落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―壱―

101 土方さんの心配

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 翌日の早朝、屯所内はかつてないほど騒然としていた。
 昨日捕まえた浪士たちの尋問はすぐに行われたけれど、なかなか口を割らず、この時間になりようやく話始めたのだった。

 予想通りといえば予想通りだけれど、やはり二人は長州の人間だった。京に多数潜伏していることは知っていたのでみんな驚きはしなかったけれど、問題はそこじゃなかった。
 二百五十人にも及ぶ長州の人間の他に、過激な尊攘派や反幕派の人間が京から伏見、大坂にと多数潜伏しているだけでなく、京の町への放火計画まであるというのだ。そして、そのための火薬の用意も整いつつあると。

 何のために京の町に火を放つのか、さすがに理由までは頑なに口を割らないし割りそうもない。けれど、そんなことをするからには何かしら理由はあるはずで、火薬の準備に増えていく潜伏人数……のんびりと自供を待っている余裕なんて、もうどこにもなかった。
 屯所にいた副長助勤たちは動ける隊士を引き連れ町へ飛び出し、局長の近藤さんも、会津藩が本陣を敷く金戒光明寺へと、報告と協力の要請をしに行くことになった。
 そして私は、沖田さんとともに近藤さんの護衛につく。



 部屋で急いで支度をしていると、土方さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。

「本当は、お前には屯所待機をさせてやりたかったんだが……」
「待機……ですか?」
「ああ。屯所内ならとりあえずは安全だからな」
「……どういう意味ですか?」

 京の町が火の海になるかもしれないというのに、私だけ何もせず安全な場所にいろと? どうして?
 その真意を探ろうと見つめるも、土方さんは固く口を閉じてしまった。

「もしかして、私じゃ役に立たないからですか?」

 はっきり足手まといだと言われてしまえば、反論の余地なんてない。いくら沖田さんが一緒だとはいえ、私が近藤さんの護衛だなんて、不安しかないのかもしれない。
 それでも、今まで自分なりにできることを精一杯してきたつもりだ。
 沈黙する土方さんをじっと見つめて返答を待てば、酷く苦し気な顔でようやく口を開いた。

「……そうじゃねぇ。お前は……お前には刀を振り回すなんざ似合わねぇんだよ」
「……はい? 突然どうしたんですか?」

 似合わないと言われても、ここで生きていくためにはそうするしかないわけで。納得のいかないことにも自分なりにどこかで折り合いをつけながら、少しずつでも乗り越えて今までやってきた。それは、決して中途半端な気持ちなんかじゃない。
 土方さんだって、そんな私なりの覚悟を認めてくれたはずだ。
 それなのに、今さら何を言っているんだ?

「お前は、このままでいいのかよ……」
「いいも何も、嫌だと言えば何か変わるんですか? 争い事もなくなって、傷つく人もいなくなって、私も元の時代に戻れるんですか?」

 ああ……やっちゃった。腹が立ったとはいえ、ちょっと言い過ぎたかもしれない。
 思わず謝ろうとしたけれど、それより先に土方さんの方が悪ぃと呟いた。

「どうしたんですか? 何だか土方さんらしくないです」

 頭でもぶつけた? 何か悪い物でも食べたとか? 寝不足……疲労困憊……。
 気になるけれど、近藤さんを待たせるわけにはいかない。

 いまだ立ち尽くしたまま何も言わない土方さんに背を向けると、腰に刀を差し、浅葱色の羽織に袖を通す。
 襖に手をかけようとしたところで呼び止められた。

「鉢金が曲がってる」

 いつもと変わらない気がするけれど、指摘されたからには曲がっているのかもしれない。結び直そうと慌ててほどいた鉢金は、突然、後ろから伸びてきた手に奪われた。

「こっち向け。やってやる」
「えっと……はい。ありがとうございます……」

 その場でくるりと振り向けば、土方さんの腕が私の顔の両側を通って後頭部に回される。再びおでこに戻った鉢金は、鉄板が直接肌に触れているわけではないのに何だか少し冷んやりとしていて気持ちがいい。
 ふと、土方さんが呟いた。

「死ぬんじゃねぇぞ」

 思わず土方さんを見上げようとすれば、動くんじゃねぇ、と制された。

 ああ、そっか。何となく気がついた。土方さんは心配してくれているのだと。
 昨日はあんな捕物にも遭遇してしまったから、余計に心配しているのかもしれない。
 土方さんて本当に……。

「お父さんみたいですね」
「……は?」
「大丈夫ですよ、私には心眼がありますから。むしろ、死にたくても死ねないんじゃないですかね?」

 わざとおどけてみせれば、鉢金を結び終えたばかりの手がそのまま私の頬を容赦なくつねった。

「ッ! いひゃいです!」
「うるせぇ。馬鹿餓鬼」
「にゃっ!?」

 にゃって何だ、にゃって!
 荒っぽく土方さんの手を振りほどいて、これでもかと睨みつける。

「せめて、バカかガキかどっちかにしてくれませんか!」

 混ぜるな危険! 必死に反論する私を見て、土方さんがふっと表情を和らげた。

「悪かった」
「ほ、本当に悪いと思うなら、バカとかガキとか……あー、まぁ、ガキは別にいいですけど……土方さんからしたらどうせガキですし、否定しませ――」
「ちげぇよ馬鹿っ! そっちじゃねぇ」
「はい?」

 そっちじゃないってどういうこと? 馬鹿餓鬼発言は謝罪しないということか?
 そのうえ、またバカって言わなかったか!?

 目の前の顔を覗き込むように見上げれば、どこかばつが悪そうに頭の後ろを掻きながら、思いきり視線を逸らされた。

「お前の覚悟を、踏みにじるようなこと言っちまって悪かった」
「別に気にしてませんよ」
「そうか」
「頭でもぶつけたのかなーとは思いましたけど。きっと、心配してくれてるんだろうなっ……って、ふにゃっ!?」

 油断した! 馬鹿野郎、という罵声が聞こえたかと思えば、再び頬をつねられた。しかも、今度は両頬を!
 私が振りほどくよりも先に手を離した土方さんは、何がそんなに面白いのか小さく吹き出した。

「行ってこい。近藤さんのことは任せた」
「……はいっ! 行ってきます!」

 散々バカと言われて頬まで何度もつねられて、文句の一つや二つで済ませるつもりなんてなかったのに。
 土方さんが綺麗に微笑むから。笑って行ってこいと送り出してくれたから。
 文句の一つも言いそびれてしまったというのに、玄関へと向かいながらこぼれるのは、文句や愚痴ではなく笑顔だった。
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