落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―弐―

194 怪談話と餅つき

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 十二月二十二日。
 この日、長州訊問使に同行していた近藤さんたちがようやく帰ってきた。
 徒歩と駕籠での帰京はだいぶ疲れの色が見えるけれど、本人曰く、旅の疲れというよりほとんど成果を得られなかった精神的な疲れの方が大きいらしい。

 他藩にも協力を仰ぎ何とか長州へ入ろうと試みたものの、やはり拒まれ入れなかったのだと。
 それでも、監察の山崎さんと吉村貫一郎さんは上手く潜入出来たようで、今も長州のどこかに潜伏しているらしい。
 旅の疲れを癒やす暇もなく、帰って早々会津藩へ報告に行くという近藤さんを見送りながら、また胃が痛くなったりしないことを願うのだった。



 夜、斎藤さん率いる三番組とともに巡察に出た。
 正直、夜の巡察はあまりやりたくない。霊感なんてないけれど、あの暗さと静けさは、見えてはいけないものが見えてしまいそうだから。
 冬の寒さも手伝う中、身体を縮こめながら歩いていれば、隣をしゃんと歩く斎藤さんが横目で私を見下ろした。

「震えてるな」
「……気のせいです」

 “怖い”なんて言ったら、余計に怖がらせて面白がるに違いない。
 “寒い”と言ったって、温めてやろうか? なんて言われるのがオチだ。
 どっちにしろからかわれる!

 そもそも不逞な輩はともかく、味方にまで気を張りながら巡察するってどうなのか……と考えながら歩いていたら、斎藤さんの冷たい手が頬を撫でてきた。

「ひぃ! い、いきなり触らないでください!」
「ならば――」
「宣言してもダメですからねっ!」
「何だ、つまらんな」
「つまらなくないですっ!」

 全く、油断も隙もあったもんじゃない!
 今度こそ警戒しながら歩いていると、しばらくして、何か思い出したように訊いてきた。

「西本願寺の南側に門があるだろう」
「えーっと……唐門でしたっけ?」
「ああ。日暮門ひぐらしもんとも呼ばれているが、何故だかわかるか?」

 確か、細かい彫刻や装飾が施された立派な門だったはず。
 その異名通り日暮らしに関係があるのだとして……。

「日暮れの頃には、夕日でさらに美しく見えるから……とかですか?」
「……いや。出るらしい」

 そう言ってこちらを向いた斎藤さんは、顔の近くで両手をぶらぶらさせている。
 その仕草……思いつくのはいつの時代も一つ。何なら、灯りの少ないこの時代の方が、本当に出そうな気がするから。

「日暮れ時になると門の前に女が立っていてな、手招きしてるらしい。だが、女と一緒に門をくぐったら最後、二度と戻って来れないらしいぞ」
「へ、へぇ~……」
「ほう。怖がらんか」
「べ、別に怖くないですし大丈夫ですし」

 本当は全然大丈夫じゃないけれど!
 怪談話なんて昼ならまだしも、いや、昼でも聞きたくはない!

「ならばもう一つ教えてやろう。唐門に彫刻されている鶴だが、夜中に抜け出して鳴きながら飛び回っているらしいぞ」
「そ、そういうのって、だいたいどれも怖がらせるための嘘じゃないですか」
「嘘だと思うなら、夜中、厠にでも行く時に耳を澄ませてみるといい。お前にも鶴の声が聞こえるかもしれんな」

 コレ、夜中に目が覚めちゃったら絶対思い出すやつ!
 斎藤さんめ……。あれ、お前に
 もしかして……。

「斎藤さんも聞いたことあるんですか!?」

 勢いよく隣を見上げて訊ねれば、わざとらしく口を三日月の形にして言い放つ。

「さぁな」
「さ、斎藤さんっ!?」

 本当なのか? それとも、またからかっているだけ?
 どっちなの!

「相変わらず、表情が忙しない奴だ。見てて飽きんな」

 言うが早いか、またしても不意をついて私の頬に触れた斎藤さんは、その後の反応をみるなり喉をくくっと鳴らして笑うのだった。
 やっぱり、からかわれただけだった!?





 翌日、朝から炬燵に籠もり絵草紙を眺める私に向かって、土方さんが言った。

「そういや、八木さんが呼んでたぞ」

 どうやら今年も餅つきをするらしく、わざわざ私を指名してくれたらしい。
 土方さんも誘ってみるけれど、俺は忙しい、と案の定断られた。

「手の空いてる奴らを何人か連れていけ。その代わり、今年こそは……わかってるな?」
「ぜ、善処します……」

 今回も八木さんの迫力に押し負けて、いつも通り丸餅になる気がする……というのは何とか飲み込み部屋を出た。
 丁度時間が空いているという沖田さんと藤堂さんを発見し、八木さんの家に寄った帰りに、雑巾がけレースの褒美である甘味をご馳走すると言って連れ出した。

 ふらりと壬生寺へ行きそうになる沖田さんを掴んで八木邸につけば、八木さんが少し驚いた顔をした。

「副長はん、えらい気前がええなぁ。餅食べたいやろう思てあんたを指名したけど、まさか、組長はんを二人も一緒に寄越してくれるとはなぁ」

 その代わり角持ちにしてこい、と言っていたのを思い出し、恐る恐る八木さんに訊いてみる。

「あのー……今年は角餅――」
「あかん! 正月早々角立ててどないするんや!」
「で、ですよねー」

 毎年同じようなことを言われている気がする。おまけに、角餅を作る前に八木さんの頭に角が生えてきそうな気もする。
 よし、とりあえず餅をつこう。

 とはいえ、沖田さんと藤堂さんが息ぴったりに餅をついては返していくので、正直私の出番はほとんどなかった。
 せめて掛け声だけでも……と、臼の側で二人の動きに合わせて声を出していれば、沖田さんが餅をつきながら私に訊いてくる。

「夜泣き地蔵って知ってますか?」
「よ、夜泣き地蔵……?」
「それって壬生寺の?」

 そう返したのは餅を返している藤堂さんで、うん、と答えながら沖田さんは杵を振り下ろす。
 沖田さんにつれられ壬生寺で子供達と遊ぶことも多いので、お地蔵様があるのは知っているけれど……そんな名前だったのか。
 何だか近寄りがたい名前だと思っていれば、訊いてもいないのに夜泣き地蔵にまつわる話をし始めた。

「あれって、夜になると泣くから夜泣き地蔵って言うんですよ~」
「泣くって、お、お地蔵様が……?」
「うん。お地蔵様が」
「総司さん? あれは――って、ちょっ!」

 間一髪。沖田さんが突然リズムを崩したせいで、藤堂さんが慌てて手を引っ込めた。
 沖田さんはすぐに謝るも、その顔はどこか黒い笑みを浮かべている。

「ああ、そういうこと……」
「と、藤堂さん。そういうことって?」

 何やら沖田さんと同じような笑みを浮かべた藤堂さんに問うてみるも、沖田さんと一緒になって夜泣き地蔵の話をし始める。

 どうやら夜になると泣き出すだけでなく、時折、京の町を泣きながら徘徊までしているという。西本願寺に移転してからも、夜中にお地蔵様の泣き声を聞いた隊士がいるとかいないとか……。
 こ、怖すぎる。夏でもないのに怪談話なんて余計に寒くなる……いや、夏でも聞きたくはない。
 斎藤さんの鶴の話といい、夜中に起きたら絶対思い出すし!

「春くんは本当に素直でいい子ですね~」
「アンタってホント面白い」

 両腕をさする私に、二人は餅つき同様息ぴったりに無責任な言葉を投げかけてくる。
 けれど私の頭はすでに鶴と地蔵で埋め尽くされていて、気づけばお餅の成形まで終わっていた。
 お土産のお餅をたくさんもらうとその足で甘味屋へ寄り、約束通り沖田さんに褒美の甘味をご馳走してから帰っ……って、あれ?
 結局、全部丸くしちゃったじゃないか!

 部屋へ入るなり、期待の表情を浮かべた土方さんにおずおずと丸餅を差し出せば、馬鹿野郎! とデコピンまで飛んでくる。
 正直、餅が丸かろうが四角かろうが、今の私にとっては大した問題じゃないのだった……。





 その日の夜、一番恐れていたことが起きた。
 “草木も眠る丑三つ時”とはよく言ったもので、昼とは打って変わって辺りはひっそりと静まり返っている……なんて感心している場合じゃない。
 もう、これ以上の我慢も出来なくて、仕方なく隣で眠る土方さんを起こした。
 どうした!? と慌てて起き上がる土方さんに、申し訳ないと思いつつも告げる。

「……ついて来てくれませんか?」
「こんな時間に何処へ行く気だ?」
「か、厠へ……」

 しばし沈黙した土方さんは、起きた時同様勢いよく布団へ倒れると、掛け布団を被り背まで向けた。

「土方さん……」
「厠ぐらい、いつも一人で行ってるだろうが」
「今日は無理なんです……」
「何が今日は無理だ。お前は餓鬼か……」

 この際、ついて来てくれるならガキでも何でもいい……。
 事情を話せば呆れたように吹き出された。

「お前、そりゃどれも騙されてるぞ」
「え……」

 どうやら夜泣き地蔵とは、少し怖いその名前とは裏腹に、赤子の夜泣きが収まるというありがたいお地蔵様らしい。だから、お地蔵様が泣くわけでも徘徊するわけでもないのだと。
 唐門が日暮門ひぐらしもんと呼ばれるのも、気がつけば夕暮れになってしまうくらい時を忘れて眺めてしまうからで、それだけ素晴らしい彫刻という意味らしい。
 つまり……斎藤さんも沖田さんも藤堂さんも、揃いも揃って私を騙していたというわけか!

「夜中に鶴が抜け出すって話は俺も聞いたことあるが、それには続きがあってな、あまりに騒ぐからその鶴は首を落とされたそうだ」

 何だ、そうだったのか。じゃあもう飛んではいない……って、首を落とす!?
 余計に怖いのだけれど!

「や、やっぱりついて来てください……」
「餓鬼かっ!」

 文句を言いつつも、厠までついてきてくれる土方さんなのだった。
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