人からも仄かにお酒の匂いがするのは気のせい?
「おう、斎藤に春か。加勢に来てくれたのか?」
「たまたま通りがかったんです! それよりこれは――」
「まぁまぁ。そんなことより、向こうも一くんと同じ居合の使い手みたいですよ~?」
「ほう……」
あろうことか、斎藤さんまで二人の隣に並び低い姿勢で腰に手を当てた。
抜く気満々か!
新選組の名だたる剣豪が三人。
ちょっと……いや、かなり酔っぱらい二人に同情する。
何か感じるものでもあったのか、相手は若干後退るけれど、一度抜いた刀はそう簡単に納めることが出来ないらしく、切っ先を向けたまま卑怯だ何だと罵声を浴びせてくる。
ところで……。
「誰なんですか?」
「さぁ~」
「飲んでたら、喧嘩ふっかけてきやがった」
二人の答えを聞き、あちら側も同じような主張をし始める。
刀で語り合うより遥かにマシだけれど、程度の差こそあれ酔っぱらい同士。水掛け論は終わる気がしない。
とうとう痺れを切らせた沖田さんが、刀を構え直した時だった。
役人が駆けつけてきたようで野次馬の向こうが一層騒がしくなると、相手はこれでもかと罵詈雑言を吐き捨て走り去っていった。
「……は?」
呆気に取られていれば、行くぞ、と斎藤さんが言う。
「残念、時間切れですね~」
「ったく、あいつら何がしたかったんだ」
僕らも逃げますよ~、と走り出す沖田さんに私たちも続く。
永倉さんはまだ謹慎中の身。今ここで大事にするのはマズイからと言うけれど、あんな往来で刀を抜きあっていた時点で大事だと思う。
ところで……。
「永倉さん。まだ謹慎中じゃないんですか?」
「おう。三日も閉じこもってたら息が詰まっちまってな。少し散歩に出たら丁度総司と会ったんだ」
「散歩って……」
謹慎の意味とは……。
沖田さんも沖田さんで、何でもないことのようにしれっと言い放つ。
「新八さんに会ったのも何かの縁ですし、僕も春くんと謹慎したかったなーって、愚痴を聞いてもらってたんです~」
そこは止めるべきところであって、飲みに行くところじゃない。
ましてや進んで罰を受けたいだなんて、もしかして、沖田さんも炬燵でぬくぬくしていたかったのだろうか。
謹慎生活とは……。
色々思うところはあるけれど、無事に屯所まで帰ってくれば腰を屈めいそいそと外廊下を進む永倉さんが、満面の笑みを浮かべて私たちに向き直る。
「今日のことは、謹慎仲間のよしみで他言無用な」
そう言って、何食わぬ顔で謹慎部屋へ入っていくのだった。
その日の夜、巡察へ行く少し前。
出先から帰ってきたばかりの土方さんが、少し待ってろ、と言って再び部屋を出ていった。
しばらくすると斎藤さんを連れて戻ってきて、手にしたお盆にはお雑煮の入った器が三つ乗っかっていた。
「巡察前に食ってけ」
「あっ、関東風!?」
「おう。お前だけ特別に三角餅にしてやったぞ」
「ええ!?」
冗談だ、と笑っているけれど、まさか年明け前の話をまたされるとは!
とはいえ、せっかく作ってもらったので文句は言うまい。お箸を受け取り、いただきます! と手を合わせた。
「慌てて食うと詰まるぞ」
そんな忠告を受けながら三人で食べ進めていれば、土方さんが何か思い出したように顔を上げた。
「さっき小耳に挟んだんだが、今日、四条大橋で喧嘩騒ぎがあったらしいぞ」
「ブッ」
「おい、大丈夫か?」
慌てて首を縦に振れば、ゆっくり食え、と呆れられた。
四条大橋……喧嘩騒ぎ……。まさか、永倉さんたちの……いや、まだ誰とは言っていない。
ここは謹慎仲間のよしみで黙っておかないと。
気を取り直してお餅にかぶりつけば、それがな……と土方さんが話を続けた。
「一方は新選組の連中らしいんだが――」
「ブホッ」
「おい。詰まったか?」
トントンと背中を叩かれながら、首を横に振って答えた。
まだ詰まってはいない。詰まりかけたけれども!
「お前ら、何か知らねぇか?」
「い、いいえ! 私も斎藤さんも酔っぱらい同士の喧嘩なんて知りませんよ!」
「酔っ払い同士、ねぇ」
即答してみせるも、僅かに土方さんの目が鋭くなった気がする。
逃げるように視線を反対方向までずらせば、それまで黙々とお雑煮を食べていた斎藤さんがおもむろに口を開く。
「我々を疎ましがる輩の出任せかと」
「まぁ、斎藤言うならそうかもな」
出任せを言ったのは斎藤さんなのに、あっさり納得した!
さすがは斎藤さん……って、信用度に雲泥の差が!?
何はともあれ、こっそりと胸を撫で下ろしながら残りのお雑煮を美味しくいただくのだった。
近藤さんの怒った顔を思い出せば、今頃になって押し寄せる恐怖についその場に座り込んだ。
「私たち、切腹ですか……?」
「さぁな。俺たちが決めることじゃない」
「それはそうですけど……」
こんな時でさえ、落ちつきを払っていられる斎藤さんがほんの少し羨ましい。
小さくため息をつきながら俯けば、正面に立った斎藤さんが私の頬に触れた。
驚いて顔を上げたせいか、添えられていた手が僅かに肌の上を滑る。首の横で止まった斎藤さんの手は、うなじに掛かる指先含め、頬で感じるそれよりずっと冷たい。
「ひっ……冷た――」
「安心しろ」
「……へ?」
咄嗟に身をよじったつもりが、斎藤さんの手はいまだ肌に張り付いたまま……いったい、これの何を安心しろと言うのだろう。
「土方さんは全体をよく見ている。近藤さんとて、いつまでも根に持つような人ではない」
相変わらず、斎藤さんは言葉足らずだと思う。
それでも、安心させようとしてくれていることはわかるから、ゆっくりと頷いた。
同時に、触れていた手が頬から離れるけれど、目の前で片膝を付いたかと思えば離れたはずの手に強く引かれ、抗う間もなく閉じ込められた。
「さ、斎藤さん!?」
「寒いのだろう?」
だから、寒いと冷たいは別だと何度言えばわかるのか!
いや、絶対にわかっててやっているに違いない。だって斎藤さんだし!
案の定からかっていただけのようで、脱出はあっさりと成功した。そのまま炬燵へ避難すれば、後ろからくくっと喉を鳴らす音がする。
このまま背中に視線だけを感じるのは落ちつかないから、見える範囲……炬燵の斜め隣へと招き入れた。
しばらくすると土方さんも戻ってきたけれど、炬燵で温まる私たちを見るなり若干顔をしかめた。
「お前ら……呑気だな」
そんなつもりはないけれど、人間、極限を超えると開き直るものなのだ、と心の中で開き直った。
「まぁいい。お前らの沙汰が決まった。このままここで三日間の謹慎だ」
「え……それだけですか?」
「切腹が良かったか?」
「いいえっ!」
全力で首を左右に振るも、ふと思い出す。
伊東さんが全部引き受けると言っていたけれど……まさか……?
恐る恐るその名を口にすれば、土方さんがお見通しとばかりに鼻で笑った。
「あの人も三日間の謹慎だ。勿論、新八もな」
本来なら役付きが隊規を犯すなど言語道断、切腹に値するというけれど、宣言通り参謀である伊東さんが全責任を負うと訴えたらしい。
だからといって、伊東さん一人を切腹させるのは決して少なくはない伊東さんを慕う隊士たちが黙っているはずがなく、かといって、平等に全員を失うのは隊にとって大きな損失で、今後の士気にもかかわるという。
結局、どちらを選んでも与える影響が大き過ぎるのだと。
ちなみに、近藤さんが永倉さんにだけ切腹を言い渡したのは、江戸から一緒に来たのに最近はもっぱら伊東さんに懐いていて、それがつい爆発……一種のヤキモチみたいなものだと言って苦笑した。
「あの人はな、一度決着がついたもんを掘り返すような人じゃねぇ」
うん、それには同意するけれど。
単に“切腹”という単語とセットにしたせいで、“ヤキモチ”に少なからずあるはずの可愛さが、欠片も見当たらなかっただけだ。
何はともあれ、このまま全員謹慎処分となった。連日の無断外泊の原因を作ったとして、永倉さんだけは少し長めの六日間らしい。
話を終えた土方さんが、ぽつりと伊東さんの名前を口にした。
「端っからこうなるとわかってたのか? だとしたら、どこまでも食えねぇ奴だな」
そう言って、ふんと鼻で笑うのだった。
土方さんを真ん中に、三人で川の字になって眠った翌日。
謹慎中なので外へ出ることは許されず、当然、巡察からも外されている。仕方がないので、斎藤さんを道連れにして朝から炬燵に引きこもっていた。
暦の上ではもう春だし、新暦に直せばおそらく二月。日中のお日様は少しづつ暖かくなっているけれど、朝晩の冷え込みは相変わらず厳しい。
春の訪れを全身で実感出来るのは、たぶんもうちょっとだけ先だろう。
それなのに、こうして一日中炬燵でぬくぬく出来るなんて……意外と謹慎生活も悪くない?
これで甘味があれば最高だけれど、調達しに行けないので変わりに何か……って、そういえば……。
「お雑煮っ!」
突然大声を出したせいか、隣で文机に向かう土方さんに睨まれた。
今年は関東風を楽しみにしていたのに、新年早々伊東さんの所へ行ってしまい食べ損ねたんだった。
「お前、反省してねぇだろう」
「そんなことないです。めちゃくちゃ反省してます」
「ほう?」
「食べてから行けば良かったなー、なんて?」
……というのは半分冗談なのに、速攻でデコピンが飛んでくれば、黙って見ていた斎藤さんが、笑いを堪えるように小さく肩を震わせるのだった。
謹慎を言い渡されてから四日目となる一月七日。
四六時中一緒にいる斎藤さんが時折からかってくることを除けば、案外悪くなかった謹慎生活だけれど、朝を迎えると同時に終了してしまった。
今日は謹慎明け仲間同士、斎藤さんと夜の巡察へ行くことになっている。
朝から会津藩邸へ行くという土方さんと、自室へ戻るという斎藤さんを炬燵から見送ると、そのまま突っぷす格好で一眠りした。
気がつけばお昼。
広間で昼餉をとって部屋へ戻るも、お腹が満たされたせいか瞼も重くなる。気がつけば、今度はおやつ時だった。
たった数日の謹慎生活で、すっかり怠惰が染み付いてしまった気がする……。
このままではマズイ……と、気分転換に甘味屋へ行くことにすれば、部屋を出た直後に会った斎藤さんを謹慎仲間のよしみで道連れにした。
手っ取り早く近場の甘味屋を目指せば、隣を歩く斎藤さんが言う。
「四条大橋の近くにある甘味屋が、新作を出したらしいぞ」
「そうなんですか!? じゃ、そこ行きましょう!」
さっそく行き先を変更するけれど、斎藤さんから甘味の最新情報を聞けるとは。
お酒ならまだしもちょっと意外に思っていれば、すっと伸びてきた手が頬に触れた。
「お前の好きなものなら、常に把握している」
「ひっ……さ、斎藤さんっ!」
冷たさと恥ずかしさに全力で飛びのいた。
全く、油断も隙きもあったもんじゃない……って、どうしていつもいつも心を読まれるのか!
「顔に書いてあると言ってるだろう」
「書いてませんから!」
……って、またしても!? なぜだー!
からかわれながらも斎藤さんの案内で甘味屋へつくと、さっそく新作だという塩大福を二つ買い、外の縁台に並んで腰掛けた。
たっぷり入っている餡も、程よい塩味とともに感じる甘さも絶妙で、何個でも食べられそうだった。
あっという間に小さくなった最後の一口を名残惜しみながら頬張れば、少し遅れて食べ終わった斎藤さんが立ち上がる。
「せっかくだから寄って行くか」
「どこ行くんですか?」
「すぐそこだ」
相変わらずの返事だけれど、すぐ近くだというので黙ってついていく。
ついた先は、近くの神社だった。
「恵方参りもまだだっただろう?」
「あ、そういえば……」
「屯所から見ると、ここは恵方じゃないがな」
「……え」
それって、恵方参りになるのだろyか?
「さっきの甘味屋から見れば恵方だ」
「なるほど……」
「気持ちの問題だ」
そう言われてしまえば笑いながら頷くしかない。
せっかくだから斎藤さんと並んで手を合わせる。ありったけのお願いをしてから顔を上げれば、斎藤さんが不思議そうな顔で私を見下ろしていた。
「いつも、熱心に何を祈ってるんだ?」
「みんなの無事です」
「そこには、俺も含まれているのか?」
「もちろんです」
そんなの、新選組の一員なのだから当然なのに。
そうか、と斎藤さんは微かに口元を綻ばせるのだった。
お参りを終え往来に出ると、酔っぱらい同士の喧嘩だ、と足早に行き交う人たちが騒いでいた。
場所は四条大橋の辺りらしく、屯所へ戻る途中に野次馬をかき分け覗いてみる。浪士同士の喧嘩のようで、二対二の全員抜刀済み。すでに刃を交えたのか、今は距離を保ち睨み合っているものの、内一人は軽症を負っている。
……って、あろうことか片方は永倉さんと沖田さんだった!
「なっ、何してるんですか!?」
状況を確認するべく二人の側に駆け寄った。
怪我をしているのはかなり酔った様子の相手の方で、二人には傷一つ見受けられないけれど、二人からも仄かにお酒の匂いがするのは気のせい?
「おう、斎藤に春か。加勢に来てくれたのか?」
「たまたま通りがかったんです! それよりこれは――」
「まぁまぁ。そんなことより、向こうも一くんと同じ居合の使い手みたいですよ~?」
「ほう……」
あろうことか、斎藤さんまで二人の隣に並び低い姿勢で腰に手を当てた。
抜く気満々か!
新選組の名だたる剣豪が三人。
ちょっと……いや、かなり酔っぱらい二人に同情する。
何か感じるものでもあったのか、相手は若干後退るけれど、一度抜いた刀はそう簡単に納めることが出来ないらしく、切っ先を向けたまま卑怯だ何だと罵声を浴びせてくる。
ところで……。
「誰なんですか?」
「さぁ~」
「飲んでたら、喧嘩ふっかけてきやがった」
二人の答えを聞き、あちら側も同じような主張をし始める。
刀で語り合うより遥かにマシだけれど、程度の差こそあれ酔っぱらい同士。水掛け論は終わる気がしない。
とうとう痺れを切らせた沖田さんが、刀を構え直した時だった。
役人が駆けつけてきたようで野次馬の向こうが一層騒がしくなると、相手はこれでもかと罵詈雑言を吐き捨て走り去っていった。
「……は?」
呆気に取られていれば、行くぞ、と斎藤さんが言う。
「残念、時間切れですね~」
「ったく、あいつら何がしたかったんだ」
僕らも逃げますよ~、と走り出す沖田さんに私たちも続く。
永倉さんはまだ謹慎中の身。今ここで大事にするのはマズイからと言うけれど、あんな往来で刀を抜きあっていた時点で大事だと思う。
ところで……。
「永倉さん。まだ謹慎中じゃないんですか?」
「おう。三日も閉じこもってたら息が詰まっちまってな。少し散歩に出たら丁度総司と会ったんだ」
「散歩って……」
謹慎の意味とは……。
沖田さんも沖田さんで、何でもないことのようにしれっと言い放つ。
「新八さんに会ったのも何かの縁ですし、僕も春くんと謹慎したかったなーって、愚痴を聞いてもらってたんです~」
そこは止めるべきところであって、飲みに行くところじゃない。
ましてや進んで罰を受けたいだなんて、もしかして、沖田さんも炬燵でぬくぬくしていたかったのだろうか。
謹慎生活とは……。
色々思うところはあるけれど、無事に屯所まで帰ってくれば腰を屈めいそいそと外廊下を進む永倉さんが、満面の笑みを浮かべて私たちに向き直る。
「今日のことは、謹慎仲間のよしみで他言無用な」
そう言って、何食わぬ顔で謹慎部屋へ入っていくのだった。
その日の夜、巡察へ行く少し前。
出先から帰ってきたばかりの土方さんが、少し待ってろ、と言って再び部屋を出ていった。
しばらくすると斎藤さんを連れて戻ってきて、手にしたお盆にはお雑煮の入った器が三つ乗っかっていた。
「巡察前に食ってけ」
「あっ、関東風!?」
「おう。お前だけ特別に三角餅にしてやったぞ」
「ええ!?」
冗談だ、と笑っているけれど、まさか年明け前の話をまたされるとは!
とはいえ、せっかく作ってもらったので文句は言うまい。お箸を受け取り、いただきます! と手を合わせた。
「慌てて食うと詰まるぞ」
そんな忠告を受けながら三人で食べ進めていれば、土方さんが何か思い出したように顔を上げた。
「さっき小耳に挟んだんだが、今日、四条大橋で喧嘩騒ぎがあったらしいぞ」
「ブッ」
「おい、大丈夫か?」
慌てて首を縦に振れば、ゆっくり食え、と呆れられた。
四条大橋……喧嘩騒ぎ……。まさか、永倉さんたちの……いや、まだ誰とは言っていない。
ここは謹慎仲間のよしみで黙っておかないと。
気を取り直してお餅にかぶりつけば、それがな……と土方さんが話を続けた。
「一方は新選組の連中らしいんだが――」
「ブホッ」
「おい。詰まったか?」
トントンと背中を叩かれながら、首を横に振って答えた。
まだ詰まってはいない。詰まりかけたけれども!
「お前ら、何か知らねぇか?」
「い、いいえ! 私も斎藤さんも酔っぱらい同士の喧嘩なんて知りませんよ!」
「酔っ払い同士、ねぇ」
即答してみせるも、僅かに土方さんの目が鋭くなった気がする。
逃げるように視線を反対方向までずらせば、それまで黙々とお雑煮を食べていた斎藤さんがおもむろに口を開く。
「我々を疎ましがる輩の出任せかと」
「まぁ、斎藤言うならそうかもな」
出任せを言ったのは斎藤さんなのに、あっさり納得した!
さすがは斎藤さん……って、信用度に雲泥の差が!?
何はともあれ、こっそりと胸を撫で下ろしながら残りのお雑煮を美味しくいただくのだった。
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高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
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