落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―壱―

146 原田さんの誤解①

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 原田さんと恋仲になったおまさちゃんは、私が女だと知っても今までと何一つ変わらず接してくれて、それが凄くありがたくて嬉しかった。
 ここへ来て初めてできた同性の友だちの惚気にも似た恋バナは、恋をしたことがない私でさえ、幸せのお裾分けをしてもらっている気分だった。

 そんなある日、原田さんに買い物につき合って欲しいと頼まれた。
 おまさちゃんに内緒で贈り物をしたいらしく、おまさちゃんとも仲がよくて可愛い物好きな私の意見を参考にしたいのだという。
 どうやらいつぞやの梅柄のお守り袋を手に取って以来、原田さんの中で私は“可愛い物が好きな”という印象らしい。
 さっそく原田さんと小間物屋へ行けば、陳列された商品を前に、うーん、と唸りだした。

「何を贈りゃ喜ぶんだ?」
「おまさちゃんだったら、何を贈っても喜んでくれると思いますよ」
「そう言われてもなあ……」

 これといったアドバイスはできないけれど、相思相愛の二人なら、きっとどんなものでも喜ぶと思う。

「あっ、簪なんてどうですか? 普段から身につけられるし、いくつ持っていても困るものでもないから喜んでくれると思います」
「……受け取ってくれると思うか?」

 沖田さんが簪を買ってくれたことを思い出して言ったつもりが、原田さんのどこか不安げな渋り方に思わず首を傾げた。
 そんな私の様子を、原田さんは少しだけ驚いたように見つめてくる。

「お前まさか……男が女に簪を贈る意味を知らないとか言うんじゃねーだろうな……」
「意味……? 意味なんてあるんですか?」

 再び首を傾げれば、耳のすぐ後ろ辺りから囁くような声がした。

「あなたと一生を添い遂げたい」

 驚いて振り返れば、笑顔を携えた人物が佇んでいた。

「そういう意味を含めて贈ることもあるんですよ」
「お、沖田さんっ! いつからそこにいたんですか!?」

 その格好は巡察の途中みたいだけれど、気配を消したうえに突然耳元でしゃべられたら擽ったいからっ!
 って、何だっけ? 驚いたせいでちゃんと内容が入ってこなかったし!
 抗議の眼差しを送るも、二人は私を無視して会話を始めてしまった。

「ついこの間、恋仲になったばっかなのに早くねーかな? いや、もちろんいつかは……とは思っちゃいるが、いきなりこんなもん贈られて、迷惑に思ったりしねーかな?」
「別に今すぐじゃなくても、いつかは婚姻を結びたい、祝言を挙げたい。そういう意思表示の意味で渡してもいいんじゃないですか~?」

 婚姻を結ぶとか祝言を挙げるとか、どうやらプロポーズの意味があるらしい。
 沖田さんがいくつかの簪を選んで勧めれば、原田さんはどこか照れながらも、その中から一つを手に取り会計へと向かった。

 おまさちゃんならきっと、泣くほど喜ぶに違いない。
 そんな光景を想像して私まで嬉しくなるも、ふと思い出す。沖田さんも私に簪を買ってくれたけれど、あれはいったい……?
 ゆっくりと振り返り沖田さんを見上げれば、大げさに首を傾げられた。

「何です~?」
「え、いえ。何でもないです」

 慌てて視線を原田さんの背中へ戻せば、すぐ後ろから微かに笑いを含んだ声がする。

「僕、男には興味ないですよ」

 って、惚けたふりしてわかってるじゃん!
 仕返しとばかりに聞こえないふりをしていれば、でも……と、後ろから沖田さんの近付く気配がする。
 直後、再び耳元で囁かれた。

「春くんだったら、別にいいかな~なんて思ったりしますけど」
「えっ!?」

 いきなりの男色発言に驚いて振り返れば、冗談ですよ、と笑われた。
 お、沖田さんめっ!

「あの格好では、刀を差すわけにはいきませんからね。いざって時の護身用にと思ったんです。それじゃ、僕は巡察に戻ります」

 そう言うと、よしよしするように私の頭を撫でて去っていった。
 相変わらず猫のようなその背中を見送りながら思うのは、本当に護身用のつもりでくれたのだろうということ。
 だって沖田さんは、私が女だとは思ってもいないはずだから。





 それから数日は雨が続き、ようやくやんだ十一月も終わり頃。
 非番のこの日もおまさちゃんのところへ行けば、さっそく二人きりの女子会が始まった。おまさちゃんは懐から何かを取り出して、おずおずとそれを見せてくれる。

「あんなぁ、原田はんにお守り袋作ってみたんやけど……」

 近頃隊務で忙しくしている原田さんのために、その無事を願って昨夜のうちに作ったのだという。
 そんな健気さに私まで胸がきゅんとなるも、まだ中身は空っぽだというのでさっそく今から神社へ行くことにした。

 買うわけでもないのに小間物屋の前では足が止まり、あれが可愛いこれが可愛いと、女の子同士ならではの時間を過ごしながら神社へと向かえば、おまさちゃんは無事手にしたお札をお守り袋に入れ大事そうに懐へとしまった。

「早く渡せるといいね」
「うん。おおきに」

 無事目的を達成し、おまさちゃんを店まで送ろうと歩き始めるも、そこはやっぱり女同士。話せど話せどおしゃべりが尽きることはなく、どちらからともなくもう少しだけと、寒さを凌ぐように身を寄せ合いながら近くの川べりに腰を下ろした。

 そうして幸せのお裾分けをしてもらっているうちに、日も随分と傾きそろそろ帰ろうと揃って立ち上がった時だった。
 後ろから聞こえたのは、原田さんのやけに低い声だった。

「なあ、お前ら頻繁に会い過ぎじゃねえか?」

 その声は、怒り、悲しみ、焦り……ごちゃ混ぜになった感情を押し殺したような色をしていて、同時に思い出すのは、いつか沖田さんが言っていた台詞だった。

 ――おまさちゃんが男と歩いてたら、左之さんが焼き餅焼いちゃうかもしれないじゃないですか~――

 誤解させてしまったのだと気がつくも、もう遅かった。

「春、俺はお前や総司に感謝してる。だが、どういうつもりだ? まるで恋仲みてえにまさと寄り添いやがって」
「原田さん。その、誤解させてしまってすみま――」

 咄嗟に謝るも、怒りを露わに歩を進めた原田さんが、おまさちゃんから離すように私を突き飛ばした。
 数歩下がった先で小石に足を取られて倒れると、おまさちゃんが私に駆け寄り不安げに原田さんを見上げた。

「ちゃうの。うちが無理言うて来てもろうてんねん」

 それはきっと、私が女だと打ち明けられないことを悟ったおまさちゃんの気遣いだった。
 けれど、私なんかを庇うべきじゃなかった。私に駆け寄るべきじゃなかったんだ。

「……何だよ、それ。そいつの味方すんのかよ」
「原田さん! 誤解なんです。話を聞いてくだ――」
「わかったよ。邪魔者は俺の方なんだろ。潔く引いてやるさ。あとは二人で勝手によろしくやってろ」
「原田さんっ!」

 さっさと立ち去ろうとする背中を追いかると、両手を広げてその進路を塞いだ。邪魔だ、と肩を押しのけられても、再び前へ回り込む。

「どけよ」
「ちゃんと話を聞いてくれるまでどきません!」
「言い訳なんか聞きたくねーんだよ」
「いい訳じゃありませんっ! 誤解を解きたいんです!」

 もうこうなったら打ち明けよう。意を決して原田さんを強く見上げれば、冷たい視線が降り注ぐ。

「なら、その前に一つ訊かせろ。まさのことどう思ってんだ?」
「……どう、とは?」
「惚けんじゃねえ。好きか嫌いか訊いてんだよ! それ以外の答えは訊いてねえ」
「それは……」

 その訊き方は少しズルい。こんな状況じゃ、どっちを選んでも選ばなくても原田さんの怒りを煽るだけだ。
 ならば答えはおのずと一つ、嘘ではない本音を口にするしかない。

「好きですよ。もちろん、友だちとしてですけど」
「この期に及んでまだそんなこと言うか! どこまでコケにすりゃ気が済むんだてめえはっ!」

 今にも殴りかかる勢いで胸ぐらを掴まれれば、きつく目を閉じその後の展開に覚悟する。
 直後、制止を叫ぶおまさちゃんの声に混じって何か落ちる音がして、思わず音のした足元を確認すれば、原田さんがおまさちゃんに贈るつもりで買った簪が落ちていた。
 チッと舌打ちをした原田さんがゆるりと私を解放すると、まるで忌々しいものを見るような目で拾い上げ、指先でくるくる回しながら嘲笑った。

「はっ……こんなもん……。こうしてやるっ!!」

 まさか! と阻止しようにもその身長差には為す術もなく、弧を描くように宙を舞った簪は、やがてポチャンと音を立てて水面を揺らした。

「原田さんっ!!」

 誤解させてしまったせいとはいえ、人の話を聞こうともせず怒りに任せておまさちゃんへのプレゼントを投げ捨てたこと、無性に腹も立つけれど!
 今はまず簪が先!
 刀だけを置き、すぐさま川へ入ればバシャバシャと水飛沫があがる。

「おいっ、春!?」

 原田さんの驚いた声を無視して簪を追いかけるも、ここのところ雨が降っていたせいか思ったよりも水かさがある。おまけに水を吸った袴が足に重くまとわりつき、冷たさも相まって全身の毛が逆立つどころの話じゃない。
 最初こそ膝丈だったはずの川は一歩進むごとに急激に深さを増し、すでに腰の辺りまで浸かっている。唯一の救いは、簪は沈むことなく橋柱に引っ掛かったことだった。

 もう少し手を伸ばせば届く……と大きく一歩を踏み出せば簪を捕まえた。
 けれど、あるはずの水底がそこにはなく、私の両足はただ冷たい水を掻くだけだった。泳いで戻ればいいだけなのに、まとわりつく袴と着物がそれを許してはくれない。

 刹那。身を斬るような痛みが全身を襲い、一瞬にして身体がいうことをきかなくなった。沈む視界から逃れるべく目を瞑れば、天と地の区別すらわからなくなって、抗おうとすればするほど苦しさが増し、ようやく溺れているのだと理解した。

 とはいえ、自覚できたところでもう遅い。氷のように冷たい水は、何一ついうことをきかない私の身体の内と外を容赦なく侵していく。
 途切れる意識の間際、僅かに開いた視界に映るのは、赤い夕焼けを背に私へと腕を伸ばす原田さんだった――
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