落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―壱―

102 古高俊太郎の捕縛①

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 玄関へ行くと、すでに近藤さんが立っていた。
 慌てて駆け寄り精一杯の謝罪を述べれば、大きな笑窪で、大丈夫だ、と笑われた。どうやら沖田さんもまだらしい。
 二人で沖田さんを待っていると、近藤さんが少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。

「近頃活発な長州勢の不穏な動き。今しばらく大変かもしれんが、踏ん張ってくれ」
「もちろんです! 京に火を放つなんて、そんなこと絶対にさせません!」

 木造の建造物なんて、燃え広がるのはあっという間だ。住む場所を失う人、思い出を失う人、大切な人を失う人だって出るかもしれない。
 そんなこと、どんな理由があろうと絶対に許しちゃダメだ。

「うむ。春は見かけによらず随分と逞しいからな、期待しているぞ」

 近藤さんは再び笑窪を作り、私の肩をトンと叩いた。
 逞しい……? うん、褒められているはずなのに、どこか複雑な乙女心。私の女らしさはいずこへ?
 肩を落としかけたところで、ようやく沖田さんがやって来た。

「あれ~? 僕が最後でしたか。お待たせしてすみません」

 言葉とは裏腹に、全く悪びれていない沖田さんらしいその態度にも、近藤さんが怒ることはない。むしろ笑っている。
 おそらく、私が同じ事をしても近藤さんは怒らない……と思う。何とも懐が深い、そういう人だ。
 もちろん、絶対にやらないけれど!

「ん? 総司、だいぶ疲れた顔をしているが大丈夫か?」
「そうですか~? いつもより早いせいで眠いだけですよ」

 そう言うと、沖田さんは両手を上げながら大きなあくびをしてみせた。

「沖田さん?」
「ほらほら、春くんの心配性が始まる前に行きましょう」

 その声音とは反対の、若干鋭い視線に気圧されそれ以上の言葉を継ぐことができなかった。
 沖田さんは、そんな私の背中を押すようにして歩き出す。

 確かに、今朝の起床はいつもより早い。近藤さんが指摘したように、疲れた顔はしているけれど顔色が悪いようには見えなかった。
 だから、今は沖田さんの言葉を信じることにした。



 事が事だけに、無駄話はせず足早に歩いていると、会津本陣に着く手前で珍しく近藤さんがため息をついた。

「会津公の御容態を考えると、こんなことで足を運ばねばならんのは心苦しいな」

 会津公こと京都守護職でもある松平容保かたもり公は、現在体調が思わしくない。
 ゆっくり休んで頂きたいところではあるけれど、報告しないわけにもいかないわけで……。私たちが悪いことをしているわけではないのに、心苦しいの一言に尽きる。

「我々にできるのは、早急に目的を割り出し、事態を収束させることかもしれんな。如何なる理由があろうとも、帝のおわす京に火を放つなど決して許してはならん。総司、春、頼りにしているぞ」

 近藤さんの力強い言葉に、私も沖田さんも揃って頷くのだった。



 会津本陣に入っていく近藤さんの背中を見送ると、私と沖田さんは外で待っていた。
 頭上に広がる空は今日も低い雲が蓋をしていて、全く晴れ間が見えない。いつ降ってもおかしくない、そんな空模様だ。
 ふと隣の沖田さんに視線を移せば、その横顔が空を見上げたまま苦笑した。

「そんなに僕の体調が気になりますか~?」

 どうやらバレていたらしい。一度は納得したものの、万全ではない以上不安は払拭しきれない。

「言ったでしょう? 今朝も早かったから眠いだけですよ~」

 沖田さんの言葉を信じていないわけじゃない。過敏になり過ぎているだけなのかもしれない。それでもやっぱり、ちゃんと確認をしたくてその首元へと手を伸ばす。
 けれど……私の手が目的地へ到達することはなかった。直前で捕らわれた手首には痛みが走り、いつになく真剣な顔が私を見下ろしていた。

「春くんが心配性なのはわかってますけど、さすがにくどいですよ。それとも、そんなに僕に病にかかって欲しいんですか?」
「なっ、そんなわけないじゃないですか! 何でそんなこと!」

 ついカッとなって、力任せに沖田さんの手を振りほどいた。
 確かに少ししつこかったかな……というくらいの自覚はあるし、しつこくし過ぎて距離をおかれてしまったら……そういう不安もある。
 けれど、労咳になってからでは遅過ぎる。ここでは、発症を未然に防ぐことしかできないのだから!
 唇を噛んでぎゅっと手を握りしめれば、沖田さんが表情を和らげた。

「土方さんが僕の分まで働いてくれるらしいですからね、本当に無理ならちゃんと言いますよ」
「……本当、ですか?」
「うん。約束します」

 いつもと違う有無も言わさぬその笑顔に、わかりました、と頷くことしかできなかった。





 会津公への報告を終え三人で帰ると、屯所内は今朝以上に騒然としていた。
 どうやら少し前に、桝屋の主人である桝屋喜右衛門きえもんさんが連行されてきたらしい。確か、長州藩毛利家の遠縁にあたるとかで、山崎さんが怪しんでいた人だ。
 部屋へ戻ると、押収したという書状を険しい顔で読む土方さんがいた。

「桝屋さん、どうかしたんですか?」
「釣れた」
「……へ?」

 書状を読むのに忙しいのはわかるけれど、それだけじゃさっぱりだから!

「忠蔵だ、忠蔵。解放して欲しいと金を積んできた女がいたらしくてな、言う通りに解放してやったら桝屋が釣れた」
「なるほど……って、あれ? 宮部じゃなくて?」
「桝屋だ」

 忠蔵は、宮部を釣るために天授庵の山門に生き晒しにしていたはずだ。解放なんてしたら手がかりを失うだけなのに、それがどうして桝屋さんの捕縛に繋がるのだろう?
 忙しそうな土方さんの顔を黙って見つめていたら、山崎さんが部屋にやって来た。すぐに状況を察したらしく、土方さんの横で書状に目を通しながら丁寧に説明してくれる。

 どうやら解放された忠蔵は、あとをつけられているとも知らず桝屋に直行したらしい。忠蔵と宮部の繋がりを疑っていたこともあり、桝屋に宮部が匿われている可能性があるとして、さっそく御用改めに行ったとも。
 結果、踏み込んだ桝屋に宮部の姿はなかったけれど、代わりにとんでもない物が見つかったらしい。
 主人の桝屋喜右衛門さんが、宮部はもちろん、長州や反幕派らと頻繁にやり取りをしていた書状、そして、大量の武器や弾薬までもが見つかった、と。

 桝屋喜右衛門……ただの商人かと思いきや、実は尊攘の志士だったというわけだ。
 それも、京での情報収集に連絡役、そして武器調達と、かなりの大物だったらしい。
 長州の遠縁というだけで疑われるなんて……と同情さえした自分に少し呆れていると、山崎さんが血相を変えて手にしていた書状を土方さんに差し出した。

「副長っ! これを!」

 山崎さんから受け取った書状に目を通す土方さんの顔は、みるみるうちに険しくなった。
 いったい何が書いてあるのだろう。気になるけれど、軽々しく訊けそうな雰囲気ではなくなっている。
 それでも、知りたいという欲求が駄々漏れだったのか、またしても山崎さんが教えてくれた。

 そこには、先の市中放火計画のことなのか、風の強い日に御所の風上に火を放ち、その混乱に乗じて天皇を京から連れ出すとか、守護職の暗殺、反長州系の公家らの幽閉というとんでもない企てが記されているらしかった。

 慌てて全ての書状を確認するけれど、証拠隠滅を図ったのか踏み込み時に焼かれた物が多数あり、これだけでその全貌を知るのは困難だった。
 今も前川邸の土蔵では、桝屋喜右衛門の尋問が行われているというけれど、古高俊太郎であることは認めたものの、それ以上は口をつぐんだままだという。

 ふと、外を見やれば雨が降り出していた。少し気温も上昇したのかじめじめと蒸し暑い。
 山崎さんは、まだ隠された書状があるかもしれないからと、部屋を飛び出し桝屋へ探索に向かった。

 歴史のことは詳しくないけれど、尊攘の志士がしようとしていることは、こんなにも馬鹿げたことなのか?
 こんなことが、本当に明治維新へと繋がるの?

 目的を遂げるために犠牲はつきものかもしれない。だからって、京の町に火を放つとか誰かの命を奪うだなんて、あまりにも犠牲が大きすぎる。
 どんな大義を掲げようと、決して許されることじゃない。

 果たしてこれは真実なのか、真実だとして具体的にいつなのか。一刻を争う事態かもしれないのに、大きく関わっているであろう古高が話してくれないから何もわからない。
 私にも何かできることはないのか……と、必死に考えを巡らせていると、原田さんがやって来た。

「土方さん駄目だ。古高だと認めたきりだんまりだ。強情な奴だよ」

 額に浮かぶ汗をさっと腕で拭う原田さんが、お手上げとばかりに肩を竦めてみせれば、視界の端で土方さんが舌打ちをして立ち上がる。

「俺が行く」

 ここは江戸時代。あまりに強情な場合は拷問のようなことが行われたりもする。そんなところは見たくなくて、あまり関わらないようにしてきたけれど……。
 今はもう、そんな甘いことを言っていられる状況じゃない。
 私も立ち上がると、原田さんと一緒に部屋を出て行こうとする土方さんの背中に向かって、咄嗟に声をかけた。

「あのっ! 古高の取り調べ、私にやらせてもらえませんか?」

 ゆっくりと振り返る土方さんの顔は、一段と険しい。それでも、射ぬくようなその視線を真っ向から受け止めた。

 私にできること。ううん、私にしかできないこと。
 長州に繋がりのある人物なら、あの噂も聞いたことがあるかもしれないから。
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