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【 花の章 】―壱―
128 夢の中へ②
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近くで聞こえる話し声に目を開ければ、布団の左右と頭から、しまったという顔で私を見下ろす三人の顔が見えた。
永倉さんと原田さんと藤堂さんだった。
「悪い悪い、起こしちまったな」
右側の原田さんが、ばつが悪そうに後頭部を掻けば、頭上の藤堂さんが呆れたため息をつく。
「もう、左之さん声が大き過ぎ。春、調子はどう?」
そう言って、再び私を覗き込んだ。
「……大丈夫です」
「本当?」
疑いの眼差しを向ける藤堂さんに頷くも、腕を伸ばして私のおでこに手をあてがうなり肩を竦めた。
「まだ熱いよ」
「……すみません」
咄嗟に謝れば、今度は左側に座っていた永倉さんが、枕元の桶で絞った手拭いをおでこに乗せてくれた。
「まだ熱も下がってないのにすまんな。西瓜を手に入れたから、様子見がてら春にもと思って持って来たんだが……」
そう言うと、意味ありげに原田さんと藤堂さんの顔を順に見た。
「おい新八。西瓜目当てでついて来た、みたいな目で見るな。俺だって春が心配で来たんだぞ!」
「左之さん。ムキになるあたり余計に怪しいけど?」
すかさず突っ込んだ藤堂さんを見て、永倉さんが苦笑した。
「平助。お前だってどこか行こうとしてただろう。西瓜持った俺を見て、慌てて戻って来たように見えたぞ?」
「何だ。平助こそ西瓜目当てじゃねーか」
「ちょ、アレは春のために西瓜を買いに行こうとしてたんだって! けど、新八さんが持ってるなら、二つもいらないなって引き返しただけだよ!」
必死に反論する藤堂さんの姿は相変わらず子犬みたいで、この前はどんな場面でそう思ったんだっけ……と記憶を手繰り寄せた。
けれど、原田さんと目が合いあることを思い出した途端、心臓が早鐘を打ち始めた。
「……原田さん、あの、肩は……」
「ん? 肩? ああ、平気だって言っただろ? ほら」
そう言って、原田さんは勢いよく肩をぐるぐると回して見せるものの、直後、僅かに顔をしかめた。
「左之。浅いとはいえ、馬鹿なことしてると治りが遅くなるぞ」
やっぱり無理して平気そうに振る舞っているんじゃ……と慌てて原田さんに謝れば、頭上から藤堂さんに頭を小突かれた。
「別にアンタのせいじゃないでしょ。それに、春が言わなきゃ今の今まで傷のことなんて忘れてたよ。でしょ、左之さん?」
「平助、俺を鶏みたいに言うな。ま、その通りなんだけどな!」
そう言って豪快に笑い始めると、永倉さん、藤堂さんもつられたように笑いだす。そんないつも通りの光景は、余計に私の胸を締めつけた。
すっと瞼を閉じれば、永倉さんの慌てたような声がした。
「すまん、長居し過ぎたな。春の分の西瓜はここへ置いていくから、ゆっくり食べてくれ」
「……でも、みなさんで食べてください……」
すみません……と最後まで口にできたのかどうかもはっきりしないまま、夢の中へと逃げ込むのだった。
片頬にだけある違和感を払拭するべく、呻くように小さく伸びをした。
けれども執拗に与えられる刺激は止みそうになく、意識が浮上するにつれ徐々に痛みすらともない、堪らず瞼をこじ開けた。
「あ、起きた」
随分と近くで聞こえた声に顔を向ければ、布団の外で肘枕をして横になる沖田さんが、空いた方の手で私の頬を突っついている、という状況だった。
「……沖田さん? 何してるんですか?」
「突っつきの刑に処しているところです」
よくわからないけれど、沖田さんの人差し指を捕まえて刑の続行を阻止すれば、すかさず悪戯っ子のような笑みが返ってくる。
「あれ、擽りの刑の方がいいですか?」
「どっちも遠慮し……」
遠慮します、と言いかけるも、沖田さんと交わした約束を思い出し言葉に詰まった。
「沖田さん、すみません……。私……」
「……私?」
続きをねだるように向けられる笑顔は、私が言おうとしていることなんてわかっている……そんな顔だ。
それでも約束を守れなかったのは私だから。沖田さんの指を解放して小さく息を整えれば、少しだけ視線を外して重たい口を開いた。
「私、約束を守れませんでした……。すみません……」
沖田さんの分まで戦ってくると言ったこと。新選組は、私がちゃんと守ると言ったこと。
敵も倒せず原田さんたちに怪我まで負わせ、結局、何一つ守ることなんてできなかった。
思わず唇を噛み逃げるように顔を逸らすも、沖田さんは楽しそうに追い詰めてくる。
「それは、春くんは約束を違えたということですか?」
視線を合わせることもできないまま小さく頷けば、沖田さんはなおも楽しげに言葉を紡ぐ。
「なら、お仕置きをしないといけませんね?」
そう告げるなり、再び伸ばした片手で私の両頬をむにゅっと挟み、強制的に顔を沖田さんの方へ向けられた。
驚きで目を見開けば、盛大に吹き出された。
「蛸みたいですね」
「なっ……」
「あはは。今度は茹で蛸です」
慌ててその手を引き剥がせば、沖田さんはひょいと身体を起こして胡座の上で片肘をつく。
「銃を相手に大活躍だったって、左之さんが言ってましたよ?」
「そんなことっ。だって私、原田さんを……」
守るどころか怪我まで負わせてしまったのに。
「肩の傷ですか? あれくらい怪我のうちには入りませんよ。さっきだっていつも通り巡察に行っちゃいましたし、別に春くんのせいでもないじゃないですか」
そんなのは運がよかっただけだ。次は取り返しのつかない傷を負わせてしまうかもしれない。そうなってからでは遅い。
沖田さんは頬杖を外すと、気持ち背筋を伸ばした。
「僕は、約束を違えられたとは思っていません」
「……でもさっき、突っつきの刑って……」
「あ~、あれは仕返しです」
「……え?」
「ほら、どっかの誰かさんが抜け駆けしちゃいましたから。その仕返しです」
屯所でじっとしているのは退屈だったんですよ、とわざとらしく子供のように口を尖らせた。
そんな沖田さんに慌てて今の体調を訊ねれば、脱力するように背中を丸めて笑いだす。
「春くんは本当に心配性ですね。でも、おかげ様ですっかりよくなりましたよ」
ずっと部屋にこもって寝ているだけの私には、その言葉が真実かどうかなんてわからない。それでも、その言葉にホッとした……ううん、したかっただけなのかもしれないけれど。
逃げるように瞼を下ろすも、そういえば、と手をポンと打ち鳴らす音に引き留められた。
「春くんのためにアレを作ってきたんです」
……アレ?
何のことだろうと考えている間に、沖田さんは畳の上に置いてあったお盆の上から湯飲みを取り、はい、と私に差し出した。
「起きれますか?」
一つ、小さく頷くと同時に思い出す。
……ああ、アレか。池田屋の時の……と。
池田屋……。
追いやっていたはずの記憶まで呼び起こしそうになり、僅かに持ち上げた頭も途中で止まる。
それ以上は自力で起き上がれないと思ったのか、沖田さんが布団との隙間に腕を差し入れた。
「ゆっくりでいいですよ」
そう言って、唇にあてがわれた湯飲みの縁はひんやりとしていて、うるさい鼓動が落ちつきを取り戻すのに合わせて沖田さんの腕に頭を預けた。
美味しい……のかな。よくわからないけれど、口に含むたび火照った身体に染み渡っていくような感覚がして、気がつけば飲み干していた。
「春くんのを真似て作ってみたんですけど、左之さんの二の舞にならなくてよかったです」
冗談めかしてあの時のことを話し始める沖田さんは、思い出し笑いをしながらゆっくりと頭を布団へ下ろしてくれた。
そんなこともあったっけ……と思うものの、それ以上思い出すことを拒絶するかのように瞼が重くなる。
冷たい手拭いがおでこに乗せられると、また来ます、という声が聞こえたのを最後に深い眠りへと落ちていくのだった。
永倉さんと原田さんと藤堂さんだった。
「悪い悪い、起こしちまったな」
右側の原田さんが、ばつが悪そうに後頭部を掻けば、頭上の藤堂さんが呆れたため息をつく。
「もう、左之さん声が大き過ぎ。春、調子はどう?」
そう言って、再び私を覗き込んだ。
「……大丈夫です」
「本当?」
疑いの眼差しを向ける藤堂さんに頷くも、腕を伸ばして私のおでこに手をあてがうなり肩を竦めた。
「まだ熱いよ」
「……すみません」
咄嗟に謝れば、今度は左側に座っていた永倉さんが、枕元の桶で絞った手拭いをおでこに乗せてくれた。
「まだ熱も下がってないのにすまんな。西瓜を手に入れたから、様子見がてら春にもと思って持って来たんだが……」
そう言うと、意味ありげに原田さんと藤堂さんの顔を順に見た。
「おい新八。西瓜目当てでついて来た、みたいな目で見るな。俺だって春が心配で来たんだぞ!」
「左之さん。ムキになるあたり余計に怪しいけど?」
すかさず突っ込んだ藤堂さんを見て、永倉さんが苦笑した。
「平助。お前だってどこか行こうとしてただろう。西瓜持った俺を見て、慌てて戻って来たように見えたぞ?」
「何だ。平助こそ西瓜目当てじゃねーか」
「ちょ、アレは春のために西瓜を買いに行こうとしてたんだって! けど、新八さんが持ってるなら、二つもいらないなって引き返しただけだよ!」
必死に反論する藤堂さんの姿は相変わらず子犬みたいで、この前はどんな場面でそう思ったんだっけ……と記憶を手繰り寄せた。
けれど、原田さんと目が合いあることを思い出した途端、心臓が早鐘を打ち始めた。
「……原田さん、あの、肩は……」
「ん? 肩? ああ、平気だって言っただろ? ほら」
そう言って、原田さんは勢いよく肩をぐるぐると回して見せるものの、直後、僅かに顔をしかめた。
「左之。浅いとはいえ、馬鹿なことしてると治りが遅くなるぞ」
やっぱり無理して平気そうに振る舞っているんじゃ……と慌てて原田さんに謝れば、頭上から藤堂さんに頭を小突かれた。
「別にアンタのせいじゃないでしょ。それに、春が言わなきゃ今の今まで傷のことなんて忘れてたよ。でしょ、左之さん?」
「平助、俺を鶏みたいに言うな。ま、その通りなんだけどな!」
そう言って豪快に笑い始めると、永倉さん、藤堂さんもつられたように笑いだす。そんないつも通りの光景は、余計に私の胸を締めつけた。
すっと瞼を閉じれば、永倉さんの慌てたような声がした。
「すまん、長居し過ぎたな。春の分の西瓜はここへ置いていくから、ゆっくり食べてくれ」
「……でも、みなさんで食べてください……」
すみません……と最後まで口にできたのかどうかもはっきりしないまま、夢の中へと逃げ込むのだった。
片頬にだけある違和感を払拭するべく、呻くように小さく伸びをした。
けれども執拗に与えられる刺激は止みそうになく、意識が浮上するにつれ徐々に痛みすらともない、堪らず瞼をこじ開けた。
「あ、起きた」
随分と近くで聞こえた声に顔を向ければ、布団の外で肘枕をして横になる沖田さんが、空いた方の手で私の頬を突っついている、という状況だった。
「……沖田さん? 何してるんですか?」
「突っつきの刑に処しているところです」
よくわからないけれど、沖田さんの人差し指を捕まえて刑の続行を阻止すれば、すかさず悪戯っ子のような笑みが返ってくる。
「あれ、擽りの刑の方がいいですか?」
「どっちも遠慮し……」
遠慮します、と言いかけるも、沖田さんと交わした約束を思い出し言葉に詰まった。
「沖田さん、すみません……。私……」
「……私?」
続きをねだるように向けられる笑顔は、私が言おうとしていることなんてわかっている……そんな顔だ。
それでも約束を守れなかったのは私だから。沖田さんの指を解放して小さく息を整えれば、少しだけ視線を外して重たい口を開いた。
「私、約束を守れませんでした……。すみません……」
沖田さんの分まで戦ってくると言ったこと。新選組は、私がちゃんと守ると言ったこと。
敵も倒せず原田さんたちに怪我まで負わせ、結局、何一つ守ることなんてできなかった。
思わず唇を噛み逃げるように顔を逸らすも、沖田さんは楽しそうに追い詰めてくる。
「それは、春くんは約束を違えたということですか?」
視線を合わせることもできないまま小さく頷けば、沖田さんはなおも楽しげに言葉を紡ぐ。
「なら、お仕置きをしないといけませんね?」
そう告げるなり、再び伸ばした片手で私の両頬をむにゅっと挟み、強制的に顔を沖田さんの方へ向けられた。
驚きで目を見開けば、盛大に吹き出された。
「蛸みたいですね」
「なっ……」
「あはは。今度は茹で蛸です」
慌ててその手を引き剥がせば、沖田さんはひょいと身体を起こして胡座の上で片肘をつく。
「銃を相手に大活躍だったって、左之さんが言ってましたよ?」
「そんなことっ。だって私、原田さんを……」
守るどころか怪我まで負わせてしまったのに。
「肩の傷ですか? あれくらい怪我のうちには入りませんよ。さっきだっていつも通り巡察に行っちゃいましたし、別に春くんのせいでもないじゃないですか」
そんなのは運がよかっただけだ。次は取り返しのつかない傷を負わせてしまうかもしれない。そうなってからでは遅い。
沖田さんは頬杖を外すと、気持ち背筋を伸ばした。
「僕は、約束を違えられたとは思っていません」
「……でもさっき、突っつきの刑って……」
「あ~、あれは仕返しです」
「……え?」
「ほら、どっかの誰かさんが抜け駆けしちゃいましたから。その仕返しです」
屯所でじっとしているのは退屈だったんですよ、とわざとらしく子供のように口を尖らせた。
そんな沖田さんに慌てて今の体調を訊ねれば、脱力するように背中を丸めて笑いだす。
「春くんは本当に心配性ですね。でも、おかげ様ですっかりよくなりましたよ」
ずっと部屋にこもって寝ているだけの私には、その言葉が真実かどうかなんてわからない。それでも、その言葉にホッとした……ううん、したかっただけなのかもしれないけれど。
逃げるように瞼を下ろすも、そういえば、と手をポンと打ち鳴らす音に引き留められた。
「春くんのためにアレを作ってきたんです」
……アレ?
何のことだろうと考えている間に、沖田さんは畳の上に置いてあったお盆の上から湯飲みを取り、はい、と私に差し出した。
「起きれますか?」
一つ、小さく頷くと同時に思い出す。
……ああ、アレか。池田屋の時の……と。
池田屋……。
追いやっていたはずの記憶まで呼び起こしそうになり、僅かに持ち上げた頭も途中で止まる。
それ以上は自力で起き上がれないと思ったのか、沖田さんが布団との隙間に腕を差し入れた。
「ゆっくりでいいですよ」
そう言って、唇にあてがわれた湯飲みの縁はひんやりとしていて、うるさい鼓動が落ちつきを取り戻すのに合わせて沖田さんの腕に頭を預けた。
美味しい……のかな。よくわからないけれど、口に含むたび火照った身体に染み渡っていくような感覚がして、気がつけば飲み干していた。
「春くんのを真似て作ってみたんですけど、左之さんの二の舞にならなくてよかったです」
冗談めかしてあの時のことを話し始める沖田さんは、思い出し笑いをしながらゆっくりと頭を布団へ下ろしてくれた。
そんなこともあったっけ……と思うものの、それ以上思い出すことを拒絶するかのように瞼が重くなる。
冷たい手拭いがおでこに乗せられると、また来ます、という声が聞こえたのを最後に深い眠りへと落ちていくのだった。
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