落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―壱―

121 元治甲子戦争①

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 一度部屋へ戻り身支度を整えた。再び玄関へ向かえば、近藤さんと三浦くんの他に山南さんと沖田さんが見送りに来ていて、急いでその輪に駆け寄りながら一際大きな背中に向かって声をかけた。

「近藤さん」
「おお、春も見送りに来てくれたのか。みんな寝ていて構わんというのに、すまんな。ありがとう」

 山南さんと沖田さんの横をすり抜け、大きな笑窪を作る近藤さんの前で足を止めれば、その顔を見上げてはっきりと願い出る。

「私も一緒に九条河原に戻ります」

 直後、先に声を上げたのは近藤さんではなく、後ろに佇む山南さんと沖田さんだった。

「琴月君、突然どうしたんだい?」
「そうですよ~。春くんだけ抜け駆けなんてズルいです」

 ゆっくりと振り返れば、予想した通りの心配顔と不満顔の二つが並んでいる。その両方を交互に見やってから、はっきりと想いを口にする。

「突然でも抜け駆けでもないです。私は、刀を抜いてでも大切なものを守る、そう決めていたんです。だから、私は私のやるべきことをしに行く。それだけです」

 納得……とは言えない二人の顔がそれぞれ何かを言いかけるけれど、今度は近藤さんの方が早かった。

「春、戻るのは構わんが体調はもう良いのか?」

 再び近藤さんに向き直れば、その目を見て強く頷いた。

「はい、もう大丈夫です。なので、私も一緒に行かせてください」
「よし、ならば一緒に行こうか。春も復帰するとなれば心強いな」

 そう言って満足げに笑う近藤さんが履き物を履き始めると、突然後ろからぐいっと腕を引かれ、驚いて振り向けば頭の上から囁くような声がした。

「僕を見張ってなくていいんですか~? こっそり合流するかもしれませんよ?」
「沖田さん……」

 正直、そこは気がかりだけれど、もう決めたから。
 ゆっくりと顔を上げれば、思ったより近い位置に沖田さんの顔があり、随分と至近距離で見つめ合う形になってしまい途端に顔が熱くなる。
 それでも、逸らすことなくその目をじっと見つめ返した。

「沖田さんはちゃんと休んでいてください。もし戦が始まってしまったら、その時は……私が沖田さんの分まで戦ってきます。新選組は、私がちゃんと守りますから」
「…………」
「……沖田さん?」
「……仕方がないですね」

 そう言ってわざとらしいほどのため息をこぼした沖田さんは、悪戯っ子のような笑みを浮かべたかと思えば更に顔を近づけて、私の耳の近くで囁いた。

「今回は頼もしい一番弟子に任せるとします。ただし、守れなかったらお仕置きですよ?」
「えっ、……っと……」

 お仕置きって? あれ以上の厳しい稽古は勘弁願いたいのだけれど。
 そもそも一番弟子って?

「冗談ですよ」

 すでに身体を離した沖田さんは、これでもかというほどぐちゃぐちゃに私の頭を撫でながら、楽しげに呟いた。

「……っていうのも冗談ですけどね」

 何とかその掌から抜け出せば、今度は私を見下ろす山南さんと目が合った。

「琴月君。君が何かを見つけたのなら私はそれを応援するよ。だけど忘れないでいて、君は決して一人なんかじゃない。たどり着いた先が何であれ、途中で引き返すことになったとしても、私はいつだって君の味方だよ」

 優しく微笑む山南さんに一つ頷けば、すでに支度を終えた近藤さんの笑い声が響く。

「春は本当に人気者だなぁ。だが、すまんな、そろそろ出立しても構わんか?」
「あっ、はい。すみません、お待たせしました」

 慌てて私も玄関へと下り立てば、あとは任せた、と残して出ていく近藤さんの横で私も一度だけ振り返る。

「行ってきます」

 そして、近藤さんの背中を追って玄関を出た。そのまま振り返ることなく屯所の門もくぐった。

 未然に防げるだけの知識も記憶もない私には、できることなんて限られている。
 それでも長州に、尊攘派に……ううん、他の誰にも新選組を傷つけさせたりはしない。絶対に。

 このまま開戦するというならば、こんな戦とっとと終わらせてしまえばいい。
 これ以上の犠牲なんてもういらない。



 九条河原へつくと、近藤さんは陣の奥にいた土方さんのもとへ向かった。

「近藤さんか、おかえり。で、そちらが例の……」
「ああ。勝殿の甥御、三浦啓之助君だ」
「そうか。俺は副長の土方歳ぞ……って、おい、何でお前がいる?」

 近藤さんの背中に隠れていたわけではないけれど、後半はどうやら私に向けられているようだった。
 目の前の大きな背中から半歩横にずれれば、顔だけをほんの少し振り返らせた近藤さんが、私よりも先に説明をしてくれる。

「ん? ああ、春は体調が回復したらしいんでな、一緒に連れて来たんだが……何かまずかったか?」
「……いや」
「戦力は多いに越したことはないだろう?」
「……ああ」

 三浦くん自身の自己紹介と、少しの打ち合わせを終えた近藤さんと三浦くんがこの場をあとにすれば、土方さんの低く鋭い声が響く。

「何しに戻って来た?」
「……近藤さんが言った通りです。もともと私は大丈夫でしたし」
「総司はどうした?」
「沖田さんはまだ全快とは言えません……。なので、屯所で休んでもらってます」

 ほんの少しの沈黙のあと、土方さんはただ一言、そうか、と口にするだけだった。



 装備を整えさっそく私も警備にあたった。
 けれども夜になると、新選組を含む幕府側は、一気に緊張感とともに慌ただしさを増した。
 どうやらついに、長州討伐の勅許を賜わったらしい。
 つまり、再三の退去要請に応じない長州に対して、武力による討伐が許可されたということ。

 翌日の早朝、事実上の最後通告にあたる撤兵要請を通達するも長州側はこれを受け入れず、長州軍が布陣している三ヶ所のうちの一つ、伏見にある長州藩邸を焼き討ちすることとなった。

 そして日付も変わった七月十九日未明、焼き討ちの命を受けた新選組が九条河原で準備を進めていると、突然、地鳴りのような轟音が闇夜を切り裂いた。

「今の音は……?」

 誰に訊いたつもりもないけれど、同じように作業する手が止まっていた近くの隊士が教えてくれる。

「……大砲だ」
「大砲って、それじゃ……」
「ああ、開戦だ」

 ついに始まってしまったらしい。





 空に浮かんだ歪な月は夜闇を照らし、伏見から上がる火の手は夜の帳を不自然に赤く染め上げていた。

 伏見の長州藩邸に布陣していた長州藩家老、福原越後ふくはら えちご率いるおよそ八百人の長州軍と、伏見街道に配置されていた大垣藩が交戦中だという。
 ここからならそう遠くはないのに、新選組はいまだ九条河原にいて、出撃命令が出ないかとみんな焦れている。

「春、顔が怖いぞ?」
「え?」

 声のした隣を見れば、原田さんが立っていた。原田さん曰く、赤い空を険しい顔で睨みつけていたらしい。
 篝火に照らされる原田さんの顔だって、いつもと違って緊張した面持ちをしているように見える。

「まぁ、すぐにでも援軍に駆けつけたい気持ちはわかるけどな。こればっかりは仕方がねえな」
「……そう、ですね」

 新選組が守るここ九条河原は、伏見から御所へ向かうための近道である竹田街道上にあり、鴨川に架かる近くの銭取橋を越えて行くことになる。
 迂闊にここを離れてしまっては、もしも福原越後率いる部隊が陽動だった場合、ここの守りが薄くなった隙を突かれ一気に御所へ向けて突破されかねない。

 とはいえ、幕府側の人数は総勢六万以上。御所の全ての御門はもちろん、御所の周りや洛中、洛外の各場所で諸藩が守りを固めているので、そう簡単に破られることはないと思うけれど。
 それでも、すぐそこに敵がいるというのに何もできないのは歯痒くて、拳を握り、唇を噛んで空を睨みつけていた。



 しばらくすると、交戦中の大垣藩から援軍要請が来た。
 すぐさま駆けつけたけれど、ちょうど大将の福原越後が頬に銃弾を受け負傷したらしく、敵は総崩れとなり敗走しているところだった。

 援軍要請が出るほど戦況が不利なのかと心配もしたけれど、負傷者はいるものの、大垣藩側にそこまで大きな被害はなさそうだった。
 それよりも、すでに戦闘は終わっていたというのに、銃撃戦が繰り広げられたためか硝煙のにおいがやたら鼻について仕方がない。

「長州軍を追うぞ!」

 近藤さんの掛け声に、すぐさま敗走する長州軍の追討が開始された。

「春、病み上がりだろう? 大丈夫か?」

 そう声をかけてきたのは、いつの間にか隣を走っていた永倉さんだった。

「大丈夫です。それより、大垣藩の人たちは来ないんですか?」
「ん? ああ、あいつらは来ないらしい。夜だし脇道もあるからやめておくんだとさ」

 今回は退けたとはいえ、残党をやすやすと逃がしてしまっては体制を整え再び進軍して来る可能性だってある。崩れた今のうちに全て倒してしまえばいいのに。

「やる気のない奴らなんて当てにするだけ無駄だ。俺らだけで追えばいいさ。ほら行くぞ!」

 そうして懸命に走り墨染まで追いかけたものの、大将の福原越後が船で大坂へ逃げてしまったらしく、それ以上追うことはできなかった。
 悔しいけれど、新選組はそのまま九条河原へと戻るのだった。
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