222 / 262
【 花の章 】―弐―
222 正月の居続け②
しおりを挟む
他の隊士たちは三木さんらとともに帰り、角屋に残ったのは伊東さんと永倉さんと斎藤さん、そして私だけだった。
伊東さんは私たちを見て満足そうに微笑むと、綺麗な所作で手を出し座るよう促す。揃って着席すれば、伊東さんが話し出すより先に口を開いた。
「みんなに分離の話をした時……どうして見せかけであることを言わなかったんですか?」
「見せかけ? 春、そりゃどういう意味だ?」
永倉さんの驚きように、私の方が驚いた。
古参の副長助勤である永倉さんが知らないということは、分離の本当の理由を知っているのは、あの日あの場にいた人たちだけなのだろうか。
ここで話すべき内容ではなかったのかもしれない……と恐る恐る伊東さんへ視線を戻せば、ほんの少し眉尻を下げ、困ったように微笑んでいる。
けれどもすぐ、いつもの穏やかな表情に戻った。
「安心してください。私を信じてこの場に残ってくれた永倉君と斎藤君になら、お話しても問題はないでしょう」
「どういうことですか……?」
首を傾げる私たちに向かって、伊東さんはあの日と同じ説明をし始める。
分離は、“新選組”という名のままでは得ることが出来ない、薩長の動向を探るためであること。
そして、そこで得た情報を再び新選組へ戻すためであることを。
みんなの前でそれを話さなかったのは、間諜同然である以上情報漏れを防ぐためであり、伊東さんを信じてこの場に残った二人になら、話しても問題はないだろうとも。
二人は伊東さんの考えを聞いても否定することなく、むしろ、新選組のことをそこまで考えてくれていたのかと感心するほどだった。
話の終わり、伊東さんが二人に向かって口外しないよう念を押せば、二人も黙って頷く。
そんな一連の様子は、伊東さんは二人を、二人は伊東さんをお互いに信頼しあっているみたいで、何だか少し複雑な気分になる。
いつか分離する日が来たとして、二人がついていってしまったら……そんな不安にかられてお酒なんて全然進まない。
それなのに、三人のペースは落ちることなく時間ばかりが経過した。
そんな中、ついに伊東さんが眠りに落ちた。
永倉さんも相当出来上がっているけれど、まだちびちびと飲んでいる。
斎藤さんは……多少顔が赤い気がするけれど、行灯の淡い灯りだけではいまいちよくわからない。ただ、いまだ姿勢を崩すことなくきっちり座って飲んでいる。
伊東さんに羽織をかけながら眠っていることを確認すると、二人に向き直り思い切って訊いてみた。
「お二人は、どうしてこの場に残ったんですか?」
「ん~? 門限は伊東さんが何とかしてくれるって言うし、斎藤も残るって言っただろう? なら、飲まなきゃ損だと思ってな」
「損、ですか……」
酔っているからこその回答だと思いたい……。
気を取り直して、最初に名乗り出た斎藤さんに視線を移す。
「今日は伊東さんの奢りらしいからな」
「だよなぁ。せっかくの正月くらいパァーっとな」
二人がお酒大好きなのは知っているけれど、まさか本当に、もっとお酒が飲みたかったから?
その前に、そもそもの集まりは天皇を偲ぶ会だったはず。目の前の二人をみていると、目的がすり変わっている気がして問いただせば、永倉さんがしれっと言い放つ。
「なぁに言ってんだ。勿論、そのために飲んでるんだぞ~? だからほら、春も少しは飲んどけ」
そう言って杯を手渡してくるけれど、今度は斎藤さんも止める気はないらしい。
永倉さんが、満面の笑みを浮かべながら私の杯を満たした。
「それにな、伊東さんの話は聞いていて面白いし、ためになることも多いんだぞ」
「そうですか……」
裏表のない永倉さんだからこそわかる。それは、本心で言っている言葉なのだと……。
再び沸き起こったモヤモヤした感情も、これ以上の踏み込んだ質問を躊躇ってしまう自分も誤魔化すように、なみなみと注がれたお酒を一気に飲み干した。
「おお、良い飲みっぷりだな。ほら、もう一杯」
続けざまに注ぐ永倉さんの顔も、黙々と飲み続ける斎藤さんの顔も。ついでに畳に転がる伊東さんの穏やかな寝顔も見ていると、だんだんと腹が立ってくる。
自分で決めたこととはいえ、門限を破ってまで残った私の心配はいったい何だったのか!
あふれそうな感情ごと飲み干しやけ酒上等でおかわりを要求すれば、今度は斎藤さんが注いでくれた。
「伊東さんももう起きないだろう。明日はおぶってやるから、たまには気にせず飲めばいい」
「ええ、飲みますよ! 飲みますけどね! 一人で歩けるので大丈夫ですっ!」
こうして、三人で飲み明かすことになったのだった。
窓に張られた障子が淡く光りだし、おぼろげに夜明けが近いのだと思った記憶はある。
じきに伊東さんも起きるはずで、そうしたら早いうちに全員で屯所へ帰ろうと思った記憶もある。
あるのだけれど……おかしい。
いつのまに眠ってしまったのか、気づけばお昼どころか西日が差し込んでいて、そんな西日に照らされる三人が揃ってお酒を飲んでいた。
「……って、帰らないんです、かッ!?」
勢いよく身体を起こして声をかけるも、激しい頭痛に両手で頭を押さえてうずくまった。
つい唸り声まであげれば、伊東さんの心配そうな声が降ってくる。
「琴月君も二日酔いですか?」
「なに~! なら、春も飲むと良いぞ~。ほら!」
顔を上げてみると、永倉さんが満面の笑みを浮かべながら杯を差し出している。
これはもしや、迎え酒というやつ?
お酒のせいでこうなったのに、さらに飲んで本当に良くなるのか……。ちょっと試してみたい気持ちはあるものの、そこはグッと堪えて断った。
というか、すでに呂律の怪しい永倉さんのその赤い顔は、どうみても夕日のせいではないし、“春も”と言って迎え酒を勧めてくる時点でだいたい察しがついた……。
昨夜はみんなかなり飲んでいたし、伊東さんや斎藤さんも飲んでいるということは……。
「みなさんも二日酔いなんですね……」
図星のようで、永倉さんは頭の後ろを掻きながら豪快に笑い出す。便乗するように、伊東さんも苦笑した。
けれども斎藤さんだけは手にした杯をグイッと飲み干すと、涼し気な顔でしれっと言い放つ。
「俺は普通に飲んでいるだけだが」
「……え」
さすがというか何と言うか……いや、斎藤さんらしいというべきなのかもしれないけれど。
私の頭痛が少し落ちついてから帰ることになり、伊東さんが差し出してくれたお茶をすすった。
思えばそれが間違いだった……。
私がお茶を飲む間、永倉さんの迎え酒は止まるどころかすっかり泥酔していて、“帰りたくない、もっと飲みたい、伊東さんの奢りなのに!”と駄々までこね出す始末。
みんなで説得を試みるも断固として立ち上がろうとせず、結局、もとを辿れば自分に付き合わせたことが原因だから、と言う伊東さんに押し切られ、もう少しだけここにいることになってしまったのだった。
それから半刻も経てば、すでに日は沈み外も暗くなっていた。
あろうことか、永倉さんに次いで伊東さんまで本格的に酔ってしまい、こっちもこっちで再び帰りたくない、などとさらに杯をあおる。
そして、残る頼みの綱だった斎藤さんまで、参謀である伊東さんの決定に従う、と言い出した。
ただお酒が飲みたいだけ? それとも、そう見えないだけで実は相当酔っている?
何にせよ、さっきまでこっち側だった人たちの腰は重くなっていて、一対三という状況になっていた。
そんな中で説得を続けるも時だけが無情に過ぎ、すっかり夜も更けてしまえば今すぐ帰るのは難しくなる。
仕方なく朝イチの帰営を訴えれば、伊東さんが赤い顔で爽やかに微笑んだ。
「連日の無断外泊です。このまま帰れば、揃って切腹を申し付けられるかもしれませんね」
「……え」
いやいやいや……そんな大げさ……え?
さらっと怖いことを言われた気がするのだけれど!?
「安心してください」
ど、どの口が言うのか!
けれども慌てる私とは正反対に、伊東さんは悠長に話し出す。
「例えそうなったとしても、私が全て引き受けますから」
「……はい?」
「規律を乱したことに対するみせしめならば、参謀の私一人でも効果は充分でしょう。あなた方の助命は必ず果たします。その代わりと言っては何ですが、もう少し私に付き合ってもらえませんか?」
酔っているのかどこまで本気なのか……いまさら帰ったところで切腹になるのなら、いっそ開き直ってこのまま飲み続けたいという。
言いたいことはわからなくもないけれど、永倉さんの迎え酒を本気で止めるなり私がもっと早く起きていれば、今頃みんな屯所に戻っていた可能性は高い……。
それに、伊東さんただ一人に押しつけるのも違う気がする。
とはいえ……永倉さん斎藤さんまで開き直ってしまい、こんな状況で三人を置いて帰ることも出来ず、結局、翌日も丸一日角屋で過ごすことになったのだった。
そして、ここへ来て四日目となる一月四日の朝、ついに屯所から迎えの隊士がやって来た。
あの近藤さんが、それはもうカンカンに怒っているらしい。
何だか急に帰りたくなくなるけれど、ようやく三人の重い腰も上がり、揃って帰営するのだった。
屯所へつくなり局長室へ直行で、近藤さんと土方さんの前に、悪戯をした子供が叱られるかのごとく並んで正座する。
恐る恐る見上げた近藤さんの顔は、ちょっとした悪戯では到底すまないくらい引きつっていた。
そして、事の顛末を訊いた近藤さんは途端に怒りをあらわにし、いまだ酔いが抜けきらない永倉さんと目が合うなり、怒りをぶちまけるように切腹を言い渡した。
「ちょっと待て。何で俺だけなんだ!?」
「それは……訊けば連日の居続けとなったのは、永倉君の度を越した迎え酒が原因みたいじゃないか!」
「否定はしないがだからってな……いや、近藤さん。あんたまさか、前に俺が非行五箇条を書いた事まだ根に持ってーー」
「新八っ!」
永倉さんの言葉を遮ったのは、土方さんの鋭い声だった。
どちらか一方を咎めるでもなく、有無も言わさぬ視線と声音で告げる。
「沙汰は追って下す。それまでは各々謹慎を言い渡す。近藤さんも今はそれでいいな?」
「お、おう……」
土方さんに気圧されたのか、あんなに怒っていた近藤さんがたじろぎながらも頷いたことで、一旦はこの場も収まった。
そして、沙汰が決まるまでのその間、伊東さんは近藤さんの部屋で、斎藤さんと私は土方さんの部屋、永倉さんも別の部屋でそれぞれ謹慎することになったのだった。
伊東さんは私たちを見て満足そうに微笑むと、綺麗な所作で手を出し座るよう促す。揃って着席すれば、伊東さんが話し出すより先に口を開いた。
「みんなに分離の話をした時……どうして見せかけであることを言わなかったんですか?」
「見せかけ? 春、そりゃどういう意味だ?」
永倉さんの驚きように、私の方が驚いた。
古参の副長助勤である永倉さんが知らないということは、分離の本当の理由を知っているのは、あの日あの場にいた人たちだけなのだろうか。
ここで話すべき内容ではなかったのかもしれない……と恐る恐る伊東さんへ視線を戻せば、ほんの少し眉尻を下げ、困ったように微笑んでいる。
けれどもすぐ、いつもの穏やかな表情に戻った。
「安心してください。私を信じてこの場に残ってくれた永倉君と斎藤君になら、お話しても問題はないでしょう」
「どういうことですか……?」
首を傾げる私たちに向かって、伊東さんはあの日と同じ説明をし始める。
分離は、“新選組”という名のままでは得ることが出来ない、薩長の動向を探るためであること。
そして、そこで得た情報を再び新選組へ戻すためであることを。
みんなの前でそれを話さなかったのは、間諜同然である以上情報漏れを防ぐためであり、伊東さんを信じてこの場に残った二人になら、話しても問題はないだろうとも。
二人は伊東さんの考えを聞いても否定することなく、むしろ、新選組のことをそこまで考えてくれていたのかと感心するほどだった。
話の終わり、伊東さんが二人に向かって口外しないよう念を押せば、二人も黙って頷く。
そんな一連の様子は、伊東さんは二人を、二人は伊東さんをお互いに信頼しあっているみたいで、何だか少し複雑な気分になる。
いつか分離する日が来たとして、二人がついていってしまったら……そんな不安にかられてお酒なんて全然進まない。
それなのに、三人のペースは落ちることなく時間ばかりが経過した。
そんな中、ついに伊東さんが眠りに落ちた。
永倉さんも相当出来上がっているけれど、まだちびちびと飲んでいる。
斎藤さんは……多少顔が赤い気がするけれど、行灯の淡い灯りだけではいまいちよくわからない。ただ、いまだ姿勢を崩すことなくきっちり座って飲んでいる。
伊東さんに羽織をかけながら眠っていることを確認すると、二人に向き直り思い切って訊いてみた。
「お二人は、どうしてこの場に残ったんですか?」
「ん~? 門限は伊東さんが何とかしてくれるって言うし、斎藤も残るって言っただろう? なら、飲まなきゃ損だと思ってな」
「損、ですか……」
酔っているからこその回答だと思いたい……。
気を取り直して、最初に名乗り出た斎藤さんに視線を移す。
「今日は伊東さんの奢りらしいからな」
「だよなぁ。せっかくの正月くらいパァーっとな」
二人がお酒大好きなのは知っているけれど、まさか本当に、もっとお酒が飲みたかったから?
その前に、そもそもの集まりは天皇を偲ぶ会だったはず。目の前の二人をみていると、目的がすり変わっている気がして問いただせば、永倉さんがしれっと言い放つ。
「なぁに言ってんだ。勿論、そのために飲んでるんだぞ~? だからほら、春も少しは飲んどけ」
そう言って杯を手渡してくるけれど、今度は斎藤さんも止める気はないらしい。
永倉さんが、満面の笑みを浮かべながら私の杯を満たした。
「それにな、伊東さんの話は聞いていて面白いし、ためになることも多いんだぞ」
「そうですか……」
裏表のない永倉さんだからこそわかる。それは、本心で言っている言葉なのだと……。
再び沸き起こったモヤモヤした感情も、これ以上の踏み込んだ質問を躊躇ってしまう自分も誤魔化すように、なみなみと注がれたお酒を一気に飲み干した。
「おお、良い飲みっぷりだな。ほら、もう一杯」
続けざまに注ぐ永倉さんの顔も、黙々と飲み続ける斎藤さんの顔も。ついでに畳に転がる伊東さんの穏やかな寝顔も見ていると、だんだんと腹が立ってくる。
自分で決めたこととはいえ、門限を破ってまで残った私の心配はいったい何だったのか!
あふれそうな感情ごと飲み干しやけ酒上等でおかわりを要求すれば、今度は斎藤さんが注いでくれた。
「伊東さんももう起きないだろう。明日はおぶってやるから、たまには気にせず飲めばいい」
「ええ、飲みますよ! 飲みますけどね! 一人で歩けるので大丈夫ですっ!」
こうして、三人で飲み明かすことになったのだった。
窓に張られた障子が淡く光りだし、おぼろげに夜明けが近いのだと思った記憶はある。
じきに伊東さんも起きるはずで、そうしたら早いうちに全員で屯所へ帰ろうと思った記憶もある。
あるのだけれど……おかしい。
いつのまに眠ってしまったのか、気づけばお昼どころか西日が差し込んでいて、そんな西日に照らされる三人が揃ってお酒を飲んでいた。
「……って、帰らないんです、かッ!?」
勢いよく身体を起こして声をかけるも、激しい頭痛に両手で頭を押さえてうずくまった。
つい唸り声まであげれば、伊東さんの心配そうな声が降ってくる。
「琴月君も二日酔いですか?」
「なに~! なら、春も飲むと良いぞ~。ほら!」
顔を上げてみると、永倉さんが満面の笑みを浮かべながら杯を差し出している。
これはもしや、迎え酒というやつ?
お酒のせいでこうなったのに、さらに飲んで本当に良くなるのか……。ちょっと試してみたい気持ちはあるものの、そこはグッと堪えて断った。
というか、すでに呂律の怪しい永倉さんのその赤い顔は、どうみても夕日のせいではないし、“春も”と言って迎え酒を勧めてくる時点でだいたい察しがついた……。
昨夜はみんなかなり飲んでいたし、伊東さんや斎藤さんも飲んでいるということは……。
「みなさんも二日酔いなんですね……」
図星のようで、永倉さんは頭の後ろを掻きながら豪快に笑い出す。便乗するように、伊東さんも苦笑した。
けれども斎藤さんだけは手にした杯をグイッと飲み干すと、涼し気な顔でしれっと言い放つ。
「俺は普通に飲んでいるだけだが」
「……え」
さすがというか何と言うか……いや、斎藤さんらしいというべきなのかもしれないけれど。
私の頭痛が少し落ちついてから帰ることになり、伊東さんが差し出してくれたお茶をすすった。
思えばそれが間違いだった……。
私がお茶を飲む間、永倉さんの迎え酒は止まるどころかすっかり泥酔していて、“帰りたくない、もっと飲みたい、伊東さんの奢りなのに!”と駄々までこね出す始末。
みんなで説得を試みるも断固として立ち上がろうとせず、結局、もとを辿れば自分に付き合わせたことが原因だから、と言う伊東さんに押し切られ、もう少しだけここにいることになってしまったのだった。
それから半刻も経てば、すでに日は沈み外も暗くなっていた。
あろうことか、永倉さんに次いで伊東さんまで本格的に酔ってしまい、こっちもこっちで再び帰りたくない、などとさらに杯をあおる。
そして、残る頼みの綱だった斎藤さんまで、参謀である伊東さんの決定に従う、と言い出した。
ただお酒が飲みたいだけ? それとも、そう見えないだけで実は相当酔っている?
何にせよ、さっきまでこっち側だった人たちの腰は重くなっていて、一対三という状況になっていた。
そんな中で説得を続けるも時だけが無情に過ぎ、すっかり夜も更けてしまえば今すぐ帰るのは難しくなる。
仕方なく朝イチの帰営を訴えれば、伊東さんが赤い顔で爽やかに微笑んだ。
「連日の無断外泊です。このまま帰れば、揃って切腹を申し付けられるかもしれませんね」
「……え」
いやいやいや……そんな大げさ……え?
さらっと怖いことを言われた気がするのだけれど!?
「安心してください」
ど、どの口が言うのか!
けれども慌てる私とは正反対に、伊東さんは悠長に話し出す。
「例えそうなったとしても、私が全て引き受けますから」
「……はい?」
「規律を乱したことに対するみせしめならば、参謀の私一人でも効果は充分でしょう。あなた方の助命は必ず果たします。その代わりと言っては何ですが、もう少し私に付き合ってもらえませんか?」
酔っているのかどこまで本気なのか……いまさら帰ったところで切腹になるのなら、いっそ開き直ってこのまま飲み続けたいという。
言いたいことはわからなくもないけれど、永倉さんの迎え酒を本気で止めるなり私がもっと早く起きていれば、今頃みんな屯所に戻っていた可能性は高い……。
それに、伊東さんただ一人に押しつけるのも違う気がする。
とはいえ……永倉さん斎藤さんまで開き直ってしまい、こんな状況で三人を置いて帰ることも出来ず、結局、翌日も丸一日角屋で過ごすことになったのだった。
そして、ここへ来て四日目となる一月四日の朝、ついに屯所から迎えの隊士がやって来た。
あの近藤さんが、それはもうカンカンに怒っているらしい。
何だか急に帰りたくなくなるけれど、ようやく三人の重い腰も上がり、揃って帰営するのだった。
屯所へつくなり局長室へ直行で、近藤さんと土方さんの前に、悪戯をした子供が叱られるかのごとく並んで正座する。
恐る恐る見上げた近藤さんの顔は、ちょっとした悪戯では到底すまないくらい引きつっていた。
そして、事の顛末を訊いた近藤さんは途端に怒りをあらわにし、いまだ酔いが抜けきらない永倉さんと目が合うなり、怒りをぶちまけるように切腹を言い渡した。
「ちょっと待て。何で俺だけなんだ!?」
「それは……訊けば連日の居続けとなったのは、永倉君の度を越した迎え酒が原因みたいじゃないか!」
「否定はしないがだからってな……いや、近藤さん。あんたまさか、前に俺が非行五箇条を書いた事まだ根に持ってーー」
「新八っ!」
永倉さんの言葉を遮ったのは、土方さんの鋭い声だった。
どちらか一方を咎めるでもなく、有無も言わさぬ視線と声音で告げる。
「沙汰は追って下す。それまでは各々謹慎を言い渡す。近藤さんも今はそれでいいな?」
「お、おう……」
土方さんに気圧されたのか、あんなに怒っていた近藤さんがたじろぎながらも頷いたことで、一旦はこの場も収まった。
そして、沙汰が決まるまでのその間、伊東さんは近藤さんの部屋で、斎藤さんと私は土方さんの部屋、永倉さんも別の部屋でそれぞれ謹慎することになったのだった。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる