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【 花の章 】―弐―
172 藤堂さんの悩み
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隊士の募集は数名の辞退者を出しつつも概ね順調に進み、江戸を出立する日も四月二十七日に決まった。
そして、四月も下旬に差し掛かった今日は特に予定もなく、藤堂さんに朝から道場での稽古につき合ってもらっていた。
来ていた門下生らとも剣を交え、一度休憩を取るため藤堂さんとともに端へ移動し並んで腰を下ろした。
手拭いで額の汗を拭っていれば、藤堂さんは後ろ手で身体を支え足を投げ出すなり、この半年の間にまた上達したね、と褒めてくれた。
お世辞を言うタイプではないからこそ余計に嬉しくて、ついつい緩む頬を手で抑えながら、藤堂さんはどう過ごしていたのかと訊いてみた。
どうやら長屋を借りて、そこから江川塾という所に通い砲術の勉強をしていたらしい。
前方で稽古に励む門下生たちを眺めながら、今度は藤堂さんの方が訊いてくる。
「春はさ、どうしてそんなに一生懸命剣術を学ぶの? 何でそんなに強くなりたいの?」
「守りたいものがあるからです。強くなきゃ、いざって時に守れないですから……」
「じゃあ、守るために誰かを斬るの? 斬られた相手だって、何かを守ろうとしていただけかもしれないよ?」
この時代には、己の掲げる正義のために戦っている人がたくさんいることを知った。
けれど、戦う理由は何であれ相手が誰であれ、今の私の答えはこれしかない。藤堂さんの横顔に視線を移し、はっきりと告げる。
「私は斬りません。というか、正確には斬れない……なんですけど……」
「アンタらしいね。心眼だっけ、それがあれば可能なのかもね。少し羨ましいけど」
オレは散々斬ってきたから……と自嘲する横顔が、どこか遠くを見つめるようにこぼす。
「近頃よく思うんだ。オレは、何のために剣術を学んだんだろうって」
「藤堂さん……?」
私の呼びかけには振り向かず、藤堂さんは投げ出していた足を引き寄せ胡座をかいた。
道場内には稽古中の音が響き渡り、その中に混じる藤堂さんの声が、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「みんなで作り上げてきた新選組が強く大きくなっていくのは嬉しいよ。そのためにオレの力が必要とされるのも、もちろん嬉しい」
だから、治安を乱す不逞浪士や過激な尊攘志士を捕まえる。抵抗すれば斬る。相手が敵である以上、仕方がないことだと理解はしているとも。
「けどさ、敵って何? 根本にある攘夷を望む想いはみんな同じじゃないの? やり方が違うっていうだけで、どうしてお互い殺し合うの?」
そう言って、おもむろに両手をあげた藤堂さんは、銃を構え獲物を探す仕草をしながら続きを口にする。
「今回の砲術もさ、新選組が強くなるためには必要だし、オレだって学びたいと思ったから一人江戸に残って通ったけど。刀を銃に持ち替えて、オレはそれで何をするんだろうって」
銃身を止め、狙いを定めた先には竹刀を振る門下生が一人。固唾を呑みながら見守るも、藤堂さんが引き金を引くことはなかった。
そのまま手を下ろす姿にほっと息をつけば、ようやく振り向いた顔がおかしそうに吹き出した。
「なんて顔してんの」
「……え? そんなに変な顔してましたか!?」
「うん」
慌てて両手で頬を抑えるも、藤堂さんは顔から笑みを消し真っ直ぐに私を見る。
「この前さ、オレも山南さんや伊東さんの考えに近いって言ったの覚えてる?」
「はい」
その後、何かを言いかけて止めたことも、はぐらかされたことも覚えている。
「山南さんと伊東さんは考えが似てるから、いい話し相手になるんじゃないかって、そう言ったのも覚えてる?」
「はい。覚えてます」
「もちろん、それもあるんだけど。本当はさ、それだけじゃないんだ……」
それだけじゃない?
思わず首を傾げるも、あの時の続きを口にしようとしているのだと思い、藤堂さんの言葉をじっと待った。
「伊東さんが入ることで、新選組が歩もうとしてる道を少しだけ変えられるかもしれない、って思ったんだ」
「藤堂さんは、新選組を変えたいんですか?」
訊いてしまったその質問の答えは、聞きたいけれど聞きたくない……そんな気持ちだった。
それでも、早る心臓を抑えながら見つめていれば、藤堂さんは視線を逸らすように再び道場内に顔を向けた。
「……ごめん、わからない。池田屋で新選組の名が広く知れ渡ったことは嬉しかったけど、気づけばどんどん幕府よりになっていってるでしょ。正直オレは、それを素直に喜べない」
「はい。山南さんと同じ、ですね……」
考え方が似ているというのだから、それは当然の想いなのだろう。
「でも変えるってことはさ、みんな今のままじゃいられなくなるってことでしょ……」
――試衛館からの仲間がいなくなるなんてさ、考えたこともなかったから……――
山南さんの切腹を告げたあの日、藤堂さんはそう言っていた。
仲間思いの藤堂さんだからこそ、変えたいけれど変えたくない。そんな複雑な狭間で悩んでいるのかもしれない。
けれど、時に命をかけてまで生きている人たちに、その場を取り繕うだけの無責任な言葉はかけられないし、かけたくない。
「すみません。私には、どんな言葉をかけたらいいのかわかりません……。でも、こうして話してくれることが凄く嬉しいです」
「こんな話聞かされて嬉しいなんて、アンタってホントお人好し」
「そ、そんなことないです!」
茶化されてしまい思わず声を荒らげるも、反論すればするほど逆効果だったらしく、藤堂さんは声を上げて笑い出す。
けれどその笑い声の中に、ありがと、という言葉が混じっていたのを聞き逃さなかった。
しばらく笑っていた藤堂さんは、笑い疲れたように、はぁ~と大きく息を吐き出しながら両手を後ろについた。
「春には負けたくないんだけど」
「……突然、どうしたんですか?」
「こんな弱い所、見せたくなんかなかったってこと」
「あのー、こういうのに勝ち負けはないかと……」
そんなことないよ、とすぐさま否定され若干呆れるも、その姿はどこか拗ねた子供のようで、こうやって悩みを話してくれることの嬉しさも相まってつい頬も緩む。
途端に、藤堂さんが横目でじろりと見てくる。
「何?」
「何でもないです」
……と言いつつも、正直、笑いを堪えるのに必死なわけで。
「なんか生意気」
「えー、言いがかりです」
……と返せば、伸びてきた片手が私の震える頬をつまんだ。
「大人をからかったバツ」
「にゃっ!?」
慌ててその手を振り解きながら、盛大に吹き出す藤堂さんに反論する。
「大人も何も、二つしか違わないじゃないですか! 第一、私だってこう見えて一応は大人ですからね!?」
「一応、なんだ」
「そ、そうですよ!」
あえて“立派”と言わなかった謙虚さが、いかにも大人らしいじゃない!?
「だいたい、見る人によっては藤堂さんの方が年下だと思うかもしれませんよ!?」
実際、年齢を訊くまでは同い年か、私の方が年上だと思っていたくらいなのだから。
いまだ笑い続ける藤堂さんに力説すれば、あろうことか私のお腹まで激しく自己主張する。
「あ……」
「お願い、もうやめて。笑い死ぬ」
笑わせるつもりなんてないからね!?
穴があったら今すぐ入りたい気分で言い訳を探すも、なぜか全く違う言葉を口にしてしまった。
「と、藤堂さん! 私と勝負しませんか!?」
って、どれだけ動転しているのか! 自分でもびっくりする!
とはいえ、笑いながらも藤堂さんはすでに乗り気で、結果的に話を逸らすことには成功しているのでこのまま勝負することにした。
「勝負方法と報酬は?」
「えっと、じゃあ縵面形で。報酬は……」
どうしようかと考え込む私に、藤堂さんが提案する。
「なら、お腹空いてるみたいだし今からご飯食べに行く? 負けたほうが奢るってことで」
「……そ、それで……」
全然逸らせてなんかいなかった……。
もう今さら恥も外聞もないので、ここは開き直って甘味屋の追加も所望した。
「アンタらしいね」
「汗をかいたあとは、甘いものが食べたくなるんですっ!」
相変わらず準備がいい藤堂さんは、袂から一文銭を取り出すなり、投げていいよ、と私に手渡した。
ついでに先に決めていいとも言われ、藤堂さんは残った方を選ぶ。
結果。運良く私の勝ち。
竹刀を片づけ道場を出ると、さっそく支度をして揃って試衛館を出る。近くの食事処へ向かって歩いていると、あのさ……と藤堂さんにしては珍しく歯切れ悪く切り出した。
「オレはやっぱり春に負けたくない」
「へ? ま、まぁ、それは何度も聞いてるんで知ってますが……」
さっき負けたのが、そんなに悔しかったのだろうか……。
それならば、甘味の代金は賭けの対象から外すことを提案しようとするも、前を見たままの藤堂さんの言葉が遮った。
「弱い所なんて見せたくないって言ったけどさ、春になら少しくらい曝け出してもいいかなって思ったりもする。自分でも矛盾してると思うけど」
「それじゃ、あのっ……私でよければいくらでも話を聞きますからっ!」
つい前のめりに返事をすれば、藤堂さんは若干驚きながらも私に顔を向けて苦笑する。
「うん。その時はまたよろしく」
「はいっ!」
今一度前のめりで返事をすれば、藤堂さんはそっぽを向くと同時に私の頭に手を乗せた。
「何か悔しいけど、ありがと」
「……はい!」
ところで、私と藤堂さんの身長は大して変わらない。身長差がない分頭は撫でにくいと思うのだけれど、こうしてわざわざそれをするということは……これはもしや、二つ違いと言えどオレの方が大人なんだぞアピールだったり?
「藤堂さん」
「何?」
こちらを向いた藤堂さんと目が合った。
「年は二つしか変わらないですけど、ちゃんと人生の先輩として尊敬してますからね?」
「何それ。アンタってやっぱり面白い」
そう言って盛大に吹き出す姿に、的外れなことを言ったのだと理解した。
けれどもじゃあ、何のアピールだというのか。
「二十日鼠みたいだから、つい撫でたくなっただけだよ」
「なるほど……」
って、子供扱いどころか人間ですらないし!
そこはせめて、ハムスターでお願いしたいのだけれど!
何だか悔しいので、子犬のような藤堂さんの頭をよしよしと優しく撫でてみれば、へー……と聞こえた次の瞬間、仕返しとばかりに髪がぐちゃぐちゃになるほど撫でられるのだった。
そして、四月も下旬に差し掛かった今日は特に予定もなく、藤堂さんに朝から道場での稽古につき合ってもらっていた。
来ていた門下生らとも剣を交え、一度休憩を取るため藤堂さんとともに端へ移動し並んで腰を下ろした。
手拭いで額の汗を拭っていれば、藤堂さんは後ろ手で身体を支え足を投げ出すなり、この半年の間にまた上達したね、と褒めてくれた。
お世辞を言うタイプではないからこそ余計に嬉しくて、ついつい緩む頬を手で抑えながら、藤堂さんはどう過ごしていたのかと訊いてみた。
どうやら長屋を借りて、そこから江川塾という所に通い砲術の勉強をしていたらしい。
前方で稽古に励む門下生たちを眺めながら、今度は藤堂さんの方が訊いてくる。
「春はさ、どうしてそんなに一生懸命剣術を学ぶの? 何でそんなに強くなりたいの?」
「守りたいものがあるからです。強くなきゃ、いざって時に守れないですから……」
「じゃあ、守るために誰かを斬るの? 斬られた相手だって、何かを守ろうとしていただけかもしれないよ?」
この時代には、己の掲げる正義のために戦っている人がたくさんいることを知った。
けれど、戦う理由は何であれ相手が誰であれ、今の私の答えはこれしかない。藤堂さんの横顔に視線を移し、はっきりと告げる。
「私は斬りません。というか、正確には斬れない……なんですけど……」
「アンタらしいね。心眼だっけ、それがあれば可能なのかもね。少し羨ましいけど」
オレは散々斬ってきたから……と自嘲する横顔が、どこか遠くを見つめるようにこぼす。
「近頃よく思うんだ。オレは、何のために剣術を学んだんだろうって」
「藤堂さん……?」
私の呼びかけには振り向かず、藤堂さんは投げ出していた足を引き寄せ胡座をかいた。
道場内には稽古中の音が響き渡り、その中に混じる藤堂さんの声が、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「みんなで作り上げてきた新選組が強く大きくなっていくのは嬉しいよ。そのためにオレの力が必要とされるのも、もちろん嬉しい」
だから、治安を乱す不逞浪士や過激な尊攘志士を捕まえる。抵抗すれば斬る。相手が敵である以上、仕方がないことだと理解はしているとも。
「けどさ、敵って何? 根本にある攘夷を望む想いはみんな同じじゃないの? やり方が違うっていうだけで、どうしてお互い殺し合うの?」
そう言って、おもむろに両手をあげた藤堂さんは、銃を構え獲物を探す仕草をしながら続きを口にする。
「今回の砲術もさ、新選組が強くなるためには必要だし、オレだって学びたいと思ったから一人江戸に残って通ったけど。刀を銃に持ち替えて、オレはそれで何をするんだろうって」
銃身を止め、狙いを定めた先には竹刀を振る門下生が一人。固唾を呑みながら見守るも、藤堂さんが引き金を引くことはなかった。
そのまま手を下ろす姿にほっと息をつけば、ようやく振り向いた顔がおかしそうに吹き出した。
「なんて顔してんの」
「……え? そんなに変な顔してましたか!?」
「うん」
慌てて両手で頬を抑えるも、藤堂さんは顔から笑みを消し真っ直ぐに私を見る。
「この前さ、オレも山南さんや伊東さんの考えに近いって言ったの覚えてる?」
「はい」
その後、何かを言いかけて止めたことも、はぐらかされたことも覚えている。
「山南さんと伊東さんは考えが似てるから、いい話し相手になるんじゃないかって、そう言ったのも覚えてる?」
「はい。覚えてます」
「もちろん、それもあるんだけど。本当はさ、それだけじゃないんだ……」
それだけじゃない?
思わず首を傾げるも、あの時の続きを口にしようとしているのだと思い、藤堂さんの言葉をじっと待った。
「伊東さんが入ることで、新選組が歩もうとしてる道を少しだけ変えられるかもしれない、って思ったんだ」
「藤堂さんは、新選組を変えたいんですか?」
訊いてしまったその質問の答えは、聞きたいけれど聞きたくない……そんな気持ちだった。
それでも、早る心臓を抑えながら見つめていれば、藤堂さんは視線を逸らすように再び道場内に顔を向けた。
「……ごめん、わからない。池田屋で新選組の名が広く知れ渡ったことは嬉しかったけど、気づけばどんどん幕府よりになっていってるでしょ。正直オレは、それを素直に喜べない」
「はい。山南さんと同じ、ですね……」
考え方が似ているというのだから、それは当然の想いなのだろう。
「でも変えるってことはさ、みんな今のままじゃいられなくなるってことでしょ……」
――試衛館からの仲間がいなくなるなんてさ、考えたこともなかったから……――
山南さんの切腹を告げたあの日、藤堂さんはそう言っていた。
仲間思いの藤堂さんだからこそ、変えたいけれど変えたくない。そんな複雑な狭間で悩んでいるのかもしれない。
けれど、時に命をかけてまで生きている人たちに、その場を取り繕うだけの無責任な言葉はかけられないし、かけたくない。
「すみません。私には、どんな言葉をかけたらいいのかわかりません……。でも、こうして話してくれることが凄く嬉しいです」
「こんな話聞かされて嬉しいなんて、アンタってホントお人好し」
「そ、そんなことないです!」
茶化されてしまい思わず声を荒らげるも、反論すればするほど逆効果だったらしく、藤堂さんは声を上げて笑い出す。
けれどその笑い声の中に、ありがと、という言葉が混じっていたのを聞き逃さなかった。
しばらく笑っていた藤堂さんは、笑い疲れたように、はぁ~と大きく息を吐き出しながら両手を後ろについた。
「春には負けたくないんだけど」
「……突然、どうしたんですか?」
「こんな弱い所、見せたくなんかなかったってこと」
「あのー、こういうのに勝ち負けはないかと……」
そんなことないよ、とすぐさま否定され若干呆れるも、その姿はどこか拗ねた子供のようで、こうやって悩みを話してくれることの嬉しさも相まってつい頬も緩む。
途端に、藤堂さんが横目でじろりと見てくる。
「何?」
「何でもないです」
……と言いつつも、正直、笑いを堪えるのに必死なわけで。
「なんか生意気」
「えー、言いがかりです」
……と返せば、伸びてきた片手が私の震える頬をつまんだ。
「大人をからかったバツ」
「にゃっ!?」
慌ててその手を振り解きながら、盛大に吹き出す藤堂さんに反論する。
「大人も何も、二つしか違わないじゃないですか! 第一、私だってこう見えて一応は大人ですからね!?」
「一応、なんだ」
「そ、そうですよ!」
あえて“立派”と言わなかった謙虚さが、いかにも大人らしいじゃない!?
「だいたい、見る人によっては藤堂さんの方が年下だと思うかもしれませんよ!?」
実際、年齢を訊くまでは同い年か、私の方が年上だと思っていたくらいなのだから。
いまだ笑い続ける藤堂さんに力説すれば、あろうことか私のお腹まで激しく自己主張する。
「あ……」
「お願い、もうやめて。笑い死ぬ」
笑わせるつもりなんてないからね!?
穴があったら今すぐ入りたい気分で言い訳を探すも、なぜか全く違う言葉を口にしてしまった。
「と、藤堂さん! 私と勝負しませんか!?」
って、どれだけ動転しているのか! 自分でもびっくりする!
とはいえ、笑いながらも藤堂さんはすでに乗り気で、結果的に話を逸らすことには成功しているのでこのまま勝負することにした。
「勝負方法と報酬は?」
「えっと、じゃあ縵面形で。報酬は……」
どうしようかと考え込む私に、藤堂さんが提案する。
「なら、お腹空いてるみたいだし今からご飯食べに行く? 負けたほうが奢るってことで」
「……そ、それで……」
全然逸らせてなんかいなかった……。
もう今さら恥も外聞もないので、ここは開き直って甘味屋の追加も所望した。
「アンタらしいね」
「汗をかいたあとは、甘いものが食べたくなるんですっ!」
相変わらず準備がいい藤堂さんは、袂から一文銭を取り出すなり、投げていいよ、と私に手渡した。
ついでに先に決めていいとも言われ、藤堂さんは残った方を選ぶ。
結果。運良く私の勝ち。
竹刀を片づけ道場を出ると、さっそく支度をして揃って試衛館を出る。近くの食事処へ向かって歩いていると、あのさ……と藤堂さんにしては珍しく歯切れ悪く切り出した。
「オレはやっぱり春に負けたくない」
「へ? ま、まぁ、それは何度も聞いてるんで知ってますが……」
さっき負けたのが、そんなに悔しかったのだろうか……。
それならば、甘味の代金は賭けの対象から外すことを提案しようとするも、前を見たままの藤堂さんの言葉が遮った。
「弱い所なんて見せたくないって言ったけどさ、春になら少しくらい曝け出してもいいかなって思ったりもする。自分でも矛盾してると思うけど」
「それじゃ、あのっ……私でよければいくらでも話を聞きますからっ!」
つい前のめりに返事をすれば、藤堂さんは若干驚きながらも私に顔を向けて苦笑する。
「うん。その時はまたよろしく」
「はいっ!」
今一度前のめりで返事をすれば、藤堂さんはそっぽを向くと同時に私の頭に手を乗せた。
「何か悔しいけど、ありがと」
「……はい!」
ところで、私と藤堂さんの身長は大して変わらない。身長差がない分頭は撫でにくいと思うのだけれど、こうしてわざわざそれをするということは……これはもしや、二つ違いと言えどオレの方が大人なんだぞアピールだったり?
「藤堂さん」
「何?」
こちらを向いた藤堂さんと目が合った。
「年は二つしか変わらないですけど、ちゃんと人生の先輩として尊敬してますからね?」
「何それ。アンタってやっぱり面白い」
そう言って盛大に吹き出す姿に、的外れなことを言ったのだと理解した。
けれどもじゃあ、何のアピールだというのか。
「二十日鼠みたいだから、つい撫でたくなっただけだよ」
「なるほど……」
って、子供扱いどころか人間ですらないし!
そこはせめて、ハムスターでお願いしたいのだけれど!
何だか悔しいので、子犬のような藤堂さんの頭をよしよしと優しく撫でてみれば、へー……と聞こえた次の瞬間、仕返しとばかりに髪がぐちゃぐちゃになるほど撫でられるのだった。
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