落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―弐―

176 原田さんの祝言

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 屯所にいた隊士らに出迎えられると、一通りの指示を出し終えた土方さんと外廊下を通り、部屋へと入った。
 揃って荷解きを始めるも、部屋へ入ってすぐに覚えた違和感が消えなくて、つい手を止め首まで傾げれば、土方さんが不思議そうに訊いてきた。

「神妙な顔してどうした?」
「おかしいんです」
「何がだ?」
「久しぶりに帰って来たのに、全然懐かしい感じがしないんです」

 昨日までと同じ……宿場町で宿に入っただけという感覚に近い。屯所をあけていた期間だって、前回とほぼ同じなのに。
 確かにな、と土方さんが苦笑した。

「こっちに移って、すぐ江戸へ行ったからだろうな」
「あー……。そういえばそうでしたね」

 江戸へ行く前は、色々あってバタバタしていたっけ。
 山南さんが脱走して切腹して……それから半月ほどしてからの引っ越しだったけれど、すぐに江戸へ出立したんだった。
 道理で懐かしさもなければ落ちつく感じもしないわけだ……。
 納得して荷解きを再開するも、山南さんの名前と一緒に一つの決意を思い出し、再び手を止めた。

 歴史のことは詳しくないけれど、それでも少しだけ知っていることもあるから……。
 それを口にするのは容易ではないけれど……。

 まるで阻むかのごとく鮮明に蘇るあの時の感覚は、有無も言わさず一瞬にして私を恐怖の底へと突き落とした。
 血の気が引くように全身が冷えるのを感じれば、寒さなのか恐怖なのか、それすらもわからないまま震える身体を堪えることしかできなくなる。

 未来のことは口にするなと言われたのだから、いっそその言葉に甘え続け、今まで通り口をつぐんだままでも許されるのかもしれない。
 試す前から結果だって何となく見えているのだから……やるだけ無駄かもしれない。
 けれど、納得がいくほど試したわけじゃない。
 何はともあれ、まずすべきことは説得だ。

「土方さん」

 ん? という返事と同時に、襖の向こうからも声がした。

「帰って来たばかりのところ悪いんだが……」

 そう言って、頭の後ろを掻きながら部屋に入って来たのは原田さんだった。どこか照れながらも、改まった様子で私にも一緒に話を聞いて欲しいと言う。
 三人で部屋の中央に腰を下ろせば、さっそく原田さんが切り出した。

「実はさ、まさと祝言を挙げることにしたんだ」
「祝言……? 本当ですかっ!?」

 真っ先に声を上げながら身を乗り出せば、原田さんが驚いたように少しだけ身体をのけぞらせた。
 落ちつけ、と土方さんに突っ込まれるも、落ちついてなんかいられない。
 どうどう、と笑いながら手で押し戻す仕草をする原田さんが、急で悪いんだが……と話の続きを口にする。

 どうやら祝言は数日後、この屯所で挙げるらしい。
 話じたいはもっと早い時期に纏まっていて、私たちが帰ってくるのを待っていてくれたのだと。そして、帰って来たらすぐに挙げられるように、すでに近藤さんの許可も得ているのだとか。

「まさも、どうしても春に祝って欲しいって言ってたからな」
「はいっ! ありがとうございます!」

 まるで自分のことのように喜び祝福していたら、お前が挙げるんじゃねぇんだからな、と土方さんに笑われるのだった。

 原田さんが部屋を出て行ったあとも、嬉しさが抜けきらないまま残りの片づけをしていれば、土方さんが思い出したように訊いてきた。

「そういや、左之が来る前に何か言いかけてなかったか?」
「……何でしたっけ?」
「俺が訊いてるんだが……」

 思わず傾げた首は、思い出すと同時に左右に振る。

「また今度でいいです!」

 だって、今はこのおめでたいことが先だもの。





 新入隊士も増えたせいか、帰京してからも何だかんだで忙しない日々を送っていた。
 それでも、僅かな暇と不安定な天気の合間を縫ってお礼参りも済ませれば、いよいよ祝言の日がやって来た。
 それまでの降ったりやんだりといった天気も嘘のように晴れ、まるで二人を祝福するかのように青い空が広がった。

 普通、祝言とは夜にするものらしいけれど、巡察の時間によっては参加できない人も出てしまうからと、昼から開かれていた。
 普段は殺風景な広間には、僅かで簡易的ではあるものの華やかな飾りつけが施され、正装をして見違えた原田さんと、白無垢に身を包んだおまさちゃんが座っている。

 三三九度の盃を交わす二人を見ていると、今すぐにでもおまさちゃんに駆け寄って“おめでとう”を言いたくなるけれど、ここは屯所なうえに私は男装中。
 原田さんが勘違いをすることはもうないけれど、こんなおめでたい二人の門出にあらぬ疑いをかけては申し訳ない。自重して少し離れた場所から祝福していれば、二人が私に乾杯の音頭を求めてきた。

「俺とまさからしたら、春は仲人みたいなもんだからな」
「ほんまに。琴月はんのおかげなんやさかい」
「わ、私は何もしていないよ」

 突然注目を浴びてしまい首を左右に振るけれど、隣で口を尖らせた沖田さんがわざとらしく拗ねたように割って入った。

「僕だって協力したじゃないですか~」
「あ、そういやそうだったな! 悪い悪い、忘れてた」
「左之さん酷いなぁ。僕も一緒に真冬の川で遊べばよかったですか~?」

 そんな沖田さんの冗談がみんなをさらに笑顔にすれば、言葉通りに受け取った藤堂さんまで笑い出す。

「真冬に川遊びって、アンタってホント面白い」

 あの時は無我夢中だったとはいえ、下手したら死んでいたわけで。みんなは知らないだろうけれど、真実はあんまり笑えないんだからね!?
 ……なんて、一人心の中で突っ込んでみるも、今となっては本当に笑い話で、一緒になって笑っていたら原田さんがみんなに向かって声をかけた。賑やかだった広間がしんとなり、みんなの視線が私に集まる。

 私なんかが局長を差し置いていいのかな……と不安が過るけれど、近藤さんを見れば笑顔で大きく頷かれ、それならば……と杯を手に取った。
 気難しい長々とした言葉なんて浮かばないし、きっと、シンプル イズ ベスト!

「幸せなお二人の門出を祝って……乾杯!」
『乾杯!!』

 そこからはもう、祝言に託けた大宴会の始まりだった。そんなことは二人も想定済みで、むしろそうして欲しいとも。

 井上さんが郷土の歌を歌い始めれば、近藤さんがいつものように拳を口に入れてさらに盛り上げる。
 俺より先に幸せになりやがって、と悔しがる永倉さんを藤堂さんが容赦なくばっさりと切り捨てれば、沖田さんが面白おかしく追撃し、完全に撃沈した永倉さんに向かって斎藤さんが無言で杯を差し出した。
 誰かが芸を披露し始めれば、自慢の腹の傷が疼く! と言って立ち上がるなり腹躍りをしようとする原田さんを、今日だけはやめておけ! と土方さんと山崎さんが二人がかりで止めに入るのだった。

 そんな光景に笑いが絶えるはずもなく、みんな色んな形で二人をお祝いしながら盛り上がる。
 今日だけは特別だ、と土方さんから一杯だけなら飲んでもいいという許可を得ていた私も、そんな貴重な一杯を片手に幸せな光景を見ながらちびちびと飲んでいた。

 アルコールなんてとっくに飛んでいるんじゃないかというくらいゆっくり飲めど、やがては空っぽになる。
 そんなことはお構いなしに酔っ払いが量産され、これならおまさちゃんと親しげに話しても平気かもしれない、と杯を置き立ち上がろうとした時だった。
 どういうわけか、伊東さんが隣にやって来た。

「琴月君は、お酒が嫌いですか?」
「いえ。そういうわけではないですけど……」

 ほんのりとした甘さも、あのふわふわとした感覚も結構好きだ。土方さんに釘を刺されているだけで。
 とはいえ、そんなことは知らない伊東さんが置いたはずの杯を私の手に戻し、なみなみと注ぎながら言う。

「祝の席ですから遠慮はいりません。立場など気にせず話をしましょう」

 どうやら伊東さんは、副長助勤と平隊士、という立場の違いを気にして私が伊東さんとあまり話をしたがらないとでも思っているのか、今日はお酒の力を借りて話しましょう、とまで付け加えた。
 すぐに断らなかった私がいけないけれど、こぼれそうな杯に口をつけることなくどうしたものかと考えていれば、伊東さんが爽やかな笑顔でしれっと言い放つ。

「私の注いだお酒は、飲めませんか?」

 ……酔っているのか? いや、酔っているだろう。
 立場など気にせずと言った側から暗に飲めと強要するその発言は、いつもの伊東さんらしくない。
 もしかして、こっちが本当の姿だったり?
 ……なんてバカなことは考えられても、ひしひしと伝わる笑顔の圧力をかわす手段を考えるのは面倒くさい。

 もう、飲んでしまおうか。ゆっくりと飲んでいたし、一杯くらいなら平気かもしれない。
 ゆらゆらと誘う手元の水面を眺めながら、不可抗力という言葉に自問自答をしていれば、不意に、すぐ隣から聞こえた声に心臓が跳ねた。

「春」
「ひぇ!?」

 押し寄せる罪悪感とともに慌てて声のした方を向けば、声の主は私の耳元に顔を寄せると同時にひょいっと杯を奪った。

「土方さんに怒られるぞ?」
「さ、斎藤さんっ!?」

 まだ飲んではいないからね!? 誘惑に負けそうにはなったけれど!
 くくっと笑う姿にいつも通りからかわれたのだと理解するも、毎度毎度なんなのさっ。
 抗議の眼差しをものともしない斎藤さんは私を緩く押しのけると、奪った杯をぐいっと一気に飲み干し伊東さんに向かって言う。

「琴月では高尚な話もできないでしょう。俺がお相手します」

 そりゃどういう意味だ!? 強く否定できないところが余計に悔しいけれど!
 何となく助けてくれたのだろうとは思うものの、もう少しからかわずに助けてはくれないものか……と心の中だけで訴えていれば、斎藤さんが私にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「断る」
「なっ……」

 どうしてバレたのか!
 抗議するより前に、斎藤さんがにやりと言い放つ。

「早く行ってこい」
「え? あ……ありがとうございます!」
「からかって礼を言われるとはな」
「なっ、斎藤さんっ!?」

 助けてもらったのか、からかわれただけなのかよくわからなくなってきたけれど。ここはもう斎藤さんにお任せして、本日の主役の元へ向かい、二人を盛大に祝福するのだった。
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